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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第25話 『屋敷探索開始!【3】』





「………っ」


 機嫌良く前を行くフレシアの後ろ姿を、微笑ましく眺めていたら―――突然世界がブレた。


 声を上げる間もなく、痛みが内側から発生し、タツキを蹂躙する。今までの小さな頭痛とは違い、立つこともままならないほどの激痛だった。膝を折り曲げ、必死に手を伸ばしたが、フレシアの後ろ姿はどんどん遠のいていくばかりだ。胸の中に焦燥と悲壮感が滲んでいく。……ああ、こんな経験を俺は前にもした気がする。記憶の混濁が始まり、唐突に世界が閉じた。






―――――――――――





 

「ぁ………」


 いつの間にか、うずくまるタツキの周りにはたくさんの人がいた。そこには見知った顔もいる。助けがきたことに安堵し、タツキは当たり前のように取り囲む輪に入ろうとした。受け入れられることが当然だと、そう信じて。


「よう―――」


「あくま」


 片手を上げて声をかけようとした友人の口から出たのは、まったく予想もしなかった単語だった。

 

「な、何言ってんだよ。冗談キツイぞ」  


 そう笑い飛ばそうとした。―――が。目の前の友人の目は少しも笑っておらず、無言で人差し指をタツキに向けた。


「何を……」


「悪魔。悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔悪魔」


 口から流れ出したのは相変わらず一つの単語のみ。その狂気じみた光景に、タツキは思わず片足を退いた。その踵(かかと)が運悪く何かに躓き、再び地に尻をつく。


「――――しね」


 耳を疑うような言葉だった。

 なのに何故だろう。どうしてか諦念を覚えた。ショックを受けるわけでもなく、いきなりのことに驚くわけでもなく、ましてや憤怒することもない。

 ただ、またかと思っただけだ。


「悪魔がァアあああッ!!!」


 狂ったように叫ぶと、友人の口が大きく裂け、表情の無かった顔がみるみる鬼の形相に変わっていった。顔は闇に落ち、懐かしい顔はすでに見る影も無い。体のまわりには黒い瘴気がゆらゆらと立ち昇っていた。




 救いを求め、タツキは変わり果てた姿の友人の周囲に目を向ける。すると、



 若い女が問う。「悪魔の子供は」

 隣の青年が指さして答える。「成瀬他月だ」

 人懐こそうな少年が問う。「成瀬他月は」

 微笑みながら老婆が答える。「悪魔の子供だ」

 隣から隣へ。リレーのように何度も繰り返しながら、人波を前から後ろへと紡いでいく。一度口にした者は皆友人と同じ変貌を遂げ、異形な姿でへたり込むタツキを嘲笑う。



 幾度問答を聞いただろうか。

 タイミングを合わせたように、周りを囲む人々が一斉に口を開いた。



「「「悪魔の子供は成瀬他月だ!」」」


 それはさながら舞台劇のワンシーンのようで。


「「「悪魔の子供は成瀬他月だ!!」」」


 中心にいる自分はまるで主役のようだった。


「「「悪魔の子供は成瀬他月だ!!!」」」


 輪が広がるにつれ、人の数だけ声量が増していくのを肌で感じながらも、主役である自分に与えられたセリフは無い。口を開くことは許されない。当事者であって傍観者でなければならないのだ。


 終わらない合唱を聞きながら、ぼんやりと視線を彷徨わせる。いるはずのない味方を無意識に探していたのかもしれない。

 やがて目についたのは、望んでいた人とは対象的な人物だった。


「何だい、まだ生きていたのかい?」


「叔母さん……」


 つり上がった目に厚化粧。タツキの叔母である彼女は、扇を片手に人一倍濃い靄を漂わせ、タツキを見下ろしている。その目にはっきりと嫌悪が浮かんで居るのが見えた。通りすがりに鼠の死骸でも見てしまったかのような、苦虫を噛み潰したような顔だ。

 蔑まれ、罵倒され、忌み嫌われ、見下され。存在する全ての憎悪をぶつけられてきた相手。記憶はないのに、不思議と彼女がその叔母なのだとわかった。


「全く、よくものうのうと生きていられたもんだ。図太いったらありゃしないね。親を殺しておいて、一体どんな神経しているんだい」


「ちがっ、殺してなんか………!」


「誰が喋っていいと言った!? 化物が人間様の言葉を使うんじゃないよ!」


 耳障りな金切り声と共に、彼女の体からどす黒い炎が燃え始める。それは意思があるかのように辺りをのたうち回り、瞬く間に人々を燃やしていく。唖然とするタツキの前で、何人もの人が炭と化す。耳を塞いでも響き渡る絶叫は指の隙間から入り込んできた。罪悪感で頭が割れそうだ。


「ほら見な。あんたが生きてると不幸になる人がごまんといるんだ」


 得意げにゆらゆらと笑う叔母。彼女との間に理不尽は当然だった。いつだってタツキは虐げられる側で、勝手な発言も行動も許されない。与えられた9畳の部屋が生活の全てだった。


「僕は……俺は。悪魔なんかじゃ、ない」


「……?」


 初めて対抗らしい対抗をしてみせたタツキに、訝しげに眉を上げた。その動作一つに心臓がきゅっとなり、今にも逃げ出したくなる。


「俺は、人間だ」


 地面を見ながら、独り言のように呟く。

 いつもなら黙ってやり過ごしていたのに、今は違った。人の温もりを知ってしまったからだ。

 叔母の反応が予想できず、恐る恐る顔を上げる。ほんの僅かな期待を抱きながら。


「あぁああッ!!?」


 儚い期待は絶望によって砕かれた。

 顔面に突きつけられた冷たい銃口を見て、思わずひっくり返る。同時に右脚に激痛が走った。声にならない悲鳴が出て、足を押さえる。血は出ておらず、撃たれたわけではないらしかった。バッと顔を上げると、一切の表情を消し去った叔母が片手に銃を持って立っていた。若作りに励む叔母の服装に合わない凶器が、タツキの頭を捉える。到底現実だとは思えない。否、思いたくない。


「しね」


 何の躊躇いもなく、叔母は実の甥に向かって引き金を引いてみせた。





―――――――――





「タツキ! タツキってば!!」


「――――んあ」


「よかった……。気づいたら倒れてるんだもん、びっくりするよ」


「あ……僕」


「タツキ?」


 鈍い頭を振り、目の前の人物に意識を集中させる。


「フレシア」


 知り合ってまだ日が浅い彼女に、思わず抱きついてしまいたくなるほど強い郷愁を感じた。

 さっき見た悪夢が頭にくっきりと残っているからだろう。忘れたくても忘れられないほど衝撃的な内容だった。それは全く身に覚えのない光景で、今でもあれが何だったのかよく分からない。


「やっぱり疲れてるのね。今日は部屋に戻って休んだほうがいいわ」


「大丈夫だって。せっかくのデートを潰すわけには行かねぇ」


「そう? でも、無理はだめ」


「ん、ノープロブレムだよ」


 不安が拭えない様子のフレシアに親指を立て元気さをアピール。彼女の前で弱音を吐くわけにはいかない。そう決めても、脳内にチラつくのは責められる自分の姿だ。皆が口々に言う《悪魔》の真意が分からない。自分が知っているから夢に出てきたのだ。きっとタツキが忘れてしまっているだけだろう。


「――あ、ルイ!」


 夢について考えこむうちに、フレシアは手から滑るように離れていってしまった。遠くに見つけた黄緑色のメイドに駆け寄り、言葉を交えている。長い金髪が窓から差し込む光で輝いていた。


「ったく、俺のヒロインはとんだおてんばさんだな。ま、そこも可愛いんだけど」


 やれやれと肩で息を吐き、立ち上がってフレシアの元へ駆ける。今は考え込んでいる時じゃない。


「………?」


 さらに一歩踏み出した途端、長い廊下がぐにゃりと歪んだ気がした。だが、瞬き一つすると違和感は消えていた。……目眩だろうか。あまりの非日常さに脳がついていけてない。


「ツキ様、改め野蛮人。屋敷内での走行はお控え下さい」


 同じアクションをしたフレシアとは大違いの扱い。感情の無い両目がタツキを見る。口も最低限にしか動かないので、本当にルイが発したセリフなのか疑いたくなる。


「俺とフレシアの対応差激しすぎるだろ。もうちょっと労ってくれてもいいんだぜ? とゆーか労って!」


「そうですね。こうやって黙々と雑務をこなす勤労者……ルイを労って頂いてもいいと思います」


「そうね、偉いわよルイ」


「そうじゃなくて、なんか大事な部分が根本的に違ってるよね」


 フレシアがおてんば娘ならタツキは野蛮人。性別の差、もしくは信頼度の差により、貼られるレッテルの格差が起きるらしい。

 改定は却下されたので、仕方無しに会話を進める。

 メイド服に身をつつんだルイは、勤務中の割に両手が開いている。そもそも廊下で何をしていたのか。


「まさかお前……サボりか?」


「……」


「いってぇええええ! 俺のほっぺたぁあああ! そろそろ腫れてくる段階! もちもちのびちゃうマイ皮膚! 無言ビンタ反則!」


 若干ラップ気味に痛みを表すと、無言の鉄槌を喰らわせた相手に文句を並べ立てる。ぴしゃりとも音を立てずに、タツキの頬はじんじん痛みを感じていた。恐ろしい早業。

 絶対カミさんになったら尻に敷くタイプだ。


「この多忙なルイがわざわざ言付けを伝えに来てあげたんですよ。感謝して下さい」


「超上からだな。んで、要件は?」


「――フレシア様、お待ちしておりました。屋敷中探す羽目になるのは嫌でしたので、失礼を承知でここで待機させて頂いておりました。お通りになるのは予想しておりましたので」


「俺はガンスルーかよ……」


 給仕服のスカートの両端を持ち、軽く礼。完璧なメイドの態度に、右頬を抑えたまま涙目のタツキの怒りも冷めてしまった。メイドはとことんタツキ以外に真摯な態度を貫いている。


「ルイにストーカー気質があることに関してはこの際置いといて……理由が自分の面倒を省くためってのはメイドらしからんな。いっそ主人にチクったらどうだ、フレシア様?」


 茶化した様子で隣のフレシアに会話を振る。すると、珍しくその端正な顔が強張っていた。まるで何かに緊張しているかのような様子だ。


「そんなことするわけないじゃない。ルイは素直じゃないだけで、本当はすっごく優しい子なんだから。……クロから伝言を頼まれたのね?」


 なるほど、フレシアにとって重要なのはそこか。

 唯一苦手意識を持つの相手がクロークなのだ。


「はい。クローク様より言付けを預かっています。『扉門の間に来て欲しい』とのことです。以上、ルイの役目は終了しましたので、通常業務に戻りますね。では」


 返答する間もなく頭を下げられ、ターンして戻っていってしまった。角を折れると、あっという間に姿が見えなくなる。取り残されたような雰囲気の中、フレシアの表情を盗み見る。


「フレシア、平気か?」


「うん、へーき。そんな心配そうな顔しないでも大丈夫だよ? さ、待たせるのも悪いから早く行きましょ」


 青褪めた顔のまま体の向きを変え、来た道を戻っていくフレシア。歩き方はぎこちなかったが、わざわざこちらから聞くなんて無粋なことはしない。

 フレシアは言葉を無理やり並べ立て、タツキを煙に巻き、早くこの場を離れようとしている。根拠はないがそんな気がした。




 きっと目と目が合わないと言うことだけが苦手の要因じゃないはずだ。フレシアは、いつもクロークの名前が出るたびに怯えた表情を見せる。確かにお面を被った人物はそれだけで不気味だけれど、フレシアは人を見た目で判断したりしない。フツメンのタツキを爪弾きにしないでくれているのだから。



 タツキは素顔を晒さないことは卑怯だと思っている。お互い同じ土俵に上がらず、クロークだけが上からプレイヤー同士の勝負を眺めているようなものだからだ。端から勝負になっていない。ゲームで例えると、こちらが汗水たらしてランク上げしている横を、データ改造をして楽々レベルをカンストさせたクロークが超特急で通り抜けていったような嫌な気分だ。正規のルールに乗っ取らないで何になる。


「フレシア、深呼吸しよう。一回落ち着いて、そんで整理して、冷静になって物事に向き合ってこーぜ」


「あ……うん。そうね」


 余裕のなさを隠そうともせず、首だけで振り返ってこちらを見た。その目が、先程からその場を一歩も動いていないタツキを捉え、自分が置き去りにしてしまったことに気づいて目を丸くした。

 なぜ追ってこなかったのか。フレシアはそのことに関する追及や責める言葉は一切言わなかった。Uターンしてタツキに近づいてくる。


「さぁご一緒に。すーはー、すーはー。すぅううううーはぁあああー!!」


「す、すーはー、すーはー! ……ふぅ。深呼吸って、思ったより大変なのね」


 タツキの全身全霊深呼吸に目を丸くしながらも、律儀に実践してくれるフレシア。息を吸い込みすぎて顔が赤くなっている。荒い呼吸を繰り返す美少女に不覚にもキュンとしてしまう。

 フレシアは男の子らしいタツキの心情を知らないで、額にぺったりとついた前髪を整えた。表情がいつもの彼女に戻っている。どうやら緊張を和らげるぐらいはできたらしい。カチンコチンだった少女の肩から力がぬけていた。


「うしっ、ついに仮面男との面会タイムだな!」


「仮面男……ふふ」


「お、ウケた?」


「わ、笑ってないもん。それより、気持ちがすっごく楽になったわ。タツキのおかげよ。ありがと」


 社交辞令の笑顔かもしれないが、些細な悩みがバゴーンと吹き飛んだ。


 どういたしまして、と微笑んで応える。ありがとう、と彼女の存在に礼を言った。







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