真代 未来4
ほどなくバスはスキー場につきました。
預けていたスキー板と荷物を受け取ると、連理ちゃんはわき目も降らず一目散に駆け出していったのです。
どこへ行くというのでしょう。わたしたちを置いて。
いつもの通り追いかけようとしましたが、
いつもならここで阿坂君が叫んで追いかけるのにそんな気配がしません。
やはり調子がよくないのでしょうか。
そう思って振り返ると、阿坂君は何かを見つめているようでした。
「…阿坂君?」
わたしが阿坂君に声をかけると彼は無表情で立っていました。
怖い顔をしている。いいえ表情が消えているのでしょうか?
阿坂君は隣に立つわたしに目線を向けることなく、すっと前方に腕を向けます。
いいえ指をさしているようでした。
「あれ。あそこ。見える?シカがいる」
驚いてわたしは阿坂君が指さすほうを見ると、大きな2車線の道路を挟んで反対側の、
大きな駐車場のさらに奥の森に、2匹のシカがいました。こちらをじっと見ているように見えます。
「いたっ!え?こんなところにいるんですね」
「僕も初めて見た。こっちには来ないように見えるけど…」
シカをこんな距離で見る何て初めての光景に驚いていましたが、
どうやら地元の阿坂君にとっても初めてだったようでした。
シカはそれなりに遠くにいますが、それでもだいぶ近いように思えます。逃げたほうがいいのでしょうか。
2匹の鹿は動かずじっとこちらを見ているように見えます。
「…大きいですね」
「そうだね。わかっているとは思うけど近づいたらダメだよ」
もちろん近づくつもりはないです。 鹿はかなり大きいように見えました。
不安になって阿坂くんをみあげるが、彼はただじっと鹿を見つめていました。
その顔には、何の感情も見てとれず、初めて私は阿坂君に対して怖いという気持ちを抱いたのです。
「未来〜。早くぅ。なにしてるの?置いてっちゃうよー」
連理ちゃんの声にハッとして振り返ると、かなり遠くまで行った連理ちゃんがブンブンと手を振っています。
どうやら、いつまでもついてこないわたしたちのために戻ってきてくれたようです。
「連理ちゃん!あの…あそこに…」
連理ちゃんにもしかがいることを教えようとしましたが、
阿坂君に腕をつかまれました。
ゆっくりと首を振る様子に、
ふと。
ふと振り返ると、すでに鹿はいなくなっていました。
「だめだ」
「えーなんで。何で阿坂の言うとおりにしないといけないわけぇ。」
荷物をロッジに預けて、ようやく滑り出そうという時、
阿坂くんと連理ちゃんが揉めていました。いつものことです。
「どうしたんですか?」
「阿坂が、準備運動がーとか転び方の練習がーとかうるさいの」
「あっはい。必要ですね。連理ちゃんはスキーはほとんど初めてなんでしょう。怪我をしないためにも必要です。
じゃあ端っこの方でやりましょう。」
容赦なくわたしも告げたました。
最近わかってきたましたが、基本的に阿坂くんと連理ちゃんの揉め事は阿坂くんが連理ちゃんを心配してのことであり、
連理ちゃんもいったん反抗するというポーズをとっているだけなのです。
「えぇぇ…めんどい。」
「だめです。怪我をしたらどうするんですか?骨折したら冬休み中はずっと入院ですよ。」
骨折の入院期間なんてよくは知りませんけれど、大袈裟に脅してみます。
そうしてようやく、連理ちゃんは渋々と言ったふうに準備運動に承諾してくれました。
その姿に、思わず私は阿坂君と顔を見合わせてやれやれといった感じに笑いあったのです。
中学の頃の授業でやった準備体操を思い出しながら一通りぎこちなく体操を終え、
まずは初心者コースからと始めたものの、連理ちゃんはわたしが驚くほどスキーのセンスがあるようでした。
やったことがない。と言っていましたが、
そうとは思えないほどスムーズに、スキーで止まることもできる。曲がることもできる。いわゆる“ハの字”の段階をすぐ卒業してすぐにボーゲンで滑れるようになりました。
すぐに私と同じように滑れるようになったのです!
元々運動神経のいい連理ちゃんなので、すぐに滑れるようになるとは思ってはいたのですが、
それでも7日くらいはかかるかなと思っていました。
「こんなに早く滑れるようになるなんて本当にすごいです!」
私がうれしくなってそう阿坂君に話しかけると、彼は困ったような顔をしていました。
何か心配事があるのでしょうか?
確かにこれだけ滑れるとあっちこっち行ってしまいそうです。
「大丈夫ですよ!わたしがずっと一緒にいます。危ないことはさせません!」
わたしがそう言っても阿坂君は「うん」と小さく答えたまま、黙ってじっと連理ちゃんを見つめていました。
その後も順調に驚くべき成長を連理ちゃんは見せていました。そうなるとどうなるかというと。
「午後から阿坂はついてこないで。未来と滑る。
だいたいスキー場なんて帽子とゴーグルとネックウォーマーつけてるんだから顔なんてわかんないでしょ。
ナンパなんてされないし。そもそもナンパになんてついていかないし……」
そう反抗期。
こうなるのでした。
連理ちゃんはナンパについていかないと言いましたが、
どうでしょう。
食べ物を上げるよと言われればついていきそうだなとわたしは思いました。
言いませんでしたが。
阿坂君はもう阿坂君といえばこの顔。デフォルトのようになってしまった”困った顔”といった風な顔を浮かべています。
しかし今回はわたしも連理ちゃんに加勢しなくてはいけません。
「そうです。私も二人で滑りたいです。リフトは二人乗りですし、無茶な滑り方はしません。
初心者向けのコースをゆっくり滑ります。
休憩するときは阿坂君のところに戻ってくるので阿坂君はロッジで休んでいてください」
阿坂君の顔色がずっと悪いままだったのです。
バスを降りたころから顔色が白っぽく、乗り物酔いかと思ったのですが、
それが昼になっても改善しなかったのです。
お昼ご飯もほとんど食べれていませんでした。
そんな状況の阿坂君を連れだすわけにもいきません。
ここは連理ちゃんの反抗期に乗っかるしかありません。
「う~ん。そうかもしれないけど……」
それでも阿坂君は乗り気ではありません。わたし負けるわけにはいきません。
ぐいぐいと阿坂君の袖を引っ張りちょっとだけ連理ちゃんと距離をとり、
彼にだけ聞こえるような声で言いました。
「バスの時もそうです。連理ちゃん心配していましたよ。
最近眠れてないみたいって。あの連理ちゃんが嫌味も言わずに寝かせておいた方がいいって、
心配だけを表に出すなんてよっぽどですよ。休んでください。」
そこまで言うとなんというかようやく理解したようで、ちょっとしょんぼりさせてしまったようです。
「………そんなに具合悪そうに見える?」
「はい。とても」
わたしが真顔で言うと、しぶしぶ阿坂君もロッジで休憩することを承諾してくれました。
阿坂君を置いて、リフトに乗った時わたしはふと連理ちゃんに尋ねました。
「阿坂君。顔色悪かったですね。大丈夫でしょうか…」
「いや違うし…別に…心配したから残してきたわけじゃないし。」
と聞いてもいない言い訳をしてくれました。
もしかしたら反抗期が終わるのはもうすぐかもしれません。




