第22話 蠢く粘液、覚醒の時
第一層から続く石の階段を下り、オレたちは第二層へと足を踏み入れた。
ひんやりとした空気、壁に埋め込まれた蒼光石が放つ頼りない青白い光、そして迷宮独特の湿った土とカビの匂い――。基本的な構造や明るさといった、視覚的な雰囲気は、第一層とさほど変わらないように感じられた。通路の幅や天井の高さも、大きくは違わない。
だが、肌で感じる空気の重さ、密度のようなものは、明らかに第一層とは異なっていた。気の所為じゃない。モンスターの気配が、格段に濃くなっている。より強く、より禍々しい存在が、この階層の闇の奥に潜んでいる。それがひしひしと伝わってくる。
四年前に第四層でA級モンスターが出現して以来、この迷宮は封鎖され、ハンターの立ち入りは厳しく制限されている。その結果、迷宮内の生態系が変化したのだろうか。低層階であるはずのこの第二層にも、本来ならもっと下層に生息しているような、手強いモンスターが現れるようになっているのかもしれない。他のハンターの気配が全くしない、この不気味な静寂が、その推測を裏付けているようだった。静かだからこそ、モンスターたちの息遣いや気配が、より鮮明に感じ取れてしまう。
「……大丈夫、タクマ? 少し顔色が悪いみたいだけど」
隣を歩くエリスが、心配そうにオレの顔を覗き込んできた。彼女の大きな黒い瞳には、気遣いの色が浮かんでいる。
「ああ、大丈夫だ。ちょっと……考え事をしてただけだよ」
オレは努めて平静を装って答えたが、内心では第二層の不気味さと、以前エリスに指摘された「生物収納」の可能性について、考えを巡らせていた。薬草や赤虫を収納できたのは事実だ。だが、それが何を意味するのか、まだ確信は持てない。もし本当に生物を収納できるなら、それはオレの戦い方を根本から変える力になるかもしれない。しかし、同時に未知のリスクも伴うだろう。
(今は、目の前のことに集中しないとな)
オレは軽く頭を振り、思考を切り替える。第二層は、第一層とは比べ物にならないほど危険なはずだ。油断は許されない。
「エリスこそ、疲れてないか? 無理はするなよ」
「私は平気! タクマが隣にいてくれるだけで、元気いっぱいだもん!」
エリスはにぱっと笑い、白くて長い尻尾を左右に揺らした。その屈託のない笑顔に、オレの心も少し和む。彼女の存在は、この暗い迷宮の中で、何よりの心の支えだ。
オレたちは再び歩き出した。エリスが先行し、鋭い感覚で周囲の気配を探る。オレはその後ろにつき、剣の柄を握りしめながら、警戒を怠らない。以前の戦闘を経て、二人の連携はよりスムーズになっていた。
しばらく進むと、前方の通路の天井付近から、カサカサという不快な音が聞こえてきた。見上げると、闇に紛れて巨大な蜘蛛が数匹、壁を這っているのが見えた。体長は1メートル近くあり、複数の赤い目が不気味に光っている。
「ケイブスパイダーか……! しかも複数!」
D級モンスター、ケイブスパイダー。毒を持つ糸を吐き、奇襲を得意とする厄介な相手だ。
「エリス、来るぞ!」
「うん!」
オレの警告と同時に、ケイブスパイダーたちが天井から糸を垂らし、素早く降下してきた。
エリスは冷静に剣を構え、迫りくる一体に応戦する。鋭い剣閃が蜘蛛の脚を切り裂くが、ケイブスパイダーは怯むことなく、口から粘着性の高い糸を吐きかけてきた。エリスはそれを巧みにかわし、反撃の機会を窺う。
その間にも、別の二匹がオレに向かってくる。
(よし、試してみるか……!)
オレは迫りくるケイブスパイダーの一匹、そいつが足をかけている、天井から突き出た不安定そうな岩に視線を向ける。
あのときと同じだ。
エリスと行った岩場で、初めて非接触での収納を確認したときと。
オレは、ケイブスパイダーの足元の岩を、収納した。
シュン! 岩が音もなく消え、ケイブスパイダーは足場を失って体勢を崩し、頭から床に落下した。
「よしっ!」
思わず声が出る。足場消失攻撃、成功だ!
だが、安堵したのも束の間、もう一匹のケイブスパイダーがオレのすぐ近くまで迫っていた。口から毒々しい緑色の液体――おそらく毒液だろう――を吐きかけようとしている。
(させるか!)
オレは咄嗟に毒液を視認し、空中で収納する。
さらに、収納庫から岩を取り出す。ついさっき収納した、ケイブスパイダーが足場にしていた天井の岩だ。静止物だからベクトル操作はできないが、床に落ちて混乱しているケイブスパイダーの真上に出現させる。
ドンッ! 鈍い音と共に岩が落下し、ケイブスパイダーを押し潰す。……いや、潰しきれてはいないが、動きは完全に止まった。
(よし! 静止物でも、重い物ならこうすれば使える!)
新たな戦術のヒントを得た気がした。だが、感心している暇はない。
「ナイス、タクマ!」
オレが手間取っている間に、エリスがもう一体の方を仕留めてくれていた。
オレは、床でまだ微かに動いているケイブスパイダーに剣でとどめを刺そうとした、その時――。
「タクマ、上!」
エリスの鋭い声に、咄裟に身を屈める。
――バサッ!
突如、背後から風を切る音と共に、巨大な影が襲いかかってきた。
頭上を、巨大なコウモリのようなモンスターが通り過ぎていく。鋭い爪が、オレのいた場所の壁を深く抉る。
「ジャイアントバットか!」
D級モンスター、ジャイアントバット。鋭い爪での急降下攻撃や、衝撃波を放つ、これまた厄介な相手だ。しかも衝撃波は『物』じゃない。さすがに収納はできない。
ジャイアントバットは旋回し、再びオレに狙いを定めたようだ。
(落ち着け……オレならできる!)
オレは収納庫に意識を向ける。さっき収納したケイブスパイダーの毒液。あれをジャイアントバットにぶつけられないか?
(当たらなくてもいい。攪乱できれば……)
オレはジャイアントバットの動きを見極め、毒液を取り出した。緑色の液体が、やはり狙いとは違う方向に飛んでいくが、ジャイアントバットは突然現れたそれに警戒してか、一瞬動きを止めた。
残るはこいつ、ジャイアントバット一体だけだ。なら!
「エリス、こいつはオレにやらせてくれ!」
「え? で、でも……」
「大丈夫だ! オレだって、やれる!」
オレは剣を構え直し、ジャイアントバットと対峙する。さっきの突然現れた毒液に警戒しているのか、ジャイアントバットの動きには少し迷いが見える。
(攪乱はできたはずだ。次は……)
オレは再び収納庫に意識を向け、第一層でモノアイが投げてきた石つぶてを選び、ジャイアントバットに向けて射出する。
ヒュン! 石つぶてが、狙いとは少しずれたものの、ジャイアントバットの翼を掠めた。大したダメージはないだろうが、怒らせるには十分だったようだ。
「キシャアアアッ!」
怒り狂ったジャイアントバットが、一直線にオレに向かって急降下してくる。
(――来い!)
オレは迫り来るジャイアントバットから目を離さずタイミングを測る。
(もう少し、もう少しだ……)
ジャイアントバットがオレの頭上に到達し、その鋭い爪がオレの頭部めがけて振り下ろされる、まさにその瞬間――。
(――ここだ!)
オレは収納庫から超高速氷矢を取り出した。
迷宮入口でエリスがオレに向かって全力で放った、あの凄まじい運動エネルギーを内包した氷の矢が一本、オレの手元に出現する。
狙いは真上――ジャイアントバットの胴体!
(喰らえぇぇっ!!)
ゴォンッ!!!
耳をつんざくような轟音と共に、氷の矢がジャイアントバットの胴体に突き刺さった! いや、貫通した! 至近距離から放たれた超高速の氷塊は、ジャイアントバットの体をいとも簡単に打ち砕き、そのままの勢いで天井に激突し、粉々に砕け散った。
「グルァァ……ッ」
ジャイアントバットは、断末魔の叫びを上げる間もなく、勢いよく吹き飛ばされ、床に叩きつけられて……動かなくなった。
「…………やった」
オレは、肩で息をしながら呟いた。超高速氷矢はエリスの魔法で生み出された物だ。その一本を使ったとはいえ、D級モンスターを、ほぼ自力で、しかも一撃で仕留めることができた。
(すごい威力だ……。エリスの氷の矢も、それを撃ち出せるオレの収納魔法も……。そして、ベクトル操作は、遠距離だとまだ制御が難しいけど、これだけ近付けば……!)
脳裏に、先ほどの戦闘がフラッシュバックする。狙いを定めるのではなく、当たる距離まで近付いて撃つ。そうだ、もっと近付けば、ゼロ距離で撃てば、外しようがないじゃないか!
(ゼロ距離攻撃! これなら、もっと強い敵にもきっと……!)
新たな戦術の可能性に、オレは武者震いのようなものを感じていた。
「タクマ! すごい! 今の、何!? めちゃくちゃすごかった!」
エリスが目を丸くして駆け寄ってきた。その顔には、驚きと興奮が浮かんでいる。
「ああ……ちょっと、奥の手を使ってみたんだ」
オレは、興奮を抑えながら答えた。
◇
戦闘を終え、周囲の安全を確認する。ケイブスパイダーとジャイアントバットの亡骸は、念のため収納庫にしまっておく。素材として売れるかもしれないし、何より、血の匂いで他のモンスターを呼び寄せたくない。
オレたちは再び探索を始めた。第二層は、第一層よりも罠のような地形が多い気がする。落とし穴になりそうな深い亀裂や、不安定な岩場など、オレは足場消失攻撃の応用で、そういった危険な場所の岩を事前に収納し、安全なルートを確保しながら進んだ。
「タクマの収納魔法、本当に便利だね!」
「ああ、でも油断は禁物だ。何があるか分からないからな」
そんな会話をしながら進んでいると、少し開けた場所に出た。壁際には、わずかに水が湧き出ている場所があり、その近くには古い焚き火の跡のようなものも残っている。かつて、ハンターたちがここで休息を取っていたのかもしれない。
「少し休憩しようか」
「うん!」
オレたちは壁際に腰を下ろし、水筒の水を飲んだ。束の間の休息。だが、その時だった。
――ズル……ズルル……
すぐ近くの壁の影から、何か粘性の高いものが蠢くような、不気味な音が聞こえてきた。
(なんだ……?)
オレとエリスは顔を見合わせ、同時に立ち上がる。音のする方へ視線を向けると、そこには……緑色の半透明な、不定形の塊が、ゆっくりとこちらに向かってきていた。
「アシッドスライム……」
E級モンスター。物理攻撃が効きにくく、強力な酸で獲物や装備を溶かしてしまう厄介な敵だ。しかも、複数いる。大小合わせて、十匹以上はいるだろうか。
「まずいな……」
「うん……。タクマはここにいて」
「どうする気だ?」
「まずは私がやってみる。私なら魔法攻撃もできるから……」
「無理はするなよ」
「わかってる。それに、危なくなったら、助けてくれるでしょ? 期待してる!」
エリスはそう言うと、剣を握る手に意識を集中させる。
エリスがスライムの群れに向かって駆け出す。持ち前の俊敏さでスライムの接近をかわし、剣で斬りつける。だが、やはり物理攻撃は効果が薄い。スライムの体はぶよぶよと衝撃を吸収し、すぐに元通りになってしまう。
「やっぱり……。それなら!」
エリスは距離を取り、今度は火の魔法を放つ。《ファイアボール》だ。小さな火球がスライムに着弾し、ジュッという音と共に蒸発させる。やはり物理攻撃より魔法攻撃が有効らしい。だがしかし、数が多すぎる。次から次へとスライムが迫ってくる。
一匹のスライムがエリスに飛びつこうとする。
エリスはそれを剣で薙ぎ払う。
その時、別の一匹がエリスの死角から密かに近付いていることに気付いた。
「エリス! 右後ろ! 足元! 一匹来てる!」
オレの声に反応してすぐさま避けるエリス。
だが、避けた先が悪かった。
一匹の小さいスライムがそこにいた。
そいつはすぐさまエリスの足元にまとわりついてきた。
「わっ!?」
バランスを崩したエリスに、さらに数匹のスライムが飛びかかる。ブーツやショートパンツに緑色の粘液が付着し、ジュワジュワと溶け始める。
「い、いやぁっ!? ちょっ!? えっちぃ! タクマ! こっち見ちゃダメェ!」
(……えっと、見るなと言われても困るが、でも確かに目のやり場に困る……かもしれない)
ブーツに穴が開き、ショートパンツの裾も溶けて白い肌が覗きかけている。その惨状に、エリスは一瞬、恥ずかしさで動きが鈍った。
だが、敵はその隙を見逃さなかった。さらに多くのスライムがエリスにまとわりつき、ついに酸が直接エリスの肌に触れ始めた。
「あ、熱っ! 痛っ!」
今度は本気の苦痛に満ちた声を上げた。焼け付くような激痛が走り、エリスは動きを完全に封じられてしまう。緑色の粘液に覆われ、身動きが取れなくなっていく。
(マズい!)
オレは咄嗟にエリスに駆け寄った。
「エリス!」
手を伸ばし、エリスからスライムを引き剥がそうとするが、ぷよぷよしたその体はエリスにまとわりつき、引き剥がせない。その間にも他のアシッドスライムたちが、じりじりと距離を詰めてくる。エリスは痛みと羞恥心で動きが取れない。このままでは、二人とも酸に飲み込まれてしまう!
(どうする……!? 物理攻撃は効かない、魔法はエリスがこれでは……)
脳裏に、以前エリスに指摘された言葉が蘇る。
(生物収納……)
できるのか? などと迷っている暇はない!
やるしかない!
オレはエリスにまとわりついている目の前のスライムに意識を集中する。薬草や赤虫とは違う。明確な「敵意」を持った、複数の「生物」。
(収納!)
――ズンッ!!!
それは、頭を鈍器で殴られたような強烈な衝撃と抵抗感。薬草や赤虫の時とは比較にならない、凄まじいまでの精神的な負荷がオレを襲う。まるで、スライムの意識が、オレの意思に対抗し、猛烈に抵抗しているかのような感覚。
「ぐ……っ!」
歯を食いしばり、全身の力で対抗する。
負けられない! エリスを守るんだ! スライムの意思を全力でねじ伏せるんだ! エリスのために!
シュン、シュン、シュン……!
エリスに張り付いていたアシッドスライムたちが、次々と、まるで吸い込まれるように虚空へと消えていく。そして、まとわりついていた最後の一匹が消えた時、オレはその場に膝をつき、荒い息を繰り返した。
(まだだ。まだ倒れるわけにいかない。まだ終わりじゃない。周囲にいるやつらも……)
激しい頭痛を堪えながら、周囲に視線を向ければ、なぜか他のスライムたちは後退りしていた。それ以上こちらを襲うことなく、壁のほうへと後退し、やがて一匹残らずその姿を消してしまった。
「はぁ……はぁ……やった……のか……?」
目の前には、もうアシッドスライムの姿はどこにもなかった。収納庫の中を探ってみると、確かに五匹のアシッドスライムが収納されている感覚がある。
(本当に……できた……これが……生物収納……)
だが、その代償は大きかった。頭が割れるように痛み、立っているのもやっとの状態だ。これが、生物収納……? とんでもない精神的負荷だ。スライムを収納する際、奴らの抵抗する意識を感じたような気がする。そのせいなんだろうか? 相手の意識とか、自我とかの強さや数によって、抵抗力や負荷は大きく変わるのかもしれない。今回はうまくいったから良かったが、スライムでこれなら、他のモンスターは? ……そう簡単にできるものではないかもしれない。
「タ、タクマ!? 大丈夫!?」
エリスが、痛みを堪えながら駆け寄ってきた。その腕や足の傷が痛々しい。服装も、ブーツやショートパンツの一部が溶けてしまっている。
「ああ……なんとか……。それより、エリス、怪我は!?」
「う、うん……ヒールすれば大丈夫だと思うけど……。それより、今の……スライムたち、どこに……?」
「……収納した」
「やっぱり……生物も収納できたんだ!? すごい! すごいよ、タクマ!」
エリスは驚きながらも、満面の笑みでオレを褒めてくれる。
「でも……代償も大きいみたいだ……。かなり、キツい……」
オレは額の汗を拭いながら答えた。
「そ、そっか……。ごめんね、私が油断したせいで……」
エリスはしゅん、と耳を垂れた。
「いや、オレがもっと早く気付いていれば……。それより、早くヒールを」
「うん……。癒しの光よ、ここに! 《ヒール》!」
エリスが詠唱すると、柔らかな光が彼女の体を包み込み、肌の赤みや腫れがみるみる引いていく。さすがエリスのヒールだ。
「タクマ、助けてくれてありがとう。タクマがいなかったら、私、溶けちゃってたかも……」
エリスは少し涙ぐみながら、オレにぎゅっと抱きついてきた。その温もりと柔らかさに、オレの心臓がドクンと跳ねる。……が、すぐにハッと我に返り、エリスの溶けた服に視線がいかないように慌てて顔を逸らした。
「あ、あの、エリスさん? そろそろ……」
「やだ! もうちょっとだけ!」
エリスはオレの胸に顔を埋めたまま、むにゃむにゃと呟く。……いや、近い近い!
しばらくの間、オレたちはそのまま(オレは必死に平静を装いながら)抱き合っていた。迷宮の冷たい空気の中で、互いの温もりだけが、確かなもののように感じられた。
少し落ち着いた後、エリスはふと自分の服装を見て、顔を真っ赤にした。
「……こ、こっち見ちゃダメ! タクマのエッチ!」
そう叫んで、慌ててしゃがみ込み、溶けた部分を隠そうとする。
「いや、見てない見てない!」
オレは慌てて両手を振る。
「それより、替えの服は……」
「うぅ……。ねぇ、タクマ。私の手袋とブーツとショートパンツ、溶けちゃったんだけど……。タクマの収納庫に、私の予備の服、入ってない?」
エリスが潤んだ瞳で上目遣いに訴えてくる。
(エリスの予備の服か……。そういえば、前に何かあった時のためにって、着替え一式を預かってた気がするな)
「ああ、確か……あったはずだ。ちょっと待ってくれ」
オレは収納庫から、エリスの予備の手袋、ブーツ、そしてショートパンツを取り出して手渡した。
「やったー! ありがとう、タクマ!」
エリスは嬉しそうにそれを受け取ると、物陰に隠れて素早く着替え始めた。
◇
体制を整え、オレたちは再び立ち上がった。生物収納という新たな力を手に入れることはできた。だが、そのリスクも理解した。これは、本当に最後の切り札だろう。
それに……
オレは自分の右の手のひらに視線を落とし、先ほどアシッドスライムを収納した時の、奇妙な感覚を思い出す。複数の、微弱だが確かな「自我」のようなものに抵抗された感覚。そして、それとは別に、何か……ほんの僅かではあるが、ピリッとした静電気のような感覚。
(あれは、何だったんだろう……? スライムの核か? 魔力? それとも別の何か……?)
まだ分からない。だが、オレの収納魔法には、まだ未知の側面が隠されている。そんな予感が、強く胸をよぎった。
◇
オレたちは、迷宮のさらに奥へと続く道を探し始めた。やがて、前方に下層へと続く、新たな石の階段が見えてきた。第三層への入口だ。アシッドスライムとの戦いと、生物収納の覚醒。第二層での経験は、オレたちを確実に成長させてくれた。だが、この先に待ち受けるものは、さらに過酷なものになるだろう。
オレとエリスは、再び視線を交わし、頷き合う。そして、決意を新たに、第三層への階段を、一歩ずつ下りていくのだった。