57、牡蠣
「あとは干物にもう一手間加えて、風味を良くし、日持ちもするようにしましょうか。燻製、つまり煙でいぶしたいので、そのための施設がほしいわ。いま干物を作っている加工所の近くだと便利かしらね。ようは小屋でもいいので、どこか空いているところがあればよいのだけれど……その場合、煙が逃げないように隙間はふさぐ必要があるわね。それから煙を出すために燃やす木片は、毒のない香りの良いものがいいわ。私はサクラやリンゴがいいと思うのだけれど、いろいろ試してみましょうか」
「さっそく手配いたします」
うん。さっそくと言いつつ、まだ退出しないシャールさん。私にどれだけ期待してるんだ?
まあ、前世チートがあるからなんとか応えるけどさぁ。
「それから、ここでとれる牡蠣は大変に美味しいですけれど、あれは岩場にでも付いているのかしら?」
「奥様のおっしゃる通りです。漁師の妻たちが器用に掻きとっていますね」
牡蠣だけに?とか言ったらシャールは笑ってくれるだろうか。
いや、危険な賭けはやめておこう。せっかく上昇してる奥様の株が暴落しそうだ。
「街の皆さんもかなり消費しているのかしら」
「そうですね。最近はオイル漬けに回す方が多くなっているようですが。それはもう美味ですから」
「では、その貝殻はどのように処分しているのかしら」
「……海に捨てるのは船の航行のさまたげになりますし、昔は穴を掘って埋めていたのですが、現在はお恥ずかしながら処理が追い付かず山積みといった有様でして」
「まあ!それほどたくさんあるということですね。よかったわ」
「奥様、ということは、あれらが何か役に立つのですね」
「そうです。私もくわしいわけではないので、あらかじめ試してみる必要はありますが。まず真水に浸けて塩を抜き、乾燥させたのち焼いて砕いて、畑に撒くのです。つまり、肥料ですわね」
「我が領ではさほど耕作面積はありません。せいぜいが地元で消費する野菜を作っている程度ですので。肥料としての試しはそちらでするとして、完成品は他領に売るということでよろしいのですね」
「その通りです」
察しのいいシャールとさらに打ち合わせ。
情報通の執事長曰く、ずさんな商売をしたがために廃業に追い込まれたパン屋の跡地を利用したらどうか。
古びていても施設自体が壊れてるわけではないし、少し手を加えれば窯を流用できるかもしれないって!
もしそれが無理でも、少なくとも煙害で文句を言われることはなさそうだ。
しかも漁師の集落に隣接してるとか、まさに願ったりかなったり。
「何度か確認とご報告はさせていただきますが、あとはどうぞこのシャールにお任せを」
「よろしく頼みます。私は口ばかりですから本当に助かります。ですが、執事長としてのお仕事だけでも忙しいでしょうに。代わりに仕事をできる人を紹介してくれてもかまわないのですよ?」
「とんでもございません。このシャール・ミン、奥様の慧眼・知識量、そしてその発想力をこの目で見、この耳で聞き、感動に打ち震えております。そのお手伝いができる機会を逃すなどありえません。執事長の仕事は、適切に下の者たちに割り振り、万事滞りなきようにしておりますのでご安心を」
「……ならば、よいのですけれど」
うん、あとは放っておこう。
きっと、この勢いは誰にも止められない。




