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第十七話 残すための場所

【日曜日 09:14/村・倉庫】


 倉庫の中は、昨日よりかなり動きやすくなっていた。


 箱の位置。


 通路幅。


 棚の並び。


 まだ完璧ではない。


 だが、


「どこに何があるか分からない」


状態からは抜け始めている。


「回し屋殿!」


 村人の一人が手を挙げる。


「この干し肉、どちらへ!」


「古い方は左」


「新しい方は奥」


「混ぜるな」


「はい!」


 相沢は思わず顔をしかめた。


「だからその呼び方やめろ」


 ガンツが大笑いする。


「無理だな!」


「完全に定着してるぞ!」


 ミナまで笑っていた。


「諦めなよ、回し屋」


「お前まで自然に呼ぶな」


「だって便利だし」


「便利で定着するな」


 だが実際。


 倉庫の空気は変わっていた。


 昨日までは、


•置く

•積む

•放置


だった。


 今は違う。


•分ける

•流す

•回す


になり始めている。


 その時。


「アイザワ殿」


 後ろから声。


 リリアだった。


 相沢は少しだけ安心する。


 少なくともこの人は普通に呼んでくれる。


「薬草棚、少し整理しました」


「見てもいいですか」


「はい」


 倉庫奥。


 昨日分けた棚。


 そこには薬草が種類ごとに並び始めていた。


 乾燥用。


 煎じ用。


 傷薬用。


 まだ簡素だ。


 だが。


 前よりかなり分かりやすい。


「……すごいな」


 相沢が素直に言う。


 リリアは少し驚いた顔をした。


「そうでしょうか」


「分類が綺麗です」


「アイザワ殿の真似をしただけです」


「いや、これはリリアさんの整理だ」


 リリアは少し黙る。


 それから、小さく笑った。


「褒められるのは慣れませんね」


「俺も慣れてないです」


「ふふ、一緒ですね」


 柔らかい笑い方だった。


 その時。


「おーい回し屋!」


 ガンツだった。


「畑の方来い!」


「今度は何だ」


「揉めてる!」


 嫌な予感しかしない。


     ◇


【日曜日 09:42/畑】


 畑では、村人たちが言い争っていた。


「だから混ぜたら駄目だ!」


「でも空いてる場所が!」


「成長時期違うって話だったろ!」


「あれは試験だ!」


 相沢は頭を押さえた。


 変化が始まると、次は混乱が来る。


 現場あるあるだった。


 ガンツが肩をすくめる。


「増やそうとしたら喧嘩になったんだってよ」


「だろうな」


 相沢は畑へ入る。


「一回止まれ」


 村人たちが静かになる。


「全部一気に変えるな」


「で、ですが……」


「失敗した時に全部死ぬ」


 その言葉に、皆が黙った。


 相沢は地面へ線を引く。


「ここ」


「ここだけ試す」


「他は今まで通り」


「成功したら広げる」


 村人たちが顔を見合わせる。


 その中で、年配の男が聞いた。


「……そんな少しで意味あるのか?」


「ある」


 相沢は即答した。


「失敗しても村が死なない」


 静かになる。


 それは、この村では重い言葉だった。


 ガンツが低く笑う。


「相変わらず地味だな、回し屋」


「現場改善なんて地味だ」


「でも前より回ってる」


 その一言で。


 村人たちの空気が少し変わる。


 相沢は思う。


 多分。


 この村に足りなかったのは、


“一気に全部変えない”


発想だ。


 今までは。


 成功か失敗か。


 ゼロか百か。


 だから怖かった。


 でも本当は違う。


 小さく試して。


 回して。


 改善していく。


 現代では普通。


 でも、この村には無かった。


「アイザワ殿」


 村長がゆっくり近づいてくる。


「少し、よろしいですかな」


「何です」


 村長は畑を見る。


 動き始めた村人たちを見る。


 それから静かに言った。


「皆、“残せる”と思い始めています」


 相沢は黙る。


「昨日までは、“減らないようにする”でした」


「……」


「ですが今日は違う」


 村長の目は真剣だった。


「“増やした先”を考え始めています」


 その言葉。


 相沢にはかなり重かった。


 増やした先。


 つまり。


 生き延びるだけじゃなく。


 未来を考え始めている。


 村長は続ける。


「だからこそ、少し怖いのです」


「怖い?」


「希望は、人を急がせる」


 相沢は少し目を細めた。


 その感覚は分かる。


 現場でも。


 売上が伸び始めると、


「もっと行ける」


になり。


 そこで事故る。


 だから。


 止める人間が必要になる。


「……一気にやらせない方がいいです」


「ええ」


 村長は頷いた。


「アイザワ殿は、その辺りが上手い」


「ただ慎重なだけです」


「慎重に回せる者は貴重です」


 その時。


 視界の端に文字。



【統率拠点適性:上昇】



 相沢の顔が止まる。


 まただ。


 最近、この表示が少しずつ変わってきている。


 前までは、


•保存

•倉庫

•損失


ばかりだった。


 今は違う。


•人

•統率

•集落


へ寄り始めている。


 その変化が。


 少しだけ気味悪かった。


「アイザワ殿?」


 リリアの声。


 いつの間にか隣へ来ていた。


「顔色が」


「……いや」


 言えない。


 人を数字みたいに見始めている感覚。


 このシステムの不気味さ。


 まだ説明できない。


 リリアは少しだけ心配そうに相沢を見る。


 その視線だけで。


 妙に現実へ戻される感じがした。


「無理はなさらないでください」


「してないです」


「嘘ですね」


「何で分かる」


「少し怖い顔をしていました」


 相沢は黙る。


 リリアは静かに言った。


「村を回すのは大切です」


 それから。


 少しだけ間を置く。


「でも、アイザワ殿まで壊れてしまっては意味がありません」


 風が吹く。


 畑が揺れる。


 遠くでは、ミナがまた誰かと騒いでいた。


 ガンツの笑い声も聞こえる。


 その音を聞きながら。


 相沢は少しだけ思った。


 この村。


 思ったより、居心地が悪くない。

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