これはもう
昨日は新幹線改札の手前までだったが、入場券というのがあってホームまで入れた。
「お弁当買ってくるね」
琴美が気を利かせて売店に向かった。
2人っきりになったが話す言葉は見つからない。
「兄ちゃん?」
「うん?」
慎二が話しかけてきた。
「ありがとう」
「俺は何もしてねえよ」
「うん」
さみしい時にそばにいてやることも出来ない。ほんと、何もできない駄目兄貴だと思う。
「俺、お姉ちゃんにふさわしい男になりたい」
「ああ」
慎二のキラキラした瞳がまぶしい。
「でも、彼氏じゃないよ。弟としてだから、心配しなくていいよ」
「最大のライバルが消えて嬉しいよ」
「へへっ。頑張ってね、お兄ちゃん」
「あんまり期待すんなよ」
「うん」
頭をなでてやると嬉しそうに目を細める慎二。
こいつを変えてくれたのは琴美だ。お礼をしなくてはいけない。いや、したい。
今では人形ではなくかわいい女の子に見える琴美。
今は無理だろうけど、彼氏になりたいと思うのだ。
「おまたせー」
琴美が帰ってきた。
「こっちがお土産で、こっちがお弁当ね。あとは、お茶に、ミカンに、お菓子もあるからね」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「夏休みにさ、ディズニーランド行こうか?」
「行く」
「約束だよ」
「うん」
指切りげんまん。最後にやったのはいつだったろう。
「頑張るんだよ」
「うん」
琴美に頭を撫でてもらって、俺の時よりうれしそうだ。
ベルが鳴って慎二がタラップに上がり琴美と見つめあう。
こちらにも視線を送ってきたが、うなずいてやるとそれっきりだ。
どこかの叔父さんたちが邪魔をするように乗り込んできたが、琴美を見て、あたりをキョロキョロ見渡した。
映画の撮影でもあると思ったのだろう。この二人ならありそうだ。
やがてドアが閉まって電車が動き出した。
手を振る慎二と歩きながら手を振り返す琴美。
みつるはポケットに手を突っ込んだまま見送っていた。
新幹線のテールがどんどん小さくなり、やがて見えなくなった。
残された2本の黒いレールがはるかかなたまで伸びているだけだ。
琴美はため息を一つついて振り返った。
動かないみつるは見えなくなった慎二を見ていた。
「いっちゃったね」
「ああ」
そばまで来た琴美が話しかけた。
「ありがとうな」
「ううん。私も楽しかったから」
二人で線路を見た。
「俺は、何も出来んかった」
「そんなことないよ。兄ちゃんは心の支えだって言ってた」
「生意気なガキだ」
「お父さんがなくなって間がないんだし、仕方ないよ。あんたもね」
「え?」
みつるは思わず琴美を見た。
自分を気遣ってくれていることに驚いたのだ。
そして、今までのことが思い出された。
なぜこんなにも親切だったのか、その意味が分かったのだ。みつるの心に喜びや感謝の気持ちが一気にあふれ、じっと琴美を見つめてしまった。
「もう。しょうがないな」
困ったように笑う琴美の意味が分からなかった。
「はい」
出されたのはハンカチだった。
知らないうちに泣いていたらしい。
「……」
黙って涙を拭いた。だが、感情があふれて涙が止まらない。
鼻水をかんじゃ駄目だよなと、そんなことを思う余裕すらあるのに、涙が止まらないのだ。
琴美はそんなみつるを見つめたまま待ってくれていた。
「俺も、頑張るわ」
「うん。帰ろ」
気持ちが落ち着くと、琴美が手をつないでくれた。
その手は柔らかくて温かかった。
☆☆☆☆☆
これじゃ、お父さんじゃなく弟だと思いながらも、ずっとこのままだといいのにと思ってしまう。
「慎二の気持ちが分かるな」
「え?何が?」
思わず出た独り言に反応された。
「あ、いや、何でもない」
「なによ。言いかけたんらな言いなさいよ」
「でも。怒らない?」
「もう。怒らないから言いなさい」
すでに怒っている気がするが仕方ない。
「じゃ。えっと手をつないでいるとさ」
「うん?」
「何と言うか、恥ずかしいんだけど嬉しくてさ。踊りだしたくなるというか、そんな気分になるなあって」
「……」
「ごめん。怒った?」
「怒ってない」
「うん」
怒ってはいないらしい。ほっとした。
「写真撮ろうか?」
突然琴美が言い出した。
「ここで?」
新幹線の改札を出たとこだ。
「うん」
かわいい服を着たからだろう。女心は分からないが、いやでは無い。むしろ嬉しい。
スマホを向けると琴美がポーズをとってくる。
かわいいは正義だ。何枚も取っていると次第に楽しくなってくる。
「ローアングルいいか?ギリギリを撮ってみたい」
「いいよ」
いいそうだ。
調子に乗ってせまってゆくと、チラッと見えてしまった。内緒だ。秘蔵写真だ。極秘の印が必要だ。
「もういい?」
「うん」
素知らぬ顔で応答するが、気が付くと琴美にスマホを向けている人がいる。
けしからん奴だ。さっと琴美の手を取ってその場を後にする。
「ラインで送って」
「OK」
ライン交換して映像を送る。むろん、秘蔵意外だ。
「何で写真撮ったか分かる?」
「えっと、琴美がかわいいから?」
ジト目を向けられた。
「えっと、ごめん。分からん」
ここは素直に謝ろう。理由は分からんが、謝るしかない。
「日曜日、お客さんが来なかったらどうするのよ?」
「あっ」
忘れてた。というか気が付かなかった。
東京は人が多いから、開店するだけで人が来ると思い込んでいたが、そんな保証はどこにもないのだ。
「この写真をアップして、待ってるって書き込めば集客につながるでしょう?」
「たしかに」
「もう、しっかりしてよね」
「はい」
まずい。琴美のご機嫌が急降下だ。
「私は弟が欲しかったけどね、2人もいらないの」
「ごもともです」
「それに、お兄ちゃんも欲しかった」
「俺、俺だよね?うん。俺、頑張るよ」
「ふーっ」
ため息をつかれてしまった。
「知り合いにも連絡入れたほうがいいよな?」
「当然でしょう?」
「はい」
話題を変えようとしたが、上手くいかなかった。
いつの間にか手も離れているし、前途多難だ。
そっと手を出したが無視された。
もう一度挑戦する勇気はない。
嫌われたくない。すでに嫌われているが、これ以上嫌われると破局だ。そうなったら死ぬ。間違いなく死ぬ。
☆☆☆☆☆
一緒に電車に乗った。いや、後をついって行っただけだ。
横に並んでつり革を握るが、話しかける言葉が見つからない。
このままではいけないとは思うのだが、どうしていいのかが分からないのだ。
そんな時、ふと、琴美が見上げてきた。
期待を胸に見返すと、その視線を自分の背中に向けた。
見ると、琴美の後ろに立つおっさんの手が琴美のお尻に触れていた。
痴漢野郎だが、手のひらではなく甲だ。
明らかに不自然な手の位置だが、偶然だと開き直られるかもしれない。
みつるはお尻と手の間に自分の手を差し込んだ。
その結果、琴美のお尻に触ったのは偶然だ。断じて偶然だ。
おっさんの手はすぐに引っ込んだが、みつるは半歩下がり、琴美の腰に手を回して引き込んだ。
そして、おっさんの顔をじっと見た。
琴美を後ろから抱きかかえることに興奮しながら、気が付かないふりでおっさんを見た。
おっさんはこちらをチラッと見て目をそらした。
このまま終わるなら感謝をしてもいい。だが、何か言ってきたらと待ち構える。
「なんだその目は。わしは何もしておらん。偶然だ」
馬鹿なおっさんだった。こんなときは声を大きくした方が勝つ。
「語るに落ちたな痴漢野郎!」
「なんだと!?」
大きな声の応酬に、周囲の目が集まる。
「痴漢は申告罪だが、目撃者があれば即決だぜ」
「ふざけるな。名誉棄損で訴えるぞ」
「やってみろよ。俺の親父は本庁のお偉いさんだった。そして俺は、惚れた女を守れないほど甲斐性なしじゃないぜ。痴漢がばれて会社を首になったあんたが法廷でどこまで戦えるか、見ものだな」
「話にならん」
おっさんが人をかき分けながら離れていった。
「逃げるのか?痴漢野郎?」
「ふん」
言葉も返せないらしい。そのまま次の車両へ消えていった。
ざまあみろだ。
「ねえ?」
「うん?」
やばい。この姿勢でもっとこのまま。ずっとこのままでいさせてください。
「みつるのお父さんて警察官だったの?」
「えっと。亡くなる前は本陣町の町内会長だったんだ。だから本町のお偉いさん。嘘はついてない。だろ?」
「ふふふ。あははは。おかしい。みつる、あんた最高だわ」
「そ、そうかな」
琴美がこちらを向いて笑い出した。
まわりの乗客もクスクス笑っている。だが、そんな事より、もう少しくっついてくれればハグになるんだが、駄目だろうか?
琴美が背を向けた。はい、駄目なんですね。分かります。
「おっ、ちょっ」
琴美が背を預けてきた。それはいいのだが、つり革を片手で持っているだけなので支え切れない。
素早くもう片方の手もつり革をつかむ。両手を万歳の格好で琴美を支える格好だ。
残念ではあるが、まあ、密着しているし、いい匂いはするし、サラサラの髪は目の前だし。うん、いい。すごくいい。
☆☆☆☆☆
楽しい時間はなぜ早く過ぎるのだろう?
駅に着いてから、おなかがすいたと屋台に入った。
女の子と屋台に行く。赤ちょうちんは男のあこがれだ。
がんもを食べながら、屋台を商店街に呼び込めると夜も活性化されるんじゃないかな?と言うと感心された。
もはや尊敬されたのではないだろうか?
そして、今はもう、おやすみをして別れていた。
和室で胡坐をかき、お茶を飲む自分もかっこいいと酔いしれている最中だ。
「これはもう、お付き合いしていると考えてもいいよな」
でも……。
「まいった。この関係を続けていく自信がないぞ」
嬉しいのは嬉しいのだ。それこそ大きな声ですきだー!って叫びたいほどだ。
だけど、いつ、どんなことがきっかけで軽蔑されるのか分からない。
怖い。嫌われるのが怖いのだ。
「明日、どんな顔で会えばいいんだろう?笑顔だと思うが、頼れるお父さんなら普通の方がいい気がする。 気を抜くと、心配そうな顔でそっと挨拶してしまいそうだ。これは、たぶん、駄目だろう」
たったこれだけのことで頭を抱えたみつるだったが、やがてブログだけでも上げとかないとと、パソコンに向かった。
☆☆☆☆☆
写真添付
嬉しい報告です。日曜日のセールの時、天使様が。いや、琴美さんがお手伝いに来てくれることになりました。
会いに来てねという伝言もいただきました。
商品ですが、殺菌灯など、普段は手が出ない高額商品は種類が豊富です。
クリルの大型缶詰が100近くあり、これが目玉商品でしょうか?
店をグッピーのブリーディングルームにするために、すべて売りきる予定です。
それと、水槽は中古も新品も高さはすべて45センチ以上です。
グッピーや金魚はヒレが繊細なので、水深37センチ以下でご使用ください。
琴美さんに嫌われないようにしよう。
これが、ささやかな自分の目標です。
頑張れと思われる方、リア充爆発しろと思われる方のご来店をお待ちいたしております。
『シルクホワイト』
まもなく、開店前セールが始まります。




