五
「惟成、あいつは?」
「ちゃーんと捕まえて検非違使に突き出しときましたよ。本当に、人使いが荒いんだから。」
駆け寄ってきた人はどうやらさっきの悪漢を追っていった人らしい。
身振り手振りで色々と説明しているらしく、うぐいす色の着物の袖がヒラヒラ視界を掠める。
「コホン!あの、そちらは?」
しばらく二人の会話を見守っていたが阿漕が耐えかねたように声をかけた。
「ああ、すまない。こいつは惟成。私の乳兄弟だ。」
「またそんな説明で!従者です!従者!いい加減身分の違いを認めてください!ーーっと、失礼しました。惟成と申します。美しいお二人を困らせる狼藉者はしっかり捕まえときましたから、ご安心ください。」
そう言って惟成さんがニコッと笑った。茶色くてふわふわした髪にクリッとした瞳。背丈は道頼様とあまり変わらないのに威圧感がなく人懐っこい印象を受ける。
なんてゆうか、柴犬みたいな人だ。
「そうでしたか。姫様を助けていただき、ありがとうございました。」
阿漕が美しいの部分は華麗にスルーしてお礼を言う。
私の顔は傘でほとんど見えてないし、絶対阿漕にむけた“美しい”だったと思うんだけどなあ。
惟成さんは残念そうに苦笑しながらも「いえいえ」と首を振っていた。
「あれ?道頼様、その袖!」
惟成さんが道頼様の着物を見てそう声をあげた。
「ああ。さっき少し掠めたらしい。」
「ええ〜!どうするんですか。今日は宿直ですよ。屋敷に戻って着替えてる暇ないし。」
「仕方ないだろう。このまま行くさ。」
「帝のとろこにそんな格好で出て行ったら、周りの連中に何て言われるかわかりませんよ。ただでさえ年寄り貴族のやっかみを買ってるっていうのに。」
「言いたい奴には言わせておけ。」
宿直ってなんだろうか?
2人が言い争ってる間にそっと阿漕に目線で問うと、耳打ちしてくれた。
「藤原道頼様といえば、今最も勢いのある左近の大将様のご子息にして、ご自身も右近の少将を務めている方です。」
「右近の少将?」
「帝をお守りする近衛兵の将校ですよ。宿直というのは泊まりの勤務のことですから、この後お仕事に向かわれるのでしょう。」
「そうなの。阿漕はずいぶんと詳しいのね。」
「そりゃあ、地位も才能もあって美青年で腕も立つとあれば、女房たちが放っておくわけありませんもの。どなたとご結婚なさるのかって噂の的ですわ。」
なるほど。
どうやら道頼様はイケメンなだけでなくハイスペックらしい。
そんな人の着物を間接的とはいえ破ったわけで………やばい。後宮の女房方に呪われる。
「あのぅ、よければその袖、私が縫いましょうか?」
そんなわけで2人におずおずと声をかけた。
「「え?」」
2人が驚いたようにこっちを見る。
「あの、私の屋敷でしたらすぐそこですし、裁縫は多少できますので、もしよかったら…」
2人のきょとんとした視線を受けて言葉が段々と尻つぼみになっていく。
なんだろう?何か変なことを言ったかな?
「貴女が縫われるのか?」
道頼様が不思議そうに聞いてきた。
そうだった。
この時代、裁縫は女房や下働きの仕事とされている。
高貴な貴族の姫君は針など持たず、和歌やお琴を嗜むのが普通だ。
「えっと、その…」
できないと思われてるよね。“姫君”ならそれが普通だし…。
私が口ごもると
「姫様の裁縫の腕前は宮中の女房方にも引けをとりませんわ。」
そう阿漕がフォローしてくれた。
私を馬鹿にされていると思ったのかやや喧嘩腰だ。
「そうか。……ではお願いできるか?」
道頼様はそれを気にした風もなくそう言った。
「はい!もちろん!」
「キャンっ!」
信用してもらえたことが嬉しくてつい大きな声が出てしまった。
腕の中で子犬がびっくりしたように吠える。
「ああ。ごめんごめん。」
慌てて子犬の頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めてクゥーンとご満悦だ。
「姫様。ではお二人をご案内するとして……その子はどうしましょう?」
「……あ。」
そうだった。助けたはいいけど、この子犬を連れて帰るわけにはいかない。
屋敷は広いが私が連れて帰った子犬を北の方が置いてくれるわけがない。
なにせ私の食事も1日1回か2回、下働きのものと同じものを出すよう言っているくらいなのだ。子犬など餌すら与えてもらえないだろう。
困って腕の中の子犬を見下ろしていると
「あの、よかったらその子、うちで飼ってもいいですか?」
惟成さんがそう言って子犬を覗き込んだ。
「え?いいんですか?」
「ええ。うちの母は道頼様の乳母なんですよ。なので私も道頼様のお屋敷に住んでいるんです。あそこは広いし、ちょうど飼っている番犬が年老いてきちゃってるところですし。」
ねっ、道頼様?そう言って惟成さんが道頼様にウインクしてみせた。
いいのだろうか?
わたしがおずおずと見上げると、
「犬は嫌いじゃない。」
そう言って頷いてくれた。
「ありがとうございます!!」
嬉しさのあまりお辞儀に勢いがつきすぎた。傘がパッと落ちるがそんなことすら気にならないくらいわたしは浮かれていた。
「よかったねえ。」
子犬に頬ずりすると子犬もクゥーンと嬉しそうに鳴いてくれた。
しばらくそのふわふわの毛並みを堪能していたが
「コホン!では、ご案内しますわ。」
阿漕のその声にハッと我に帰った。
いけない。姫君としては非常にはしたない姿だった気がする。
貴族の姫君は人前ではしゃいだりしないものなのだ。
………まあしょうがない。もともと私は姫君にもカウントされてない身だし問題ないわ。
そう自分に言い聞かせて傘をかぶりなおし、阿漕の後に続いた。




