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3 僕の姉さん

「もう貴方は私の家族じゃないのよ」


両親にそう告げられた時、何が起こったのかわからなかった。ただただ、帰れないという事実に打ちのめされて、呆然としていた気がする。


魔力が全てものをいう魔導師の家系が生まれた。物心つく頃から教育熱心な親から絶えず自分に目を光らせ愛情なんて受けずに育てられた。そんなある日、自分には全く魔力がないことが分かった。

魔力のない人間はこの家では役立たずのゴミのような存在だって。そんな役立たずに対して教育など必要無い というのは今までの歴史から見て、それは当たり前のことだ。最終的に何の利用価値もないと、いとも簡単に捨てられ孤児院に預けられてしまった。


次の日は朝からずっと泣いていた。

家族を失ったという事実を理解すればするほど、絶望のふちに立たされて、泣くということしかできなかったから。


泣いても誰も僕に気づかない。


それがまた悲しくて、泣いても泣いても涙は枯れることがなかった。だけど何事にも限度はあるもので、そのうち涙が枯れたように出なくなった。


悲しさが消えたわけじゃない。むしろそれは日々増えていくばかりだった。


親は手こそ出してこなかったけど、言葉の棘が自分を刺した。


僕が笑っても誰も喜んでくれない。


泣いても誰も自分を気にかけることもない。


悲しみや怒りの矛先を向ける場所もない。


…もう傷つきたくない。孤児院には同じように、捨てられたり、死んだり、行き場のない子供がたくさんいた。


けれど自分の殻に閉じこもってしまってなかなか馴染むことができなくて、いつもふらっと街を出て散歩ばかりしていた。


もう、いらない。


作るから、失うのだ。心が引き裂かれるような思いは、もう二度としたくない。


だから、もう一人でいいと思っていた。そう決意していたのに。そんな中、僕はとある人に出会う。


「君、こんなところに一人でどうしたんだい?」






「ここでいいです。ありがとうございます」


そう声を上げると馬車が止まった。扉が開くと目の前にあったのはとても綺麗な家。出迎えに来たのだろう、門のところに新しい母親であろう女性、リリアン様と少し前に偶然街で出会った、新しい父親になるエイブラム様が立っていた。


新しい両親に一通りの挨拶を終えると、ふと自分に向けられた視線を鋭敏に感じ取った。 悪意があるかないかは判断がつかないが、何者かの興味本位の視線を感じる時、思い出すのは両親の蔑んだ目だから。自然とその視線の先に自分の心を頑なにする。


ここの家には一人娘、即ち僕の姉になる人がいるようでエイブラム様が「クロエ」と呼びかけると一人の女の子が走ってくる。さっきの視線は彼女のものだったらしい。


「初めまして。クロエ・ベルトワーズと申します」


太陽の光を纏ったような綺麗な金髪にサイドを結い上げた髪型をした可愛らしいようでそれでいて大人びた女の子だった。青い瞳がまっすぐに僕を見つめてくる。


「クロエ様、初めまして。レオンといいます。これから、宜しくお願いします」

「様なんていらないよ!お姉ちゃんって呼んでくれたら嬉しいな」


その顔からは先程までの澄ました表情は消えていて、目をキラキラさせて何故か感動したような面持ちだった。












少し近寄ってクロエ様、と僕は丸まった彼女の背中に小さく呼びかけてみる。反応はない。何してるんだろう…。僕は立ち上がり、二人のそばを離れてクロエ様の側までいって声をかけた。


「……何、やってるんですか?」


地面に手を突っ込んで懸命に何かを探す彼女の姿に浮かぶのはそんな言葉だった。彼女は顔を上げて僕を見ると、へらりと笑いかけた。


「四つ葉のクローバーを探してるの」

「四つ葉?」


怪訝な顔で復唱すると「知らない?」と彼女は小首を傾げた。


「四つ葉のクローバーにはね、人を幸せにする力があるんだってさ」


すごいねー、と彼女はころころと笑い声をあげた。


何を言ってるんだろう、と思った。四葉のクローバーを見付けたら幸せになれる。そんなの迷信だって、内心思った。


「レオンもいっしょに探そう?」

「えっ? 僕も?」


意外な申し出だった。クロエ様は続けて言う。


「うん、きっとレオンもみつけられるよ!」

「…見つけてどうするんですか」


僕はそう口にした時ハッとした。怒らせてしまっただろうか。胸がずきりと痛み、唇を噛み締める。それでも涙は出てこないけれど。するとクロエ様は微笑んだ。


「幸せになりたいじゃん。二人で、一緒に」








一時間ほど経ち、長い間四葉のクローバーを探していると、気づかぬうちにだらだらと汗を流していた。それに、結構遠いところまで来たみたいだ。


僕は今の所結局、未だに一本も四葉のクローバーを探し出せずにいた。


クローバーが生えている中でほとんどが三葉。その中から僅かしかない四葉を探し出すのは、僕には到底不可能に感じた。


四葉のクローバーを見つけることが出来ない自分。それは、いつまで経っても幸せを手に入れられずにいる自分自身を示唆しているようだった。


この眼前に広がるクローバー畑に、幸せはどれくらいあるのだろう。


照りつける太陽の下で、綺麗な青空にも目をやらず、ただしゃがみ込んで下ばかり見ていた。少し疲れてしまって、その場に座り込んだ。視界が突然、黒に襲われる。クロエ様が僕に目隠しをしていた。


「此処に居たんだね、捜しちゃった」

「そういえば今って…」

「一二時過ぎ」

「もうそんなに経ったんだ…」


さっきとは変わって砕けた言葉遣いをしているのはクロエ様の要望だ。「弟なんだから堅苦しい言葉遣いしなくていいよ!」って言われたけど…つくづく変わった人だなと思う。


ゆっくりと優雅に立ち上がろうとして、僕はごろんと後ろに倒れた。思いの外足に力が入らなかったようだ。立ち眩みもしてバランスを崩したらしい。


思ってたより足がグラグラする。でも次は立てる気がする。そんな様子を見てクロエ様はしゃがみ込んで背中を向けた。


「……何してるの?」

「乗って」

「え? ……まさかおんぶってこと?」

「それ以外に何に見えるの?」

「いや、だって……」

「早く」


「ちゃんとつかまっててね」と注意された。生返事をしてゆるゆるとクロエ様の背に抱きつく。


「…あの」


思わず呼びかけてしまったが、それ以上言葉が続かない。

振り返って不思議そうな顔をするクロエ様。僕が何も言わないものだから、どうしたらよいのか分からないのだろう。


「ごめんなさい。…ここは丘から結構離れてるのに。」

「いいよ〜。まあまたレオンが迷子になっても。私の手で何回も見つけるけどね!」


任せて!と笑うクロエ様の言葉は胸奥をじんわりと満たす。そしてそれと同時に、四つ葉のクローバーのことを思い出しつい言葉が出た。


「それに…僕、見つけられなかったんだ、四つ葉のクローバー」


その言葉に、クロエ様は黙って足を止める。


鬼のような形相の母の顔がちらりとよぎって、背中に冷たい汗が流れた。怒られるかもしれない。そう思って身を硬くする。そんな僕にクロエ様はこう呟いた。


「……泣いてもいいのに」


事情はあまり知らないはずなのに、かけられたのは恐らく僕がもっとも望む言葉だった。


「っ。な、に…言ってるの」


口から出た言葉は強がりだったけど、その途端、堰を切ったようにぼろぼろと涙が零れ落ちる。僕は思わずクロエ様に掴まる腕に力を込めると、泣いている僕を察したのかおんぶを中断する。


無言で背中を撫でてくれる手はとても優しくて、その温かさに後から後から涙が出て止まらなかった。


僕は、すべてを彼女に話した。生まれの事から、孤児院のこと。自分の考え。度々声が引きつって上手く喋る事すらできなかったけど。


そのすべてをこちらを見つめたまま黙って聞いてくれた彼女。クロエ様は最後にポツリと言葉を漏らした。


「私の前では我慢しないで。そんなに頑張らなくてもレオンはレオンのままでいいんだよ」


その言葉は悲しみや苦しみも含めて肯定してくれる言葉だった。涙が収まり、ふと床に視線をやるとたくさんの三葉のクローバーに埋もれた中に、四枚の葉のついた一本のクローバーを見つけた。


「…あっ」

「どうしたの?」

「見つけたっ」

「えっ、ほんとうっ?」


クロエ様が嬉しそうな顔をして俺を見る。その四葉のクローバーを、すっかり土だらけになってしまった手でぷちっと摘み上げた。


「レオン!よかったね!」


まるで自分のことのように喜び、僕を祝福してくれるつぐ。僕は軽く指で涙を拭うと、彼女に言った。


「はい。これ、あげるよ」

「え?」


つまんだ四葉のクローバーを、クロエ様の小さな手のひらに置いた。クロエ様はわけも分からずにそれを受け取った。


「だって、これは幸せのお守りなんでしょ?姉さん」


呆然と見上げる姉さんに今度ははにかみながら、少し微笑んでそう尋ねた。


「レッ、レオン……」


姉さんは目を丸くして僕の目を見る。真っ直ぐで、純粋な二つの瞳が、僕の方を向いている。


「ありがとう!」


姉さんは、その日一番の笑顔を見せてくれた。

初対面の時のお姫様のような澄ました微笑みよりも今の少女らしい笑顔の方が好きだなって思った。


好き…?好きってなんだろう。


するりと溢れた言葉の選択に自分自身不思議に思ったが、考える暇は与えられなかった。

呼んでいただきありがとうございました!

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