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赤眼の彼が、異世界支配してみた  作者: ひよこ丼
第一章 『死始と死別』
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第9話 『再来』




 重々しく開かれる両扉。


「おぉ〜! すげぇ!」


 首だけで室内を見て、思わず歓声を上げる。

 カルトに連れてこられた部屋(さき)は、目覚めた部屋より一回り以上は広かった。家具をどかせば悠々とバスケができるぐらいだ。やはりかなりの豪邸なのだろう。

 そのあちこちに扉がつけられており、タツキはまたもや首を傾げる。そろそろ本気で扉を開けて確認してみたい。いくつかはダミーなのか、忍者屋敷並にトラップが仕掛けられているのか………。それとも、本当に一つ一つが部屋として成り立っているのか。


 廊下と同じく、広い割にあまり物は置かれていなかった。貴族が使うような名称の分からない長机と、それを取り囲んで並べられた背の高いイス。高級品なのであろう絨毯は、まるで何かの魔法陣みたく模様が組み合わされている。その上に躊躇いなく素足で踏み込み、タツキは長い旅路の到着に安堵する。


「相変わらずスペースの無駄遣いだよなぁ……」


「そうかァ? ごちゃごちゃしてるよりゃいいだろ」


「えー。リクの部屋汚いのに。散らかってるのが好きだと思ってたよ」


「ば、ばか! 何で言っちまうんだよ!」


「やっぱりな。見るからに片付けとかできなさそうだもん、お前」


「そんなことねーし! 見てないくせに言うんじゃねェ!」


「へぇ〜? なら見させてもらおうか」


「ぬぐっ……!」


 顔を赤くして抗議するリクを片手で抑えながら、タツキ達一同は部屋の中央へと歩いていく。

 広い部屋にぽつんと置かれた机の脇に、待ち人が立っていた。


「随分と遅いご到着ですね。四肢でも落として来たのですか」


 完璧な立ち姿で控えていたルイは、タツキの顔を見るなり吐き捨てるようにそう言った。全く目が笑っておらず、口角だけ無理に引き上げているという恐ろしい表情で。


「いやぁ実はそうなんーーーなわけあるかっ! 家ん中でそんな物騒なことねぇよ! ……ないよね?」


 異世界なら何でもアリだということを、タツキは知っている。

 壁からいきなり矢が飛び出してきたり、地面が沈んだりなんてこともあるかもしれない。タツキの常識が及ばない事なんてたくさんあるはずだ。それ故に即座に否定することは難しい。


「………」


「そこは否定しろよ! 俺は世間に疎い田舎人だぜ? それに、遅れるも何もカルるんの案内に従っただけだし」


「つまりはカルト様のせいだと」


「ちがっ……!」


「……ごめんなさい」


 淡々としたリズムで、ルイがタツキを追い詰めていく。カルトのしゅんとした様子に大慌てのタツキだが、聡い少女はルイの考えが分かっていた。理解した上で乗っかったのだから、カルトに小悪魔属性が備わっているというタツキの予想はあながち間違いではない。


「おい、誤解を生む言い方やめろ! 別にカルるんを責めるつもりはねぇからな。………だから泣くとかやめてね?」


「………ぐす」


 図ったようなタイミングでカルトが鼻をすする。それに過剰に反応してみせたのは当然リクだ。


「カルトを泣かせやがって……許さねェ!!」


「だ、だから泣かせるつもりはーー――!」


「黙れ!!!……ぶちのめしてやるから、表でろ。ここは魔封部屋だからな」


 言い訳無用、怒りに燃える瞳にはそう浮かんでいた。今回の件だけでなく、今まで溜まった鬱憤を晴らしてやるといった意気込みも感じられるが……俺とお前が出会って、まだ半日も経ってないんですけど。


「………くす」


「ん?」


「………くすくす」


 控え目な笑い声。

 聞こえてくる方向は、さっきまで泣いていた人物からだ。場違いなその笑い声は、決して聞き間違えではない。

 タツキとリクは互いに顔を見合わせ、首をひねり、俯いたまま肩を震わす少女に「カルト?」「カルトさん?」と声をかける。


「なぁに?」


 可愛らしい声でそう答え、顔を上げたカルトは満面の笑みだった。いつもの眠そうな様子ではなく、何も取り繕っていない無邪気で子供っぽい表情(かお)


「……ったく。天使級の笑顔の前じゃ、文句の一つも言えねぇな」


「カ、カルト。泣いてたわけじゃねぇのか? それとも変になっちまったのか!?」


 やっと状況を理解し、騙されたことに脱力するタツキと、まだ理解できずに困惑するリク。


「冗談だってば。えへへ、ちょっと悪ふざけしてみちゃった」

 

「それに、非は起床が遅いお客様にありますから」


「夜型なんだから仕方ねぇじゃん。アラーム機能の一つでもあれば別だけどさ」


 スマホに目覚まし設定をするのもアリだが、貴重な充電をそんなことに使うわけにはいかない。既にいらないアプリは消し、充電長持ちアプリをダウンロード済みだ。いつ使う機会が訪れるのか分からないのだから。


「そ、そんで、フレシアは?」 


「フレシア様でしたら……」


「わたし呼んでくる! フレちゃんの様子見たかったんだ〜」


 鼻息荒く探索を開始するタツキに、カルトが元気よく飛び出していく。その後ろ姿を微笑ましく見守りながら、続いて出ていこうとするリクの首根っこを(すんで)のところで掴む。


「ああ!? 何すんだァ!?」


「どこに行くつもりかな、リク坊」


「カルトを追いかけるに決まってんだろ! 離せバカ!」


「ばっか野郎、それだから万年片想いのままなんだよ! カルトだってな、たまには女子だけの会話がしたいにきまってるだろうが! それをお前は毎度毎度ついて回って……金魚のフンか!?」


「へぐっ……!」


 ルイと二人きりになることを避けるための方便だったが、効果はあったようだ。図星と顔に書かれている。

 薄々自覚していたのだろうが、外野から言われることでやっと胸に刺さったようだ。生気が抜けた顔で口を半開きにし、ヨタヨタとした足取りで崩れるようにイスに座った。どうやらそこが彼の定位置らしい。

 タツキは自分の座る場所がわからないので、とりあえずリクの向かい側に腰を下ろした。あれだけボロクソ言っておいて、ほっとくのは薄情だと思ったからだ。


「早く来ねぇかな……」




✺✺✺




「お客様。お客様………」


「んぁ!?」


 しまった、ついウトウトしてしまった。目をこすり、ぼんやりとする視界を戻す。そこには相変わらずショック状態のリクと、その隣にカルトがいた。


「カルるんがいるってことは……」


「うん、いるよ。おはようタツキ」


「おおおおおぅ! おはよううう!? フレシア! 隣にぃ!?」


「だってここ、私の席だもの」


 これはかなりいい位置に座ったもんだと、自分の幸運を褒める。フレシアの隣なんておこがましいと思っていたが、偶然なら仕方ない。


「わたしは部屋に戻ろっかな。読みたい本もあるし」


「朝メシ食わねぇのか?」


「もちろん食べるけど。まだペルが来るまで時間ありそうだから」


「え、カルるんって実は食いしん坊キャラなん?」


 カルトの前にはクッキーらしきものがたくさん入ったバスケットがある。どうやらフレシアを呼びに行くついでに作ってもらったらしい。

 それをパクパクバクバクと、休む様子も無く頬張っていくカルトはご満悦だった。


「カルトが大食いなんじゃねェ。シンが作った焼き菓子が最強すぎんだよ」


 弁護しながら、リクもクッキーに手を伸ばす。咀嚼した瞬間につっけんどんとした態度が崩れ、すぐさま幸せそうな顔になった。二人の変わり様に、タツキも好奇心からバスケットの中の一枚を拝借する。


「なっ、なんじゃこりゃああああ!」


 口に入れた途端、舌の上で外身がほろっと崩れ、じんわりとした甘味が広がる。体がカッと熱くなった。食べた次には、二枚目に手が伸びてしまう。


「シンの作ったお菓子、美味しいでしょ。いくらでも食べられちゃうの。魔力向上の効果もあるらしいのよ」


「ああ、文句のつけようがねぇ味だ。体が熱いのはその追加効果のおかげってことか」


 タツキの体に魔力があるのか分からないが、効果を体感しているということは多少はあるのかもしれない。薄い望みに心が踊る。ニコニコしながらスイーツを食べるフレシアも可愛らしかった。笑顔がうつったタツキはいつも以上にニヤけながら、もう一枚と(かご)に手をーーーー


「……ない?」


 バスケット一杯にあったはずの焼き菓子。それがいつの間にか無くなっていた。まだ二枚しか食べていないタツキは、犯人探しをするように辺りを見渡す。


「フレシアは………違うよな」


 さっきまで彼女に目を奪われていたのだから、当然フレシアも容疑者から外される。


「小僧、正直に白状すれば許してやるぞ」


「あ? 何がだよ」


「ズバリ、ウマ菓子盗難事件の犯人はお前だろ!」


 ぐうぐうと腹をならしながら、人差し指をリクに突きつける。ご飯前に菓子を食べると更に食欲をそそられるのだ。


「はァ? 俺様は一枚しか食ってねェぜ」


「むむ……ということは、犯人はカルるん?」


「むふぁひほ、ほふぁいよ」


「カルトも違うってよォ」


「通じるのかよ!? それに、証拠残しまくりだし……」


 カルトの口元には菓子くずがついている。パンパンに膨らんだ頬の中に消えた焼き菓子があるのだろう。ジッと見つめると、気まずそうに目を逸らされた。


「てかよォ、カルトが一度に食べたのはお前にとられると思ったからなんだぜ。喉に詰まったらどうすんだ」


「俺のせい!? ……だって、予想以上にうまかったんだもん」


 責められる立場が変わり、タツキはキャラ変して謝る。その口調にウンザリした表情で、リクがやれやれと首を振った。


「シン君に頼んだのは、わたし。このお菓子は読書のときに食べるつもりだったのに………」


「ごめんて! でもよ、そんなに食べて飯は入るのか?」


「……? ご飯とおやつは別だよ」


 真顔でこくんと首を曲げられ、タツキは言葉に詰まる。おやつの量が多すぎる、などとといった野暮なツッコミはしない。やはりカルトは食いしん坊キャラ決定だ。まぁ、可愛い女の子がお菓子を頬張っている絵なら全然良いだろう。


「それじゃ、またシン君にお菓子を焼いてもらって、部屋に戻るから。ご飯の時間にまた呼んでね」


「まだ食うのかよ!?」


「カルト様、朝食の時間はもうすぐです。お部屋に戻られても……」


「大丈夫大丈夫。ハルもまだ来てないんでしょ? 時間が来たらついでに呼んでよ」


「なら俺も戻るぜ。カルトと一緒に呼んでくれ」


 二人が席を立ち、ルイが見送る。

 こうしてみるとただの使用人にしかみえない。そう思った瞬間、ルイがくるりと振り向き、


「フレシア様、そんな不躾者に構っている暇はありません。早く処遇をお決めになさってください」


 一瞬でもルイを普通だと考えた自分が馬鹿だった。

 いつも通り、キツイお言葉にタツキが食いつく。


「当人の意思はガンスルーなんですね、はい」


 当たり前でしょう、と、以前より強い眼力で睨まれる。やはりタツキへの冷たい態度は変わらない。

 処遇。その言葉が処刑と重なって聞こえた。


「タツキがどうなるかはペル次第でしょ? ルイも分ってることじゃない。私はタツキを連れてきただけよ」


「ペル? 猫の名前?」


「次にクローク様と動物風情を同価値に扱うようなことがありましたら、お客様のその珍しい黒髪を散髪して差し上げますので」


「やめてくださいすみませんでした俺が悪かったです!!!」


 どこにでもいるであろう髪の色を珍しいと形容された違和感も、恐怖心によりかき消される。

 ルイの言うことは冗談として受け入れてはいけないということを、タツキは何となく分かっている。

 現に、激強メイド様の手のひらはこちらを捉えていた。なにか魔法的なものが発射されると予想したタツキは、即座に土下座モードに切り替える。

 ふかふかの絨毯のおかげで額を床にこすりつけても案外嫌悪感は感じられない。

 それに、《ペル・クローク》という名ならすでに聞いた。屋敷の主の名として。つまりは忘れるほうが馬鹿なのだ。


「なじられて喜ぶ趣向だと認識しているのですが……何故避けるのですか?」


「まず《なじる》ってレベルじゃないだろ……殺気感じたぜ」


「あのねタツキ。ルイってばこんなこと言ってるけど、本当は優しいんだよ。……魔法を使ってるうちは」


「フォローするなら最後までしような!? なるほど、ルイは魔法よりパンチが得意なわけね。納得納得」


 魔法には適正があるのが世の常識。例えるなら本職が拳闘士か魔法使いかの違いだろう。拳で殴ったほうがダメージを与えられるのがルイだ。


「分かりました。お客様はこちらがお望みなんですね」


 そう言って自身の拳に息を吹きかける様子は、なかなか様になっていた。比例して恐怖度が跳ね上がる。


「どんだけ俺のこと嫌いなのルイルイ!? つか俺のこともさ、もっとフレンドリーに呼んでくれてもいいよ?」


 ここでもあだ名改革を目指す男、ナルセ・タツキ。大きな決意とは裏腹に、ビクビクしながら相手の反応を伺った。


「不快な呼び名をどうもありがとうございます。でしたらルイは、《客》とでも呼ばせて頂きましょう」


「客!? 違うっつーの! 文字るのはそこじゃない!」


 予想外のニックネームに大焦りで抗議する。もはや恐れている暇などない。


「何だ客。文句あんのか」


「言葉遣いも荒くなって、どっかの柄悪いラーメン屋さんみたいになってんよ!? フツーにタツキって呼べばいいだろ!」


「嫌よ気持ち悪い」


「ごめん、いつものルイさんに戻って」


 清々しいまでの毒舌ぶりに、ガラスのハートが割れそうになったタツキが折れる。ルイには何を言っても無駄だ。全てマイナスになって返ってくる。


「ツキはどうかな。お客様より呼びやすいよ、ルイ」


「ツキ………って、月のことだよな。俺、空に浮かぶお星様になっちゃうんですけど」


「はぁ、フレシア様がおっしゃるなら」


「まじか、フレシア様効果すげぇな!」


 あれだけ嫌がっていたルイが簡単に折れる様子を見て驚く。一体フレシアはこの屋敷でどんな立場なのだろう。屋敷の主の娘的な……?首を傾げるタツキに、フレシアが柔らかく問う。


「そういえば、この世界のこと全然知らないって本当なの?」


「本当も本当、全くの無知でございやす」


 カルトから聞いたのだろう。否定する理由もなく無知をひけらかす。


「そうなんだ……。長話になっちゃうけど、いい?」


「もちろんだ、フレシア。俺は君の話ならなんだって何時間でも聞くぜ。たとえ同じ話が延々と繰り返されるだけでもな」


 その場の雰囲気に合わせて片目をとじ、ウインクで決める。タツキの会心の決め技を、頬を引きつらせて避けるフレシア。キザ風は空振りだなと、肩をすくめて離脱。

 タツキだって聞きたいことは山ほどあるのだ。互いの謎が溶けきるまで何時間でも語る覚悟は出来ている。





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