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『大禍時』

 午前零時。


 俺は自転車に乗って街までやってくる。


 こぎながら空を見上げると、星も月も、暗雲によって閉ざされていた。


 町と街を縦断する路面電車は、この時間になると動いていない。


 道中、車も殆ど見かけない。


 自転車を街の中心部の駐輪場に止め、歩き出す。


 俺は人通りの絶えた街を、周囲を見渡しながら歩いていた。


 普段だったら、人も車もなく静かだが、今夜は様子が違った。


 赤色灯を掲げたパトカーが、街の中心の道路、いたる所を走っている。


 警察が、今度こそ事件を防ごうと、夜の街を走り回っていた。


 俺は失踪事件が起きた現場の住宅街に向かい、その近辺を歩く。


 道中、何度かパトカーの赤色灯に晒されそうになり、慌てて隠れる。


「まったくよお。こんなんじゃ、俺が犯人みてえだぜ」

『ふむ。ま、傍から見れば、怪しいことこの上ないからのう』


 俺が背負っているリュックを揺れ、中からにょきっと、レグルスが出てくる。一声唸り、その手を俺の頭にぽんと乗せる。


「ああ、ありがとよ」


 家にやってきたレグルスは、俺が街に行こうとすると、自分も行くとでも言わんばかりに唸り続けるので、俺はリュックに入れ、連れていくことにした。


「さあて、怪物め、どこから来やがる? 」

『明かりが少ないところを、重点的に探すのじゃろ? 』

「まあな」


 前からやってきたパトカーに見られないよう、咄嗟に脇道に入ってやり過ごす。パトカーはそのまま太陽たちに気づくことなく走り去っていく。


「お勤めごくろうさんっと」


 俺はそのまま住宅街を見つからないように歩いてゆく。


『お主の作戦とやらじゃが、危険はあるものの、確かに怪物を見つけるには他にないかもしれぬの』


「だろ? ってかこれ以外は思い浮かばねえよ」


 俺は街に向かってる間にヒル子に思い付いた作戦を話した。


 自分を囮に、怪物を誘き出す作戦に、ヒル子は危険すぎると一度は反対したものの、他に案も思い浮かばず、敵を見つけるには手っとり早いと説明すると、納得した。


 事前に今までの失踪事件の現場の場所はだいたい頭に入れていたから、そのあたりを目指して歩く。


 すると、そういう場所は、複数の警官が立って見張っていた。


『ふむ。流石に怪物も、これだけ人数がいては、やらないのではないか? 』


「確かにその通りかもしれねえ。ヒル子、怪物の気配は、感じねえか? 」


『うむ。この辺りでは、感じないのじゃ』


 ヒル子の言う通り、この辺りには怪物は現れそうにない。


 今までの傾向を考えると、怪物は獲物が独りでいる時を狙っている。


 複数の警官がいるところは、狙われない可能性が高い。



「ま、これだけ警戒しているんだ。もしかしたら、今夜は現れねえかもしれねえな」

 

 そんな軽口を言いながらも、そんなことはありえない、ともう一人の俺が囁き、不安が忍び寄ってくる。


 正体不明の怪物を見つけるために、この囮作戦をとったものの、いつ、どこから襲い掛かってくるかもわからないことに、今更後悔しそうになる。


 そんなことを考えていると、地面のアスファルトに軽く何かが落ちた音が聞える。


 それと同じくして、頭、腕や肩に滴が落ちる。


「雨、か……」


 ぽつぽつと、暗雲から雨が降ってくる。


 次第に強まってくる雨に俺は舌打ちを打つと、駆けだす。


 とにかく一旦、雨を避ける場所を探す。


 雨で視界が悪くなり、俺は走り続けるも、今自分がどこにいるのかがわからなくなる。


 コンビニがどこかにないかと周囲を見ながら走り続けていると、

 

『太陽。あれは……何なのじゃ? 』


 ヒルコの言葉に、俺は顔を前に向ける。


 気が付くと、街の中心部から大分離れた箇所にある小さな山の麓まで来ていた。


 そして俺たちの前には、古びた神社があった。


 鳥居の朱色も落ち、建物も傾き崩れ、境内は雑草が伸び、明らかに荒れ果てていた。


 神主もいないのか、寂れて管理も行き届いていないようだ。


 もはや、信仰する者もいないであろう、その神社を見ていると、雨が降りしきる境内の中に、ぼおっと白い人影が見える。


 幽霊なのかと一瞬背筋が冷えるも、幽霊よりもっと悍ましい怪物と戦ったことを思い出し、俺は落ち着いてそれをよく見る。


 よくよく目をこらすと、長い髪に、紺色のスカート、そして純白のセーラー服を着ている女の子が、境内の中心で俯き、立ち尽くしていた。


「女子高生か? 一体なんだって、こんな場所に……」


 と俺が呟いた途端、ヒルコが叫ぶ。


『太陽! 奴じゃ!? 』


「何?! どこだ、どこにいんだ?! 」


 と俺が周囲を見渡し、再び前を向いた時。




 

 女子高生の体が、地面に沈み始める。




『太陽!! 』


 俺は返事をする前に、脚が動き、駆け出している。


 ここから神社の入り口までの距離を目算する。


 五十メートルより若干長いくらいか。


 くっそ、間に合うか?!


「いや、考えてる場合じゃねえ! 」


 体を前傾にし、一気にトップスピードへ。


 雨でぬれた路面で一瞬滑りそうになるが、何とか持ち直し、走り続ける。


 女子高生はもがくように手を伸ばすが、みるみうちに沈んでいき、既に下半身は見えなくなる。


 両腕を全力で振り、腿を上げ、風となって駆ける。


「うぅおおおおおおおおおおおおお」


 鳥居をくぐり抜け、境内へ。


 境内の中央で、唯一残った女子高生の右手が、宙に助けを求めるように揺れている。


「と、ど、けっ! 」


 前傾姿勢のまま、倒れ込むように、右手を伸ばし、女子高生の右手を掴む。


 急ブレーキをかけた右脚で、地面を踏ん張り、女子高生を引っ張り上げようとするも、あまりの沈み込む力の強さに、逆に俺の体が引きずり込まれそうになる。


『太陽! 踏ん張るのじゃ! 』

「くそっ。 わかってる! 」


 女子高生を引きずり込んでいる漆黒の沼が、俺の足のある場所まで広がってきている。


「ヒル子! 何とかならねえか!? 」


『そんなものないのじゃ! 頑張るのじゃ! 』

「てめえ、この役立たずっ! 」


 ヒル子の悪態を無視して、


「おい! 離すんじゃねえぞ! 」


 沼に沈み込んでいる女子高生に俺は叫ぶ。


 聞こえているかどうかわからない。それでも、俺は叫び続ける。


「絶対死なせやしねえ! だから! 」


 俺はその手に握ったか細い手が離れぬよう、強く握りしめる。


「手を伸ばせ! 諦めるな! 」


 俺の叫びと同時に、左手のイマジナイトが展開する。


 紋章が輝き、眩い光が境内を照らすと、漆黒の沼が揺らぎ、沈み込む重力が一瞬弱まり、軽くなるのを感じる。


 そして漆黒の沼を突き破り、女子高生の白い左手が伸びる。


 俺がその手を左手でクロスするように掴む。


「今だっ! おらぁああああああああああああああ! 」


 俺は体を全力で後ろにそらし、両手で一気に女子高生を引き上げる。


 俺は腰を捻るように上体を回転させ、女子高生の体を引きずり出し、俺の後ろの地面に放る。


 間に合った、そう思った刹那、自分の脚が漆黒の沼に囚われ、腰まで一気に引きずり込まれる。


 俺はまだ動ける頭を動かし後ろを振り向く。


 地面にうつ伏せに倒れ、顔を上げ、呆然と俺を見ている女子高生と目が合う。


「ここから、早く…… 」


 逃げろ、と言い切る前に、俺の頭は完全に飲み込まれ、そのまま闇の中へと墜ちてゆく。





 気が付くと、俺は地面に膝を突いていた。


『太陽、大丈夫か?! 』


「何とか、な」


 俺は立ちあがり、周りを見る。


『いったいどこなんじゃここは』

 


 暗い洞窟の内部にいるようだ。


 かなり広い洞窟なのか、手を伸ばしても天井がはるか上にあり全く届きそうにない。


 暗闇の中、ところどころに突き刺さっている結晶のようなものが微かに光を灯している。

 


「とにかく進んでみるしかねえか」


 いつの間にか傍らに成体になったレグルスがいた。


 レグルスの存在に、俺は少しだけ安心し、共に奥の方へと進んでいく。


『うう。暗い所は苦手なのじゃあ』


 とヒル子のびくついた声が聞こえてくる。


 一歩歩くごとに、濃密な闇が奥の方から流れてくるのを感じる。

 

 雨に濡れた体が冷えてくる。


 五分ほど歩くと、それは唐突に現れた。


 目の前に、俺の背丈の何倍もありそうな、暗闇が壁のように立ちはだかる。


 底の見えない闇は、光を飲み込むブラックホールのようだ。


 俺は近づこうとすると、何かに躓き、転びそうになる。


「何だよ? 」


 と俺が下を見た途端、白い棒が見える。


 背筋が一気に凍りつき、吐き気を催し、胃の中身を吐き出す。



 一瞬にして、理解する。


『太陽。ここは……』


 俺は携帯のライトで照らすと、辺り一面に人骨が、散らばっていた。


 足元の頭骨が、歪に砕けている。


 腕や足、その他の骨が、小さなものから、大きなものまで、ばらばらになって、広がっている。


 俺は目を逸らそうとするが、逸らすことはできなかった。


 それは、俺の行く末を暗示するかのように、俺に訴えかける。


 死。


 逃げろ。逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ!


 全身が震え、ここから逃げることで頭が一杯になる。


 意志が燃え尽きかけた瞬間、目の前の闇が揺らぎ始める。


 それは、前兆。


 闇が脈打ち、揺れ動き、何者かが闇の中から這い出んとする。


 傍らのレグルスは唸り声をあげながら、体全体を沈みこませ、今にも飛び込もうとしていた。


『来るのじゃ、太陽! 』


 もう逃げる暇なんてなかった。


 俺は、唇を噛み、崩れ落ちそうになる膝と震える腿に拳を叩きつけ、何とか立ち上がる。


 闇の渦の中から、赤い光が見える。


 四つの血走った朱い瞳が、俺とレグルスを捉えた。


 俺は震える拳を握りしめたその時、レグルスの鬣が眩く輝きを放つ。


 レグルスが咆哮する。


 それは戦いを告げる法螺となり、洞窟全体に響き渡る。


 その咆哮が、俺の全身を奮い立たせ、気づくと震えが止まっていた。


 俺はレグルスを見ると、レグルスの視線が問いかける。


 れるのか?


「っつ。馬鹿にすんじゃねえ、レグルス! 」


 俺は勇気を振り絞り、胸を張り、背筋を伸ばし、雄たけびを上げる。


『その意気じゃ、太陽! 征くぞっ!! 』


「ああ!! 」

 

 ヒルコの声を掛け声に、俺は目の前の闇に向かって走り出す。


 その瞬間、闇の中から、毛におおわれた巨大な四本の腕が飛び出してくる。


 左手のイマジナイトを顔の前に掲げ、叫ぶ。


「イマジナシオン! 」

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