頭角表す者たち その2
大変長らくお待たせしました。
2話連続投稿の2話目です。
さて、9千騎を超える馬蹄は次第に山の先に広がる大平原へ駆け下りる。その地響きの中で若き出場者たちは、いつどこから来るか分からない攻撃にお互い警戒しながら前を見据えている。
まだ始まったばかりにも関わらず、およそ500人ほどがすでに脱落したが、本当に過酷なのはここからである。体力や気力が有り余っている今はともかく、今年の選考大会の第一次戦は、3ヶ月以上に渡って遥か東のモルト公爵領を目指すサバイバルレースだ。大会本部が設定した『任務』を遂行しながら、昼夜を問わず馬を走らせ、他の出場者や魔物と戦う日々が待ち受けているのだ。
そしてその第1日目に出場者に課せられた試練は、出場者たちが出た大平原で待ち構えていた。
「お、おい、あれってまさか……」
すでに大平原には出場者たちとは別の集団がいた。
およそ5千騎の集団は光り輝く銀甲冑を纏い、雄々しい戦鎗と剣を携えている。全員が背中に1本の旗を掲げ、その旗には帝国の紋章である獅子の頭が金糸で刺繍されている。
そう、言わずと知れた現役の帝国騎士団が整然と隊を編成して、大平原の中央を陣取っていたのだ。
あらかじめ出場者には、任務の内容や大会の要綱を記した書簡が配布されている。だがそれも一から十まで懇切丁寧に解説が入っている書簡ではない。
初めの任務は『帝国の旗を手に入れて次の拠点まで向かうこと』という文章だけだった。
そこで出場者は正規の騎士団を目の当たりにして、その文章の意味をようやく理解した。つまりこれは現役の騎士団から旗を奪い取るという試練だったのだ。
「全軍ーーッ! 進めぇえーーーッ!!」
なかなか進まない出場者たちを圧倒するように、騎士団長が命令を下した。その下知を受けて勇猛な歴戦の騎馬隊が、一斉に出場者たちへ突撃を開始した。
「くっ、来るぞっ!」「まだ、準備が!」
「うぉ、おおーーっ!!」「や…やるしかねぇえ!」
騎士団の突撃に出場者は武器を構える。こうなってしまったからには、抜き身の武器を使って斬り合うしかない。馬上のまま弓矢を引き絞る出場者もいれば、槍を構えながら手綱を握っている出場者もいる。
その時のラスクとルイーネは、一番乗りでありながら目立たない動きで騎士団の右側へ回りこんでいた。2人に焦りはなく、冷静に周りを見ながら話している。
「ふぅん、こういうことか。旗は是が非でも力づくで奪うしかないわけだ」
「さてラスク、手短に方針を説明するわ。ウダウダしていたら騎士団にぶつかるし」
「ああ」
「まずは奇襲しましょう。勝負は騎士団が大多数の出場者の固まっている所に突撃してから。乱戦になっているところで、出来るだけ強い騎士を一気に倒して旗を奪いましょう。旗さえとればさっさと先に進むことね」
「戦っている時に旗を地面に落とした場合は?」
「それは拾わない方が良いわ。落ちていた土まみれの旗を拾っても、それは正しい実力で手に入れたものではないと思われるし。上空にいる竜騎士がおそらく監視しているから、次の拠点に着いた途端に失格にされるでしょう」
「ならば倒し方は工夫しなければいけないな」
「そういうことね。さあ、行くわよ!」
ちょうどそこで騎士団と出場者たちがぶつかった。怒号と剣戟の炸裂音が辺りに広がり、血飛沫と矢弾が乱れ飛び交う戦場と化した。
騎士たちは一矢乱れぬ動きで突撃した後、思い思いに出場者たちに騎兵槍で襲いかかる。出場者たちも武器を振るい、中には魔術やクロスボウガンを撃っている者や、もはや恐れをなして逃げ惑う者もいる。
もちろん優劣をつければ騎士たちに分がある。数では出場者側は2倍ほどだが、1人1人の練度に大きな差があるのだ。限られた有力な出場者以外は、軽々と騎士に打ち倒されて転げ回っている。
『なんと恐ろしい光景でしょう! 大平原に待ち構えていた騎士団が出場者に総攻撃をしかけましたぁっ!!次々と出場者は騎士に倒されていきます! これほど一方的な蹂躙を私は見たことがありません!』
アーリマンと翼竜に乗る実況人マイクが、唾を飛ばしながら叫ぶ。大平原で繰り広げられている戦いの様子は、拡声する魔術によって主催者本部や帝都にも届けられ、特に民間人からは悲鳴のような声も上がる。
『これはもはや絶望的か?! このままでは全員打ち倒され……おぉーーっと!! 今、稲光が起こりました! 撃ったのは出場者のようです! 3、4人の騎士が容赦ない電撃を浴びて馬ごと倒れましたーーっ!』
実況人が雷魔術を撃った出場者を探そうとしたが、遠眼鏡で追う間も無く、その出場者は長剣を振りかざして騎士たちに襲いかかった。
烈火の如き勢いで戦うその出場者は、深紅の鎧で身を包み、馬も貫きそうな大弓を背負い、雷光のような金髪を後ろに撫でつけているアドルフ・ゲーグナーだ。前線に現れたアドルフが、手当たりしだいに騎士に斬りかかっては突撃を繰り返すので、他の出場者もアドルフに続いて反撃を開始した。
「どうした? こんなものか? そんな調子ではぬるすぎるぞ。戦場で怖じ気づいているくらいなら、さっさとその旗をこの俺に渡すんだな……!」
傲慢不遜なアドルフの言葉に、1人の騎士が集団から出てきた。騎士は問答無用にアドルフへ槍を突き出したが、アドルフも剣で防いで不敵に笑った。
「おい、一騎打ちをするんなら名乗れよ。倒されるのが恥ずかしいなら名乗らなくても良いが」
アドルフに挑発された騎士はおよそ30代前半の男で、体格は176㎝のアドルフと同程度の体格だ。その騎士は不愉快そうにアドルフを睨みつけて言い返す。
「小僧が……なめた態度でいられるのもここまでだ! そういうお前こそ、2度と騎士になれないよう徹底的に討ち果たしてやるぞ!」
騎士は槍をぐんと押し出してアドルフの剣を弾き、素早く薙ぎ払った。アドルフはまたも長剣で防ごうとしたが、槍を受けた剣にはヒビが入った。
「ふはははっ、俺の名はダーヴァル! 小僧っ! お前こそ俺の名をその身に刻み込め!!」
アドルフの剣がぼろぼろと崩れるのを見たダーヴァルは、槍をアドルフの胴に目掛けて突き出した。
だが、アドルフはそれでも侮蔑の表情をやめていない。アドルフが折れた剣を小さく突き出すと、その折れた先から一本の雷光が迸った。
雷光と騎兵槍が交錯する。線状の雷は騎士ダーヴァルの腹に突き刺さったが、ダーヴァルの槍は雷の余波を浴びて焦げ崩れ、アドルフの体には届かなかった。
「力任せの馬鹿が。自分が格上だから難なく勝てると思うのが滑稽だ」
嘲るアドルフはダーヴァルの体を貫いた雷で引き寄せ、背中の旗を奪い取ってから無造作にダーヴァルを投げ捨てた。
このアドルフの行為に周りにいた騎士が怒り狂った。仮にもダーヴァルは若手の騎士を率いる騎士であり、ダーヴァルに世話になっている者は多い。もはや選考大会とは関係なく、騎士たちはアドルフを討ち取ろうと本気で攻撃してきた。
「ふん、そう来るだろうと思ったよ」
襲い来る騎士たちを鼻で笑い、アドルフは一直線に馬を走らせた。騎士たちは何としてもアドルフを包囲しようとしたが、アドルフは目の前にいる騎士だけを魔術で打ち倒して突破した。
「捕まえろ! なんとしてでもあの見習いを捕らえるのだ!!」
「あの小僧だけは八つ裂きにしろ! 貴族のボンボンだろうと知ったことかっ!」
10数騎の騎士が逃げるアドルフを追うが、アドルフの愛馬ロッキー・バルカンは、正統騎士の馬と遜色ないほど上等な赤毛馬である。
練度の高い騎士ですら思うように差を縮めることができず、苦し紛れに弓を取って射ようとしても、矢は結局アドルフには届かない。
やがて騎士たちの馬が疲れて速度を落とした時、豪快な馬蹄を鳴らして、スターロン・マーセラスが右方向から突撃してきた。
アドルフを追いかけたせいで隊列が乱れたところに、出場者の中でも1、2を争う豪傑スターロンが現れたのだ。完全に人数で勝っている騎士たちですらスターロンの乱入で混乱に陥った。
「はっはーーっ! もうへばっているのか?! まったく情けない現役だぜ!」
高らかに叫びながらスターロンは暴れ続ける。スターロンの振り回す斧槍の柄に当たっただけでも、甲冑を着込んだ騎士の体が宙に飛ぶ。騎士たちも必死に応戦するが、スターロンは巧みに馬を操って立ち回り、騎士たちは決定的な攻撃を与えられない。
なす術なく血反吐を吐いた騎士が吹き飛ぶ様は、オーガ殺しスターロンの姿を見せつける。鬼神の如きその戦いぶりは、多くの現役騎士や出場者たちも恐怖を抱いた。
『なんと恐ろしいっ!! これが本当に16歳の若者の強さなのか?! スターロン・マーセラスの血濡れた槍が騎士たちを薙ぎ倒していきます! すでにスターロンの周りには20騎ほどの騎士たちが倒れ伏しているぞ!』
翼竜に乗って上空から実況するマイクは、遠眼鏡に穴が空くほど覗き込んで叫び続ける。竜の手綱を握っているアーリマンも、はるか下で繰り広げられる戦いを裸眼で捉えている。
他の竜騎士たちも出場者を監視する役目なのだが、戦場の中心で暴威を振るうスターロン・マーセラスの存在は、竜騎士たちすら監視の役を忘れるほど目を惹いた。
「よし次だっ! ……おお? また会ったな、お前」
気分上々に騎士と出場者を倒していたスターロンが、右を向いた直後にギラリと笑った。その先にはラスクがいて、彼女の周りにも人間や馬がいくらか倒れている。
スターロンの声を聞いたラスクも、スターロンの方に振り返って軽く目礼した。
「ああ、その節はどうも」
ついさっき戦ったはずなのに何気なく挨拶したラスクを見て、スターロンは笑いをこらえることが出来ず、戦場であることも忘れて腹を抱えた。
「ぶっ、ぶはははっ!あれだけ打ち合ったのに素っ気なさすぎるだろう!お前みたいな変わった奴は初めてだ!」
ひとしきり笑ったスターロンは槍を構え直し、ラスクに向かって突撃した。
「じゃあ……女! さっきの続きといこうか!」
叫んだスターロンが片腕で斧槍を振り下ろす。
ラスクは剣の腹で斧を受け止めたが、斧の刃が剣にわずかに食い込んだ。
「うぉおおおっ!! そらそらぁ!」
手応えありとスターロンは攻撃を仕掛ける。だがそれも束の間、攻撃の合間にラスクの魔馬がスターロンの馬に噛み付いた。
「くそっ! やはり間違いなく魔馬か!」
「うらぁぁあっ!!」
噛みつかれたスターロンの愛馬の首から血が吹き出す。スターロンが一瞬怯んだところに、ラスクが渾身の力で両手剣をなぎ払った。
鈍く重い衝突音が響いた。スターロンはラスクの剣を武器で防いだが、ラスクは重力すら無視して力づくでスターロンをかち上げる。
「ぬぉおっ?!」
人狼エイドスの影響が残る一撃に、鎧を着たスターロンの巨体が宙を舞った。宙に吹き飛ばされた彼の目はあり得ないと驚愕していた。
「くっ!」
なんとかスターロンは受け身をとって体勢を整えたが、あたりを見渡せば、ラスクはすでにその場から走り去っていた。さすがに今から追っても無駄だと悟り、スターロンは斧槍を持って馬に乗る。
驚きから覚めていないスターロンだったが、あれほど戦って楽しかった者はいないとはっきり理解した。自分とまともにぶつかり合える同世代の登場に、悔しさと嬉しさがごちゃ混ぜになったスターロンは、自然と馬上で空を仰いでいた。
「すげえ…すげえよ…あんな小さな体で、俺のことをぶっ飛ばしやがった……! 最高だ……あいつは絶対に俺が倒してやる!!」
スターロンの意気を感じたのか、彼の屈強な愛馬も怪我に負けずぶるぶると嘶いて走り出した。
その頃、竜騎士アーリマンは少しだけ退屈していた。彼の立場からすれば、ジャックとハルの動向に注目するのが当然で、いくら有力でも他の出場者は大して重要ではないのだ。
しかもアーリマンとハルには将軍ファローザから言い渡された使命があり、ジャックという予測不能な可能性を持つ少年も、この大会中は管理し続けなればならない。
「さて、あの2人も来る頃だろう」
アーリマンの呟きは後ろに乗る実況人に聞こえなかったが、噂をすればまさにその時とばかりに、異様な風切り音が平原に響き渡った。
その直後、山の木々が立て続けに倒れた。木々は雪崩のように大平原へ転げ、出場者や騎士も大急ぎで山から離れた。
「いったい何だ!? 木々が一斉に、斬れた…?」
「まさか、あの2人の仕業か?」
その場にいた人間たちは、山から駆け下りてくるジャックとハルを目撃した。得体の知れない新たな2人の存在に、騎士も出場者も警戒する。
「出場者とは違うやつらもいるな」
刀を握るジャックが隣のハルに声をかける。
「ああ、この国の現役騎士団だ! 全員が旗を背中に背負っているから、どうやらあの旗を奪えばいいらしい」
「ならば小難しく考えず斬り込むか」
「まあね! けど周りにも出場者がいるから、油断してると危ないよ」
「はっ、愚問だな。出遅れるなよっ!」
ジャックがさらに速度を上げて大平原へ駆け下りた。その勢いは近くにいた出場者をたじろがせ、ジャックの進路を止める者はいない。
ハルも無駄な体力を使わぬように、周りの出場者たちを無視してジャックに並走する。
「イブリッツだ! あのハル・イブリッツが来たぞぉーーっ!!」
「なに? ……本当だ! ついに現れたか!」
「あいつがイブリッツ家の……!」
1人の騎士がそう叫ぶと、それを聞いた全員がハルの方に身構え始めた。下馬評ではトップクラスの出場者が現れたことによる緊張もあるが、あわよくばハル・イブリッツを倒して名を上げようとする者が大勢いるのだ。
ただちに周りにいた出場者たちが、ハルとジャックのことを追い始めた。出場者と刃を交えていた騎士たちも、天才ハル・イブリッツに攻撃を仕掛けようと追走する。
『きっ、き、き……来ましたぁーーっ!! ハル・イブリッツです! 先頭集団には姿が無かった彼が、ここでキチッと現れました! かの天才イブリッツを倒そうと、すでに数十騎の騎士と出場者が追ってきているぞーっ!!』
後ろのマイクの実況を聞きつつ竜騎士アーリマンは戦いの様子を観ているが、アーリマンはこの展開に冷たい笑顔を浮かべていた。
「大勢で追い詰める、か。予想通りの展開だ……が、これで身の程知らずも減るだろう。せいぜい度肝ぬいてやれ」
今はジャックのすぐ後ろをハル、さらに後ろから騎士たちが追いかける。先頭の騎士たちが小型クロスボウを背中から取り出し、ハルとジャックの背に向けて狙いを定めた。
「よしっ、撃てーーッ!!」
合計5本の矢が2人へ襲いかかる。だがハルが鎗を背中で回転させて、見向きもせず全て弾いてしまう。
「はぁっ?!」「じょ、冗談だろう…?」
「難なく防ぐとは…!」「お、おい!2射目は?」
騎士たちが戸惑うのはもっともで、馬上では武器を操ることさえ困難なのに、今のハルは手首の力だけで鎗を振るった。射撃を虫を払うようにやり過ごしたのを見たせいで、出場者らも思わず背筋から冷たいものが流れた。
「ちぃっ、これならどうだ!」
1人の出場者が大急ぎで馬を走らせて迂回し、右方向からハルを弓矢で射ったが、ハルは体をよじって矢を避けつつ瞬時に自らの弓矢を引き絞って射った。
「ぐあぁっ!?」
魔力を帯びたハルの一矢が鎧ごと左肩を貫き、出場者は断末魔を上げて落馬した。ハルの反撃の矢はクロスボウと比べ物にならず、弾丸のごとき軌線を描いていた。
その倒れた出場者を横目に見て、誰もがいずれ自分もああなるのではという考えがよぎった。無闇に攻撃を仕掛けることを躊躇いながら、ジャックとハルを囲もうと馬を走らせることしかできない。
そして騎士と出場者はしばらく手をこまねいていたが、フルプレートメイルを着た3人の若い騎士がどんどんスピードを上げてハルに並んだ。
3人はハルの鎗が届かない距離を保ち、さらに馬の脚を速めてジャックに追いついた。3人は互いに示し合せるように頷く。どうやら刀しか持っていないジャックの方が、ハルよりも倒しやすいと踏んだのだろう。同時に3人がジャックを囲んで鎗を構えた。
狙ってきた騎士を見たジャックの瞳が密かに光る。騎士が鎗が突く直前に刀を2度振った。
「え?」
最もジャックから遠かった騎士ヴェルディが素っ頓狂な声を上げると、仲間2人の手首はとっくに斬り飛ばされていた。幻でも見ているのかと思ったウェルディだが、次の瞬間には2人の手首から勢いよく血が噴き出す。
「いぎゃああぁあっ!?」
「おっ、俺の手がぁぁ〜〜ッ!!」
騎士2人の持っていた鎗は手首ごと転がっていった。手首が無くなった騎士たちは、激痛と恐怖のせいでバランスを崩して落馬した。
ジャックは平気な顔で彼らの姿を見届けてから、ただ1人無事だったヴェルディに返り血を浴びた顔で振り向いた。
「ひ、ひぃっ……!」
「まだ来るか?」
それだけ言ってジャックは前に向き直り、刀についた血を払った。萎縮したヴェルディは追うのをやめて、遠くなるジャックとハルの背中を呆然と見ることしかできなかった。
「なんなんだ…あいつら……」
自然と漏れたヴェルディの言葉には、ジャックとハル・イブリッツに対する膨大な実力差を感じ取った畏怖が込められていた。他の騎士や出場者はいまだにジャックたちを追っていくが、あの強力なコンビをどうにかするなど、今のヴェルディには無謀に思えた。
『これは面白い展開だぁっ! 現れたハル・イブリッツは1人の仲間を連れている! 番号を確認しますとジャックという少年のようです! まさか天才ハル・イブリッツが味方を作っているとは予想外でしたっ!!』
追われるジャックたちと追う騎士たち。両者の馬の速度に差はないので距離は縮まらないが、今度はジャックとハルがこの状況に痺れを切らした。
「あやつら、なおも追って来るぞ」
背後の集団を見てジャックが忌々しげに吐き捨てた。
ハルも小さくため息をついて応えた。
「仕方ないさ。彼らもできるだけ早い段階で有力候補を潰して、これからのレースを有利に進めたいはずだ」
「そうか。それにしても現役の騎士もお前1人を集団で狙うとはな。よほどお前は警戒されているか、嫌われているかのどちらかだな」
「残念ながらどっちもだね。騎士にはプライドの高くて若い芽を摘みたがる人も多いし、数年前から僕は警戒されていたから…」
そして2人は次第に何も言わなくなると、お互いに小さく頷いた。そして突然にジャックとハルは馬首を返して、追って来る集団へ逆行した。
これには流石の騎士たちも目を見開いた。無謀と思える特攻にしめたと嬉しがれば良いのか、またはその暴挙を行える勇気に恐れた方が良いのか、追走していた全員が少なからず困惑する。
「ラチがあかぬわ…!早々にやつらから旗を奪って終わらせてやろう」
「同感だ。僕たちが逃げてばかりいると思ったら大間違いだ……行くぞっ!」
たった2人だけの突撃に実況者マイク・マクマホンの興奮は頂点に達した。
『なにぃ〜〜〜っ!? 今! 今! 今からっ! ジャックとハル・イブリッツが追ってきた集団に突っこむつもりだ!! 2人を追う騎士と出場者は50人以上! このような光景が現実にあっていいのかぁ〜〜っ!』
アーリマンの操る翼竜から墜落しそうになるほど、マイクは身を乗り出して唾を飛ばして叫び続ける。マイクが目を輝かせて実況している間にも、ジャックたちと集団の距離はみるみる縮まっていく。
「悪いが先手を取らせてもらうぞ……空刃ぁッ!」
抜き身の刀をジャックが薙ぎ払い、刀身から風の刃が放たれて先頭集団を斬り裂いていく。出鼻くじく先制攻撃に集団の足並みが乱れ、そこへすかさずジャックとハルが突っ込んだ。
突撃したジャックとハルは全力で刀を振るい、鎗を突き出し、360度全ての視界に映るライバルたちを次々とねじ伏せていく。
囲もうとする者たちを薙ぎ倒し、後ろから斬りかかる者をいなし、飛び道具を弾きながら手近な人間を斬りつける。人数差で押し潰そうとしても、小細工を弄しても、2人に傷をつけることすら出来ない。
「まだまだぁーーッ!」
「そりゃあ! せいっ!」
猛るジャックの刀は鎧ごと敵の四肢を斬り裂き、ハルの長鎗は寸分の狂いなく鎧兜の隙間を刺し貫く。それから数分後には、2人の攻撃が届く範囲に人はいなくなっていた。
『圧倒的ッ! まさに圧倒的な強さです! ハル・イブリッツはもちろん、ジャックという若者も強い! 2人は出場者と騎士を右に左に薙ぎ倒し、近づく者は例外なく斬り捨てています! 誰も彼らを傷をつけることが出来ていません! この2人こそ、まさに二騎当千の最強コンビだぁーーッ!!』
そしてその頃には奇妙な沈黙が流れ始めていた。円形に集まる出場者と騎士と、円の中央にいるジャックとハルは、どちらも攻撃をやめて膠着状態に入っている。
2人の周りには倒された騎士と出場者が大勢いる。死者はいないようだが、全員が重傷を負って戦闘不能となっている。
ジャックとハルの実力を目の当たりにした者たちは、もうこれ以上まともに勝負する気などない。
ハル・イブリッツの俊才ぶりは前々からの評判があったが、ジャックという新参者も恐ろしく腕が立つことが分かった。むしろ殺気という面ではジャックの方が鋭く、あの冷たい双眸に睨まれた者はそれだけで戦意を挫かれる始末だ。
相手がいつまでも向かってこないので、ハルがジャックに振り向いた。
「どうする? 一応は旗も奪えたことだし先に進むかい?」
訊かれたジャックは周囲の者たちを油断なく注視していたが、ふうと一息ついて頷いた。
「そうだな……ここに長居する意味もない。急ぐか」
そう言ってジャックが刀を納め、ハルは周囲を取り囲む者たちを一瞥してから馬を東へ走らせた。もちろん東側にいた出場者や騎士に2人を妨害する勇気は無く、2人が走り出すと慌てて道を空けていく。
ジャックとハルは騎士から奪った旗を掲げながら走った。大平原での戦いは佳境に入り、力のない出場者は騎士に打ち倒され、力ある出場者はとうに騎士から旗を奪って大平原を去ろうと馬を駆る。
「そろそろ潮時だね」
辺りの様子を見ながらハルは言った。彼の言う通り周りでは散発的な戦いが起こっているだけで、大規模な集団どうしがぶつかり合う光景は見られない。
このような戦闘は人数も人数なだけに、状況は目まぐるしく変わっていく。より強い者、もしくはより狡猾な者が生き残って次へ進み、運も実力も無かった者は即座に脱落している。
「ハル、この大平原を抜けた後の順路はどうする?」
「山あいの道を通ってこの先にある村や町で1泊するか、もしくは山を強行突破して進行を早めるか……他の出場者も大体この2つのどちらかだね」
「お前ならどうする?」
「僕は直近の村で休む方が良いと思う。ここで無理して距離を稼いでも大したリードにはならないし、馬の足と体力をしっかりと考えて進むべきだ」
「まだ焦る場所ではないということか。確かにこのような長丁場の戦いに焦りは禁物だな」
今後の方針が固まってきた2人は、大平原を抜ける山と山の間の道を目指す。肉眼ではあと2キロ先といったところだ。
わずかに前を走るジャックが、前方を指差して後ろのハルに訊く。
「で、あの道で良いのだろう?」
「うん、あの道だ。直近と言っても村に到着するのは夕方の頃かな」
「それなりに遠いな。だったら昼飯は無理でも夕飯にはありつけ……ッ!? 伏せろぉ!!」
ジャックの叫びにハルはすぐに反応して屈んだ。
その直後、砲弾のような1発の炎がハルの旗に着弾して旗は燃えてしまった。ハルとジャックには飛んで来ていないので、今の攻撃は明らかにハルの持つ旗を燃やすための攻撃だ。
「ちぃ! 後ろのやつらか?!」
予期せぬ妨害に舌打ちしたジャックが後方に目を凝らすが、誰もが自分に精一杯な様子で敵と戦い、こちらに炎の球を撃ってきそうな怪しい者は見当たらない。
「落ち着いて! こうなってしまったからには別の旗を狙うしかない」
警戒を強めるジャックとは別に、当の狙われたハルは冷静に旗を捨てて前を見据えてそう言った。
「しかし、もう旗を持っている騎士はほとんどいないぞ? 平原の中心に引き返して残る騎士を狙うか?」
「いや、それには及ばないよ」
首を横に振ったハルが左前方にある丘を指差す。丘には平原の中心の様子を見ている1人の騎士がいた。
その騎士の出で立ちは明らかに他の騎士たちとは別物だ。宝玉の埋め込まれた大盾を持ち、普通なら両手で扱うバスタードソードを右手で持っている。極めつけには雄々しい獅子の頭を模した黄金の兜を被り、ひときわ大きい帝国の旗を背中にかけている。
ハルの指差した先を見たジャックが訊いた。
「まさか騎士団の総大将か?」
ニヤリと笑ったハルが力強く肯定する。
「その通り。あの人は帝国第5騎士団の団長、名はウォーレン・レックフリード……人々からは蒼炎のレックフリード卿と呼ばれている騎士団長だ」
「あの男から旗を奪うのか」
「もちろんそのつもりだ。というか、1番近くにいる騎士は彼だけだ。時間もそんなにあるわけではないし、彼と勝負して勝つしか道は無いんだよ」
「分かった。ならば……」
小さく頷いたジャックが刀を抜こうとすると、ハルが手でそれを制した。さらにハルはウンディーネの速度をどんどん上げていく。
「ハルッ! お前1人で戦う気か?」
「戦っている途中にまた旗を攻撃されたら終わりだ! けど君の『水牙』なら炎が飛んできても撃ち墜とせるはずだ。レックフリード卿は僕が倒す!」
そして鎗と全身に魔力を纏ったハルは丘を駆け上る。レックフリード卿はハルとジャックに気づくと、不敵な笑みを浮かべて蒼い炎を剣から噴出させ、悠々とハルに向き直った。




