侵蝕
街が生まれるずっと前……
世界に名が与えられるよりも、ずっと前のこと。
静寂は……決して「空虚」ではなかった。
何かが動いていた。
生命としてではない。物質としてでもない。
ただ、「気配」として。
……
彼らに決まった形はなかった。
ある時は煙のように見え、またある時は空間そのものの欠落のように見えた。
まるで世界が、彼らをどこに配置すべきか測りかねているかのように。
……
それなのに――彼らはそこにいた。
……
彼らがどこから来たのか、誰も知らない。
知る術もなかった。
記録はなく、起源もなく、説明すら存在しない。
ただ……現れるのだ。
一瞬だけ世界が口を開き、何かが零れ落ちたかのように。
……
最初は、何もしなかった。
感じず、考えず、望みもしなかった。
ただ……そこに存在していた。
……
やがて世界が変わり、人間が現れた。
最初は遠くから、理解も干渉もせず、ただ眺めているだけだった。
だが、その脆き生身の存在には、決定的な「違い」があった。
かつて存在しなかったもの。
彼らを惹きつける、何か。
「魂」だ。
……
ある魂は弱く、ほとんど感知できないほどだった。
だが別の魂は、あまりに濃密で、重く……
己の存在以上の何かを背負っているかのようだった。
……
彼らの一人が、それに「触れよう」とした時――すべてが変わった。
光もなく、音もなかった。
だが、「亀裂」が生じた。
エコーはただ触れただけではない。彼は「吸収」したのだ。
……
そしてその瞬間――彼は「感じた」。
痛み。恐怖。絶望。
彼のものではない感覚。彼の中に存在するはずのない感情。
それが彼を破壊し……同時に、創り上げた。
形は安定を失い、捻じ曲がり、肥大し、歪んでいった。
そして――初めて世界は耳にしたのだ。
「叫び」を。
人間のものではない。だが、完全に空虚でもない叫び。
その瞬間から、彼らは変貌した。
……
彼らはそれを求めるようになった。
より濃密で、強く、生気に満ちた魂を。
だが、誰もがそれに耐えられるわけではなかった。誰もが同じように進化できるわけでもなかった。
やがて、時間の経過とともに「格付け」が生まれた。
公式なものでも、完全なものでもない。だが、伝説として語り継がれるほどの分類。
【断片体】
最も一般的で、不安定な存在。
決まった形を持たず、ほとんど空っぽに近い。
彼らは選ばない。ただ、反応するだけだ。
弱き感情――恐怖、不安、絶望に寄り添う。
数は多いが、長くは持たない。
【捕食体】
完全な魂を喰らうことに成功した個体。
より巨大で、攻撃的で、暴力的。
彼らはもはや彷徨わない。「狩り」をするのだ。
だが、限界はある。喰らえば喰らうほど、不安定さは増していく。
内側から、魂が抗うのだ。
それが彼らを、さらなる異形へと変えていく。
そして……存在するはずのない者たち。
【残滓】
稀少であり、確認されることはほとんどない。
記録においてすら忌避される存在。
なぜなら、彼らの中には「何か」が留まっているからだ。
断片。壊れた記憶。不完全な意志。
本能に従わない動き。
まるで内側の何かが、まだ戻ろうともがいているかのように。
だが、それもまた、証明されたことはない。
強大すぎる個体は姿を消すか、消去されるか……あるいは、見つからない術を学んだからだ。
……
いつしか、彼らを阻む者がいない時代は終わった。
彼らが肥大し、喰らい、進化した時間は過ぎ去った。
なぜなら、ある魂たちは――喰らわれなかったからだ。
それらは反抗した。
消えるはずだった人間が、留まった。
それどころか、彼らは「視る」力を得た。
感じ、やがて、戦う力を。
……
なぜかは分からない。どうやってかも不明だ。
だが、濃密すぎる魂は、容易には砕けなかった。
そうして――計画もなく、意図もなく、説明もなく、最初の「彼ら」が現れた。
時を経て、彼らは組織化され、鍛錬を積み、より大きな存在となった。
「星響機関」。
英雄としてではなく、ただの「結果」として生まれた組織。
それ以来、世界は再び変わった。
エコーは減り、弱い個体はすぐに消された。
強い個体は稀少となった。
もはや、容易に食える時代ではなくなったのだ。
彼らはもはや、どんな魂でもいいわけではない。
弱い魂では、もはや満たされない。
彼らは「密度」を、強き「力」を、リスクに見合う「何か」を求めるようになった。
……
だからこそ、記録は破綻し始めた。
残された個体はもはやパターンに従わず、現れるものは既知の枠に収まらない。
今、目の前にいる「これ」のように。
これは断片体ではない。
捕食体でもない。
ましてや、残滓などでは到底ない。
魂を喰らうだけではない。
肉体を喰らい、蓄積している。
あらゆる限界を、同時に踏み越えようとしているかのように。
間違い。不完全。
あるいは――進化しすぎた「何か」。
……
静寂が流れる。
分類などどうでもいい。起源など知ったことではない。
これは、存在してはならないものだ。
そして、今そこに、いる。
影浩の目が動いた。本能的に。
たった一つの、一点に向かって。
星奈。
思考は、単純。冷徹。そして、明快だった。
「貴様が何者かは関係ない」
彼の気配が、さらに深く沈み込む。
「彼女に仇なすというのなら……」
……
「俺が、貴様を終わらせる」
「ようやく『エコー』の正体について少し触れることができました。しかし、影浩の前にいる個体は記録にない異質な存在のようです。本当の戦いはここから始まります!物語の世界観を楽しんでいただけたら嬉しいです。」




