第十話 値踏み
【土曜日 07:41/村・広場】
デルグという男は、ゆっくり村を見回していた。
畑。
倉庫。
井戸。
荷車。
人。
まるで市場の商品を見るみたいな目だった。
相沢は、その視線が嫌だった。
食品営業をやっていると分かる。
人には、
「一緒に売場を作ろうとする目」
と、
「どこまで搾れるか測る目」
がある。
デルグは後者だ。
「今年は静かだと思っていたが」
デルグが言う。
「随分と活気があるじゃないか」
村長が答える。
「皆、生きるのに必死ですので」
「ハッ」
デルグが薄く笑う。
「必死で済むならいい」
後ろの男たちも笑った。
村人たちの顔が強張る。
相沢は周囲を見る。
距離。
立ち位置。
武器。
視線。
デルグたちは完全に“上”の立場で来ている。
ガンツが半歩前へ出た。
「今日は何の用だよ」
「怖い顔をするな、ガンツ」
デルグは肩をすくめる。
「税の確認だ」
「まだ時期じゃねえ」
「確認だけだ」
嘘だ。
相沢にも分かる。
確認だけなら武装人数が多い。
デルグの目が、再び倉庫へ向いた。
「随分と箱がある」
「……」
「収穫が増えたんじゃないか?」
村長が答えに詰まる。
その瞬間。
相沢は気づいた。
(まずい)
今、沈黙した。
つまり、
“図星”
だと教えたようなもの。
営業現場でもある。
値上げ交渉。
クレーム。
条件確認。
反応が止まった瞬間、相手は踏み込んでくる。
デルグが笑う。
「なるほどな」
「……デルグ殿」
「心配するな」
声だけは柔らかい。
「豊作なら喜ばしいことだ」
だが、その目は計算している。
どれだけ持っていけるか。
どこまで押せるか。
相沢は静かに倉庫を見る。
腐った箱。
並び替え途中。
改善途中。
つまり今この村は、
“成果だけ見えて、防御ができていない”
状態だ。
最悪だった。
その時。
デルグの視線が、相沢で止まった。
「……見ない顔だな」
空気が少し張る。
ミナが反射的に口を開きそうになる。
相沢は先に動いた。
「旅の途中です」
デルグが細目になる。
「旅人にしては妙な格好だ」
麻服姿の相沢を見る。
確かにサイズが微妙に合ってない。
デルグはさらに聞く。
「商人か?」
一瞬迷う。
だが。
「似たようなもんです」
「ほう?」
「物の流れを見る仕事してます」
デルグの眉がわずかに動いた。
興味を持った。
まずい。
相沢は内心で舌打ちする。
このタイプは、
“使える人間”
にも敏感だ。
「流れ、ねぇ」
デルグが倉庫を見る。
「なら分かるだろう。余った物は、流さなきゃ腐る」
「……」
「俺たちは、その手助けをしてやってる」
相沢は理解した。
こいつ。
“搾取”を、
「流通」
として正当化してる。
かなり厄介だ。
現実にもいる。
中抜きを“管理コスト”と言い換える人間。
不必要な仲介を“支援”と呼ぶ構造。
デルグが笑う。
「村は小さい。保存もできない」
「……」
「だったら、余る前に納めた方が賢い」
村人たちが黙る。
反論できない。
実際、保存能力は足りていない。
だからこそ厄介だった。
正論を混ぜてくる。
その時。
相沢の視界に文字。
【警告】
【相手は“構造的優位”を利用しています】
【推奨:交渉主導権の確保】
頭痛がした。
最近この謎のシステム、普通に会話へ混ざってくる。
やめてほしい。
デルグが一歩近づく。
「なあ旅人」
「何ですか」
「お前、頭が回るな」
嫌な言い方だった。
「だったら分かるだろ?」
デルグは倉庫を指差した。
「小さい村が、生き残る方法を」
静かになる。
ミナが不安そうに相沢を見る。
ガンツはデルグを睨んでいる。
村長は苦い顔。
そして相沢は思う。
この男。
ゴブリンより厄介だ。
力じゃない。
仕組みで締めてくる。




