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後編


 鹿の視線に気付いたレインさんが振り返り、「ピエリスティアちゃん!?」と驚きの声を上げました。イツキさんとタケさん、その他の人たちも振り返り、私を凝視していました。ただ、私と顔見知りの人たちはともかく、他の人たちは「誰?」みたいな目をしていたと思います。


 そして、すぐその後ろから足音がしました。振り返ると、ユウキさんが息を弾ませて追って来ていました。


「おま、お前さん、突然走り出して、どないしたんや……?」


 立ち止まって息を整えながら、ユウキさんが聞いてきました。私は、何と言ったらいいのかわからず、言葉に詰まりました。けど、ユウキさんが鹿を目にした瞬間、驚きに目を見開きました。


「ってかあれ、トナカイやないか! デカッ!?」


 トナカイ? って、あのサンタクロースがソリを引く時に使う動物の名前だったと思うんですけど……え、あれがそうだったんだ……私は、今はそんな場合じゃないというのに、場違いなことを考えていました。


「危ない、逃げろ!!」


 イツキさんの叫びが聞こえてきて、私は正面へ向き直った瞬間、目に飛び込んできたのは、すごいスピードで突っ込んでくる鹿、もといトナカイでした。蹄で地を蹴って、真っ直ぐこっちに……私とユウキさん目掛けて角を突き出してきていました。


 驚き、避ける暇すらない私は、ただそこに立っているだけで……咄嗟に横から衝撃が来て、私は倒れ込みました。


「ふんぬおおおおおおおおお!!」


 そんな叫びが聞こえて顔を上げると、ユウキさんがトナカイの角を持って強引に止めていました。ユウキさんの足元の土が抉れて、衝撃のすごさがわかりました。


 真っ赤な顔をしながら、全力で抑え込むユウキさんと、負けじと押し返すトナカイ。周りの人たちは驚いてその光景を見ていましたが、いち早く動いたのはレインさんでした。


「はぁっ!」


 呼気と共に、レインさんが手にしていた双剣が閃き、トナカイの胴体を切り裂きました。トナカイはユウキさんとの押し合いから抜け、距離を取りました。


 切り裂かれた瞬間、何故か51、52という数字がトナカイから飛び出してきてすぐに消えたんですけど、あれは何だったんでしょう?


 ただ、わかったのはトナカイにダメージが入ったということでした。それでも、レインさんは苦い顔を隠そうともしませんでした。


「やっぱレイドボスになると、この程度のダメージじゃ掠り傷程度にしかならない、か」


 あれで掠り傷なんだ……私は、トナカイの見た目以上の頑丈さに戦慄しました。


「ワシに任せい!!」


 と、ユウキさんが前に飛び出してきました。そして、腰からユウキさんが武器として使っている棒を手に取ると、トナカイへ肉薄しました。


「ちょ、危ないよ!? そんな警棒一本じゃ……!」


 レインさんが引き留めようと声を上げたけれど、ユウキさんは止まりません。そして、棒をトナカイ目掛けて振り上げた瞬間、


「伸びろぉ!!」


 そう叫んだ瞬間、棒が一瞬光り、形状を変えて大きな剣へと変貌して、そのまま一気に振り下ろしました。


 ドゴン、という鈍い音をたてて、トナカイが吹き飛びます。543という数字が飛び出しました。多分、あれってダメージなんだとこの時思いました。


 トナカイは吹き飛んだ体勢を立て直すと、敵意を込めた目をユウキさんに向けました。それをユウキさんは、真っ向から睨み返しました。


「おうおうおうおう、随分威勢ええやないかお前さん! トナカイにしちゃ肝座っとんのぉ、ええ!?」


 言葉は通じているかはわかりません。けれど、ユウキさんが叫んだ時、トナカイの戦意が上がった気がしました。


「……結構強かったんだね、ユウキさん」


「ごめん、味方ながらビビった」


「禿同」


 ひきつった笑いを浮かべるレインさんと、ちょっと腰が引けてるイツキさん。その足元でぷるぷる震えるタケさん。他の人たちも一部の人は怯えていて、けど大体の人は「おぉっ!」と感嘆の声を上げていました。


 私も最初は恐いイメージでしたけど、今じゃあれがユウキさんの性格なんだってわかってますから、早く慣れてくれると嬉しいんですけど……。


「って、言ってる場合じゃないね! 話は後で聞くとして、イツキとユウキさん、それから無事な前衛の人たちは同士討ちに注意しながら取り囲んで! 後衛は援護!!」


「り、了解!」


「了解でござる!」


「応っ!!」


 レインさんが双剣、イツキさんが片手剣を手にして走り出し、タケさんも飛び跳ねて他の人たちもそれに追随する形でトナカイへ迫っていきます。ユウキさんも大剣を手にしたまま、トナカイへ再び駆け出していきました。他の弓や杖を持っている人たちも応戦を始めました。


 私はというと、情けない話ですが、戦う力はほぼないに等しかったので、地面に倒れ伏している人たちを介抱するために走りました。手近に倒れていた人の前に跪いて、容態を確認しました。


「……寝てる?」


 怪我はなくて、気絶してるだけかと思いましたが、どうやら安らかに眠っているだけのようでした。それだけなら特に慌てる必要はない……んですけれど。


 強大な敵を前にして、安らかに眠ってしまうなんて、おかしい。そう思った時でした。


 再び、頭の中に声が響いてきました。さっきとは違う歌が、脳内に響き渡ります。


「ぐぁっ、また精神攻撃を……!」


「うあぁ」


 攻撃に参加していた人たちが、次々倒れていきます。耳を塞いでいる人もいましたが、脳に直接伝わる攻撃がそれで防げるはずがありません。なすすべなく、皆倒れていきます。


 イツキさんの言っていた、精神攻撃。皆これにやられたんだと確信しました。


「やば……二回目は、さすがに……!」


「うわぁぁぁ……!」


「ふぉぉぉぉ……!」


 イツキさんたちも、頭を揺さぶられている感覚が襲ってきている様子でした。膝を着いて必死に抵抗していましたが、それもいつまでもつかわからない状態でした。


「うぉ、これは、あかんな……!」


 ユウキさんもまた、剣を地面に突き刺して支えにしつつも、膝を着いて倒れそうになっていました。


 ウィー・ウィッシュ・ア・メリークリスマスという歌詞と共に、トナカイがゆっくりと倒れた皆さんの真ん中を通っていきます。そして、ユウキさんのすぐ側まで来たところで、前足を大きく振り上げました。


 あんな硬い蹄で蹴られたら、いくらユウキさんと言えどひとたまりもない……私は思わず叫びました。


「ユウキさん!!」


 詠唱もそこそこに、私は杖を掲げて頭上で回転させて風の球を放ちました。


 初期の精霊術で、威力しか取り柄の無い術。けれども、それが功を奏したらしく、トナカイの顔に命中。数字は10と少なかったんですが、バランスの崩れたトナカイの蹄は、ユウキさんのすぐ横の地面を抉るに留まりました。


 歌も止み、頭を揺さぶる物は無くなり、ユウキさんも、他の皆さんも立ち上がりました。けど、残ったのはユウキさんとイツキさん、レインさんとタケさん、そして私だけになってしまいました。


「うぅ、すまんエリス。助かった」


 頭を振りながらお礼を言うユウキさん。無事でよかった、と安堵したかったんですけど……。


「……そう言えば、ピエリスティア殿は何故ゆえ精神攻撃が効かないんでござろう?」


 タケさんが疑問を口に出し、そう言えば、とイツキさんたちが私を見ました。私だってさっぱりわからないのに、説明なんてできるはずがありませんでした。


「……けど、理由がわからないけれど、効かないのならば好都合だと思う」


 イツキさんはそう言って、剣を鞘に納めました。どうしたんでしょう?


「みんな、お願いがある。多分、俺が一番あいつにでかいダメージを与えられるはず」


 言って、イツキさんは確かな自信を持って言いました。


「……根拠はあるんか?」


「無い。けど、信じて欲しい。確実に敵に叩き込むために、こっちに誘い込んで欲しいんだ」


 ユウキさんが訝し気な目でイツキさんを見つめましたが、はっきりと言い返されて、言葉に詰まっていました。けれど、すぐに頷き、トナカイへ体を向けて構えました。


「頼むで。ワシはまだこの剣持って間も無いんやから、確実に仕留めてくれや?」


「あの戦いっぷりで初心者だったの!?」


「それが一番の驚きでござる」


 なんだか驚きのポイントが皆さんズレてる気がしますけど……。


「ま、まぁ、あの精神攻撃のスキルは、一回発動したら次に来るまで時間がかかるみたい。だから、それまでに倒そう!」


「頼むでござるよイツキ殿!」


「わ、私も加勢します!」


 杖を手に、私も叫ぶ。少しでも戦力になるなら、私だって戦えるんだということを、証明したかったのかもしれません。


イツキさんが鞘に納めた剣を左手に、柄を右手に持って、腰を落として構えを取りました。その間、レインさんとユウキさんが左右からそれぞれ剣を手に持って、トナカイに躍りかかりました。


「てやぁっ!」


 まず、レインさんが両手に持った剣を目にもとまらぬ速さで四度振るい、トナカイを追い詰めます。トナカイは器用に動いて、双剣の斬撃を躱していきます。


「せぇいやぁぁぁ!!」


 と、そこをユウキさんの剣が上段から振り下ろされて、トナカイに命中……する寸前、それも躱されました。


「まだまだ!」

「こなくそ!」


 何度避けられても、レインさんとユウキさんは、交互に入れ替わるようにして剣を振るいます。何度目かの攻撃に、トナカイは業を煮やしたのか、角を左右に大きく振るいました。


「あぶなっ!」

「うぉっと!」


 それを危なげなく避ける二人。けれど、そのせいでトナカイは構えたまま動かないイツキさんを視界に捉えてしまいました。そして、角を真っ直ぐイツキさんに向けて、地面を蹴ろうとしました。


「『ウェンディ・ブロウ』!!」


 と、そこに私が予め詠唱して待ち構えていた精霊術を、その顔に叩き込みました。風の球を受けて再び怯んだトナカイは、前足がフラついていました。


「そこをぉぉぉ!!」


 その隙を突き、どこからともなく舞い降りてきたのは、自分の体をテントのように広げたタケさん。タケさんはトナカイの頭目掛けて、そのゲル状の体で飛び掛かりました。


 結果は……命中。タケさんに顔を覆われたトナカイは、最初は頭を振るってタケさんを追い払おうとしていました。


「フフ、拙者の【寄生】のスキルからは何人たりとて逃れられぬ!!」


 一瞬、タケさんが得意そうな顔(後で聞いたんですが、ドヤ顔というらしいです)で言って、トナカイにくっついたままでいると、トナカイはフラフラとイツキさんに近づいていきます。


「あのスキルって、取り付いた相手を乗っ取る効果があるんだ。かなり強力なスキルだよ?」


 トナカイの動きに疑問を浮かべていると、レインさんが教えてくれました。だから寄生っていうんだって納得したと同時に、タケさんの予想外の力に私は驚いていました。


 そうして、ふらつきながらも後少しでイツキさんの近くまで……と言ったところで、タケさんが苦し気な声で


「うぉぉぉ、かなり、強いでござる……イツキ殿ぉ! 後は夜露死苦ぅ!!」


 と言った瞬間、ぴょいーんという擬音が聞こえるような感じでタケさんが飛んでいきました。すると、束縛が急に取れて、トナカイが暴れ出しました。


 地を蹴り、角を辺りに向けて振り回して、そしてイツキさんを再び視界に入れて突進を開始しました。間近で見ると、その迫力と敵意に誰もが怯えるはずなのに……イツキさんは構えをそのまま維持し続けていました。


「イツキさん!」


 思わず私は叫びました。それでも動かないイツキさんは、迫り来るトナカイの角を真っ直ぐ見据えたまま。


 そして角が、イツキさんの体に突き刺さろうとしました。


「……フッ!」


 ……何が起こったのか、私にはわかりませんでした。


 角がイツキさんに突き刺さったのかと思った瞬間、トナカイが轟音と共に吹き飛んでいました。いつの間に抜いたのか、イツキさんが剣を横に薙いでいる体勢で立っていたんです。


 あんなに強いトナカイを吹き飛ばすなんて、何があったのか……そう思っていたら、ユウキさんが「おぉー!」と叫びながら手を叩いていました。


「お見事! 綺麗な居合抜きやったなぁ!!」


「イ……アイ?」


 イアイヌキ、という技らしく、ユウキさんもよく知っている物みたいです。イツキさんは息をつくと、剣を下ろして鞘に収めました。


「いや、正直上手くいくとは思ってなかった……だっ!?」


 ドスン、と尻もちをついたイツキさん。一瞬慌てましたけど、足がすごく震えているのがわかりました。


「……い、いや、さすがに目の前に来られたら、誰だってビビって……」


「イツキ君……」


「イツキ殿、かっこよかったのに締まらんでござる」


「おいおい……」


 イツキさんのそんな姿に、皆呆れていました。私は何かフォローしようと思ったんですけど、言葉が出てきませんでした。


 確実に倒した。そう思って、私たちは緊張感が解れていたんです。


 再び、脳内に歌が流れ始めました。


 思わず「え?」と呟いていました。ただ、ユウキさんたちは聞こえていない様子で、「どうした?」と気にかけてくれました。


 私は、倒れたはずのトナカイへ目を向けました。


 トナカイは……立っていました。四本の足をフラつかせながら、真っ直ぐ、私の方を見つめていました。


「なっ、こいつまだ立っとるで!?」


「嘘だろ……確実にHPは0にしたはずだぞ!?」


「イツキ殿、相手のHP、まだ1残ってるでござる!」


「そんな……!」


 トナカイは倒れていない。それに気付いたユウキさんたちは、再び武器を取って構えました。


 そして、私は叫んだんです。


「待ってください!」


 皆、硬直しました。私が制止するとは思わず、驚いたんだと思います。けど、私はそんな皆を他所に、トナカイに歩み寄りました。トナカイもまた、私に近づいてきます。


 遠くから、ユウキさんが呼ぶ声が聞こえてきます。けど、耳に届くことがありませんでした。歌が、全ての音を、私から遠ざけてしまっているんです。


 トナカイと私は、もうすでに手を伸ばせば届く範囲にいました。トナカイからは、敵意が一切感じられませんでした。


 思えば、トナカイは私には攻撃をしてこなかったんです。最初、こちらに突撃してきた時、あれはユウキさんを狙っていたんだと思います。


 どうしてこのトナカイが、私には一切敵意を見せなかったのか。どうして私をここに呼んだのか。どうして今、私にだけこの歌を聴かせているのか。


 きよし、この夜……その歌がはっきり聞こえました。


 歌の意味は、わかりません。私の世界にはない歌なのは、確かでしょう。


 そして私は、そっとトナカイの鼻先に、手を近づけました。それは、この世界に来る前の光球を触れるように……。


 手が、トナカイに触れた瞬間。私の視界は白一色に染まりました。


 思わず固く目を閉じ、眩む目を落ち着かせようとしました。そうして、ようやく目が慣れてきたと思い、そっと目を開きました。


 声が出ない、とは、こういうことを言うんだと思います。


 死んだはずなのに……私の目の前には、死んだはずのおじいちゃんが、白い空間の中、私に向かって微笑んでいました。


 どうして、ここにおじいちゃんがいるの? 私は、死んでしまったの……? そんな擬音が、尽きぬことなく私に押し寄せてきました。


 ただ、そんな疑問よりも、私はおじいちゃんが目の前にいることが嬉しくて。幻覚かもしれない、なんて疑問も無くって。けど、おじいちゃんに抱き着きたくても、私の中の後悔が、それを許してくれなくって。


 ずっと一緒にいたかったのに、私が無力だったばっかりに、おじいちゃんを守ってあげられなくてごめんなさい。私が弱虫で、おじいちゃんを困らせてきてごめんなさい。お礼も何も返せていなくってごめんなさい。


 ごめんなさい。ごめんなさい……その言葉ばかり言っていて、私は、泣きじゃくりながら謝ってばっかりで。


 そんな私の頭を、おじいちゃんは撫でてくれました。いつも感じていた、節くれだったおじいちゃんの手。顔を上げれば、そこには優しく笑っているおじいちゃんの顔。


 ずっと黙っていたおじいちゃんは、ポツリと、小さく言いました。


 おじいちゃんの口からは聞いたことのない言葉。私も初めて聞いた言葉。けれど、その言葉は胸の中にスッと溶け込んでくるようで……そして私は、少しずつ眠気が襲ってきたのを感じました。


 おじいちゃんが言った言葉を、胸に秘めたまま。私の意識は、そこで閉ざされました。




 ――――この日の記録はここで終わっている。






「エリス?」


 手帳を読んでいる途中、背後から突然声をかけられて、エリスは肩を大きく震わせた。


「へ!? は、はい?」


 唐突に声をかけられたエリスは驚き、飛び上がるように立ち上がって振り返る。その拍子に、手に持っていた物を危うく落とすところだったのを、慌ててキャッチした。


「わ、とと……」


「ん? それ……手帳?」


 祐樹は、エリスの手にある物を見て首を傾げる。


 比較的真新しい手帳のようで、祐樹がよく使っているスケジュール帖と同じような大きさと厚さを持っていた。


「それ、さっきまでじっと読んどったんか?」


「あ、えと、はい……そうです。手記にするために持って来ました」


 祐樹に問われ、一瞬言いにくそうにしながらも答えるエリス。「ただ……」と付け足し、エリスは小さく呻いた。


「これ、私書いた覚えがないんです……字は私のなんですけど」


「んあ? どゆこっちゃ?」


 書いた覚えがない……けど、字はエリスの物。その矛盾に、祐樹は眉を上げた。


「うーん、どういうことなんでしょう……内容も、なんだかAF? とか、いんたー……うーん……それから、イツキさんっていう人とか、会ったことがない筈なんですけど……」


「何やそれ? ようわからんなぁ」


「はい、私にもよく……」


 要領を得ない答えに、エリス自身もモヤモヤする。しかし、手帳の内容はまるで自らが体験したかのような、自分なりに細かく書いていた。どうしてこんなことが書かれているのか。それ以前に、いつどうやって書いたのかすら、エリスはわからないでいた。


 思い起こせば、旅の途中で休憩しようと、荷物を下ろして……それから、気持ちのいい天気だったため、その場で祐樹と一緒に寝転んで……。


「……夢、で書いたのかなぁ?」


「夢?」


「……あ、えっと、訳わかんないですよね? ごめんなさい」


 さすがに夢の中で書いたなんて、荒唐無稽もいいところだろう。エリスは笑いながら、手記を懐に戻そうとした。


「……そう言えば、なんやけど。ワシも夢見たんや」


「え?」


 祐樹がふと思い出したかのように口を開き、エリスは手を止める。


「なんか、こことは違う場所に行って、知らん町に行って、それでいて妙に馴染みのある物があったりして……うーん、何やろうなあれ」


「ユウキさんも、ですか?」


「ああ」


「……うーん」


 言われてみると、エリスも夢を見ていたような気がする。見たことある町並みなのに、聞いたことのない言葉や物がたくさんあった町。優しい人たちに、なんだか癖になるような抱き心地と手触りがあったような物……そして、大きな鹿のような生き物と出会ったこと。


 全部、夢だった……のだろうか。エリスは、自分に問いかける。覚えていることはほとんどないに等しく、その人たちの顔も思い出せない。名前は手記を見ればわかるものの、いまいちピンと来なかった。


「……まぁ、きっとそのうち思い出せるやろ。な?」


 悩むエリスに、祐樹は笑いながらエリスの頭を軽く撫でる。「ん」と小さな声を上げたエリスも、それ以上悩むのはやめた。


 きっとまた、いつか思い出せるかもしれない……そう願った。


「さ、そろそろ出発するで。地図によると、まだ歩かなあかんみたいやからな」


 祐樹は踵を返し、歩き出す。エリスもその後に続くよう、一歩足を踏み出そうとした。


 ふと、エリスは手記をもう一度取り出して開いてみる。さっきまで読みかけていたページから、まだ少し先が続いている。そこには、エリスたちがイツキと呼ばれる人物たちと別れるまでの過程が綴られていた。


「やっぱり、書いた覚えがないなぁ……」


 どんな風に別れたのか、どんな風な会話を交わしたのか……それすらも思い出せない。


 ただ、手記を読んでいると、ふと思い出したことがあった。それは、胸の中に小さい欠片となって、淡く光っているかのよう。


 どれだけ小さな欠片でも、エリスにとって、これは不思議と心が穏やかになる物だった。それは言葉となって、いつまでもエリスの中で残り続けている。


 そっと、空を見上げる。どこまでも続く深く青い空と、柔らかな風に乗って流れる白い雲。地平線の向こうまで行って消えゆく雲を、エリスは見つめた。


 そうして、エリスは口に出す。胸の中に残り続けている、その言葉を。






 この手記を読んでも、私はいつ、どこで書いたのか、思い出すことができません。


 けれど、私は……私たちは、皆さんと会えて、とてもよかった。顔を思い出せなくて本当に申し訳ない気持ちで一杯ですが、その気持ちだけは、私も、ユウキさんも忘れていません。


 ありがとうございました、イツキさん、レインさん、タケさん……そして、トナカイさん。


 また、いつかこの時期に会えることを願って。






「メリー・クリスマス」


 小さな声となって出てきた言葉は、青空の中へと溶けていく。心の内が暖かくなったエリスは、微笑んでから祐樹の後を追いかけた。



 冬は終わり、命は萌ゆる。陽光煌めく春は、もうすぐそこ。








 サンタクロースは、いい子の下にプレゼントを送り届ける。例えそれが、世界が違っていたとしても。



終わり方がはっきりしないかもしれませんが、次の番外編がお別れまでの記録です

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