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勇者に選ばれた幼馴染

「たまには怪我をせずに帰ってこられないわけ?」

 女性は文句を言いながら消毒液を浸した布を乱暴に男性の傷口に当てた。その瞬間男性が表情を歪めて女性を睨む。

「いてぇよ! もう少し優しくしやがれ」

「痛いと思うなら怪我をしないで帰ってくればいいでしょうが」

 女性は引っ込められる前に男性の腕を捕まえて余分な消毒液を拭き、綺麗な布を当てて包帯を巻く。彼女は誰かに習ったわけでもないのに、誰よりも包帯を上手く巻ける自信がある。習うより慣れというのは間違ってないと実感していた。

「エステラは魔獣と戦った事がないからわからないんだ。これだけの傷で済む俺はかなり強いんだぞ」

「あー、はいはい、そうですか」

 エステラと呼ばれた女性は男性の言葉を軽く流す。確かに彼はこの村では一番強い。しかし都から遠く離れた田舎の一番を自慢されても困る。都に行けば強い騎士など数えきれないほどいるはずなのだ。言葉にすると彼が面倒なので彼女は口答えしないだけである。

「またそうやって馬鹿にしやがって。俺は勇者になる男だぞ」

「はいはい、早く勇者になって魔王を倒して下さい、セルヒオさま」

 エステラは馬鹿にしたような口調でセルヒオに微笑む。子供ならまだしも、二十歳になったというのにいつまで夢を見ているのだろうか。現実を見ろと彼女は常に彼に説いてきたが一向に聞く耳を持たない。彼女は面倒になって彼の言葉を聞き流すようになっていた。

 エステラとセルヒオは幼馴染というだけで、夫婦でも恋人でもない。それでも彼は怪我をすると必ず彼女の所に治療しろとやってくる。彼女は別段医療の心得があるわけではない。しかし毎回やって来ては治療するまで居座る男を追い返す為に、渋々身に付けただけだ。

 エステラは誰かと結婚すれば解放されると思ったのだが、村人達は二人が結婚するものだと思っているので、彼女が声を掛けても全く相手にされない。山間にある田舎の村で暮らしながら、村の外に出会いを求めるのは難しい。彼女は十八歳になった今も独身のまま実家で暮らしている。

「何か外が騒がしくないか?」

 セルヒオに言われてエステラが耳を澄ますと、確かにいつもとは違う騒がしさがあった。もしかしたら行商人が来たのかもしれないと彼女は立ち上がる。村の裏手にある山は茸や薬草などが生えているが、魔獣も多く徘徊しているので彼女は簡単に足を踏み入れられない。魔獣退治をする彼の為の薬草は行商人から買っているのである。



「初めまして。リタと申します」

 白の清楚な、それでいて高級と一目瞭然な衣装を身に纏った女性は優雅に一礼をした。村の女性とは明らかに違う所作に男性陣は動揺を隠しきれていない。エステラは興味ないとばかりに踵を返そうとした。

「神のお告げにより勇者様を探す旅をしております」

 リタの言葉に村人全員が一斉に騒めく。エステラもその場に踏み止まった。

 聖女から勇者に選ばれた者は魔王を倒して世界を平和にし、その後聖女と結婚をして幸せに暮らす。これは昔から語り継がれている話。リタは見た目からして聖女で間違いないのだろう。しかし本当に聖女が山間の村まで訪ねてくるだろうか、という疑問が集まった人々に渦巻く。その空気を感じたかのように、リタはセルヒオに視線を向けた。

「貴方の腕の怪我は魔獣退治によるものでしょうか?」

「え? あ、あぁ魔獣を倒す前に爪で引っかかれた」

「包帯を外して頂けませんか? 私が治癒致します」

 治癒は聖女だけに与えられる能力。偽者なら治癒など出来ない。セルヒオはエステラが綺麗に巻いた包帯を乱雑に外した。痛々しい引っかき傷に目を背ける村人もいたが、リタは気にせずその傷に手を翳す。すると柔らかな光が現れ、セルヒオの腕を一周した所で傷跡は綺麗になくなった。

「嘘だろ、痛みが消えた」

「これが治癒なのです」

 驚くセルヒオに微笑みかけるリタ。集まった村人達は感嘆の声を上げたり、手を叩いたりしている。エステラはまるで傷などなかったかのような彼の腕から目が離せなかった。

「もしかしたら貴方が勇者様かもしれません」

 リタはセルヒオに微笑みかけ、彼は勇者と言われて瞳を輝かせる。彼が勇者になりたいと知っている村人達は再び感嘆の声を上げた。

 しかしエステラには不安しかなかった。セルヒオほど腕が立つ者はこの村にいない。彼が勇者になる為の修行と銘打って魔獣退治をしてくれていたからこそ、この村はここ五年落ち着いている。天候不順で農作物も森の恵みも収穫は芳しくなかったが、彼が仕留めた魔獣を食べて生きてこられたのだ。彼が万が一勇者だった場合、彼が旅立って魔王を倒すまでの間をどう生き延びればいいのだろう。魔獣に襲われて村が滅びるとしか彼女には思えない。

「貴方が本当に勇者であるならば聖剣を手にする事が出来ます。是非、祈って下さい」

 エステラの気持ちに気付くはずもなく、リタはセルヒオに話しかける。エステラは不安に襲われながらもリタの言葉を聞き逃さなかった。しかし理解は出来ない。祈ったら聖剣を手にするという状況がわからなかった。エステラは意味を知りたくて周囲を見回したものの、他の者達も同じ疑問を抱いている様子だ。

 一方セルヒオはリタに頷きを返すと目を閉じた。彼の纏う真剣な雰囲気に圧倒され、その場にいた全員が無言で彼を見つめる。すると急にリタが光に包まれた。あまりの眩しさに全員が瞳を閉じて身体を背ける。失明するかもしれないと本能が警鐘を鳴らす程の強い光だった。

 暫く不思議な静寂に包まれる。それを破ったのはリタの声だった。

「セルヒオ様、貴方はとても素晴らしい御心をお持ちなのですね。このように立派な聖剣を手にされるとは」

 リタの声にエステラが目を開けると、そこには見た事もない仰々しい剣を手にしたセルヒオが居た。そして隣のリタはうっとりとした表情でセルヒオを見つめている。

「こ、これが俺の剣?」

「えぇ、セルヒオ様の聖剣です。これから共に魔王を倒しに行きましょう」

「お、おぉー」

 セルヒオは感嘆の声を上げて剣を振り下ろした。そして何度も素振りをする。

「すごい。とても手に馴染む。今までの剣とは比べ物にならない」

「勿論です。そちらは勇者様だけに与えられる特別な聖剣なのですから」

「特別……勇者……」

「えぇ。セルヒオ様が勇者様です」

「何かの間違いじゃなくて?」

 エステラは思わず声を上げていた。セルヒオが勇者で魔王を倒す旅に出れば、この村はどうなるのか。村人全員を犠牲にしてまで魔王は倒さなければいけないのか。

「エステラはいつも俺を馬鹿にしていたな。もうお前の愚痴を聞かなくて済むと思うとせいせいする」

「は? 私はセルヒオに現実を教えてあげただけでしょ?」

「現実は俺が勇者だ。いつも偉そうなエステラの説教が大嫌いだった。二度と俺に小言を言うんじゃねぇ」

「セルヒオ様が勇者様で間違いありません。失礼な事を言わないで頂けますか」

 リタがまるでセルヒオを自分の男のように身を寄せて反論し、彼もまんざらでもないという表情で彼女の肩を抱く。エステラはそれが面白くなかった。

「仮にセルヒオが勇者だとして魔王に勝てるの?」

「この立派な聖剣がおわかりにならないのですか? これほどの聖なる力が漲る聖剣で戦えば魔王など一網打尽です」

 リタは自信満々に訴えているが、エステラはそれを信じられない。魔獣相手に怪我をするセルヒオが、魔王を倒せる気がしなかったのだ。確かに彼が今手にしている剣は、今までのものとは比べられないくらい立派に見える。しかし剣だけで勝てる程、魔王は簡単な相手とはとても思えない。

「ちなみに魔王に勝てなかったらどうなるの?」

「不吉な事を言わないで下さい。勇者が魔王に勝つのは絶対なのです」

 リタの断言をエステラは冷めた表情で受け止めた。本当に魔王に勝てるのなら、何度も復活しないだろうとエステラは昔から不思議に思っている。そしてその魔王を人間に倒させる神の存在も信じていない。

「そう、それならせいぜい頑張れば。ただし負けて帰ってきても相手なんかしてあげないよ」

「俺は負けないし、二度と戻らない。魔王を倒して彼女と幸せに暮らす」

「セルヒオ様」

 セルヒオはリタの肩を抱き、彼女は恋する乙女のような表情で彼を見つめている。その光景にエステラは無の表情になった。勇者と聖女が必ず仲良くなるという話も不自然だと思っているので、目の前の二人が奇妙に思えてならないのだ。

「はいはい、勝手にどうぞ。私は帰るわ」

 エステラはひらりと片手を振ると踵を返した。セルヒオが彼女の背中に向けて言葉を発しているのを耳に入れる事無く、自宅へと歩いていく。彼が勇者として旅立つのならば、生き残る為に出来る事を考えなければいけない。彼女は剣も振るえなければ魔法も使えないただの人間である。

「これから村長の家で聖女様を迎えての宴があるから準備をしなさい」

 エステラが家に戻ると、彼女の母は瓜の煮物を皿に盛っていた。都会育ちという感じのリタが母の手料理を食べるだろうかと、彼女は疑問に思ったが口にはしなかった。貴重な食料を提供するのは面白くはないが、セルヒオにとってはいつもの味なのだから聖女も横で文句を言わずに食べるだろうと考えを切り替える。

「それ、セルヒオの出立祝いになると思うから勝手にどうぞ」

「セルヒオ君の出立? まさかセルヒオ君が勇者なの?」

「そうみたい。信じられないけど」

 エステラの母は一瞬目を丸くしたが、すぐに破顔した。心から喜んでいるとわかるその笑顔を、エステラはどう受け止めていいかわからない。

「そう、やっとセルヒオ君の夢が叶うの。良かったわねぇ……ってどこ行くの?」

 母親に向ける顔が思い当たらず、エステラは自分の部屋へと向かった。母親は彼女の背中に話しかけたものの、それを無視して部屋に入る。

 エステラは勇者という肩書に魅力を感じていなかった。神に選ばれし男と言われれば響きは格好いいが、神が魔王を倒せば済む話。わざわざ人間にやらせる時点でおかしい、神ならもっと静穏な世界を作れるのではないのだろうかと疑っている。

 この世界は常に魔獣が徘徊し、一生懸命育てた農作物を荒らす。魔王を倒したら魔獣が居なくなるらしいが、美味しく頂ける魔獣もいる。現状よりいい暮らしになるのか、エステラは判別しかねていた。

『見ツケタ』

 人のものとは思えない異様な声色がエステラの脳内に響く。彼女が気持ち悪さを感じた瞬間に目の前が真っ暗となり、彼女は足を引っ張られるような感覚に襲われた。

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