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『変身』

 重なり束ねあう荘厳なる声が、脳内に響き渡る。威厳に満ちあふれた男女の声はオーケストラのようだ。


 俺は声の出所を探し周囲を見渡すも、目に映るのは、異形の怪物と立ちはだかるライオンのみ。


「一体どこから……。それに守護者って」


俺の戸惑いを無視して、その声は俺に向かってしゃべり続ける。


『唱えよ』

 

 手のひらの中にある錆びた石を見ると、赤く輝く星の上から、奇妙な複数の文字の連なりが縦に三列、立体映像のように浮かび上がる。


「こんなもん、読めるわけ」


と俺は毒づきながら文字を見ていると、何故か頭の中に、俺が知らないはずの読み方が浮かんでくる。


 意識が朦朧としだした俺は、頭に浮かんだその文字を無意識に読み上げる。


「パイディア」


 一番上の文字列が消え、星の輝きがより鮮やかになる。


「アレテー」


 二段目の文字列が消える。石は俺の手の中で振動し始め、錆びた石の表面に罅が入り始める。


「クセニア」


 もはや持っていられないほど振動しだした石を手に、俺が文字列の最後の文字を言った瞬間、それは起きた。


 ガラスが砕けるような音と同時に、罅が完全に割れる。


 石に刻まれた錆びた模様が、鮮やかな金色と赤色に彩られる。そしてその中心で刻まれた星が開き、宝石を遥かに越える輝きを放つ、翡翠色の卵が現れる。


 石は俺を中心にして、周囲に光線を放ち始める。


『全神承認。只今を以て、我らは汝を女神の守護者に命ず』


「女神の……守護者?」

 

 理解が追いつかない。けれど、女神の守護者という言葉が、俺の魂を振るわせる。


『目覚めよ少年。そして想像せよ!』


 その言葉が頭の中に流れ込んだ途端、俺の意識は過去に連れていかれる。


 幼い俺は、とある映画館の中にいた。

 

 夏休みに観に行った、とあるアニメ映画のラストシーン。


 背筋が震え、静かな映画館の中で、思わず声が飛び出る。


 邪悪を斃し、世界を救った、輝ける光の勇者の姿に。

 

 幼き頃の憧憬、今や忘れ去られた記憶の片隅にあった懐かしき思い出。


 何度も憧れ、想像した。


 その勇者となって、世界を救う物語を。


 俺の心の中から、湧きたつ希望、熱く燃える勇気がとめどなく溢れ出す。


 今しかない。ずっと成りたかった存在になるのは、今しかない!

 

 跪いていた俺は、立ち上がる。


 もはや痛みは感じない。手のひらの石から溢れ出す光が、俺を導く。


『唱えよ!その名も!』

 

 俺は握った石を天に掲げ、あらんかぎりの全力で腹の底から叫ぶ。


「イマジナシオン!」

 

 叫んだ瞬間、光に俺は包まれ、意識が真っ白に染まってゆく。




 黄金の光は、闇夜を切り裂き、暗雲を貫き、天まで至る。


 眩い光に、怪物は最大限の脅威を感じ、大きく後ずさる。


 ライオンは、その時が来るのをじっと待っている。


 やがて光が消えたその場所にいたのは、白いマントに覆われ、うずくまっている何か。


 そしてそれは、ゆっくりと立ち上がり、面を上げる。


 頭部には王冠の如く威容を放つ三つの金色の角を持つ兜。全身を純白のマントで覆っている。


 それは眼を開く。その瞳は、サファイアの如く、蒼き光を灯す。


 目の前の怪物を蒼き瞳に映したその存在は、マントを一気に翻し、全身の姿を顕す。


 白銀と黄金が交じり合う鋼の鎧。胸には、二つの赤き稲妻。


 それは、少年が夢見た理想の英雄。


 かつて幼い頃に成りたいと願った、勇気の化身、勇気の象徴。


 人の想像せし新たな神話の勇者が、此処に顕現した。

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