『敗走』
「だらああああああああ! 」
変身と同時に、俺は体をひねり飛び込みつつ、召喚した剣で、迫りくる巨腕を横薙ぎに切り裂いてゆく。
鮮血が迸り、奇怪な叫びが鎧を突き抜けるように、俺の耳をおぞましさで震わす。俺はそのまま地面を横に転がりつつ、距離をとって立ち上がる。
顔を上げた俺は、その敵の異様な姿に固まる。
目の前に立ちはだかるのは、巨人だった。
全身を毛で覆われており、五メートル以上はありそうなその巨体は、肩口から二本ずつ、計四本の地面にも届きそうな長い巨腕が生えている。
そして、更に上を見上げると、異形たる部位が目に飛び込んでくる。
顔を見ると、そこにあった口は横ではなく、縦に開いていた。
獰猛な牙が縦に並び、かちかちと音を鳴らしている。
赤い光を放つ眼が四つ、顔の上下左右にくっついていた。その血走った眼は回転しながら、俺とレグルスを交互に睨みつけていた。
俺はその異形の巨人に唖然としながらも、無理やり剣を構える。
『太陽! あやつの腕を見よ! 』
ヒル子が驚愕の声を上げる。
「なに? 」
俺は怪物の腕を見る。すると、先ほど出合い頭に切り裂いたはずの一本の腕の傷が見る間に塞がっていく。
「おいおいおいおいっ!……再生能力まであるのかよ!? 」
レグルスも警戒するように唸る。
異形の巨人はこちらを見下ろすと、大きく口を広げ、凄惨な笑みを浮かべる。
刃物のように並んでいる牙を見せつけ、狂気の叫びを上げ、俺とレグルスに向かって飛び込んで来る。
「くそっ! 」
俺は左に、レグルスは右に躱す。巨大な腕が轟音を上げて、俺の頭上を通り過ぎる。
体を斜めにして、巨人とすれ違いざまに切りつけるも、傷を与えたか確認する間もなく、もう一本の腕が背後から飛んでくる。
「こいつはっ」
咄嗟に転がり何とか避けるも、顔を上げると、巨人が俺の方を向く。
大型トラックが突っ込んでくるような圧力と奇声を発しながら、巨人が突撃してくる。
俺は後ろに下がろうとしたが、洞窟の壁際に追い詰められていたことに気づき、真横に飛んで避ける。
轟音と衝撃で洞窟全体が震え、寸前まで俺がいた洞窟の壁に、巨人の腕がめり込んでいた。
「あっぶねえなあ、おい!」
全身から冷や汗が流れる。
直感で、真正面からこいつと戦うことを避けるべきだと悟る。
かすり傷が致命傷になりかねない。
俺は巨人の腕を避けながら、ぎりぎりで剣が届く箇所を連続で切り裂いてゆく。
巨人の肉体に剣は通るものの、斬った傍から傷が塞がっていく。
レグルスは背後から飛び掛かり、鋭い爪の一撃を腕に食らわすも、傷跡が蠢き、腕が再生する。
怪物が今度は、レグルスに向き合い、背中が無防備になる。
「隙ありいっ! 」
と背後から剣を振り上げ、巨人の無防備な背中に突撃を仕掛けた瞬間だった。
巨人の後頭部、あるはずのないその位置から目が現れる。
そして背中から突き破るように、新たに四本の腕が現れ、鞭のようにしなり、俺の頭上から振ってくる。
「なっ!? 」
咄嗟に急ブレーキで踏ん張り、俺は剣を盾に頭上からの攻撃を防ぐ。
その四本の腕が剣と衝突した途端、強烈な衝撃と同時に、両足が地面にめり込む。
『太陽!? 』
空から鉄塊が落ちてきたような、そんな一撃を何とか耐えるも、このままだと潰されると直感する。
咄嗟に俺は剣を放し、後ろに転がる。
レグルスも距離をとって、警戒する。
新たな姿となった巨人は、洞窟を覆うかのような巨大な八本の腕を広げ、狂乱の雄たけびを上げ、俺たちを見下ろす。
「やばすぎんだろっ、こいつぁ、よお! 」
剣を再び召喚した俺は、何とか突破口を開こうと、目の前の巨人に向かって飛び込む。
暴れまくる巨人の嵐のような攻撃を紙一重で躱しつつ、何とか剣と爪で攻撃を仕掛けるも、瞬く間に傷は塞がり、八本の腕の波状攻撃に、防戦一方となる。
「っつ」
俺は舌打ちをしながら豪速で迫りくる腕をぎりぎりのところで避ける。
レグルスも唸りながら巨人目掛けて飛び込むも、振り払われた巨椀に鋭い爪が防がれる。
『太陽、後ろじゃ!? 』
ヒルコの声を聞いた瞬間に、いつの間にか背後にいる怪物から巨腕が飛んでくる。
俺は振り向くことなく右足をばねに左方向へ全力で、飛び込み攻撃を避ける。
当たれば確実に骨どころか、当たった箇所がちぎれ飛びそうな攻撃に、俺とレグルスは避けることが精一杯だ。
なんとか剣で斬りつけれたとしても、負傷した箇所がすぐに再生してしまう。
「これじゃあ埒があかねえっ」
このままでは、力尽きた途端、一方的に嬲り殺されてしまう。
追い詰められた脳がフル回転し、俺は唯一の打開策を思い付く。
「ヒル子! このままじゃジリ貧だ! 一発逆転の一撃を、あの時の炎を出してくれ! 」
『何のことを言っておるのじゃ、太陽! あの一撃とはなんじゃ!? 」
俺は愕然とするも、思い出す。ヒル子がこの前の戦いのことを覚えていねえことを。
それに、先日の戦いで何とか怪物は倒したものの、あの炎に自分は焼き付くされる寸前だった。
何とかあの炎の一撃を食らわせても、奴の再生能力が尽き倒しきるまでに、俺自身の身体がもつ持つかどうか。
『太陽! 何をしておる、止まっておるのじゃ!? 』
一瞬の思考停止、そして目の前に巨大な腕が現れたと思った途端、吹き飛ばされ、洞窟の壁に背中から激突する。
「がっ 」
『太陽!? 』
鎧を貫通する衝撃と痛みで呼吸が止まり、意識が飛ぶ。
『太陽! 起きるのじゃ! 来るのじゃ!?』
俺は体を起き上がらせようとするも、眼がちかちかし、頭が回らない。
無防備な俺の胴体を、怪物の巨大な両手が掴み、持ち上げる。
怪物の両手が鎧を砕かんと締め付け、二本の腕が俺の頭を殴りつける。
抵抗もできず、一方的に殴られる。
兜を通して伝わってくる、衝撃が俺の脳を揺らす。
俺の両腕を掴むと、胴体と両腕を握りつぶしにくる。
鎧がミシミシと悲鳴を上げる。
「がぁあああああああああああああああああ」
鎧ごと潰そうと込められたその万力のような力が、鎧を通して伝わってくる。
腕がひしゃげそうな程の痛みで、俺は絶叫する。
レグルスが雷の轟く咆哮し、巨人に向かって疾走し、飛び掛かる。
レグルスに向けて巨腕が向かうも、レグルスは華麗に避け、飛んでくる腕に飛び乗り、頭に向けて駆け上がる。
振りかぶった腕から放たれたレグルスの黄金の爪が、怪物の頭に一撃を食らわせる。
顔を切り裂かれた怪物が痛みに悶え、俺を掴んでいた腕から力が抜け、俺は地面に落ちる。
「はあ、はあ……」
俺は立ち上がり両腕を見る。
あまりの痛みに腕が潰されたかと思ったが、何とか腕は原型をとどめていた。
だが、腕、胴体の鎧に何本もの罅が入り、もう一度くらえば、確実に鎧は砕かれる。
だめだ……勝てない。
スピードもパワーもこちらを遥かに上回る怪物。そして何より、生半可な傷を与えても、再生するその能力。
「どうしろってんだよ!? 」
絶望する暇も与えてくれずに、巨人が暴れまわり、俺はそれを避けるために体にムチ打ち、走り出す。
『太陽、聞くのじゃ! 』
「んだよ! 喋ってる暇なんか! 」
俺は攻撃を避けながら、叫ぶと、
『ここは逃げるのじゃ、太陽!』
一瞬、ヒル子の言葉が理解できなかったが、
「なっ?! そんなこと、できるわけ」
『今の我らの力では、奴を倒し切れぬ! お主もわかるであろう! 』
ヒル子の言う通りだった。
「だけど、ここで逃げたらっ」
脳裏に、テレビ画面が浮かぶ。ニュースのテロップで、犠牲者の文字が踊り、視界の端では、地面にばらまかれた骨が戦いの余波で砕け散る。
莉々朱さんの不安げな顔、そして震える声が蘇る。
「また犠牲者が出るだろうがっ! 」
俺は目の前から迫る嵐の如き攻撃を避けながら、ヒル子に言い返す。
ここで逃げるわけにはいかない。
何とか、何とか、ここでこいつを倒さないと……
これ以上、犠牲者を出すわけにはっ
『馬鹿者おっ! ここで無理して、もしもお主が敗れた時、誰がこやつからあの娘を……エルピスを護るのじゃ!! 』
ヒル子の言葉で、黄金樹の森で一人寂しく佇むエルピスの情景が浮かび、俺の心を締め付ける。
『悔しいが、今この場では、こやつには勝てぬ! だから、今は逃げるのじゃ! 」
「俺は……俺は……」
それでも逡巡する俺に向かって
『それに、これで終わりではない。生き残れば、いずれ勝つことができる! 我は信じておる! お主なら、それができる、と! 』
ヒル子の力強い声が、心に刺さる。
『生きていれば勝ち、なのじゃっ! 』
最後のヒル子の言葉に、おれは唇を噛んで、叫ぶ。
「レグルーーーーーース! 」
俺の呼びかけに、レグルスがこちらを見る。
「撤退だ! 」
レグルスは俺の言葉に目で応えると、怪物の攻撃を飛んで避け、俺の横に飛び降りる。
俺とレグルスは、怪物に背を向け、走りだす。
俺は後ろを軽く振り返り確認する。
怪物は俺たちの突然の逃走に一瞬固まるも、走り出した俺とレグルスに向かって竜巻のように腕を振って、追いかけてくる。
「出口までどれくらいだ! 」
『そう遠くないはずじゃ、あれを見よ! 』
俺たちの視線の先には、最初に落ちてきた場所が見え、そこの空間に僅かな亀裂が走り、そこから光が射している。
「あれだ! 」
俺は横で並走するレグルスと共に、全力で光が射している亀裂に向かって走る。
怪物の咆哮と地面を砕く音が、段々と怪物との距離が近づいていることを教える。
「飛び込めえええええええっ」
俺とレグルスは亀裂に飛び込む。
亀裂に飛び込んだ瞬間、俺は一瞬振り返る。
見えたのは、巨人がその八本の腕を全て伸ばして、亀裂に向かって突進している姿だった。
「痛てえ! 」
俺は地面に投げ出される。元の姿に戻った俺は痛みに耐え、何とか起き上がる。
レグルスも子どもの姿になり、体を震わせていた。
空を見上げると、東の空から日が昇り始め、光が射していた。
いつの間にか、雲は何処かへ行き、雨が上がっていた。
時計を確認すると朝、七時になろうとしていた。
「もう七時か。確か一時くらいじゃなかったか、ここに来たのは」
闇の沼に呑み込まれて、あの怪物と戦ったのは、一時間もなかったはず。けれど現実世界に戻ると、六時間近くたっていた。
『おそらくじゃが、あの空間と現実世界は時間がずれているのだろう。理由はわからぬがの』
俺は境内を見ると、漆黒の沼は消えていた。
俺は全身の疲労感で、そのまま寝転んで眠りたいと思うも、何とか立ち上がる。
あの怪物がいつ、襲ってきてもおかしくない。
『ふむ。ひと先ずは危機は脱したと思うのじゃ。こんだけ明るければ、あの怪物も現れまい』
ヒル子の言葉に一応納得はしたものの、空の明るさとは正反対に、俺の心は暗雲に覆われていた。
「あんな奴……どうやって倒しゃいいんだよ」
『今は考えるでない。生き残ったことを、誇るのじゃ! 』
ヒル子の励ましの言葉にも、俺の疲れ切った心は反応できない。
そういえば、あの女子高生は無事、逃げれたのだろうか。
俺はレグルスをリュックに入れて、鉛のように重たい体をひきずり、何とか歩く。
疲労困憊だった俺は何とか街に戻り、朦朧とした状態で自転車を漕ぎ、家に辿り着いた頃には視界がぼやけていた。
俺は玄関のドアを開けると、そのまま倒れ、意識を失った。




