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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第16話 『朝食』








 フレシアに続いて、何人かの少年少女がぞろぞろと入室してきた。

 その皆が皆、色鮮やかな髪をなびかせている。ぱっと見だと珍奇集団でしかないが、よく見るとこの不思議な世界に合った美形揃いだ。自分だけ除け者みたいに感じて、居心地が悪い。


 フレシアたち一行が入ってきたことにより、人口密度が一気に高まった。それでもタツキの部屋の何倍も広いこの一室には、まだ十分と言っていいほどのスペースがある。改めて感嘆しながら辺りを見渡していると、タツキの腹が張り詰めた空気を壊すぐらい盛大に音をたて、ルイが無言で部屋を後にした。


 現段階では十脚ほどあるイスの半分以上……タツキを含めた7人が着席している。屋敷の大きさから見て、並べられたイスを埋めるぐらいの住居者がこの面子以外にもいるのだろう。

 今のところ、タツキと歳の近い人しか見ていない。屋敷の主でさえ、タツキより年下かと思うほど背が低いのだ。保護者か何か……大人はいないのだろうか。


 鬱憤とする思考から逃れるように、視線を二人の使用人に向ける。先程から立ち通しなのが、リラと、ルイの代理ポジションにいる水色髪の少年だった。タツキより頭一つ分背が低く、華奢な彼はまるで子供だった。しかし、我儘を言ったり駄々をこねたりすることはない。背筋をしっかりと伸ばし、表情を押し殺して目を伏せていた。……どこか寂しげに。



 リラ、ルイ(現在退席中)、そして水色髪の少年は常にクロークのそばに仕えており、少しも苦痛を顔に出さないでいる。その立ち位置から、三人がローテーションで一人の主に従順していることが分かった。タツキは無意識にフレシアが絶対的主だと思いこんでいたが、この光景を見てお嬢様路線に移動した。


 タツキが小さい頃は、じっとせず、おもちゃをねだったりすぐに泣き出したりと、母を困らせてばかりだった。自分の無能ぶりを責められている気分だ。


 自分はいらない子。昔からそう言われ続けていた気さえした。彼らの立ち振る舞いを眺めていると、自分の存在価値がはっきりと薄れていくのを感じるのだ。


「お客様より無言の催促がありましたので、定時より少し早いですが朝食をお持ちいたしました」 


「それだと俺が食い意地張ってるみたいじゃねーか! プライバシーの侵害を訴える!」


 自傷を続けるタツキの思考を遮ったのは、胃を刺激するほどの力を持ったこおばしい香りだった。長らくご飯を口にしていなかったため、より一層お腹は食を求めて音をたてる。


 次々と並べられていくThe 朝食!の品々を前に、左手に座るフレシアにも笑みがこぼれた。


「お? さすがのフレシアもメシの魅力には勝てないか」


「こら、お行儀悪いこと言わないの。別に私、美味しそうだから早く食べたいなー、なんて思ってないんだからね。ちゃんと待ってるもの」


「うんうん、本音駄々漏れで助かるわ。そんでルイさん。絶品だと聞いちゃ期待が高まっちゃうわけだけど、どうよ? 本人的には自信ありなの?」


 黙々と料理を配膳していくルイに、気まずさを払拭するように尋ねる。先ほどのことが嫌でも思い出し、無駄に饒舌になっていた。フォークとスプーンを持って待機するフレシアが可愛くて、少しテンションが上がってしまったこともある。


「はぁ。この料理はルイが作ったものではありませんが」


「えっ嘘。さも自分が作りましたって感じで皿並べてたのに」


「………シロに料理を運ばせるわけにはいかないでしょう。誰が作っているかなんて、部外者以外みんな分かっていますし」


 タツキがフォークを突きつけると、眉をひそめてルイが言う。部外者という言葉に胸が痛む。ルイの中で、タツキは完璧に邪魔者扱いだった。

 それでも自分の前に並べられる豪華な料理の前に、笑顔を浮かべずにはいられない。高校生らしからぬ子供らしさに溢れたその行動に、ルイのタツキを見る目が一瞬柔らかくなった。残念なことに、本人は料理に目を奪われて気づかなかったが。


「やったにゃ! ペルに呼ばれた時は何かと思ったけど、ご飯なら文句ないにゃ〜」


 と、右手からも猫風歓声が上がった。印象が強すぎて話しかけるのを躊躇っていた新顔だ。ルイが配膳を済ますと、すぐさま肉にかぶりついている。

 クロークを呼び捨てにしているところからして、隣に座る彼女も相当に位の高い人なのだろう。

 ……ただ、格好の異様さは別だ。


「猫耳に猫語、おまけに尻尾。なのに食ってるのは魚じゃなく肉。ツッコミどころ多すぎだろ! 天使のフレシア様と挟まれたら、俺が影になっちゃうレベルなんだけどいかに!?」


 そう、《猫》だったのだ。

 否、猫耳をつけて猫語を混じらせた、猫の尾をつけた少女だ。それも相当に可愛い。横顔だけでその愛らしさは難なく伝わり、タツキの鼓動を早くさせる。顔は丸みをおびており、フレシア以上に幼く見えた。


「にゃにゃー? もぎゅ、こいつ誰?」


 ぴこぴこ動く耳を目で追いかけるも、必死に触りたい衝動を抑える。


「意外に口悪いな。ん、俺の名前はナルセ・タツキ。タツにゃんと呼んでくれにゃ☆」


 かっこいい自己紹介追求を諦めたタツキは、至って普通の紹介を繰り広げる。右手でピースをつくり、決めポーズ。そんなタツキを、猫人は興味なさそうに視界の端で見た。


「ふーん。こんなのが猫語使うとか食欲失せるんだけど……。あ、ぼきゅの名前はアン。形だけでもよろしくしとくにゃ」


「猫キャラやるならやり通せよ! そんな偽猫語使いにダメだしされる俺ってどんなん……って、男?」


 髪型はルイに近いセミロング。ストレートではなく耳元でふんわり広がっており、優しいイメージを持ちやすい。色は猫イメージとは異なった赤髪。

 正面から見なければ気づかなかったが、瞳は神秘的なオッドアイだ。右が黄、左が青。異世界キャラにありがちだが、こんなにしっかり色別されているのも珍しい。

 鼻の小ささに対し、目は大きめでまん丸く、くりくりしているのが更に愛らしさを醸し出している。

 パーカーとローブを混ぜたような服を着用しており、切れ目からは焦げ茶色をした尻尾が揺れていた。

 色そのものが孤立しているような珍奇さである。


 身長はクローク並に低く、それが相まって性別の区別がつきにくかった。幼児体型なので当たり前だが、胸がまな板レベルに平らなのも災いした。


「タツにゃんってば、もしかして魔法で消されたい自殺志願者? こーみえても、ぼきゅすっごい魔法使いだから。そんな望みなら小指で叶えてあげられるにゃよ?」


 爛々と左右色違いの双眸を輝かせ、魔法使い宣言と瞬殺宣言をコスプレ幼児が行った。苛立ちが手にとるように分かる。確かに女性に性別を疑うのはしてはならない行為だ。

 意外な強さを暴露したアンに、タツキは仰け反る。


「この猫もどきが激強設定だと!? もはや何キャラ……クロさん、マジなの?」


 現時点で最強魔法使いだと思っているクロークに、疑惑の眼差しを向ける。


「信じ難いかもしれないが、アンの言っていることは事実だよ。彼女は正真正銘の女性だ」


「いやそれはそんな疑ってねーよ!? その、魔法のほうをだな……」


 《魔法》と口にするのに慣れておらず、言葉が尻すぼみで消えていく。


「あぁ、それも本当だ。彼女は王国で《魔法値十指》の称号を授かるほどの凄腕魔法使いだからね」


「ばくぱく。ぼきゅ、ぼきゅあむぐしゃりもぐもぐ……ごっくん」


「ほーん、確かにすごそうな称号だ。とてもそうは見えねーけど……」 


「ぼきゅが何をしようが勝手だろ。全く、失礼な奴にゃ。ペルはなんでコイツなんかを……はぁ。ぼきゅが食事中じゃなかったら、今頃タツにゃんは塵だったのににゃ〜。ゴクン。――ーー言葉遣いには気をつけろ、小僧」


「―――!」


 ぐっと、顔が近づけられる。整った顔や、女の子特有の香りを感じる余裕もなく、雰囲気が一人の少女に呑み込まれる。

 アンから発せられる威圧感は今まで体感したことのないもので、簡単にタツキを蹴落とした。恐怖のあまり喉が詰まる。脳より先に体が危険を察知していた。


 アンの目は笑っていない。タツキの命を石ころ程度にしか認識していないのだ。人の価値を軽く見ている証拠だった。類似点など何もないのに、何故かクロークの目を思い出した。


「……さ、才能は人を変えるのかね。獣人は魔力が高いもんなのか?」


「さぁ。そもそもぼきゅ、そんな泥臭い種族じゃにゃいし」


「うわ、全獣人に恨まれんぞ。それに、紛らわしい耳と尻尾生やしてちゃ、間違えられて当然だろ」


 必死に強がり、皮肉を込めてそう言ってのける。揺れ続ける尻尾を掴みたくなる衝動を抑えながら。

 リアル猫耳を思う存分触り尽くしてみたい。だが、アンに瞬殺される覚悟をもってじゃないと出来ることではない。


 タツキの嫌味に答えず、盛大な音を立てて食事を行うアンから視線を外した。これ以上突っついて殺されては間抜けすぎる。

 視線を周囲に向けると、いつの間にかタツキとクロークを除く全員が料理を口に運んでいた。もちろん使用人三人が食事をとることはない。お盆を手に持ちクロークの側に立っている。


「そーいや、これで屋敷の人全員ってわけじゃないよな?」


「さぁ、どうだろうね」


 曖昧に答えるクロークは、着席しているだけで食事に手を付けようとしない。素顔を晒したくないのだろう。


「そうだ。いい機会だし、お互い自己紹介ぐらい済ませておこうか」


「そいつはありがたいぜ。初顔のやつが何人かいるからな」  


 言葉を濁したクロークに首を傾げながらも、そこまで気に止めず記憶の底に消える。

 それより料理が冷めてしまわないかという不安のほうが大きい。クローク邸住人の紹介タイムを、鳴りっぱなしの腹虫に餌を献上しながら聞くことにした。








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