観光
駅に向かう二人を見ながらみつるはついてゆくだけだ。
琴美が笑顔で話しかけ、見上げる慎二は少し速足だ。
気になるのは、琴美のコートが短くて長い後ろ足が見えていることだ。
それはおかしな事ではないのだが、問題なのはコートしか着ていないように見えることだ。
「こんな目で見ると嫌われるんだよな」
そうは思っても、つい見てしまうのだ。
電車の中ではさすがに小声の二人だが、今度は体が近くなり、慎二の顔が赤くなっている。
それをうらやましいと思う兄貴もどうかと思うが、会話に加わる言葉は見つからなかった。
下りたのは原宿駅。
知っている。有名な町だ。ただ、一番近い駅だと言われても、そうなんだとしか返せない。いや、口にすらできなかった。
2人は手をつないで走り出した。
「まじか」
とにかく人が多く、みつるも走らなければ確実に迷子だ。
2人が店に入っていった。続いて入ると可愛い店だ。そうとしか言いようがない。
琴美はあれもこれもかわいいとはしゃいでいるが、慎二はそんな琴美を見てにこにこしている。
ふと気が付くと、お客はみんな女の子で、どの子を見てもお嬢様だ。こっそり屋敷を抜け出してきたと言われても納得してしまいそうな雰囲気なのだ。
そして、恐ろしい事に、琴美の服装に違和感をおぼえなくなっていた。
こっちは、弟を連れまわすおてんばお嬢様だろう。
しかし、そうなると俺はどうなんだと思う。
執事にしては服装がだらしないし、ボディーガードにしてはきゃしゃすぎる。
頼りない使用人ならまだいけるだろうが、そんな者は連れて来ないだろう。
みつるは壁にもたれかかり、休息とともに置物と化した。
センスのない置物でも、置いたのは店長で俺は知らんというわけだ。
ほんの少しだが、自分に向けられる視線が和らいだ気がした。
店内の装飾に見飽きたころようやく店を出たが、すぐに同じような店に入った。
店は違うが可愛いことには変わりはない。みつるの感覚では同じ店だ。
女性の買い物に付き合うのは疲れるという話は聞いた。誰だったかは忘れたが、確かに聞いた。ただ、ここまでとは思わなかった。
みつるが最終的に選んだのはヨーロッパで有名な門番だ。
似合っているかどうかは分からないが、立っているだけだしそれしかないと思ったのだ。
みつるの苦労をしり目に二人は楽しそうに店をめぐっていた。
お昼になってやっと座れるかと思いきや、ハンバーグの食べ歩きだった。
「次はどこに行きたい?」
「アキバ」
「秋葉原、了解」
「やったー」
駅に向かったので帰るのかもしれないという淡い期待は裏切られ、苦労の旅はまだ続くことが決まった。
電車には乗ったが、今どこにいてどこに向かっているのかさえ分からない。しかも、相変わらず混んでいて座れない。
ダル痛い足を引きずって秋葉原の駅に着いた。
「待ち合わせ場所はあのビルの1階にある喫茶店ね。そして、あっちが電気街だから」
「えっと。どういうこと?」
「にぶいわね。デートの邪魔よ。慎二、行くよ」
「うん」
とうとう邪魔者になってしまった。
でもまあ、休めるならいいかと諦め、みつるは喫茶店に向かった。
席が空いてなかったら死ぬな。そんなことを思いながらドアを開けた。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「あ、はい」
「こちらへどうぞ」
案内されたのは店の中央。小さなテーブルに椅子が2脚はどう見てもカップル仕様だが、座れるなら何でもよかった。
「こちらがメニューになります」
「いえ、コーヒーで。あ、待って。甘いものがいいな、ココアかな」
メニューを見てもコーヒーしか頼まないのだから必要ないと思ったのだ。
「甘いお飲み物でしたら、ホットチョコレートがございますが」
「じゃ、それをお願いします」
「かしこまりました」
注文を済ますと一気に脱力した。
行儀が悪いとは思ったが、足を投げ出し、頭を後ろに倒した。
ふーっとため息をついて、あいつら大丈夫かなと思う。
慎二は空手をやっていたから、いざとなればなんとかなるだろうが琴美はと、ここまで考えてはたと気が付いた。
琴美と喧嘩をして勝てる気がしなかったのだ。
殴りかかられても防いだり躱したりできそうもない。可能なのだが、してはいけない気がしてしまうのだ。
まともにパンチを受けながら、ごめん、悪かったから許してという自分しか想像できない。
「琴美最強だな」
それはみつるだけなのだが、心配するのが馬鹿らしくなって考えるのをやめた。
「お待たせしました」
現実に引き戻されて姿勢を戻した。
口を付けようとして湯気が熱いことに気が付き、フーフーしながらすすった。
甘かった。だけど疲れがその甘さを求めるのか、ずっと飲み続けていた。
半分も飲んだだろうか、あれ?と言いながらカップを置いた。
「もしかして、俺を休ませるために別行動にした?」
楽しそうな二人とは裏腹にずっと耐えていたのだ。そんな俺に休憩場所と、興味がありそうな電気街を教えた。
俺に気を使ったのではないかと思うと、そうとしか思えなくなってくる。
窓の方に目をやると大勢の人が行き交っているが、当然のごとく二人の姿は見えない。
「口は悪いけど、琴美は親切なんだよな。まだ時間はかかるだろうし、せっかくの好意だから電気街に行ってみるか」
みつるはホットチョコレートを飲み干した。
電気街にやって来た。
古くなった冷蔵庫や洗濯機は壊れるまで使うつもりだ。
このあたりはお付き合いもあるから商店街で買うべきだろう。
ここに来た目的は防犯カメラだ。
東京は人が多いから水槽を割る者も出てくると思ったのだ。
研究の結果、車のドライブレコーダーに決めていた。
普及してきたので安く手に入るし場所も取らない。12ボルトなのでアダプターはいるが、それだけだ。
200時間の録画が可能で順次更新される。
2センチ角くらいの小さなチップに録画するので、1週間ごとにパソコンに取り込めば永久保存も可能だ。
もっとも、事件があっても最新の200時間が録画済なので、それすら必要ない。
手間がかからず、モニタールームもいらない優れものなのだ。
とりあえず、1番近い店に入った。
「すげーっ。それに、やすーっ」
品揃えが多い上に、ざっと見た感じ値段も半額に近い。
延長コード1つをとっても、白が基本で黒しか知らないが、ここには赤黄色みどりとまるでクレヨンだ。
炊飯器も、パンから煮物まで出来る調理器だったりするのだから驚きだ。
送ってもらった炊飯器すら使ったことが無いが、つい欲しくなってしまう。
服を乾かすドライヤーは初めて見たし、福井ではめったに見ない加湿器もたくさん置いてある。
あれもこれも欲しくなるが、店はまだあると次の店に行く。
マッサージチェアは座る勇気がなかったが、足が痛かったことなどとっくに忘れ、夢中で歩き回った。
そして、防犯コーナーの充実している店に来た。
「あれ?盗聴器って、防犯グッズか?」
様々なタイプの盗聴器や隠しカメラが置いてあった。
「この店は憶えておこう」
男の子としては最重要店だ。
巨大水槽を湯船にして、あの部屋に隠しカメラを設置する。
入浴するのはもちろん琴美だ。
「やばい、これはやばい」
みつるは煩悩を振り払うように店を出たが、それでも振り返って店を確認するのは忘れない。
空を見上げると、いつしか陽は傾きかけていた。
「知らない間に時間がたったな。早く戻んないと」
みつるは駆け出していた。
☆☆☆☆☆
「おっそーい」
「ごめん、待った?」
既に二人は来ていた。
「100年くらい待ったわよ、もう、何やってたのよ」
「電気街が楽しくて。ほんと、ごめん」
ここはもう、謝るしかない。
「お待たせしました。フルーツパフェとイチゴパフェでございます」
「きたきた。食べよ」
「うん」
注文した物が来るほど待っていたらしい。
「ホットコーヒーを」
「かしこまりました」
それにしてもでかいアイスだ。寒くないのか、おなかを壊すんじゃないのかと思ってしまう。
店内を見渡すと、先ほど座った席が空いていた。
自分を待つためにここに座っていたんだと思うとなぜか嬉しかった。
ただ、二人の仲が親密だ。
なにかと世話を焼く琴美と、嬉しそうにそれを受け入れる慎二。
動く人形のような琴美を独占する慎二がうらやましくて仕方がない。
「お待たせしました」
やって来たコーヒーに砂糖を3杯入れ、無造作に口に含んだら熱さで吹きそうになったが、かろうじて耐えた。
唇が火傷したように痛くて、泣きそうだ。
琴美はまだしも、慎二がみつるの存在を忘れて夢中になるのは初めてかもしれない。
それだけ楽しいのだろう。
今日1日。琴美は慎二のために開けてくれた。
弟が欲しかったというのは本当だろうが、琴美も楽しむことが最大のおもてなしだろう。
慎二は今日のことを一生忘れないはずだ。
アイスがなくなったころ、琴美が腕時計を見た。
さっきまで無かったから買ったのだろう。
慎二も自分の時計を見た。たぶんお揃いだ。
琴美が慎二を見て、慎二が頷いた。
「兄ちゃん?」
「うん?」
「俺、福井に帰ることにした」
「……そうか」
「うん」
聞きたいことは山ほどあるが、慎二の顔が真剣だ。
「行こう?」
「うん」
琴美に促されて慎二も立ち上がる。
みつるはまたついてゆくだけだった。