第15話 『憤怒』
―――これはやばい。
理屈より先に本能が悲鳴を上げる。
「ふざけないで、ふざけないで、ふざけないで………!」
「う……?」
「リラ、やめろ」
「リラ姉!」
リラの周りの大気が揺らめき、魔法発動準備が整ったことを告げる。腕は伸ばされ、もちろん的はタツキに。あとは魔力を注ぎ込むだけでタツキの体が吹っ飛ぶ。最悪な未来だ。そして、それが決して空想上の話だけではないことを、憤怒に顔を染めた少女から悟った。完全に我を失っている。主人の言葉も聞こえていないぐらいなのだから。
震える口を開き、なんとか思い止まらせようと喘ぐ。足腰から力が抜けている。
「お前如きが! ふざけないで! アタシが《忌み子》なんて、一番の侮辱だわ!」
「……ぁう」
「撤回しなさい!……いや、それも今更ね。何をされても、どんな言葉で取り繕っても、この屈辱は決して晴れない」
怒り狂うリラの顔から笑顔が消えていた。初めて見る表情だ。
彼女の笑顔自慢をしていたフレシアの顔を思い浮かべる。フレシアは本当にリラの笑顔以外を見たことがないのだろう。それほどのことをタツキはしてしまったのだ。何がいけなかったのか………そんなの、決まってる。
疎まれている《赤眼》と同列に並べられたからだ。思ったより何十倍も、この世界で赤眼は嫌われているらしい。その事実を知った時、何故かタツキの中でも怒りが沸いてきて、慌てて平常心を心がける。
「リラ、君は賢い子だ。彼に悪気がないことぐらい分かって――」
「ええ、もちろん分かっています。だからこそ腹立たしいんです。話を聞いている間も、ずっとそうでした。無知を盾に考えもせず口に出して、クローク様の優しさにつけ込んで緊張感無くへらへら笑って……」
「……っ!」
リラの言葉一つ一つが胸に刺さる。それが全て本音で、本当のことだからだ。タツキの怠惰と無神経さをよく分かっている。
「ルイも同感です。この方の態度は不愉快だと思っていました。クローク様がかばう価値があるのですか」
「………ぅ」
更にルイからも棘が飛んできて、タツキの精神ダメージがカンストしそうになる。もしクロークにかばう価値無しと判断されたら、屋敷から放り出されてしまう……そうしたら、タツキは。
「あるよ」
「「ーーー!」」
「リラ、ルイ。だからここは堪えてくれないか。これから礼儀を教えてあげれば済む話だ」
何を理由に「ある」と言い切ったのか分からないが、タツキは少し涙ぐんでクロークを見た。すると、主人が使用人に頭を下げているところだった。
二人は困惑した様子でお互いの顔を見ると、臨戦態勢を解いた。
「……分かりました。クローク様がそこまで仰るのなら。アタシが正しい礼儀を教え込んであげますよ〜」
「ありがとう。宜しく頼んだよ」
やっといつものリラに戻り、空気が和らいだ。そう思った矢先、ルイが主人に一歩近寄った。
「叱咤覚悟で申し上げます。ルイは、ルイの姉様を貶した輩にお咎め無しでは納得できません。ご命令頂ければ、すぐにでも始末する所存です。ですが何故、クローク様はこの者にそれほど情けをかけるのですか」
「ちがっ……!」
貶したつもりは毛頭ないと、そう反論しようとして黙る。原因はリラの笑顔だ。やっと笑顔が戻ったというのに、全く安心できなかった。真っ直ぐに言えば、不気味だった。相変わらず百点満点の笑顔だったが、負のオーラが隠しきれていない。彼女もまた、主人の言葉に従っただけであって、納得していないのだろう。
「―――」
メイドの妹。
姉に対する愛がこもった残酷な言葉に顔を歪める。
殺せると言い切れるほど、二人が憤っているのは明白だった。その中で、クローク一人だけが恐ろしいほどに冷静でいる。仮面越しでは何を考えているのかまったくわからない。
敵か味方か。
殺人鬼と化したリラを止めたあたり、タツキを生かすつもりではあるのだろうが油断できない。
「考えてみなよ。タツキ君は我等が驚くほど世間知らずだ。そんな彼の言葉に真意はあるかい? 否、感情に流されての戯言に過ぎないだろう。そもそも我が彼の傷口に深入りしすぎたことが間違いだったんだ。要因は我にある。重ね重ねすまない」
「………」
頭を下げて謝るクロークに、全員が押し黙る。ルイからは殺意が消え、以前の無表情に戻っていた。
とりあえず命が保障されたことに息をついた。散々貶された感はあったが、タツキを守るためだと信じたい。何より全て事実なのだから。
「でしたら、この者を特別視しているわけではないのですね」
再確認のつもりでルイは言ったのだろう。
だが、問いかけの答えは彼女の予想と真逆のものだった。
「いいや、彼は特別だよ」
「「……!」」
「トク……ベツ? 俺が?」
口を開けて驚くルイリラに、ピンとこずに首をひねるタツキ。自分が特別という自覚はない。
「タツキ君も、自分に少しでも非があると思うのなら、彼女たちに謝ってくれないか」
「あ、あぁ。もちろんだ。失態晒してすまねぇ。ルイもリラも、本当に悪かった」
「いえ」「はい」
短い返答が心にくる。どう見ても嫌々言っているようにしか見えない。間に大きな溝ができた気分だ。手を伸ばしても、届かない。
「よし、ひとまず一段落ついたってことかな。魔法の件はフレシアが戻ったら改めてするよ」
「ああ。ありがとう」
礼を言うと、思い切り自分の頬を叩いた。
今度は器の広い男でいなければならない。フレシアの前で、同じような失敗は絶対に繰り返さない。
「それに、君は何か重要なことを隠しているようだから―――」
「………え?」
「フレシア、入ります!」
意味深なクロークの言葉にノックが被さり、可愛らしい声が響いた。




