8話 一回目の冒険の幕切れ
「すみません、トイフェルさん。まさか、メモ書き程度でも異世界が作られるなんて思いもしなくて・・・でも、もしかしたら、違うって可能性が・・・」
続けざまにその事実が本当であるのか、それを知ることが出来る質問を慎重に選んで聞いてみた。
「あの・・・ですね。もしかして、いや本当にもしかして、ですよ?お城にお姫様がいるなんてことありますかね?」
「はい、こちらにはお嬢様がお住まいになっています」
この言葉を聞いて、謎の少女の「メインヒロイン」という一言との、事実確認が取れた潤は、自分が残念な極薄の物語を作ってしまったことに対する謝罪を、この場の皆様にお詫びする必要があると確信した。
しかしながら、同時に少しだけ違和感を感じてもいた。それはこの世界がもし僕の書いたメモ書きストーリーに沿っているのなら、2つの点において違うことがあるのだ。
1つ目は、物語根幹であるお姫様救助が必要ないということ。こんな立派なお城に住んでいるのにわざわざ外に連れ出す意味がない。
2つ目は、まさかの魔王が不在という件。もちろん、出ないことに越したことはないけど、出てこないとなればそれはそれで弊害がある。この物語の進め方をもう僕は知らないのだ。
うーんと唸りながら、これからどうしたものかと考えている側で、謎の少女は呟いた。
「オヒメサマの様子、確認ーーーする?」
あどけない表情で首をかしげ、目的を失った潤に今後の指針を問いかける。課せられた使命がないとわかった今、潤は頷くことしかできなかった。
「では、私が案内しましょう。ついて来てください」
顔に似合わない陽気さで案内役を申し出るトイフェルに、少女と潤の二人はついていった。
大きな大門を抜けて、入ったお城は実に壮大で自分には不釣り合いな家だと感嘆の吐息を漏らした。
入り口からはアイロンをかけたような赤いカーペットがピシッと伸びていて、城内をいくつもの大きなシャンデリアが照らしていた。
左右には古風なロウソクが一定の間隔で並べれている。
先ほどまでのモノクロな世界とは全く打って変わった、このお城にあるもの全てが目の保養だと実感させられる。
天井の高いお城は良くも悪くもたくさんのフロアを生み出していて、そのうちの1つである2Fに螺旋状の階段を通って、足を踏み入れた。
2F は大きな広間に10人で囲めそうな丸いテーブルが中央に置かれ、それをいくつもの椅子が間隔をあけてを取り囲んでいた。
周囲の壁には高級感あふれる大小様々な「風景の絵画」が綺麗に飾られていて、手で触れることすらも咎められそうな上品な物ばかりが置かれていた。
「こちらの席でしばしお待ちを」
そう言い残し、トイフェルは上の階へと上がっていった。無言の時間がしばし続き、少女と二人きりになった潤はずっと気になっていたことを今更ながらに尋ねた。
「君の名前、まだ聞いてなかったよね?」
あっ、と完全に忘れていたのか、彼女は思い出したように自己紹介を始めた。
「えっと、私は・・・アルマ。それしかーーー記憶ない。だけど、ジュンの仲間。それだけはわかる」
ようやくお互いの名前がわかったところで、突然誰かの叫ぶ声が耳に届き、焦燥感に駆られ、聞こえてくる方角に耳を澄ます。
声は城内に響き渡るが、上から聞こえることを察知した潤は首を上げ、上の階を覗くと、かなり上層のところで長い金髪の少女が身を乗り出して叫んでいた。
「ーーーて!!急いでそこから」
「え?なんだって?よく聞こえないよ」
よく聞き取れなかった潤はもう一度聞き返す。
「とにかく、逃げて!!」
何から逃げるんだと、アルマに相談しようと向き直った瞬間、座っていた椅子が変形し、彼の意識を刈り取った。