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『ヒル子』

『ヒル子……』

 声の主が呟くと、黙り込んでしまう。


 沈黙が続き、気に入らなかったかと内心ヒヤリとするが


『よかろう! 』

 

 と大声で声の主は叫ぶ。


『仮初の名とはいえ、気に入ったのじゃ! 当面、ヒル子と名乗らせてもらうのじゃ! 』

 

 ヒル子が名前を気に入ったことに俺は安堵する。


「まあ気に入ってくれて、なによりだぜ」


『うむ! ところで、お主の名は何というのじゃ? 』

 

 聞かれた俺は、


「俺か?俺は、太陽。八剣太陽ってんだ」

 と答える。


『ほう! 太陽とな!」 

「な、なんだよ」

 急に大声を出された俺は驚くと


『いいや、よい名前じゃのうと思ってのう! それだけなのじゃ!』


 何が気に入ったのかわからないが、ヒル子はいたく嬉しそうだ。


『それではお主のことを太陽と呼ぶのじゃ。ところで、昨夜の怪物は何なのじゃ? どうしてあんなものがこの世界におるのじゃ? 』


「いや、それは俺が一番知りたいんだよ」


『はて、どういうことじゃ? 』


 俺は昨夜の出来事を、時系列順にヒル子に話す。


『ほほう、何とも不思議な出来事に巻き込まれたのう』


 あんたもその不思議な出来事の一つだと言いかけたが、またも騒ぎそうなのでやめておく。


『それでは、お主もあの少女や怪物のことを何にも知らぬ、というわけじゃな? 』


「そうだぜ。しかも、突然ノーデンスって爺さんが出てきたと思ったら、あんなこと言ってきやがってよ」

 

 俺は机に脚を伸ばしながら、ヒル子に愚痴る。


『ふむ。女神の守護者……あのノーデンスとやらは確かそう言っておったのう』

「ああ。ヒル子はその言葉、どこかで聞いたことないか? 」

 

 俺の問いかけにヒル子は唸りつつ、


『いや、我も聞いたことないのう。というよりそれ以前になーんにも覚えておらぬわ! 』


 ヒル子は何が可笑しいのか、心底愉快そうに大笑いする。


「……。あんた、すげーな。さっきまで、あんなに泣いてたっつうのによ」

『泣いておらぬわ! まあ記憶がなくても、我なら何とかなるじゃろ! 何かそんな気がするのじゃ! 』


 呆れるほどの陽気なヒル子の声に、俺は苦笑する。


『ふむ。じゃが、女神の守護者といったか。これはある意味、お主に相応しい役目なのではないか? 』


 ヒル子の言葉に俺は面食らい、慌てて反論する。


「いやいやいや。少女と世界を護るために怪物と戦えとかよ、漫画やアニメじゃねえんだぜ、あり得ねえだろ⁉ 」


『まんが? あにめ? それは何か知らぬが、あり得ないことはなかろう。昨夜、お主は体験したじゃろうが 』


 やれやれといった風に話すヒル子に俺は苛つく。


「第一、俺はただの高校生だぜ! 俺にそんなことできるわけが」

と言いかけたその時だった。


『何を言うておるか、太陽! 昨夜のことを忘れたのか。お主がそれができる男であることを、その身をもって証明したではないか!! 』



 俺はヒル子の言葉に呆気に取られる。確かにヒル子の言う通り、俺は戦って、怪物を倒し、少女を助けることができた。


 だけど……。


「あの時は、その……無我夢中で戦ったら、何とかまぐれで倒せただけだ。最初からやれると思って、やったわけじゃねえ」


 と言うと、ヒル子が呆れたようにため息をつく。


『我はお主の戦う姿に、とても感心したのじゃぞ! だというのにお主を見ておったら、夢じゃねえかとか何とも情けないことばっか言っておる』


「てめえに何がわかるってんだ! 」


 俺はヒル子の言葉にキレそうになる。


『我にわかるのは、お主が命を懸けて怪物を倒し、見事あの少女の命を救いだしたということだけじゃ。じゃから、自分自身を卑下するようなことを言うでない』


 先ほどまでの騒がしさとはまるで別人格に変わったのかと勘違いするくらい、ヒル子が静かに、優しく諭すように言う。


 ヒル子が発したその言葉は、俺の心の中に、すとんと染み込む。毒気を抜かれ、俺は何も言えなくなる。


『じゃがまあ確かに。あのような怪物相手に臆してしまう気持ちも、わからんでもない』


 うんうん、とヒル子がまたもや打って変わって、胡散臭い親密さでもって話し出す。


「……何が言いてえ」

 嫌な予感がした俺は、訝しげに問いかける。


『そんなお主に朗報じゃ!』

 ヒル子の叫びが、脳内に反響する。


『この我がお主に力を貸してやるのじゃ! その代わり、お主は我をこの石の中から解き放つのじゃ! 』

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