人間は遊びや育児からいろいろ学んでいくものなのだろう
さて、熱帯における高床式住居は洞窟の中よりもずっと快適だ。
ハンモックで寝るのも良いが安心感が違うしな。
床が地面から離れた場所で風があればこの時代の熱帯ではちょうど快適な温度だったりする。
「あー、涼しい」
そこへ入ってくるフローレス人達。
「いーなー」
「いーなー」
だからといってその中にみんなで入り込んでぎゅうぎゅうずめだと暑苦しいけどな。
「ちょ、お前らみんなで入りすぎだろ」
「でもたのしー」
「たのしー」
「まあ、気持ちはわかるけどな、なんか楽しいよな、こういうの」
なので、みんなで協力して適当に時間をかけつつ高床式住居をまた別に作っている。
しかも今度の建物は今回の4倍くらい広い12畳位の広さにする予定だ。
「広い建物を作ろうとするとこれはこれで大変だな」
「たいへーん」
「でもたのしー」
「そうですよね、でも、楽しいですよ」
「完成してみんなで一緒にいられるようになればもっと楽しいはずだ」
「それいー」
そしてあくまでも高床式住居を建てるのは快適な空間を得たいからだけではない。
家造りのための穴掘りや木の伐採作業はなんというかワクワクするのだ。
「ちょっと疲れてきたし休憩するぞ」
「きゅうけーい」
「そうですね、休みましょう」
別に無理して急いで作る必要もないしな。
メキシコの漁師とMBAコンサルタントの旅行者の小話じゃないが一生懸命大金を稼いでからセミリタイヤでのスローライフなんてのは必要のない時代だし、食料採取の時間以外は全て余暇の時間なのだから楽しんで行動しないとな。
だから川で粘土集めてを土器を作ったりするのも泥遊びの延長だ。
「よいしょ、こんな感じかな」
乾燥が終わった土器を火に入れたがやはり何個かは割れてしまう。
「うわー、割れたー」
「ありゃりゃ~、乾燥が足りなかったか?」
「せっかく出来ると思ったのに」
「まあ、次に上手くいけばいいさ」
「そうだよね」
もちろん全部割れてしまうわけでもないし、余裕は持って作ってるからそこまで深刻なことはない。
失敗は成功の母だ。
最悪は鹿の胃袋を鍋代わりにすることだって出来ないことはないしな。
もっとも土器があったほうが便利だけど。
もちろんこういった狩猟採集生活というのにもある程度の常に得られる食料の状況に余裕は必要だ。
バナナや牡蠣、魚などを食べ尽くしてしまったり、木を切りすぎたりしないようにある程度はやはり節制もしないといけないが今のところはそこまでは大きな影響はでていないと思う。
「あーん」
「ほらほらいいこいいこ、あらうんちがしたいのね?」
「あー」
「じゃあ、厠に行きましょうか」
この時代の乳児の世話はおむつどころか抱っこひももないから、常に父親なり母親なりが抱きかかえていないといけないし、赤ん坊がおもらししてしまったら固形ならバナナの葉っぱなどに包んで外に捨て、水っぽい便だったら土器に入れた水で洗い流したりするしかないが、その分半年後くらいにはトイレの意思疎通は出来るようになっていたりする。
子供と肌と肌の触れ合いをすることで体温に異常がないかなども保護者によく分かるし、赤ちゃんを抱っこしてあやしたりすることで乳児は安心でき、その状態だと脳から成長ホルモンの分泌が促されることで順調に体を成長させたり、免疫力を上げたり出来るらしい。
無論その分保護者は大変ではあるがな。
もっと男が労働にかかりきりで育児に関われないということはない。
以前に子供をなくしてしまったサピエンスの女性も他の子供の乳母をすることで育児に加わりもう一度子供が生まれてきたときの訓練にもなるはずだ。




