9話 浮き上がる物語
瞼を開くと、見慣れた白い天井が見下ろしている。
上半身を起こし、現状確認を行なった僕は深いため息をついた。
もう勇者という肩書きは綺麗さっぱりに消え、ただの一高校生に戻ってきてしまったのだ。
「何が、異世界に入れますだ。こんなのただの夢じゃないか」
ゲームや漫画の主人公みたいに異世界に行って冒険をする、そんなことを期待していたが現実はそうじゃない。当たり前だ、当たり前のことなんだ。そもそも異世界ノートの効力なんてハナからわかっていたことじゃないか。異世界を作るなんてあるわけがないって...。
ふと、後ろを振り向くと窓には小さな雫がびっしり付いていて、今の心情にぴったりの空模様。
気分が盛り下がった僕はぬくぬくとした布団から、それでも何かあの世界に通じる痕跡がないかと立ち上がると、一直線に机へと向かうと信じられないものを目にした。
「ありえない・・・どうして、ここにこれが」
視界に映ったものがどうにも、本物であると認識するのに数秒かかった。
予想通り1ページ目の裏には、昨日書いたメモが残されているが、驚くべきところは2ページ目だった。
本来であれば、自身が小説を書き連ねていく1ページであるはずだったのだが、そこにはすでに1つの物語の一部が誰の手よってか、紡ぎ出されていた。
もちろん、文章を書き慣れていない自分がやったとは到底思えないが、自分で書いたのではないのか、と思えてしまう揺るぎない事実がそこにはしっかりと書き記されていた。
字の書き方や癖といったそんなチャチなものではなく、客観的に見ても覆ることはないだろう紛うことなき事実。
何せ、この物語を知っているのは世界中で天宮潤、ただ1人で他にこの話を知っている者などどこにもいるはずがないのだから。
『第1章 1日目の異世界冒険』などと見出しが書かれ、内容は夢に見た出来事がそのまま記されている。
モノクロの世界。
一人の少女。
唯一彩られた大きなお城。
そこに暮らす黒執事とお姫様。
そして・・・。
変幻自在に形を操ることができるーーースラ・・イ・ム?
自分が体験したことが事細かに書かれていたが、未知の生き物が1匹、いや1体が文章で細かく綴られ、浮き彫りになっていた。
謎のスライムは縦横無尽に城を這い回り、ずっと僕らを監視していたらしいことも記されている。
さらに読み進めると、どうやらコイツはかなり厄介な変身能力を持ち合わせ、そこら中の物になり済ませる化け物であり、僕が最後に殺された相手でもあった。
1章の最後にはアルマと潤は食べられ、2人の首が床に転がっている残酷な描写が容赦なく記録されていたのだ。
「夢じゃ...なかった。夢じゃなかった」
ただの夢落ちじゃない。ノートの記録を前にそう考える一方で、ただ本当に異世界へ行けたのかという事は現実に帰って来てしまった以上あまり実感がわかないのもまた事実であった。
それでも、僕はこれが夢でも、これが異世界でもやりきれない思いが1つあった。
このままじゃ絶対に終われない、終われるわけがない。
右の拳にギュッと力を入れ、彼女を守れなかった自分の不甲斐なさを激しく責め立てた。
なぜもっと考えなかった。なぜもっと周りをよく見ていなかった。なぜ...なぜ...。
次から次へと後悔が頭をよぎり、爪が手のひらに食い込むほどに拳に力が入った。
そもそも、元はと言えばこの物語の根幹ともいうべき設定をほとんど書いていなかったのもまた僕だ。
メモを書き出しただけなんて、言い訳をするつもりはない。
僕の文章力が、行動力が、判断力が、何もかもが足りていなかったせいで彼女を死なせてしまったんだ。
なぜこうも周りに不幸を伝染させてしまうのだろう。
もちろん、わかっている。これはお話の一部で現実じゃない。それでも、たとえコレが創作であっても、彼女を不幸にさせたのは僕の責任であることに違いはない。
「出来ることは全部やってやる」
朝の冷えるような空気をもろともせず、椅子に腰をかけると、続きの4ページ目に新しい文章を書き加えていった。




