第12話 『ジカン』
不器用なりに答えが出た。
聞くなら、まずは日常的な所からだ。今のうちに疑問を解消しておかないと、後々苦労することになるからだ。
「こういう時は基礎中の基礎からいくのが王道。俺にしちゃグッドな初歩クエスチョンだぜ。……んで、今日は何月何日なんだ?」
「時間……を聞いているのかい? まるで記憶喪失者の発言だね。もったいぶる必要もないな」
心底呆れたように、クックと笑ってみせるクローク。どこかガッカリしているようにも見えた。期待を裏切ったようで申し訳ないが、心の内では仕方ないだろうと口をとがらせる。なんせタツキはこの世界出身ではないのだ。《日付》について知らなくても不思議ではない。
「なら早く教えてくれよ。俺の無知は赤子の可愛さ並だぜ」
「自覚しているなら何故、己の無知を嘆かないのですか」
「まあいいじゃないか、ルイ。タツキ君、今は双児宮の風月だ。これで満足かな」
「そうじきゅうぅ……?」
答えからまた疑問が生まれる。
何月何日と聞いたのに、その答え方は反則だろう。
「……はぁ。これは実際に見てもらったほうが早そうだ」
「言外に理解能力の乏しさを責められてる気がすっけど、その通りだから何も言えねぇ………助かります」
納得していないタツキの表情を見かねて、クロークが何かしてくれるらしい。主人は黙って立ち上がると、おもむろにマントから腕を出した。
そして自分の正面に人差し指をむける。反射的にそちらに目をやるが、指先にはもちろん誰もいない。先には壁があるだけだ。それを認め、ぞっとする。まるで見えない誰かがいるようなーーーー
「クロさん、何やって……」
「四大元素よ、支配星よ、占星術よ。カーディナル、フィックスト、ミュータブル、それぞれの眷属を我に示せ。ーーーアストロロジカル・サイン」
クロークが《何か》を一息で唱えると同時に、静止していた指が滑らかに動いた。丁度円を描くように、丸く丸く。普通なら子供の戯言だと片付けるところだが、残念ながら舞台が違う。指が通ったところにはくっきりとした跡が残り、円の軌跡を鮮明に印していた。その様子に目を奪われながら、タツキを支配していく感情があった。
「………ッ!」
超常現象を目前にして戦慄したわけではない。
今感じているのは未知に対する畏怖だ。それも、全身が悲鳴を上げて危険を訴えるぐらいの。しかし体の主であるタツキさえ、その感情の根本がわからない。たかが紋様が人を殺すはずないのだ。そう理解しているのに関わらず、体の震えは止まらない。
いつの間にか立ち上がっていたらしく、タツキによって倒された椅子が視界の隅に入った。無意識下の自分の行動。思わず起立せずにはいられなかった。理由は、止まらない手の震えが教えてくれている。服が汗ばんでいて気持ち悪い。
詠唱者の声音に生気は宿っておらず、それがまたタツキを恐れさせた。―――数秒先には死んでいる未来。そんなぶっ飛んだ事態が簡単に頭に浮かぶ。
ただの模様に本能的な恐怖を感じていた。理由はハッキリとは分からないが、脳が警戒を促しているのが分かる。
―――おかしい。いくら止めようとしても足の震えが止まらない。
「そこまで怯えられると困るのだが……。誓おう。我は君に危害を加えるつもりはないと」
「そそそそこは加えないって言い切るとこだぜ。俺のビビリメーターが振り切れる。見てこの足のガクガク」
「憎まれ口を叩く余裕があるうちは平気さ。それに、恐れを消せば震えも止まる」
クロークの突き放した発言に、大げさに肩を落としてみせる。
《術式》―――というものだろうか。クロークの前には完成した円が浮かんでいる。空中に描かれたそれは明らかに現実世界とかけ離れたものだった。
縁は小さく燃える青の炎で構成されていた。中にはマークやら文字やらが乱雑している。
十二の漢字が他より大きく書かれているので、それらが主なのだろう。漫画で見た術式によく似ている。移動系か防御系、はたまた攻撃系かは分からないが、高位のものだということは分かる。まだ発動前なのだろうが、クロークの気分次第でタツキの体は砕け散るかもしれない。
「ん?これって……」
並んだ文字を一文字ずつ目でおっていると、思い当たるものが一つあった。
「十二宮―――だよな」
「うむ、やはり口より目のほうが優秀みたいだ。付け足すが、陣の種類に意味はない」
口で言われると分からない。が、文字に置かれてやっとタツキの知識に引っかかった。昔本で読んだ星たち。たしか漫画でも使われていたはずだ。
十二宮は、一つ一つに対応する十二星座がある。
例えばさっき言っていた《双児宮》は、俺達が使う方式だと双子座にあたる。名称がそっくりだからすぐに分かった。
「つまり今は五月六月辺りか! 風ってのは分かんねぇけど」
もやもやが閃きで解消される快感。難しい問題に立ち向かってる気分になる。考え抜いた結論があっているかは分からない。しかし妥当な季節に思えた。タツキにとって一番過ごしやすい環境と気候の時期。
……あぁ、飛び降りた日と丁度あっている。六月六日はタツキの誕生日だ。
「ごがつろくがつ……? 妙に口に馴染む言い方だ」
「だろだろ!? その方が簡単なんだよ。俺にとっちゃ、なんで日付と統一しなかったんだってすっごい疑問なぐらいだし」
何故星座を月に起用するのか。この世界の理に関係しているのか。月が星座なら年は何なのか。十二宮に意味はあるのか。――様々な疑問が頭をよぎるが、質問攻めするのも気が進まない。とりあえず時間の概念についての質問は終了だと口を開けようとし、新たなハテナが浮かんだ。少々のためらいの後、生活に支障が出るリスクを恐れ、安全綱を確保することを優先する。
「すまん、もう一問追加な。日付は分かったんだけど、何時何分の判断方法は? 時計とかある?」
「とけい……」
ごく普通の問に頭を悩ませる主人。その様子を見て悟った。ここには時を司る物が存在しないのだと。思わず神様を呪いたくなった。
「悪りぃ、質問の仕方ミスった。あれだよ、一日の時間はどう区切るのかって話」
もし太陽だけで朝と夜を区別していたら、大きな壁に行き詰まることになる。てか何時代だ。
ファンタジーものでは時計は魔法の道具で補われていることが多かったはずだが……。
「ああ、そういうことか。ルイ、《時水晶》の用意を」
「はい、ここに」
「さすがルイルイ! 準備がお早い!」
「クローク様のご命令ですから」
「主人だけに忠実すぎだろ……。もうちょいフリーダムにやってもバチは当たらないぜ?」
英単語が聞きとれなかったのか、タツキの言葉は澄ました顔に見事スルーされる。ある意味クローク以上の鉄仮面だ。
「んで、これが時計の代役を努める魔法のアイテム……時水晶なわけか。名前は結構似てるな」
ルイの両手には丸い円球が収まっている。怪しい占い師が使うような水晶に似ている。よし、この際インチキ臭が漂っていることには目を瞑ろう。
タツキのリアクションが気にいらなかったのだろうか。黄緑の髪をしたメイドはわざと音をたてて水晶を置いた。割れてしまうのではと慌てて見ると、先程までなかった足のようなものが着いており、なるほどと呟く。心配が杞憂で終わって安心するタツキを一瞥すると、ルイは優しく水晶に触れた。途端、水晶がルイの手に反応するかのように光りだした。まるで電球のようだ。
赤色の光を放つ水晶をまじまじと見つめ、降参のポーズをとった。正真正銘本物だ。玩具ではない。色が時間を表すタイプらしい。
「ちなみに赤は何時……あ、朝昼夜のだいたいでいいぜ」
朱色を灯した水晶を覗きこみながら尋ねる。タツキの顔が映り込み、ぐにゃぐにゃと曲がっている様子が面白い。
「それでいうと朝かな。詳しく話すと長引くから、かいつまんでの話にとどめておこう。―――水晶の示す色は大きく分けて三つ。赤、黄、青の三原色」
色白で綺麗な指が三本伸びる。
子供に諭すようなやり方だが、理解しかねてやきもきしているうちは文句言えない。疑問は早く解消するに越したことはないのに。
人は謎をだされると答えを知るまで悩み続ける生き物だ。真実を知ったら知ったで、何だそんなことかで終わることも大半なのに。勝手な生き物だと非難されても当然だ。
だが今は違う。次から次に謎が生まれ、解明されずに残留し続けている。例え真実を知らされても、そこから波紋のように新たな謎が広がっていくのだ。いつの間にかタツキの心は謎への探究心に満ちていた。
「これはちょっとした魔具でね。三色を基盤にして、時間の経過にあわせて色を変えるんだ。ほら、僅かに変化しているのが分かるだろう。黄に変わっている途中というところだ」
「なるほどなるほど。美的センスが一切ない俺でも八割は把握できたぜ」
少し自慢げだが分かりやすい説明に顎を撫でて頷いてみせる。
その途端、頭の中にぱっと円が浮かび上がった。そして三等分される。丁度Yの形に。
そして三本の線に順番に色が振り分けられていく。三等分した左斜め上の線――朝が赤。右隣の黄が昼。半分から下におろされた垂直な線、青が夜だ。
基礎固め後、更にカット。
円の横半分、中心縦に一本、最後に二刀流の必殺技、Xで仕上げだ。色同士の間に2フロアから3フロアずつ配分されるように調整してある。所詮イメージなのだが。
赤と黄の間から埋めていった。
赤に近い方を朱色や橙色を混ぜたようなもので塗り、黄の方は……山吹色でいいだろう。
昼フロアの黄と青の間は夕方だろうか。脳内で思い描いた円を必死に保った。三角が3つ。黄線から順に黄緑深緑水色。不思議と色別イメージがめきめき湧いてくる。
一人で描いた想像図のラスト、青を挟んだ夜ゾーン。群青色、赤紫色、桃色の三色を選んだ。日の入りから日の出までを配慮してある。かなり凝った図だ。おかげですんなりと時間のイメージが理解できた。
「え、すご……。天才的頭脳で十割理解できたよ!? 色の配置も完璧だし! 他人には説明しがたい上に、聞き覚え無い色まで知ってたんですけど! まさかこれが俺の能力!?」
くっきりと頭に浮かんだ図にテンションが上がる。しかし、それが自分の意志で描いたものではないことぐらい分かっていた。今更美的センス開花なんてありえない。
「はぁ〜。普通ならおかしいと気づくはずなんですけど~。あ、そうでした! タツキ様は常識の範疇外でしたね」
「おぉい! そのキラッキラした笑顔は何!? さすがの俺でもおかしいとは思ったからね!? 知った上での優しさだからね!?」
笑顔で手を打つリラに目を剥いての反撃。
やはり頭に浮かんだ図も魔法によるものなのだろう。とても鮮明で、まるで画像を目にしているようだった。
「ご苦労、リラ。おかげで大部分の説明が省略できた」
従者を労うクロークの言葉に、浮かんでいたイメージがふっと消える。魔法の効果がきれたのだろうか。
「はい。………いえ。その効果を期待したのですが、結果的に話の進行を遅らせてしまいました。タツキ様の愚心を考慮することを怠ったアタシの責任です。申し訳ありません〜」
「勝手な俺の悪評と華麗なスルーの辛辣コンボ! 主君と従者の息ぴったりプレイキターッ!」
ガッツポーズをしながら唇を噛む。
クロークへの態度と違い過ぎてそろそろ虚しくなってきた。過ごした時間の差以上の壁がある気がする。
「そんな……。クローク様とお似合いだなんて、本当のことを〜」
「リラ姉リラ姉、ツキ様はそんなことおっしゃってませんよ」
「俺のセリフ妹にとられたんだけど。どうしてくれるんだ、お姉様?」
まさかルイがそんなことを言うとは思ってもおらず、面食らいながらも便乗した。
やはりクロークは特別な存在なのだろう。二人が変に敬拝している節がある。羨ましいというよりは素直な印象に過ぎなかった。
「それで、タツキ君が聞きたいことはその程度のことなのかな?」
話を途切れさせた原因が、ぐだぐだ話に終止符を打った。それでもメイド二人は主人の言葉は絶対という面持ちで自分達の立ち位置に戻る。まるで端から自分は関係ないという顔だ。その表情まで瓜ふたつな二人に怒りより感嘆する。
「なわけねぇだろ。まだまだてんこ盛りだよ」
そしてタツキに再び異世界と向き合う時間がやってくる。




