『冒険』
ヒル子からの思わぬ協力の申し出に俺は驚く。
「おお、手伝ってくれんのか? 」
『ふふ、勿論じゃ! お主にとって、千人力になること、間違いなしじゃ! 』
どこまでも自信満々な物言いのヒル子に俺は感謝を覚えるも、少しひっかかる。
『じゃから我をここから……』
「んで、ヒル子は何ができんだ?」
と聞くと、答えが返ってこなくなる。
『それは、あれじゃ……あれじゃよ』
「あれって? 」
俺が黙っていて答えを待っていると、ついに
『まあまあ。細かいことはよいではないか!』
とヒル子が開き直る。
「いや、よくねえよ! 一番大事なところだろうが! 」
と俺はキレそうになるが、
『まあまあまあまあ! 落ち着くのじゃ太陽。それではお主に問うが、昨夜の出来事を、お主は相談できる相手がおるか?』
ヒル子に問われた俺は、返答に詰まる。
「いや、そりゃあ……いねえけどよ」
『じゃろ? お主が昨夜体験したことは、他の人間にとって理解することは難しいじゃろう。まずもって普通の人生では起こりえぬことのはずじゃ』
ヒル子の言う通り、友達にも家族にも相談できる話じゃねえことは確かだった。
「まあ、確かにな」
『そこで! 我がおるというわけじゃ。この我がおることで、お主は独り悩むことなく我に相談することができ、この賢い我の智慧に従うことで、後顧の憂いなく決断を下し、戦うことができる、というわけじゃ! 』
そう言われると、確かにヒル子の存在は貴重かもしれないと思い始める。
俺はまだノーデンスの言っていた女神の守護者として戦う覚悟は、決まっていない。
だけど、ヒル子がいれば、色々話を聞いてもらうだけでも、役に立つかもしれない。
正直、今のところヒル子は戦いには役立ちそうにないから、それぐらいしかできないということはあるが、それは今は目をつむろう。
「ヒル子の言いたいことはわかったぜ」
『そうじゃろそうじゃろ!』
とヒル子が嬉しそうに言う。
「まあ手伝てくれるっつうのはありがたいけどよ。悪いが、ヒル子をここから解放する方法なんてわかんねえぜ」
俺は腕輪、神宝イマジナイトがつけられた左手を上げ眺めながら言うと、
『わかんなくてもよいのじゃ! 今のところ我の声を聞こえるのは、太陽、お主だけみたいじゃからのう。お主の協力が得られれば、いずれ何とかなるはずじゃ! 」
ヒル子のどこまでも楽天的な言葉に、俺はつい笑みがこぼれる。
「なら、これから宜しくな、ヒル子」
『うむ! よろしくなのじゃ、太陽! 』
途端、イマジナイトの表面の紋様が輝き始める
『何じゃ!?』
「何だ?!」
腕輪の表に刻まれた星の輝きが、十秒ほど続き、そして消える。
「一体何だったん……」
「太陽!! あんたうるさいけど何してんの! 」
と一階から母ちゃんの叫び声が聞こえてくる。
階下で陽芽がドタバタしている音が上まで響いてくる。
どうやら母ちゃんと陽芽が朝から行っていたプールから今、帰って来たようだ。
「おい、ヒル子」
『お。早速我に相談かの』
嬉しそうに答えるヒル子に
「ああ。お前との会話、なんとかなんねえのかよ。俺だけ話してたら、独り言呟く頭おかしい人に見えちまうぜ」
と言うと、
『ううむ。我は普通に喋ってるだけなのじゃが……』
むむむとヒル子が唸り、
『そうじゃ! 太陽。我に話す内容を頭の中で思い浮かべてみるのじゃ』
「思い浮かべるって言ったって」
『まあまあ。やってみるのじゃ! 』
ヒル子に言われた通り、俺はあえて口に出さずに、頭で言葉を思い浮かべて、ヒル子に話しかけてみる。
『ヒル子。これは聞こえるか?』
『うむ。聞こえるぞ! どうやら成功のようじゃ』
これで、ヒル子との会話の際も口に出さずに済む。
『それで太陽よ。これからどうするのじゃ?』
『そうだな』
と俺は立ち上がりながら、窓の外を見る。
『とにかく、ノーデンスに話を聞いてみないことには何もわかんねえからな。昨日の約束通り、今夜、あの爺さんに会いに行くぜ』
『それがよかろう。今の時点では、我もお主もわからないことばっかりじゃからのう! 』
『ああ……それに』
俺は、昨日の一連の出来事を考える。
不思議な夢、世界が軋むような感覚と同時に現れた光の柱。
謎の森、黄金の大樹。その中で眠る謎の少女に、見たこともない見るも悍ましく恐ろしい怪物。
突如現れた獅子。
そして……。
俺は左腕の腕輪。ノーデンスがイマジナイトと言った腕輪を見る。
『太陽! 』
ヒル子の声に俺は我に返る。
『あまり難しく考えるでない! 元々わからないことばっかなのじゃ! ならば、出たとこ勝負でやってみるしかなかろう! 』
ヒル子の言う通りだ。今の俺が悩んだって、何かわかるわけでもない。
まずは行ってみないことには、始まらない。
『確かにな。ありがとよ』
『どうじゃ、役に立つじゃろう、我は! もっと感謝するのじゃ! 』
『そうだな。後は声がうるさいのをなんとかしてくれ』
『んじゃと! その言い方はなんじゃ無礼者がっ! 』
ヒル子が頭の中で騒いでるのを無視しながら、俺は窓枠に立ち、窓を開けて外を眺める。
蝉の鳴き声が果てることなく響き続け、天から降り注ぐ光が、町を熱くする。
入道雲が立ち上る夏の空を見ながら、俺はヒル子につられて楽観的に考える。
ノーデンスの話を聞いて、この冒険がどんなものなのかを知ってから断っても、遅くはない、と。
それは間違っていた。
冒険は、既に始まっている。
もう、後戻りはできない。
それに気づくのは、もう少し後のことだった。




