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前編

注意! かならずあらすじをお読みください。

 

 世界は、驚きと興奮で満ち溢れている。これまで外の世界を見たことがなかった私にとって、その真実がどれだけの衝撃だったのでしょうか。


 元々、私はフォレストアーチの村から一歩も外へ出たことがありませんでした。なので、見るもの全てが新鮮で、綺麗で……私は、私が住んでいた世界がどれだけ小さかったのか、思い知らされた気持ちになりました。


 ユウキさんもそう。遠い場所から来たというユウキさん。彼も、この世界の景色を見て、目を輝かせていた。私よりもずっと年上なはずなのに、それが好奇心の強い子供みたいで。失礼だというのはわかっていたけれど、思わず笑ってしまいました。


 旅に出た切欠は、とても、とても悲しいことでした。思い残すことがたくさんありますし、後悔だってたくさんしています。


 森の中で魔物と遭遇したり、隣の村に寄って知らない飲み物を飲んだり、途中で商人の人が手癖の悪い動物『シーファー』に商品を盗まれてそれを奪還したり……そんなに長い時間が経っていないのに、気付けば色んな事がありました。この世界は広いだけでなく、想像もしたことのない出来事に満ち溢れているんだと、改めて実感しました。


 けれど、一番驚いたのは、やっぱりあの出来事かもしれません。まさか、私が……いいえ、私とユウキさんがこんなことになるなんて、誰も思わなかったでしょう。


 始まりは、私とユウキさんがシーファーの事件を解決してから数時間後の事でした。私とユウキさんは、シーファーとの追走劇で体力を消耗してしまい、ちょうどおあつらえ向きに休息できる場所を見つけて、そこで休むことにしました。周囲は疎らな木々が生えている草原の中に、腰を掛けられる程の大きさの石が大小二つ転がっていて、そこに二人で荷物を下ろし、腰掛けたんです。


「やっぱこの年であんだけ走るのは無茶やったかなぁ」


 とユウキさんは疲れた表情で言っていました。確かに、ユウキさんは年配の方ですけど、体が大きいし、戦えるし、多分フォレストアーチの村の中の男性では誰よりも体力が多い人なんじゃないかなと思います。だから、「そんなことないですよ」と返したら、


「そうか?」


 そう言って、笑って返してくれました。少し嬉しそうなユウキさんに、私も不思議と嬉しくなりました。


 そうして、緩やかな時間を私たちは味わいつつ、疲れた体を癒していました。


 何分かそうしている間、私と色々話していたユウキさんは、ふと視線を私から外しました。そして、先ほどまで笑顔だったのが、怪訝な顔となりました。


 何だろう? 私はそう思い、ユウキさんに聞きました。


「いや、あれ」


 と言って、ユウキさんは私の後ろを指したので、私もその先を見る為に振り返りました。


 ユウキさんの言う“あれ”とは何か、すぐに見つかりました。ですが、それが何なのか、私にも、ユウキさんにもわかりませんでした。


 何て言うんでしょうか、光る球体が浮いているんです。一本の木の根元、地面から僅かに浮いているその光球は、淡く白い光を放っていました。


 何だろう? そう口から疑問が出てきて、「さぁ?」とユウキさんがそれに応えました。お互い正体が掴めないまま、二人一緒にその光球に近づきました。


 近づいたら危ないかもしれない。そう思っていたら、ユウキさんが私を庇うような立ち位置で前に進み出ました。短い間ですが、ユウキさんは自分の身を呈して私を守ろうとしてくれるのはわかっていますが、それに対して私はお礼を言うべきでも、謝るべきでも、どちらとも違うよくわからない感情に捕らわれますが、今はそれを考える余裕はありませんでした。


 光球は、赤ん坊の頭くらいありました。ユウキさんは慎重に球に近づき、私はその後ろで光球を見つめました。


 すると、何だか不思議な光を放つこの球に、妙に惹かれている私がいることに気付きました。精霊様の力なのでしょうか? そう思ったのですが、何だかそれとも違うような気がしました。具体的にどんな力かと聞かれても、どう答えたらいいのかわからない……そんな謎の満ちている筈なのに、何故か徐々に吸い寄せられていくかのように、私は球に近寄り、そっと手を伸ばそうとしました。


 それをユウキさんが慌てて止めようとします。私の身を案じてのことだというのはわかりましたが、それよりも私が球に手が触れる方が早かったみたいです。指先が球に触れたその瞬間、


 私は世界が暗転したかのように思いました。


 グルリと回転するかのような錯覚と共に、私の身体はトサリという音と共に、柔らかい何かの上に身を投げていました。何かにぶつかった訳ではなく、まるで穴に落ちたかのような、けれど私は穴に落ちた記憶がないので、何とも不思議な感覚だったのを覚えています。


 服越しと手から伝わるこの感触は、草でした。目を開けば、私は草の上でうつ伏せに寝そべっている状態となっていました。


 けれど、周囲の状況が一変していました。森の中です。さっきまで草原地帯にいたはずなのに、いつの間にか私は木々に囲まれていました。


 何が何だかわからず、私は手を着いて体を起こしました。周りを見回しても、木、木、木。フォレストアーチで暮らしていた時から見慣れた景色の筈なのに、突然移り変わった景色に、私は大きな恐怖を覚えました。


 けれど、その恐怖は和らぎました。私のすぐ側で、私と同じような体勢で倒れているユウキさんの姿。「うぅん……」と呻いている彼の姿に、私は大きな安堵を覚えました。


 彼がいるだけで、私はとても安心できる。その事に何の疑問も抱くことなく、私はユウキさんを揺り起こそうと手を伸ばしました。けど、その手は止まってしまいました。


 歌が、聞こえてきたんです。女性と男性が一緒に歌っている……合唱、というもののような歌声が。


 耳に直接聞こえるような歌ではなく、まるで私の頭の中に優しく響く、躍動感があって、けれどどこか厳かな気持ちになるような、とてもとても不思議な歌でした。


 もろびと……こぞりて? よくわからない言葉だったから、はっきりとはわかりませんでしたが、私にはそう聞こえました。


 どこから聞こえてくるのか、もう一度周りを見回しました。やっぱり、どこを見ても木しか見えません。歌を歌うような人の影すらありませんでした。空を見れば、葉の隙間から見える青空。まだ暗いとは言えない時刻な上、木と木の間隔もそこまで狭いというわけではないし、視界の確保も良好でした。


 なのに、姿すら見えません。すぐ側で歌っていると思ったんですが、どこにも見当たりませんでした。歌を歌っているのは、一人や二人ではないはずなのですが……時間が経つにつれて、綺麗な歌なのに得体の知れなさからか、私の体は恐怖に強張っていました。


 それで、恐怖を少しでも紛らわせるために「誰ですか!?」と叫びました。自分でも声が震えていたのがはっきりわかりました。ユウキさんはまだ気絶から覚めない。今何かされたら、私だけでなく、ユウキさんまで危害が及ぶと思い、私は小さな勇気を振り絞りました。


 答えは、返ってきませんでした。相変わらず歌がどこからともなく聞こえてくるだけで……そう思っていた時、突然背後から何か、説明のできない気配のような……まるで声のない人から声をかけられたような気がして、振り返ったんです。


 木と木の間に立っていたのは、白い光を放っている鹿……なのでしょうか? 鹿にしてはかなり大きくて、ユウキさん以上の大きさがありました。そして牡鹿よりも遥かに立派で、いくつも枝分かれしたかのような巨大な角が二本、頭の上に生えています。体は鹿のようですが、淡い光を放っているのと、立派な角、そして明らかに私を黄色い目で見つめて来るそれは、明らかに普通の動物とは違うとはっきりわかるものでした。


 それも、その目はまるで私のことを見定めているかのような……漠然とですが、そんなような気がしてならない物を感じました。


 そしてふと、私は疑問に思いました。先ほどまでは確かに周りには何もいなかったし、動物の気配もなかったというのに、目の前の鹿はいつの間にかそこに佇んでいたんです。まるで最初からそこにいたかのように。


 もしかして、あえて私の前に姿を現したんでしょうか? ふとそう思いました。根拠なんてない、どうしてそう思ったのかすらわかりませんが……そう考えている間にも、鹿は真っ直ぐ、黄色い目で私を射抜くかのように見つめていました。


 敵意はない。なのに体が動こうとしない。ずっと、お互いに何もするでもなく、見つめ合っていました。その間中、ずっと音楽は頭の中で奏で続けていました。


 もしかして、この歌は目の前の鹿から発せられている? 何となくですが、そう確信しました。ただ、それがわかったところで、この膠着状態から抜け出すことはできないのはわかっていました。


 もしかすると、永遠にこのままなのではないのかと、私が思い始めた矢先のことでした。


 鹿がいる場所とは反対の方向……私の後ろから、草を踏みしめる音、そして誰かの話し声が聞こえてきました。


 声の数は、二人のようでした。私は人がいたことに大きな安心を覚えたのですが、すぐにそれは不安に変わりました。相手がどんな人なのか、ひょっとしたら悪い人間なのかもしれないと思ったんです。私は鹿から視線を外し、振り返りました。その隙をついて鹿が襲ってくるかもとは、この時は思っていませんでした。


 私はこちらに近づいてくる声の主たちに警戒しつつ、姿を現すのを待ちました。そして、数秒もしないうちに、その人たちは現れました。


 一人は、黒っぽい服を纏った男の人で、黒い髪の毛をしていました。ユウキさんと同じ髪色です。けれど、ユウキさんより髪はまだ長くて、年も私より上か、それか同い年か……そこまではわからなかったのですが、少なくとも年齢は10代の方だと思いました。


 その人が、私とユウキさんを目にした途端、驚いて目を見開いているのがわかりました。私もまた、初めて会った人を前にして体が硬直してしまい、何を言うべきかわからず、「えっと、その……」と言っていたのを覚えています。相手の方も


「え、女の子? そんな情報は……」


 と呟いているのが聞こえてきました。戸惑っているのが目に見えてわかりました。


 と、その時に疑問に思いました。一人? もう一人の話声がしたはずなのに……そう、疑問に思っていた時でした。


 ぶよん。そんな音が鳴るような動きで、男の人の肩の上に何か……液体とも違う、粘液のような物とも違う……ゲル? 状の球体が潰れたような形をした不思議な、透き通った青い物体が、背中から這い上がってくるかのように登ってきて乗っかりました。


 私が声を出すより先に、


「おぉ、女の子……と、男性でござる」


 と、どこからともなく声が聞こえてきました。先ほど聞こえてきた、二人目の人の声です。どこにいるのかわからず、周りを見回してみました。


 と、肩の上にいるゲル状の物体が、ポンポンと飛び跳ねました。


「こっち、こっちでござるよ」


 と、また声が。目の前のゲル状の物体の動きに合わせて聞こえてくる声。そこで私は理解しました。


 声の主は、黒髪の男の人、そしてあのゲル状の……ゲル状の……。


 そこで私は、意識が暗闇に閉ざされていくのを感じました。体が急に、どっと疲労が押し寄せてきたかのように気怠くなったんです。


 男の人がひどく慌てたような声を上げたのが、薄れゆく意識の中で聞こえてきました。それに応える余裕もなく、私は意識を手放そうとしました……けど、その時に私は気付きませんでした。


 ずっと頭の中に響いていた、あの綺麗な歌声。あれが、男の人が現れた瞬間、消えていたということに。





 ――――この日の記録はここで終わっている。





 気が付いたら、私はベッドの上で眠っていました。木造の家であることがわかる木の天井が見え、上体を起こすと、その横でユウキさんもベッドの上で寝息をたてていました。


 ユウキさんが無事だったことを確認して、私はホッとしました。それから、ここはどこなのかという疑問が浮かびました。家具も、棚とベッド、丸テーブルと椅子が二つ、天井から吊り下げられたランタン以外がない、ベッドが二つ入る程の広さを持つ質素な部屋。多分、あの時の男の人が私たちを運んでくれたんだと思いました。


 でも、草原で休憩していた時にこんな見知らぬ場所に突然来てしまって、まだ状況が理解できていません。これからどうしようと一人不安に思っていると、正面の木の扉から硬質な音が二回、鳴りました。思わずその場で跳び上がりかねない程に驚いた私は、返事をするのを忘れてしまいました。


 その間に、扉は開かれました。中に入って来たのは、背中に向けて流れるような銀色の髪をした女の人でした。男の人同様、この人も多分私と同じくらいの年に見えました。


 女の人は最初、驚いて目を見開いていました。けどそれはすぐに安堵の物へと変わりました。


「目が覚めたんだ、よかったぁ」


 と柔らかな声で言われ、私も最初警戒していたのがゆっくりと氷のように溶けていくのを感じました。声色からして、悪い人じゃないって思ったんです。


「もう体は大丈夫?」


 言いながら部屋に入って来た女の人に、私はただ頷くしかできませんでした。警戒は薄れたけれど、やっぱり初対面の人には緊張してしまいます。


 女の人は近くにあった椅子を引き寄せ、私とユウキさんのベッドの間に座りました。それから、女の人は自己紹介しました。


 女の人はレインさんという方で、私たちを見つけたのは、黒髪の人がイツキさん、ゲル状の生き物がタケチャマル……さん? と呼ばれているそうですが……人? なのでしょうか? あれ……。


 それから、レインさんは私たちのことを聞かれたので、私も自分をピエリスティアと名乗り、隣で眠っているユウキさんの名前を言いました。するとレインさんは


「ふぅん、種族は二人ともヒューマン? レベルは?」


 と聞かれました。


 私の頭の中が、一瞬にして?が埋め尽くしていきました。ヒューマン? レベル? 何でしょうそれ? 思ったことをそのまま伝えたら、レインさんも「え?」と言われてキョトンとされました。おかしなことを言ってしまったらしく、私は内心で慌てていました。


 するとレインさんはおもむろに空中を指さしました。何をするのかと思った瞬間、空中に文字が浮かび上がったんです。私は驚いて声を上げ、思わずベッドでバランスを崩しかけました。もう少しで落ちてしまうところでした。


 そんな私に、レインさんはまたも驚きの表情を向けます。


「え、メニュー画面だよ? ピエリスティアちゃんにもあるでしょ?」


 メニュー画面? そんなの、私は持っていませんし、聞いたこともありません。そのことを伝えると、今度は怪訝な顔を向けられました。


 ……ここでは、そのメニュー画面が開けることが普通のようです。私はもちろん、おそらくユウキさんもできない。


 レインさんは怪訝な顔をしつつも、私に色々聞きました。「どこから来たの?」と言われれば、フォレストアーチという村から来ましたと答え、「どこそこ?」と聞かれたので、ウィンディアという国にある小さな村ですと答えました。


 そして今度は私が聞きました。「ここはどこなのですか?」と聞くと、「ここは始まりの町ファルザストだよ」と答えられ、「始まりの町? ファルザスト? ここはどこの国なのですか?」と聞くと、「え、AFにログインした新規のユーザはまずここからスタートするんだから知らない人はいないと思うんだけど……?」とますます怪訝な顔をされました。


 知らない単語が増えてしまい、質問したのにまた疑問が増えてしまいました。どういうことなのでしょうか? ただ、これだけは何となくですけれど、わかりました。


 私とユウキさんは、とんでもないことに巻き込まれてしまったようです……。





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