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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第17話 『人物紹介』






「じゃあ席順で―――。カルト」


 クロークが座る位置は、机の端であり真ん中。屋敷で一番のお偉い様が座るポジションだ。つまるところ《特等席》である。

 そんなクロークの隣は横幅の広い長机の特徴的に空気であり、角をひとつ曲がった先がその他ご一行が座る《一般席》だ。


 その中で、フレシアの真ん前……タツキとしては超グッドな位置に腰掛けているのが、未だにキャラが掴めない不思議な少女、カルトだった。


「わたしはカルト・ランフォード。もぐ、よろしくね。好きなものは、はむ、シンの作るお菓子……と、ごはん。おしまい」


 パン的ななにかを頬張り、短い紹介を終えたカルトは満足そうに食事を再開させた。さっきあれほどお菓子を口にしていたのに、まだ食べ足りないらしい。やはり食べることが好きなのだろう。これだけ食べても太らない体質が羨ましく、その愛らしい顔につい餌感覚でご飯をあげてしまいたくなる。お菓子でも与えたら、目を輝かせて喜ぶのだろう。そんな想像が簡単について、自分の料理スキルを披露したくなった。掴むならまずは胃袋だ。タツキは洋食和食などは苦手だが、デザートを作るのは得意だった。


「正直、カルるんの家名と食欲旺盛体質ぐらいしか分からんかったが……」


「自己のペースを乱さない点では我も見習っているんだ。じゃあ、次はリク」


「クロさんもたいがいだと思うけどな」


 冷徹仮面にザ・マイペース宣言をされたカルト。その隣に位置するリクが、名指しを受けて面倒くさそうに立ち上がった。その表情はどこか嬉々しており、決して少年が嫌々起立したわけじゃないことを示していた。つまるところツンデレというものだ。本人に言えば牙を向いて抗議するのだろうが。


「ちっ、面倒くせぇなァ。本当はこんなことやりたくないんだぜ? でもま、どうしてもって言うならやってやらなくも……」


「あ、結構です。ありがとうでした」


「え、ちょ、やる! やるから!」


 鼻の下を指で擦りながら焦れったく話し出すリクを、無情にも片手でシャットダウン。拒絶された本人は、その冷たい態度に破顔する。策略家・タツキは、仕方がないなぁという顔を作り先を促した。


「……ごほん。あー、分かってると思うが、オレがあの天涯孤独で無知文盲なリク・ハンブルクだ。ど、どうだ!? かっこいいだろ! 褒めてもいいんだぜ?」


「…………」


 済ませた自己紹介に自信たっぷりな表情をするリク。反して冷えかえる部屋。おそらく今の紹介は初お披露目だったのだろう。


「ん、人生詰んでる紹介ありがとな。わざわざ立ち上がっての説明は好感持てるけど……お前、意味わからず使ってるだろ?」


「な、なにいってんだッ!? わかってんに決まってるぜ! オレを飾り立てる言葉に決まってらァッッ!!」


「逆ですよ」


「逆ですね」


 ルイとリラの思わぬ追撃に、勢いが削がれるリク。アンが猫ならリクは犬だ。タツキにはリクに垂れ下がる耳と尻尾がはっきりと見えた。


「う、嘘つくなよ。お前らまで……。オレが何日かけて考えたと思って……いや、思いついたのはついさっきだけどな! ほんとだぜ、これは!」


 墓穴掘りまくりなリクには悪いが、これにはタツキも胸が傷んだ。まるで自分の黒歴史をなぞられているみたいだ。


「ふふ。何かリクってタツキに似てるね。気が合いそう」


「天使の微笑みで言われても、さすがに今のは同意出来ないからね!? 確かに黒歴史はあるけど……コイツほどイタくはねぇよ!」


「な、なんだとっ!? なんかかっこいいだろーが!! この良さがわかんねーとは、タツキもまだまだガキだなァ」


 先ほどの四字熟語が意味することを知らず、ドヤ顔を崩さないオレンジ少年。昔のタツキと同じように、必死に漢字辞典で調べたのだろう。いや、この世界にそんな便利なものはない。本当に聞こえがいいだけの言葉を組み合わせただけかもしれない。

 滑稽なこと以上に、自分よりいくつも歳上の子供にガキ呼ばわりされるのは腹が立つ。


「うわっ、痛々し………じゃなくて、他の誰と言わずお前にだけは言われたくねーよ。馬鹿丸出しが! 確かにさっきの言葉がお前を表してるのは分かるけどよ。でもな、難しい文字を並べりゃいいってもんじゃないんだよ? わかるかな?」


「そんな赤子を諭すような目はやめろおおおお!!!」


 涙目になっているリクに、クロークがまあまあと手で制す。自分そっくりな思考をもつ子供がタツキの前の席とは、なんとも先が思いやられるものだ。


「ま、彼のことは大体分かってくれたんじゃないかな」 


「あぁ、単純直球型だから扱い楽で助かる。イジりがいありそうな奴だし。んじゃ、次はお隣の新顔銀髪ボーイかな?」


 唸りながら威嚇を続けるリクを手であしらい、隣の優しげな雰囲気を纏った少年に鉄砲ポーズを向ける。ふわりと微笑む彼は、タツキが見た中で一番の好青年だった。


「僕は……落ちこぼれだから」


「はぁ!? 何でいきなり!?」


 ほわんとした微笑みとともに、いきなりのネガティブ発言。ある意味他の誰よりもインパクトの強い自己紹介だった。


「色、薄いでしょう? 髪も、目も。才能が無い証なんです」


「……そうなのか?」


 確かに、髪色は白に見えなくもない。少年の黄色の瞳も色彩に欠けていた。同じ色の目を持つシンと比べればよく分かる。不安げに漂っているせいで、気をつけて見ないと色を認知できなかった。


 突飛な色をした住人に見慣れていたタツキにとって、ここまで色が薄い少年は珍しいと言ってもよかった。

 リクと違い、髪型はどこにでも居るような少しクセのある短髪。体は大きいわけでも小さいわけでもない。顔は普通より整っていると思うが、ひと目見て美形だと叫ぶほどではなかった。

 ーーー全てにおいて平凡。一般常識を大きく覆すものは無い。タツキにとって親近感がわく相手でもあった。


 だが、少し引っかかることがある。

 少年の持つ自虐的な目だ。自分に自信がない、己を蔑む眼差しをしていた。何が彼を、それほど苦しめているのだろう。


「俺は好きだけどな、その髪。無駄に明るく染めるより全然いいぜ。趣深いってヤツ?」


「………」


 軽い気持ちでそう笑ったタツキを、少年は言葉を発することなく見入っていた。その瞳が困惑に揺れているのを見て、タツキもじっと少年を見返す。すると、ずっと渋い顔をしていた彼の顔にじわじわと笑顔が広がり、まるで向日葵のような大輪の花になった。


「あ、ありがとう……ございますっ!」


「いや、マジで俺何もしてないんですけど」


「そんなことはーー」


「いいから早く紹介を済ませろにゃ」


 やっと出てきた彼の笑顔が、アンの言葉でふっと消える。辛い現実を再確認したような顔で、ハルが頭を下げた。掠れた声で謝っているのが聞こえた。隣に座るアンは、ハルの謝罪を全く聞かずに食事に手を伸ばしている。

 素っ気ない態度のアンを咎めようと、タツキが口を開こうとする。だがその気配を察知し、話し始めたのはハルの方が早かった。


「長々と僕なんかの話に時間をとらせてしまってすみません。初めまして、タツキさん。僕はハル・ガネミ……ハルと申します。家名はーーーない、です。出来損ないの身ではありますが、どうぞよろしくお願いします」


 至極真っ当な自己紹介と、影が見え隠れする笑顔。ハルと名乗る少年は、当然のように自分を貶す。それが普通だと信じているのだ。

 徹底的に己を落とす彼の姿を見て不安になる。過去に何かあったのだろうか……。


「何言ってんだよ、ハル()。リクのアホさを見た後だと、丁寧な言葉遣いができるだけで感動しちまうもんだぜ。そんな心配すんなよ」


「あァ!? 誰がアホだって!?」


「リクは……才能が違いますから。僕が言ったのはーーー」


「ハル、いいじゃないか。この子はどうも常識が欠けている節があるんだ。見てのとおりかもしれないが。だから、ね」


「うそ、今の会話で俺の常識の無さがバレる箇所あった?」


「ほら、人畜無害の体現さ。心配せずとも、魔力についての知識も幼子(おさなご)程度だよ」


「何気にひどいこと言ってるよね!?」


 クロークがハルに語りかける言葉を、状況を一切知らないタツキに理解することはかなわない。

 もどかしさを覚えて首を突っ込んでみたが、クロークの意味有りげな言葉に消されただけだった。


 ただ、


「なんだ、そうだったんですか! だから言葉が通じないわけだ!」


「お前も何気にひどいな! 言葉はちゃんと通じてるんですけど!?」


 クロークの言葉に安心したのか、ハルの笑顔が一気に弾けた。自信を持てずに震えていた先ほどとは全く違う。おそらく、少年は本来明るい性格なのだろう。しかし、いきなり態度が変わったのは何故だ。タツキに常識が欠けているのが、その謎が解けない理由なのだろうか。

 一体どの言葉が少年(ハル)を救ったんだ……?


「歳も近そうだし、お互い敬語ナシ&(アンド)呼び捨てでいこうぜ」


 踏み込んだ誘いに、ハルは更に笑顔パワーを増大させた。もう陰キャラから爽やか君にまで飛び級している。笑うと春の柔らかさを感じて胸が温まる。ハルという名はぴったりだと思った。


「分かったよタツキ! 分からないことは僕が教えてあげるから、何でも聞いてね」


 そのまま話は終わりだとばかりにハルは食事再開。

 一人取り残されたタツキはポカンと口を開けたまましばし停止。とりあえず、ハルという少年が明るくなったことは喜ばしいことだ。心なしかカルトの表情も優しくなった気がする。


「ハルがタツキ君を気に入ったみたいでよかったよ。……お次は、席を前にしてアンだね」


 クロークの言葉で、いつの間にか順番が机の反対側に到達していることに気づく。

 長いようで短い紹介タイムになりそうだ。


「ぼきゅはアン・ミクセス・ナトリアル。アンと呼べるのは、この屋敷じゃペルとマルちゃんぐらいだからヨロシク。そのせいで面倒な事もあるんだけどにゃ〜」


 ところどころ猫キャラを崩しながらも、渋々食事を中断するアン。面倒な事に、この自己紹介タイムも含まれているのだろう。

 クロークと並べられた《マル》という名に聞き覚えはなかった。


 そっと隣の皿を覗くと、多めによそられていた料理が綺麗サッパリ、カスひとつ残さず食べ尽くされていた。どうやら今は、大皿に盛られた料理を侵略している最中だったらしい。


「ふーん。呼び方に縛りあるタイプなのか」


 《すっごく強い魔法使い》ということは聞いていたが、そのだらけた態度からはいまいち信憑性はなかった。まだ彼女の魔法をこの目で見ていないからだ。


「そうにゃ。ぼきゅを呼び捨てにできるのは、ぼきゅが認めた者だけ。それ以外のクズ共はいらにゃいの!」


 アンが手を握って開く動作をする。

 その意図が分からず、タツキには道化じみているとしか思わなかった。


 どこかの日常風景を切り抜いたような、当たり前の光景。

 ただ、猫女が手を開閉しただけ。そう、たったそれだけなのだ。


「………ぃ?」


 ――それなのに、何だこの悪寒は。

 瞬間、時が停止した感覚に陥る。タツキにとっては二度目の、世界が停滞した空間。一瞬が永遠と引き延ばされ、時が動くのをやめる。

 驚く間もなく、真っ暗な闇の中に一人放り出された。そこには自分以外何も存在しない。いや、自分の存在さえも不確かで、確かめられなかった。急に独り

にされ、不安に胸が掻き乱される。周りを見渡しても何も見ることはかなわず、何かを求めて手を伸ばし続けた。………誰か。誰か、いないのか。


 暗闇の中を這いずり回る。抗って抗って、無から逃れようとするタツキを襲うのは、死に直結するような痛みの嵐。溶岩。熱い。吹雪。寒い。無呼吸。苦しい。落雷。痛い………。まるで数多の苦痛が一度に襲来したみたいだ。熱くて寒い。寒くて熱い。震えが止まらない。痛い、痛い、痛い痛い痛い――ー!


 それなのに、どれだけもがこうが終わりはない。終わりがあってこそ耐えられる苦しみに負けてしまう。怖い。辛い。気持ち悪い。いずれ上下感覚は機能しなくなり、体の器官が壊され、その命までも――――。


「――がはッ! はぁ、はぁっ……!!」


 やっと呼吸が許され、盛大に咳き込んだ。タツキの心臓が早鐘を打っている。背筋にじっとりとした汗が流れた。


「タツキ、大丈夫……?」


 隣で心配そうにフレシアが聞いてくる。が、配慮している余裕がない。何が起きたのか分からず、未だ震えが止まらない手をじっと見つめる。まるで子鹿だ。と同時に、自分がイスに全体重を預けていることに気づく。

 イスがなければ地に伏せていたであろう、弱りきった足腰。なにより、全身からすっかり力が抜けていた。


「おまえ………何を」


 ようやく絞り出した乾いた声に、ニャニーが面倒くさそうに応じた。


「ぼきゅの力を疑ってるみたいだから、実際に受けてみれば信じるかなって。まぁ殺す気はにゃかったから安心しなよ。これでちょっとは、ぼきゅに対する態度を改める気になったでしょ」


 そのまま机に寝そべった形で、満面の笑顔を見せてくる。八重歯がぎらんぎらんに尖っていた。


 ―――悪魔だ。


 フレシアに恐れられたことも忘れ、思わずそう形容してしまう。


「今のも魔法なのか……?」


 激しく脈打つ鼓動をなんとか抑え、平常心を取り戻す。

 エネルギーをすべて吸い取られたのではと思ったほどぴくりとも動かなかった四肢も、ようやく力を取り戻してきた。

 額に髪がべっとり張り付いて気持ち悪い。


「魔法ぅー? ちょ〜とだけタツにゃんの精神をイジらせてもらっただけだよ? 神聖な存在のぼきゅに闇属性はにゃいし。それをあんなにびびっちゃって、面白ーい」


「そのくらいにしろ、アン。君の力は十分伝わっただろう」


 タツキの神経を逆撫でする言葉を言い続けるアンにブレーキがかかった。クロークの力だろうか。口をとがらせ、耳をぺたんと閉じながらも、アンはそれ以上タツキに絡むことはしなかった。タツキが悪魔の挑発に乗って、返り討ちに合うことをクロークは懸念したのだろう。


「あ、ぼきゅのことはアン様とでも呼んでくれればいいから。――これからは、人を敬うことを知れ」


「―――っ!!」


 目に鈍い光が灯り、底が見えない力をアンから感じた。極力関わりたくないランキングナンバーワンだ。


「はいはい。次いくよ、次」


「おい待て―――」


「席順ならタツキ君だけど、フレシア……頼むよ」


 重たい雰囲気に耐えられず、クロークが手をぱんぱんと叩いて進行を早める。タツキの静止を無視し、懇願に近い形でフレシアを呼んだ。


 そんな中、呼ばれた当人は美麗な動作で立ち上がった。作法をわきまえている振る舞いだ。


「私の名はフレシア。幼少期は森で過ごしていたので、常識が欠けているところがあるかもしれません。拾ってもらったクロには感謝しています。よろしくね、タツキ」


 そういって優しげな笑顔がタツキに向けられる。アンに対する嫌悪感がどろどろに溶けて消えた。

 意外にもしっかりとした言葉。測らずもフレシアに対する好感度が跳ね上がった。が……。


「まてまて!フレシアって森生まれなわけ!? 森ガール? それに、クロさんが拾ったってどゆこと!?」


 タツキが大慌てで辺りを見回すが、わかっていないのは当然タツキだけだった。他は皆すました顔で料理を口にしている。


「疑問は絞って口にした方が賢明だよ、タツキ君」


「分かんないことが多すぎるんだよ! とことん初心者に厳しい仕様だぜ……。ハードモードかっての。攻略ガイドぐらい用意しておくのが普通だろ」


 その言葉に、配膳後すぐにリラの隣に収まったルイの視線がタツキに向けられた。文句を挙げるのに忙しい本人は気づいていないが。


「分かった分かった。君の望むがいど?になるのか分からないが、一から説明しようじゃないか。まずは、フレシアの育った森について……」


 主人は立ったまま睨み続けるルイを制し、そのまま手を顎に当て考える素振りをした。まるでタツキの思惑を見破ろうとしているみたいに。


「ここはヴェンザー大陸の西側―――はぁ。リラ、タツキ君に地図を。長くなりそうだから、ルイとシンは後片付けをしてくれ」


 急に見知らぬ土地名を引き出され、目が点になったタツキの前に地図が広げられる。完全にクロークに呆れられたようだった。食器やグラスは、二人の使用人の手によって瞬時に片付けられた。まだ食べきっていなかったので勿体無い気もするが、世界事情の把握より大切なことはない。その地図は本来壁に貼り付けるタイプのものらしく、かなりの大きさだった。手持ち無沙汰なこともあり、室内の全員が二人のやり取りに注目する。


 タツキは魔法を使うことがなさそうなので少し安心していた。ここにきてから何度目だろうか……。それも、生死を賭けた安堵である。その分、発言に気を使わなければならない煩わしさが取り払えるのは快適だ。


「おおっ」


 初めて見る世界の形に、思わず歓声を上げた。

 




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