飛んだ災難
ギャグ回です。
「結局、片付け手伝ってもらっちゃったね」
レクティアは清々しい顔で、ラルフに向かって話しかけていた。
「……っ!」
対するラルフは、合計10キロ近くあるのではないかと思われる旗と木箱を背負うという苦痛を強いられていたため正直彼女の話を返す所ではなかった。
つい数分前、彼女の所属しているギルドに半強制的に加入させられたラルフ。今現在、拠点の方へこのクソ重い荷物を持ったまま向かっていた。
(強制)加入しての最初の仕打ちがこれである。
震えた声でラルフは言う。
「なあ、……お前荷物を持ってあげるとか、そういう気持ち、無い?」
「無い」(キリッ
即答であった。
今現在、彼の全筋肉は仮想空間でありながらも悲鳴を挙げていた。
坂を上り、下り、オフロード。
ただでさえ現実で10キロの米袋でもギブアップする彼だというのに、それは彼にとって苦行とも言えるレベルであった。
だがしかしその苦しい戦いもとうとう終わりを告げようとしていた。
ラルフの視界に大きな建物が写った。
それは、一つの豪邸だった。土地も広く無駄に豪華な装飾が施されている柵が囲っていた。それゆえ彼の中では第一に『貴族の家』というイメージが最も相応しかった。
二人はしばらく歩きその家の正門の前までたどり着いた。改めて見るとやはりその家は3階建ての豪邸そのものだった。
レクティアはその家の方に指を指す。
「そこよ」
「うわぁ……」
ラルフは改めてその家を見た瞬間、感嘆の言葉を漏らす事しか出来なかった。
理由は二つあった。
1つは単純にすごく膨大な敷地にこれだけの立派な大きな家を建てる財力があること。もう一つは、彼女曰くたった四人しか居ない少人数ギルドにここまで巨大な敷地に家が必要なのかということだった。
唖然のままその場に立ちすくんでいると、気付けばレクティアが先に敷地内に入っていた。ラルフは彼女に気づくとそれに続くようにしてあの重い荷物を持ち彼女について行くのであった。
玄関前の通路には一直線煉瓦で埋め尽くされ端の方には左右均等にそれぞれ立派な木が植えられていた。奥の庭からは小鳥の鳴き声、犬の吠える音、そして優しく包み込む風。これらがラルフ自身自然を感じる物へと化していた。
二人はその50メートル程ある一本道を進んでゆく。
こうしてしばらく歩いて行くと、2メートルほどの高さがある大きな玄関扉の前へとたどり着いた。
ラルフは背負っている荷物を一度下ろす。するとその直後、息を切らしたまま大の字になるようにしてその場に寝転がった。先ほどまで苦しい顔で重い荷物を持ってここまで踏ん張って来たからには正直仕方ないことかもしれない。
「はぁ……、はぁ……っ。 着いたぁ!!」
やりきった感のあるような顔でレクティアに向けて言い放つ。
「もう、ここまで来たからには何も持たねぇぞ。こんなもの2度と持たねぇ絶対にィ!!」
「息切れすぎよ。もうなんか、それだけで『石』になりそうね……」
レクティアから見て彼の様子を見ていると何となくその辛さが伝わってくるように感じられた。
数分後ラルフは一度仰向けに寝転がりながら深呼吸すると、ゆっくりその場に立ち上がった。
先ほどよりは気力を取り戻したのか、少し軽くなった口調でつい数分前から疑問に思っていたことを彼女に問いかけた。
「つーか、よりによって何で転移札持ってねぇんだよ」
転移札それは、一定の座標を書き示めその座標へ瞬間移動することが出来る消費アイテムだ。結局はどこぞの道具屋などでワンコインで買える代物なのだが……彼女の場合、
「持ってるわけ無いじゃない、そんな紙切れ」
扱いがそれである。
「紙切れとかひどくね!? 手持ちより圧倒的に楽だわ!!」
咆哮するように言い放つラルフ。対するレクティアは、立てた人差し指の先を唇に当てポカーンとした様子で返す。
「ええ~? そもそも『ざひょー』とか意味わかんないし~、まず存在意義あんの?」
「お前、座標考えた人に一回土下座して謝れえええぇぇぇぇ!!」
ラルフはそのまま話にいったん区切りをつけると、彼は一度床に置いてある荷物へ目をやる。するとラルフはそれに指を指しレクティアへまた別のことを問いかけた。
「つーか結局、この荷物どこへ持って行けばいいんだよ。3階なんて言うんじゃないぞ」
「さすがに3階までとは言わないわよ、すぐ近くよ」
「?」
ラルフは彼女の話を聞くとちょっぴり首をかしげると、わずかな力を振り絞って荷物を持ち彼女に付いていくのであった。
◇◆◇
しばらく歩きラルフとレクティアの二人は、ようやくその荷物を置くための倉庫らしき部屋にたどり着いた。
「……こ、ここだよね?」
「うん、ここよ」
場所は一階の奥。木製の扉は他の部屋の扉より圧倒的にボロボロで、状態を維持するための補強金具は、油つけても治らないのではないかと思わせるレベルに錆びていた。
正直扉越しからでも分かるレベルで入りたくないと思わされるオーラが異様な空気と共に放たれていた。
ラルフは疑問に思うような様子で、ちらちらと彼女に目をやる。
「あのー、レクティア……」
「やだ」
「『やだ』じゃなくてさぁ、俺この禍々しいオーラを解き放っているあの扉の中に入れっていうことか?」
「あたりまえじゃない、汚いし面倒だし」
「チッ――」
ラルフは彼女に向けて聞こえるようにわざと舌打ちすると、持っていた荷物を一旦下ろし扉の方へ近づきドアノブに触れる。同時に手の風圧によって溜まっていたホコリが彼の周りに舞い上がる。
「あちゃー、これ完全にめっちゃ埃被ってんじゃん」
嫌嫌言いながらもラルフは、つかんでいるドアノブを回す。しかし、
ガッ、ガッ!
「……あれ? 開かない?」
ドアノブには鍵穴らしき穴は無かった。しかし金具が変形してしまっているのだろうか、一向に扉が開く気配は感じられなかった。
一度ドアノブから手を離し、振り払うようにして埃を取ると、きたねぇと言わんばかりな様子でその場から離れた。
「おい、レクティア……ってあれ?」
ラルフはレクティアがいる場所に目を向ける。するとそこにはなぜか本来いるはずの彼女の姿は無かった。
辺りをくまなく見渡してみると……廊下の端っこで飼ってあると思われる一匹の子犬とじゃれ合っている彼女の姿があった。
「クゥ~ン~」
「キャー、かわいい❤ すごくモフモフして気持いいぃぃぃ!!」
レクティアは目の前にいる子犬にデレデレになっていた。
ラルフがこの光景を見た瞬間、
「はぁーい、ちょっとそこストップ」
とっさの早歩きで彼女に近づくと後ろの首襟を掴み上げ引きずりながらも、あの埃くさい扉の前に連れて行く。
「え、ちょっとラルフ!? 何!? 私ただ単に綺麗で健全な子犬に付き合わされていただけなのよ!? 悪いのはあの犬よ!! 私は何も悪くは無いわ!! 嫌嫌嫌嫌嫌――――――!!」
レクティアはラルフに首襟を掴まれ、じたばたもがきながらもひたすら必死に言い訳という名の抵抗を続ける。
「へぇ~、こっちはわざわざお前の代わりやってるっつーのに……愉快にお前は子犬とのお遊戯ですか?」
「えっ、あっ、すいませんすいません!! ホントに調子こいてました!! 許して下さいっ!! お詫びに一つ……一つ何でもしますからあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「――――――――ッ!!」
どうやら彼自身、流石にキレたのかも知れない。正直あのクソ重い荷物には匙を投げたくなるが、なぜかこの時だけは『人の重さ』というものを感じなかった。
ラルフは掴んでいた首襟――涙目状態の金髪少女――を、
強く足を地へ踏みしめて――、
大きく腕を振りかぶり――――、
頭から思いっきり――――――、
「おおおおおおおおららららああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
――――――――扉にぶち当てた。
バキッ!! という木の折れる音と共に扉についていたありったけの埃がこの空中に舞い上がった。
扉は当然のようにしてまるでガラスのように簡単に砕け散り、支ええていた金具もグニャリと折れ曲がった。
対してレクティアは頭にでっかいタンコブが完成し、白目を向いたまま気絶していた。
壁に当てる直前に響いた断末魔はあえて彼自身聞かなかった事にしておこう。
◇◆◇
「お…………」
「お――い――!!」
突然の大声により、きゃあっ!! という叫び声を発した直後とっさにレクティア(タンコブ付き)はその場から起き上がる。
「おっ、やっと起きた」
声の主はやはりラルフからのものだった。
ラルフは、レクティアに手を差出しその場に立ち上がらせた。
部屋の中は、あの扉以上に埃被っており隅には大きな蜘蛛の巣が出来ていた。正直そのまま回れ右したくなる程だった。
レクティアは服に付いた埃を手で払うと、この埃くさい部屋で当然のようにラルフに対して文句を言い始めるのであった。
「ちょっと、いきなりこんな美少女の首襟持ってあの禍々しい扉にまさかの頭からぶち当てるなんてなんちゅう神経してんのよ!! おかげで私の体は埃まみれよ!! それにさっきの、なんで物は持てないクセして人は持てんのよ!?」
ラルフ自身そこは「自分で美少女言うな」とツッコミたいところであるが、あえてそう言わず、そこは冷静に、
「知るかよ。本来お前がやるはずの仕事をサボって犬とじゃれていたんだから、これくらいの代償には相当するだろう?」
「だとしても、だとしてもよ!! いくらなんでもやり過ぎじゃない!?」
「なんだ? いっその事、『私を殴れ』とでも言いたかったのか?」
「違うわよ!! どうして私に物理的被害が及ぶような事ばっか考えるのよ!!」
ラルフは両手を組み、上から目線で彼女の愚痴を返してゆく。すると部屋の外から一人の女性が現れた。
パッと見て、齢は20代くらいだろうか、黒髪ショートで透き通った緑色の瞳が特徴的だった。貴族らしい上品なドレスに身を包みエラそうな口調で二人に言ってくる。
「さっきから喧しいわよ!! って、またあなた達扉壊したのね!?」
ラルフは突然の第3者の登場に動揺したのかレクティアにチラチラ目を合わせる。同時に目をぱちぱち瞬たかせ不思議な事に妙な会話がジェスチャーを含めて次のように成立していた。
「(ちょ、誰だよこのオバサン!?)」
「(オバさ……ってバカ、失礼よ!! 彼女は私たちギルドの拠点の土地を貸してもらっているエリーミ=ダーストフールって人よ!! 変なこと言わないで頂戴!? 下手したらこの土地から追い出される可能性が有るのよ!!)」
「(とは言ってもなあ……あんまり、信憑性が薄いっていうか……)」
「(彼女の服装を見てでもそんなこと言っちゃうの!? っていうか、彼女の家系は信じられないかもしれないけど、この町の外交官よ!! もう国事に携わっているのよ!! おまけに権力半端ないのよ!! いいから挨拶して挨拶を早く!! ついでにこの扉の件についても正直に!!)」
「(いや、だってさ!? 黒髪にあのドレスって……いくらなんでも似合わなすぎじゃね? ププッ、貴族サマなんだからもう少しマシな衣装とか用意し――)」
「(いいから、早く挨拶してえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!)」
慌てるようにラルフにジェスチャーを送るレクティア。ラルフはエリーミのドレスのセンスに笑いを堪えながらも、仕方ないと言わんばかりの様子で一度ため息を付きエリーミの前に移動すると、
「……、初めましてラルフと申します。すいません、扉壊したの私です。……ちょっとあの生意気女に怒りを覚えたんで襟首持って扉に投げ飛ばしました」
先ほどの出来事を頭下げ(笑いを堪え)ながら正直に話すラルフ。すると、すぐそばで聞いていたレクティアが彼の話に反論するかのようにして叫ぶ。
「待って待って待って、正直に言うのにも程が有るんじゃない!? なんかまるで私が悪い人みたいな状況になってんじゃん!?」
ラルフは、彼女の反論に対して蔑んだ目で再度冷静に対処する。
「そもそも、この状況を作ったのは、まずお前だ。何せ俺にやるだけやらせて自分は犬とのバカンスタイムを楽しんでいたんだからな」
「――ッ!!」
何にも言い返せなかったのだろう、レクティアは涙目のままその場にしゃがみ込み黙り込んだ。彼女の心中このように思っているだろう、
(何でこんなバイオレンス、スカウトしちゃったんだろう)……と。
エミリーは二人の会話に対して呆れるような様子で、
「……分かったわ、この件についてはあなたたち土地使用料&家賃にツケさせてもらうから、それで良いわね?」
「……はい、お願いします」
ラルフは、エリーミに向けて再度頭を下げると彼女は疲れた様子でこの場を離れていった。
レクティアは未だに根に持っているのだろうか、彼女は黙り込んだままだった。
その後、ラルフは傍にあった荷物を倉庫の中へしまうとレクティア(でっかいタンコブが出来た残念少女)の方へと近づく
「あのさ、そこまでメンタルボロボロにされたのならこちらも謝るが――」
「疲れた」
「え?」
「動きたくない」
「……はあ」
急に青冷めたかのように様子が変化し、このニートである。
ラルフは一度大きく息を吐いた。彼自身も正直仕方ない事とは思っているらしい、何せここまでやったのだ。今までの彼女の性格から見てこうなることになるのは大体察しついていた。
ラルフはレクティアの前にしゃがみ込むとそのまま背中を向ける。
「ほら、俺がおんぶしてやるから。流石に乗ることは出来るだろ?」
彼がそう言うとレクティアはチラチラと彼の方に目をやった。
「……うん」
彼女はその姿勢で返事し、少しずつ近づいていくと。ヒョイ、とラルフの背中に飛び乗った。
「ラルフ、足キツイわよ」
「文句言うな、こっちからも一応お前に対して『お詫び』としてこうしてやってんだからよ」
「……わかった」
巨大タンコブ残念少女を背負ったラルフは、そのまま埃くさい部屋から出た。
「で、結局どこだって?」
「あっち」
レクティアはラルフにおんぶされながらも彼女の右手を彼の顔の前に出し右、左とカーナビのように誘導していく。
「そこまっすぐ進んでそこ左」
「ちょっと待って、それそのまま行ったら外に出ちゃうんだけど!?」
「最初からそのつもりで誘導してるんですけど? なにか問題でも?」
「いや、なんでもない……(無駄に一言多いわ!! お前は上司か!?)」
レクティアの言いぐさに対して額に青筋を浮かせるラルフ、そのまま彼は彼女のナビ通りに一歩一歩足を動かしていく。
彼女のナビ通りに足を運んでいくとラルフの言った通り外へ出た。
するとレクティアは、
「そこ右」
と、レンガの直線道を外れた庭の方へ指差した。
「……ハァ!? ちょ、ここ右って、庭に入れってか!?」
「うん」こくり
ラルフは彼女の指差した方を凝視する。すると何なのか、不思議な事にぼんやりと人が入ったかとように思われる足跡がそこにはあった。
ラルフは見つけた足跡と辿りながら庭へと入って行った。
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