姫の一声
一斉に視線がこちらに向いた。昔の私なら、怯んだかも知れないけど、自分の気持ちがどうであろうと今の私は誰もが羨む王太子の婚約者。そこら辺の淑女とは格が違うのだ。
陰で紅茶姫、などと言われていても、それが私の武器なのだから構わない。少し気が強い女になってしまったかしらね。
この騒がしさなど、一瞬で納めてあげましょう。
「皆さんお知りかもしれませんが、今一度、改めてご挨拶致します。レーデス王国エレスディスト侯爵家が次女、マリーローズ・エレスディストでございます。先程は家のものと知り合いが失礼致しました。ご迷惑をおかけすることもあると思いますが、何卒、宜しくお願い致します」
右から左の人にまでゆっくりと微笑み、静かに着席した。クラスの人たちには、未来の王太子妃候補の私の挨拶で頭が一杯になっていることだろう。
さっきまでの騒がしさなどとはうってかわり、一斉に静かになる。そしてまた、静かな教室に、生徒の自己紹介が響いた。
一段落ついた所で、ユリウスから貰った紅茶を一口啜った。
ユリウスと紅茶さえあれば、私は今を頑張ろうと思うことが出来る。紅茶姫でいられる。
学校内での貴女よりも私が婚約者に相応しい攻撃も多分あるだろうけど、そんなもの華麗にスルーして差し上げよう。
王太子のことは特に何とも思っていないが、この国を支える彼の妃として、一緒に国を支えなくては、と思っている。
例えなりたく無かったとしても、それが政略結婚と言うもの。彼に愛なんて無くったって良い。
目指す先さえ同じであれば、義務さえ果たせば、愛など要らないのだ。王太子妃になると言うことは順調に行けば王妃、すなわち国母にならなければいけない。
それくらいの覚悟をもって、両親や周りの人を見返してやりたくて、王太子の婚約者になったのだ。
きっと彼は……私は、彼の事を全く見ることなく紅茶と従者だけに頼って過ごしてきた。彼はそんな私の事を分かっているのかもしれない。
長い間婚約者でいるのに、気分は他人のまま。こんなの、ダメに決まっている。きっと、彼はもうとっくの前に私の事なんか範疇にないだろう。
それでは、ダメなのだ。私は変わると言っておきながら、変わっていない。自分だけの世界に閉じこもって、大好きなものだけで敷き詰めて、周りからは心を塞いでいる。
こんなの、いくら努力をして立派な淑女になろうと、王太子の婚約者に相応しくなろうも、私は昔の弱い私のままなのかもしれない。私は変わった。確かに変わったのだ。
でも、変わり方が良くなかった。
私がしなければいけないことは、もう分かっている。うじうじしてはいられない。
少し冷たくなってしまった紅茶に口をつけ、心を落ち着けた。香りも劣ってしまっているけど、飲んでいるとユリウスが自分の事を励ましてくれているような気がして、頑張ろうと思えるのだ。
あぁ、美味しい。
「お嬢様、お嬢様、マリーローズお嬢様」
ユリウスの声が聞こえた。どうかしたのだろうか。
「もう終わりましたよ。もしかして、気分が悪くなってしまわれたのでしょうか」
考えに耽っている間に、どうやら自己紹介は終わったらしい。周りも帰る準備をしているし、私も家に帰るとしよう。
「いえ、なにもないわ。ねぇ、ユリウス。クロレイシス先生は何か言っていたかしら?」
私がそう聞くと、ユリウスはクスクス笑っていた。何も面白いところは見当たらなかった。
「お嬢様、また考えに耽っていらっしゃいましたね?まるで真面目に聞いているかのようでしたよ。さすがですね。明日から部活見学が始まる、と言っていましたよ」
先程の笑いなどまるで無かったかのように穏やかに私に説明したユリウスを見て、ユリウスこそ完璧な従者なのではないかと思った。
部活……か。そのようなものがあるとは聞いていたが、どんな部活があるのだろう。気になる。でも、忙しくて部活は出来ないかもしれない。
一年生だけど、王太子の婚約者だから、生徒会に入る気がするのだ。もしも生徒会に勧誘されることがなかったら、入ろうかな。
明日は特に予定もないし、ユリウスと一緒に見学しようと心に決めた。
ユリウスにエスコートしてもらいながら、廊下を歩いていたら、レッカーさんとアルン様が何か話していた。
随分妙な組み合わせだ。隣でユリウスが「もしかして……」と言っていた気がするが、質問しても答えてもらえないような気がして、黙る。
「ミレイ・レッカー、君のような人は初めてだ、どうか私と友達になってはくれないだろうか」
「いやよ、私はユリウス様が好きなの」
「それでも私は諦めない……ぞ……」
アルン様は私に気づいたようだ。そして、これは一体どういうこと?
「ごきげんよう、アルン様、レッカーさん」
取り敢えず、端から見れば修羅場のように見えることは分かった。
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