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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
ディーセント帝国・騎士団編
87/105

帝国騎士選考大会、開幕

連続投稿の5話目です!

ひとまずここまでの投稿ですが、また地道に書き続けていきます。

『目覚めぬ者に光なし

 立ち上がらぬものに勝利なし

 進み歩まぬ者に栄えなし

 昇り続けぬ者に頂きなし』


 この言葉はディーセント帝国の国歌の一節である。

 かつて大陸東部の辺境領主たちの争いを制したのは、大陸最大の版図を築いた初代皇帝ジェドラクロノスである。病に臥せった皇帝は死の間際にこの言葉を残したが、これはただ人を鼓舞するためのものではない。


 皇帝の本名は「レオナルド・ヴァン・ジェドラン」


 彼は低体重で生まれ、虚弱で、脳も四肢も臓器の機能も全てが未熟な少年だった。さらには重篤な感染症を運ぶ多節昆虫に咬まれたことで、5歳の時に熱病に罹った。それ以来、視力と聴力が高度に障害されて言語障害も併発した。

 家族によって田舎の屋敷に送られたレオナルドは、そこで静かに死を待つだけだった。


 10年後、大陸の東の覇権を巡る戦争に1人の将が現れた。その男は若かったが小柄で萎びた体をしていて、盲目で、聾唖(ろうあ)で、口もきけなかった。

 だが彼は三重苦をものともせず、兵を率いて大軍を指揮し、時には敵兵や魔物も苛烈に切り捨てる武を持っていた。

 にわかには信じられず、奇跡としか言いようのない復活を遂げた男の名はレオナルドといった。


 建国の英雄となった彼の死の間際の言葉が、今もなお多くの人々の心を奮い立たせるのは、歴史の勝者だからということではない。

 三重苦を経て乗り越えた男だったゆえに、この言葉には大きな説得力が生まれる。生まれながらの苦難を跳ね返した彼が、死の間際に指で紙に書き記したこの言葉こそ、真の強者の生き方なのだと人々は評する。


 そして、時代が移ろっても志同じくする者はいる。


 ディーセント帝国騎士選考大会、当日。

 昇りゆく朝日が城壁に光を浴びせ、扇状に広がる帝都を端から照らし始めた。城壁の上に人々が押し寄せ、まだ壁の影になっている地域にも人が集まっている。

 東城門の上には大会を主催する国家の重鎮が並び、中央の台座には帝国三将の1人、シャルロット・テスカトリ・モルト将軍が長い脚を組んで座っている。

 彼女こそ初代皇帝の志を第一に考え、そのために選考大会のシステムを一新した人間である。

 正装の儀礼甲冑を身に纏い、魔力を帯びた宝剣を佩き、ゼブラブロンドの髪を乱れなく束ねている。城や王宮で官僚たちに見せる威圧的な雰囲気は出さず、今の彼女は誰もを魅了する優雅な女騎士の姿だ。


 彼女を取り巻く重鎮が城門の外側に目を向けると、その眼下の平原には、総勢1万騎を越える出場者たちがいっぱいに並んでいる。大会の開催を見物しようと金をはたいて城壁に登った国民にとっても、出場する若き戦士たちが勢揃いする光景は圧巻の一言だ。

 昇り始めた朝日を受ける戦士たちの甲冑や剣は、爛々と眩しく光り輝き、目に見えない濃密な闘気がこの一帯を支配している。


 城壁の上に立つ人々は興奮冷めやらぬ様子で、しきりに声援を送ったり騒いだりしている。

 その群衆の中では、やはり出場者のことについて話題に上がり、もっとも活躍するのは誰か? 正統騎士になるのは誰か?と皆は言い合っている。辺りを埋め尽くすのは市民だけなので、騎士や衛兵に気にせず言い合えるのだ。


「やっぱり、有力といったら第2士官学校の見習い騎士だろうよ。将軍のオルセウス・ヴァルサックス様の一族が出身なだけあって、ほぼ全員が粒揃いだ!」


 ボサボサの髪を帽子で隠している中年男が、選考大会についての情報誌を振り回しながら叫ぶ。


「確かに! あそこの見習い騎士たちは精悍で優秀だ。年に何度も魔物の集団討伐にも参加しているから、実戦経験だってあるしな」


 隣にいた若い男も中年男に同調したが、後ろにいた冒険者風の2人組が会話に割って入った。


「いいや、何も帝都の見習い騎士だけじゃないぞ。地方の見習い騎士だって侮れない」


「ああ、そうさ。西のファルス王国との国境沿いの領地でも、有望な見習い騎士たちが育っている。それに北東の辺境地帯から、あの『青銅騎士団』の若手が出るっていうじゃないか」


 片方の冒険者が『青銅騎士団』という単語を出すと、周りにいる群衆の何人かが、自分が露店で買った情報誌を開きだした。


「青銅騎士団、出身の……ああ、こいつか!」


「そうだそうだ! スターロン・マーセラス……あの『オーガ殺し』のスターロンだ!」


 しだいに人々は青銅騎士について騒ぎだしたが、それは無理もないことだ。エルシド青年が率いる青銅騎士団は、団員すべてが屈強な騎士たちであり、若手の星と呼ばれるスターロン少年がオーガを1人で討伐した勇名は、帝都にまで轟いている。


「へへえ! 辺境で鍛えられた騎士、しかもそれがあのスターロンとなれば、今年の選考大会の目玉になるんじゃねえか?」


 中年男が情報誌を広げながら笑ったが、今度はペンキで汚れた作業着を着ている女性が異論を挟んだ。


「あんたも短気な男だね! 帝都には第1士官学校にあの天才少年がいたじゃないか!」


 女性の言葉に男は一瞬ピンとこなかった様子だが、他の若い女性が生き生きと答えた。


「そうよ! ハル・イブリッツ様なら正統騎士は間違いないわっ!」


 ハルの名前が出た途端、その場にいた女性たちが一気に色めきだった。男性たちは女性たちの息がぴったりだったことに驚いたが、あの冒険者の2人組もハル・イブリッツの評判は知っていたようだ。


「ハル・イブリッツ……古くから続く騎士家系の跡継ぎだな。幼い頃から武芸百般に通じた俊才と聞いている」


「第1士官学校は落ち目という評判だが、ハル・イブリッツがいるのなら、まんざら捨てたものではあるまい。評判通りの力と才能なら正統騎士の最有力候補だろう、が……」


 そして冒険者は口を閉じて、城門の真上に陣取っている主催者たちの方を見た。そこにいるのは大勢の衛兵に警護された国の重鎮たちだが、2人組の冒険者の視線の先は女将軍シャルロットだった。


「はっきり言って、そんな下馬評なんて無意味だな」


 この春の陽射しの中で、冒険者風の2人組はローブを羽織っている。気温にしては少々暑すぎる服装だが、2人組は無駄に人目を惹かないために着ている。


「まったくだ。もっとも台風の目となるのは、あの女将軍の甥っ子だろう……そもそもあんな存在が、同世代の見習い騎士たちと今年争うなんてバカげている」


「……俺たちはあの女将軍を知っている。だからこそ言い切れる。モルト家の埋もれてしまったあの跡継ぎこそ、紛れもなく天才で、疑いなく怪物で、正真正銘の最右翼だろうよ」


 そして2人は首から下に広がっている大火傷の疼きと痛みを感じながら、遠い目で空を見上げていた。


 丁度その時、主催者陣営に動きがあった。


 将軍シャルロット・モルトのそばに立つ騎士が、帝都の方を向いて密かに合図を送った。そしてシャルロットは薄く笑みを浮かべ、勢いよく立ち上がった。


 女将軍は前に進み、出場者たちを見下ろすことができる位置に立つと、風の魔術式を空中に描いて発動させ、特殊な魔力球を顔の前に生み出した。


『出場者たちよ』


 その瞬間、静かなシャルロットの声が帝都中に広がった。魔力を介した声は数百倍に増幅されて風に乗り、出場者はもちろん国民一人一人の耳に届いた。喧騒が静まり、帝都中の人間ほぼ全てが彼女の言葉を聴いている。


『私が今回この大会を主催する、シャルロット・テスカトリ・モルトだ。この度は我が帝国にとって契機となるめでたい行事だが、諸君にとっては命がけの戦いの始まりに過ぎない。これから3ヶ月に渡って命を賭した勝負が続くのだ』


 城門の上に立って演説する彼女のマントと髪が、春風に吹かれてはためく。悠然とした女将軍の姿を出場者と国民が注目している。


『この国に生きる者は知っているはずだ。国とは何か、皇帝とは何か、そして騎士とは何か……生まれ持った三重苦の苦しみに打ち勝ち、苦難の果てに建国した初代皇帝が伝えたかったことは、諸君らはすでに心得ているだろう』


 将軍シャルロットの声以外に聞こえるものはない。

 誰もが息を鎮め、声を上げず、彼女の言葉を遮らない。鳥の鳴き声すらも響かず、静寂の中で凛とした女将軍がさらに言葉を紡ぐ。


『この国の力は騎士の力だ。国を守る盾と矛そしてその栄誉は、騎士を志した諸君にこそふさわしい』


 細く強い糸がピンと貼ったように、その場の空気が張り詰めていくが、それとともに高揚とした気運が高まっていく。

 出場者の中にはすでに心が戦闘態勢になっている者もいる。剣の柄に手を掛け、馬の手綱を握る力を強め、遥か高みに立つ女将軍の姿を、一度も瞬きせず見つめているのだ。


 シャルロットはそこで一息つき、穏やかに、語りかけるような口調でこう続けた。


『我が帝国を守ろうとする騎士は、どんな者でも私にとっては大切な仲間だ。ただの1人も私は遠ざけることはない。これまでも、これからもそのつもりだ』


 この言葉に出場者や国民はもちろん、彼女を取り巻く国の重鎮たちも少なからず驚いた。皇帝の側近とも言える立場の将軍に、あまつさえただの見習い騎士でしかない出場者たちが、仲間と呼ばれることは異例中の異例だ。

 今まで静寂を守っていた者たちがわずかにざわつきだしたが、シャルロットは手をかざして制すると、再び静寂が広がる。


『ーーーそう、この国の未来と平穏そして進歩を守るのは、これより新しき騎士たちに委ねられるからだ。必ず勝ち取るがいいッ! 諸君の人生と運命を決定づける戦いが、今ッ! 始まるのだ!!』


 シャルロットが締めくくると、聴衆と出場者たちから歓声が上がる。同時に帝都側から花火が何発も上がり、街中で待機していた竜騎士が一斉に空へ舞い上がった。


『銅鑼を打ち鳴らせッ!! 開戦だ!!』


 女将軍の指示が飛ぶと、城門に吊り下げられた銅鑼を金棒を抱えた騎士が盛大に打つ。まさに熱気は一気に最高潮を迎え、帝国騎士選考大会の火蓋は切られた。



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