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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
ジャックとして
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三つ目の正体

 背負っているブルーノの両目は閉じているが、青い前髪の間からちらつく額の「それ」はあの三つ目オーガの眼と同じ、黄に発光する異形の眼だった。


「何だ、これは」


「体が死んでも額にいた寄生モンスター、『第三の眼球』……三つ目だけは、かろうじて生きているんだ! しかもそれは自由に動いて近くにある死体に寄生できるんだぞ! 早く離れろぉ!!」


 マーシュは半ば叫んで主水にそのことを教える。

 思いもよらない情報に、主水の理解がすぐには追いつかずにいた。

 すでにマーシュは弓を引いてこちらに矢じりを向けていて、クレアも今にも飛び掛からんと短刀を両手に構えている。


「待て!……寄生されたらそいつはどうなる?!」


 緊迫感が場を包む。聞こえるのは荒い息とクレアの歯が震えて鳴る音。冒険者2人の視線は主水が背負う物言わぬ少年の骸に釘付けだった。

 目線の位置は変えないまま、マーシュが寄生について早口で説明した。


「『三つ目』ってモンスターは特殊なんだ!動物やモンスターに寄生することで生き残ってしぶとく長生きする……それに、寄生された動物は40分もすれば額に眼ができて、それから内側からその動物の皮を破いてモンスターの姿が現れる! 多分三つ目オーガになったのは『三つ目』が寄生した動物やモンスターが人間型だったからだ!」


 マーシュの言ったことをかいつまめば、オーガではなく本体の「三つ目」はまだ生きていて、現在はブルーノの体の中にいる。

 親友の体をモンスターの体が無残に破いて這い出てくるおぞましい様を、主水はありありと想像してしまった。


「とにかく離れて!完全に再生する前に私とマーシュが……」


 ぶちりっ


 クレアやマーシュが何か行動をする前に、主水は素早くブルーノの骸を倒して額の眼球に指を突っ込んで掻き出そうとした。

 黄土色の液が散り、尺取り虫のようなものが何本も第三の眼球と瞼の間から出てきて、抵抗するように主水の腕に絡みつく。


 常人ならば三つ目の触手に対して、生理的な恐怖や嫌悪で手を離してしまうが、主水はまったく意に介さなかった。


「なんもかんも反吐が出る…ッ!三つ目なんぞにこいつの体を好きにさせん」


 形相は歪み、狂ったように指で眼球を引き摺りだそうとする主水と異形の触手の様子に、冒険者らは手が出せずにいた。


「ぐっ?!」


 みちりとした音が聞こえ、あと少しで掴んだ眼球を抜き取れるところが、熱い痛みを感じて力を弛めてしまった。

 その拍子に主水の体が離れると、触手は嬉がった動きを見せて目玉から体内に入っていき、それを見てから主水は右腕を確認すると、複数の小さな穴から血が出ていて、こいつは山蛭のように自分の血を吸ったとわかった。


 ブルーノの両目が剥かれて血走ったまなこが曝される。三つの目以外の表情は無く、立ち上がる彼の関節の稼働は異様さをきたし、すでに三つ目の虜となり果てた。

 マーシュの矢が第三の眼球へ射たれたが、掌から飛び出た触手が命中する前に絡めとる。横へ回ったクレアが短刀で腹を切り裂こうとしたが防がれて逆に拘束されてしまった。


「クレア!この、離しやがれ!」


 クレアの首を締め上げるブルーノ……いや、彼を操っている三つ目には、慈悲の心などとは程遠い酷薄な笑みが浮かぶ。

 右手のみでクレアを締めているため、マーシュが続けざま矢を射ても左の掌から出ている触手にことごとく払われた。

 接近して戦うのは危険だ。接近戦でクレアに劣るマーシュが、ナイフを持ってクレアを助けようとしても、彼女の二の舞になるのは目に見えている。彼もそのことを自覚している故に、打開することも出来ないままで矢を射続けるしかなかった。


 次第に抵抗する力が弱まってきたクレアは、失神する寸前に牢の中で誰かが何かを拾っているのを見たが、それを最後に視界が暗転し……


「ずぇああッ!」


 烈迫の気合が駆け巡って肉が切断される音が聞こえた。同時に首の締め付けが消え、彼女は自分の体が解放されるのを感じた。

 意識は飛ばなかった。膝をついたまま頭を振ってさらに意識をはっきりさせる。クレアは目を開けると、目の前には大鉈を持って肩で息をするジャック……寂 主水……がいた。後ろを見ると、頭頂部から股下まで真っ二つにされた三つ目の少年が倒れ、不浄な黄土の血液を辺り一面に飛び散らせている。


 ピクリとも動かない少年の死体は、死んだ身を三つ目にいじくり回された反動か、しわがれ醜く土色に変色していった。


「これ、し、死んだの?」


 倒した当人の主水は聞こえていたが何も返さない。見ているのは元はブルーノだった死体だけだった。もし、死んだ、そう自分の口で宣言すれば自分の中の何かが切れて元に戻らない。そう思った。


 黙ったままの主水の代わりに答えたのはマーシュで、近づいて真っ二つに別れている少年の死体を確認する。


「ああ、間違いなく死んだな。ジャックが大鉈で額の眼球ごと叩き斬ったからまず安心だろう。けど、完全に怪物になる直前だったぜアレは。あんな強いモンスターなんか当分会いたくねえ」


 それから口を動かしながらもマーシュは荷物を下ろして水筒を出し、クレアに飲ませる。クレアも一口飲むとむせたが、すぐに自分で水分補給できた。


「それにしても大丈夫かよジャックーーー」


 マーシュが振り向いて声をかけたが、その時の寂 主水は、耳に入ってはいるがよく聞いてはいない状態だった。

 そして今、主水が手に持っているのは頭目の大鉈ではなく薄刃の曲剣で、主水は膝をついて正座の姿勢になると、そのまま躊躇なく腹を切る。




 ……マーシュとクレアの叫び声は近いのに遠く聞こえる。腹部の痛みは意識を暗く染めていく。




 前世の妻はつ、息子の蔵之介、孫の鶴吉、そしてブルーノ。

 大切な人が浮かんでは消え、手にしては消えの繰り返しが続くこの世は俺にとっては無間の地獄。

 人間は、俺は、やすやすと往生できないたちらしい。



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