第30話 恥ずかしい授業参観
この物語が、降り止まない雨の中にいるあなたの一本の傘になれますように
十四歳になった智博は、公立の中学校へ通っていた。
その日は授業参観で、ハユンは仕事が休みだったため亜希子と授業が始まる前から教室の後ろにいた。
「智博、智博」
ハユンの声が教室に響く。
振り向く智博。手を振るハユンと亜希子。智博は煩わしそうにうつむく。
授業が終わり、帰ろうと校門を出たハユンと亜希子。立ち話をしている保護者たちに挨拶をする亜希子。
「さようなら。さようなら」
同じクラスの松本陽斗の母親、松本奈々子が声を掛ける。
「あら、崔さん。旦那さんも一緒に来るなんて今日お仕事は?」
ハユンが答える。
「今日は休みだったんですよ」
「そうなの。せっかくの休みに来るなんて良いお父さんね」
「ありがとうございます」
ハユンが答えた。
「うちの人は父親らしいこと大してしないから羨ましいわ」
「そんな……」
ハユンと亜希子はお辞儀をして帰っていく。
歩きながら亜希子が口を開く。
「私も子供の頃、父親が授業参観に来てくれたことなんてなかったわ」
「そうか……」
ハユンは寂しそうに言った。
「智博は幸せ者ね」
亜希子はそう言って、ハユンに微笑んだ。ハユンも誇らしい顔で微笑む。
教室では、クラスメイトの五十嵐純太が、
「トモひろ!トモひろ!」
とハユンの口調を揶揄して智博をからかっていた。
周囲の生徒が男子も女子もくすくす笑っている。担任の内山翔平も笑っている。
「トモひろ!トモひろ!」
智博は我慢の限界が来て五十嵐の胸ぐらを掴んだ。
「俺がどうしたって?名前呼んだんだから用があんだろ?言えよ、ほら、言えよ」
担任の内山が止めに入る。
「崔!やめろ、何してんだ」
「早く言えよ」
智博は力を込めた。
「崔、やめろ」
内山は再度制した。
智博は悔しいながらも手を離す。
「先生、注意するのは僕だけですか」
「五十嵐は……名前呼んでるだけだからなあ」
内山はとぼけて言った。クラス中がくすくす笑う。
「最低だな」
そう吐き捨てて智博は教室を出て行った。
智博は家に帰って来るなり、リビングでくつろいでいたハユンに言う。
「お父さん、授業参観来なくていいよ」
意外な言葉に亜希子は驚く。
「どうしたの?」
「お父さん、ネイティブな日本語じゃないから恥ずかしいんだよね」
智博は冷たく言い放った。
亜希子は咄嗟に言う。
「なんてこと言うの!お父さんに謝りなさい」
「いいんだよ亜希子。智博、もう行かないから安心しろ」
ハユンはそう言うと、寂しそうにうつむいた。
そんなハユンの顔を見て亜希子は智博に諭す。
「お父さんは毎日働いて、智博を育ててくれたんでしょう」
「うるせーなババア」
智博は亜希子の顔も見ずに言った。
ハユンは目の色を変えた。
その瞬間、ハユンは智博の首を締め上げる。
「お母さんになんてこと言うんだ」
智博の顔が充血していく。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
智博は両手をバタバタさせて謝った。
ハユンが手を緩めると、智博は床になだれ落ちる。
「智博大丈夫?」
亜希子は心配して駆け寄った。
「ハユンさん、智博も成長した証拠なのよ」
ハユンは厳しい顔で言う。
「味方にすべき人間を判断出来ないのは、まだ子供な証拠だ。一人で生きて来たと思うな」
「そんな、思春期の話しないでよ。俺も青かったよね」
二十一歳になった智博は照れくさそうに言った。
「智博も辛かったわね」
亜希子が同情して言った。
ハユンは申し訳なさそうに言う。
「あの時は智博がそんな目に遭ってたとは知らなかったんだ。知っていたらそいつに復讐してた」
「だと思って僕は言わなかったんだよ。お父さん、僕たちの為ならなんでもするから」
ハユンは苦笑いするしかなかった。
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