表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の幼馴染というだけで魔界に拉致されました  作者: 樫本 紗樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/29

勇者と聖女の本当の旅立ち

 セルヒオは聞いた話を思い出そうとしたものの、所詮周囲の山々へ魔獣退治に出掛けただけの経験では勘が働かない。結局彼は魔獣が視界に入ると倒しながら適当に歩いていた。それを一定の距離を置いてリタ達が追いかけている事も気付いていない。

 お腹が空いたので、セルヒオは昼食にしようと森の中で焚き火を始めた。彼は長く魔獣退治をしていたので魔獣の性質には詳しい。火を焚いていると近寄って来ないのだ。血抜きをした魔獣を慣れた手つきで捌くと、鞄に入れてあった串に肉を刺して岩塩を振って焚き火で炙っていく。彼は村での暮らししか知らない為、魔王退治に行くのも魔獣退治の延長だと思っていた。故に鞄の中身は魔獣を捌く包丁、肉を炙る為の串と味付け用の岩塩、武器の手入れに使う道具、水筒、手巾くらいしか入っていない。ただ旅に出る前に、ひとつの箱を鞄に入れていた。

 セルヒオは肉に火が通るのを待ちながら、エステラはどう過ごしているだろうかと考えていた。明らかに人間ではない者の丁重など信じられない。そもそも彼が辿り着くまで彼女を生かしておく必要など魔王側にないはずだ。生かしておくにしても、辛い仕事を押し付けているかもしれない。今まで散々勇者などと夢を見るな、現実を見据えろと小言の多かった女。しかし彼女は決して修行と称して魔獣退治に出掛ける彼を止めなかった。むしろ彼女は彼の退治した魔獣をどう調理したら美味しくなるかを考え、それを村人達と共有していたのだ。勇者になる夢を諦めきれない彼が村で冷たい視線に晒されなかったのは、ひとえに彼女の存在が大きかったのだと彼は出立前にやっと理解した。

『あんなに尽くしてくれたエステラを見殺しにしたらただじゃおかないよ』

『そうじゃ。エステラはこの村に必要な子じゃ。必ず連れ戻してくれ』

 エステラは世話焼きだ。村人達からも頼りにされている。しかし彼女は子供の頃に一度だけ村長にこっぴどく叱られた事があった。どうして神様が魔王を倒さないのかと質問をした時だ。閉鎖的な村社会では違う考えを持つ者に厳しい。彼女もそれを察して、魔王は勇者が倒すものだと理解したようだったが、心の中にはずっと残っていたのだろう。だからこそ彼女が選ばれたのかもしれないとセルヒオは思った。

 セルヒオ自身も神の存在など信じていない。彼が生まれてからずっと天候不順だ。村長の話では二十年以上前は天気が長らく良く、毎年豊作だったという。二十年も不作を放置しておく神など必要ない。そう思って彼は木に立てかけていた聖剣に視線を向ける。

 聖剣は神から与えられるもの。これが何故信じていない自分の所に転がり込んできたのだろうとセルヒオは考える。しかも聖女とその取り巻きは明らかに裕福な暮らしをしている雰囲気だった。国王ならば更に贅沢をしているだろう。国民の為に日々務めているとオダリスは言っていたが、彼は到底信じられない。本当に国民を思っているのならば、渋々魔獣を食べている者を卑下する人間などいないはずだ。魔獣を食べなければ死ぬという現実を知らないと考えるのが自然である。

 肉が焼けたのでセルヒオは串を手に取りかぶりつく。兎に似た魔獣は狩りやすいのに美味しい。しかし道中これだけだと飽きそうだ。だが彼は岩塩を振って焼く以外の調理方法を知らない。煮込み料理などはエステラがやっていたのだ。彼女の作ったポトフは魔獣の肉と野菜くずしか入っていなかったが美味しかった。徴税として農作物を根こそぎ持っていかれるが、育ちや見目が悪いものは畑に残していく。それを村人達はかき集めて皆で分け、必死に食い繋いでいたのだ。

 肉を食べ終えて片付けようとした時、セルヒオの耳に悲鳴が飛び込んできた。森の中で焚き火をせずに過ごす者も、松明を持たずに歩く者も普通はいない。むしろ行商人は魔獣除けに昼夜問わず松明を持って歩くはずだ。更に悲鳴が聞こえ、彼は鞄を背負い、聖剣を腰に佩き、松明に火を移してから焚き火を消すと走り出した。


「どうして! オダリス、何とかして」

 ドゥルセは背後にリタを守りながら、オダリスを叱責する。彼は御者をしているが、王国の騎士なので軍服を着ている。元々はリタの生家に忠誠を誓う騎士の家の出で、腕を買われて王国軍に属すようになり、聖女リタを護衛する任務を与えられた。彼は王国軍では上位の騎士なのだが、魔獣相手に苦戦を強いられていた。何故なら生まれて初めて魔獣と対峙したからである。

 魔獣は狙いをドゥルセに定め、オダリスを無視して突進をする。彼はそれに気付いたものの一歩遅く、魔獣は思い切り彼女にぶつかった。あまりの強い力に彼女は横殴りに地面へと叩きつけられる。

「ドゥルセ!」

 リタは悲鳴のような声で侍女の名を呼ぶが、ドゥルセは答えない。魔獣は一旦距離を開け、次はリタに狙いを定める。それをさせまいとリタの前にオダリスが剣を構えて立ちふさがった。

「女性を狙うな、卑怯者」

 オダリスはそう叫びながら魔獣に剣を振り下ろすが、魔獣はびくともしない。あまりにも頑丈な魔獣に彼はどうすればいいのか必死に考えるが答えが出ない。一方、リタは顔を真っ青にして震えていた。彼女は聖女であり女神の祝福が与えられているので、魔獣には襲われない。セルヒオを迎えに行く時にも一切遭遇しなかったのだ。何故急に魔獣に襲われたのか理解が出来なかった。

「これを持っておけ」

 混乱しているリタに松明が差し出される。彼女は声をした方を見上げるとセルヒオがいた。無言で松明を押し付けられ、彼女は混乱したままそれを受け取った。

「どかないと一緒に叩き切るぞ」

 セルヒオはリタに松明を渡すとオダリスに声を掛けた。オダリスは魔獣から目を離せないものの、苛立ちを隠さない。

「叩き切れるものならやってみろ」

「お前、言った事には責任を持てよ」

 そう言うや否やセルヒオは聖剣を手に魔獣に攻撃をする。オダリスの時とは違い、魔獣は明らかに損傷を負った。痛みを認識して魔獣の狙いがセルヒオに移る。セルヒオは口角を上げると、魔獣が飛び掛かってくる前に飛び上がり全身の力を乗せて魔獣を叩き切った。魔獣の背後にオダリスがいると知っていてわざとそうしたのだ。セルヒオは逃げろと勧告をしたし、逃げる隙も与えたつもりだった。しかしオダリスは逃げきれず魔獣の下敷きになる。それに構わずセルヒオは魔獣が息絶えているのを確認すると、血濡れた聖剣を振った。聖剣は一瞬で元通りの輝きを取り戻す。

「はっ。刃こぼれもないないとか、聖剣は凄いな」

 セルヒオは感心したように聖剣を見つめ、汚れが消えた事を確認して鞘に納めた。

「あ、ありがとうございます」

「礼は良い。俺は無傷だから二人を助けてやれ」

 セルヒオはぶっきらぼうにそう言うと、周囲を見渡して枝や枯草を集め出す。リタは彼が何をしているのかわからず、松明を持ったまま彼の行動を見つめていた。

「おい、聞いてるのか。聖女の力で治せって言ってるだろうが」

「あ、その、これはどうしたらいいですか?」

 リタは戸惑いながら松明をセルヒオに差し出した。松明を持っていれば魔獣に襲われないと知らない彼女は、何故持たされたのかわからない。彼はため息を吐くと松明を彼女から受け取り、枝集めを再開する。

「焚き火をしておけば魔獣は襲ってこない。よく火もなしに今まで無事でいられたな」

「私は聖石より強い力を持っていますから魔獣は襲ってこないのです」

「うぅ」

「ドゥルセ!」

 呻き声を聞いてリタは慌ててドゥルセの側に寄ると力を使った。柔らかな光がドゥルセを包み、彼女の傷は綺麗に消える。それを確認してリタは安堵の表情を浮かべた。

「ありがとうございます。リタお嬢様は大丈夫ですか?」

「えぇ、セルヒオ様が助けてくれたから」

 枝を集め終えたセルヒオは枯草に火を移した。ドゥルセはリタの無傷を確認した後、襲ってきた熊のような魔獣が倒されているのを見つける。そしてその下に人間の足が見えた。

「オダリスは魔獣の下敷きに?」

「俺はどけと言ったぞ。これは自業自得だ」

「とても勇者と思えぬ物言いですね」

「はぁ?」

「ドゥルセ、口を慎みなさい。セルヒオ様は事実を話しています。オダリスは忠告されたのに逃げなかったのですから」

 リタにそう言われドゥルセは悔しそうな表情を浮かべる。その時、オダリスの足が動いた。

「仕方ないからどかしてやるよ」

 魔獣を女性二人が持ち上げるのは無理だろうし、全身に魔獣の重みを受けたオダリスが一人で這い出るのも期待出来ない。セルヒオは面倒臭そうに魔獣の腹を蹴とばして、オダリスの上から魔獣をどかした。リタは慌ててオダリスに近寄って力を使うものの、オダリスの怪我全ては治らなかった。

「っ!」

 オダリスは苦痛に顔を歪めた。一部は治っている。しかし倒された時に折れたであろう足があらぬ方向へ曲がったままだ。リタは聖女の力を思い出し呆然とする。聖女の力は魔王を倒す勇者を助けるためのもの。魔王が魔獣を放っているので、魔獣による怪我の治癒は可能だ。聖女の力が万能ならば、王都で怪我や病気に苦しむ人の治癒をすればいい。しかしそれが出来ないのだ。だからこそ聖女に選ばれたらすぐに勇者を探し出し、魔王を倒す旅に出るしかない。魔獣を見る機会がない王都に暮らす者にとって、聖女になど何の価値もないのだから。

「どうした。足が曲がったままだぞ」

 事情を知らないセルヒオがリタに問い質す。リタは視線をオダリスに向けた。

「どうして逃げなかったの? 魔獣に与えられた怪我以外は治せないと知っていたでしょう?」

「申し訳、ありませっ、つっ」

「治せないなら鎮痛剤を出せ。骨が折れてたら普通は話せないだろうが!」

 リタは力なく頭を横に振る。セルヒオはドゥルセに視線を移すが、彼女も首を横に振った。

「くそっ、世話が焼ける奴だな」

 セルヒオは悪態を吐くと鞄からひとつの箱を出した。それはエステラの両親に頼み込んで貰った彼女の薬箱である。彼がどのような怪我をしても対応出来るように、ありとあらゆる薬と包帯や消毒液などが入っている。箱の中から鎮痛剤を取り出すと、それをリタに差し出した。

「これを飲めば痛みが和らぐ。エステラの物だから金がなければ渡せないが」

「勿論払います。ドゥルセ」

 ドゥルセは一瞬迷ったものの、彼女も聖女の治癒能力は知っている。聖女は魔獣に襲われないという前提で、薬を持たずに旅をしていた自分達が悪いのも理解出来た。しかし気を失っていた彼女はオダリスとセルヒオのやり取りを聞いておらず、同じく治癒能力を知っているオダリスが自ら下敷きになった経緯がわからない。しかし呻いているオダリスを放置するのも憚られ、彼女は懐から金貨を一枚取り出した。

「これでいいですか」

「あぁ」

 セルヒオは内心驚いていたが、それを表に出さずに金貨と薬を交換した。村で使うのはせいぜい銀貨までで基本は銅貨である。金貨一枚ならエステラの薬箱が十箱ほど必要だろう。しかし彼は三人の命を救ったのだから、その代金としてもらう事にした。リタは女神の祝福で助かるかもしれないが、オダリスとドゥルセは生きていなかっただろう。

 ドゥルセは馬車に戻って水筒を手に取ると、オダリスに鎮痛剤を飲ませた。彼は荒い呼吸を繰り返している。

「金があるなら医者に見せた方がいいぞ。その曲がり方だと最悪足を失う」

「しかし御者が出来るのはオダリスだけなのです。私達だけでは移動さえ出来ません」

 騒動があったというのに、馬は大人しく馬車に繋がれたまま待機している。セルヒオはそれを確認した後で、軽蔑の眼差しをオダリスに向けた。

「お前さ、聖女を守るのが第一じゃないのか? くだらない矜持の為にここで三人野垂れ死にとか、考えなしにも程が過ぎるぞ」

「っ!」

 オダリスは何も反論出来ず表情を歪めた。勿論、薬の効果はまだ出ていないので痛みも相当ではあるだろう。

「俺は馬など扱えない。だがお前を背負うくらいの体力ならある。二人が歩くというなら、医者がいそうな町まで背負ってやるがどうする」

「お願いします。道ならわかりますから。いいわよね、オダリス」

 リタに尋ねられ、オダリスは力なく頷いた。それを見てリタは微笑みセルヒオに視線を戻す。

「宜しくお願いします」

「あぁ」

 こうして勇者と聖女は一緒に旅をし始めた。魔獣を嗾けたバルドゥイノ達がこの状況を水晶を通して見守っている事など彼らは知らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
匿名のコメントはこちらのフォームから
送信をお願いします。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ