エイドスvsジャック その2
街壁沿いの通り、都市の北西部の地点ではただならぬ緊張感が支配している。
ついにエイドスとジャックが再び邂逅した。
街壁の上で、風にあおられないように中腰でいるラスクは、その対峙を固唾を飲んで見守る。
『あの人狼が、エイドス・セイルズ……この都市を魔物だらけにした張本人』
すべての元凶を厳しい目で見るラスクは、小一時間ほど前にエイドスの『指』で腹を貫かれている。
結果的に、幸運にも『指』がエイドスの手元に戻って助かったが、やはりエイドスが気の抜けない危険人物であることは確かだ。
『ジャックが言うには、あのエイドスってやつはしぶとくて、かなり知恵が回るらしいけど……』
ラスクは眼下にいるエイドスの手に焦点を当てつつ、自分の体内にあった指の感触をもう一度思い出す。
そうすると、エイドスの『指』がどこにあって、どのように使用されているのか、手に取るようにラスクは察知できた。
『よし!……今の僕にかかれば、エイドスの能力の情報は筒抜けだ。………えっと………指はヤツの体内に9本、か。9本分の指がヤツ自身の身体能力を底上げしてるのか…………待てよ、じゃあ残り1本はどこに?』
ラスクは意識を集中させたまま、辺りを見渡す。あまり派手な行動をとると、エイドスがこちらを狙いかねないので、目立たない程度に四方を目で探す。
『やっぱり無い。この近辺にも、残り1本の指は無い。……まさか、ホンバットさんとの戦いで損傷したとか?』
ラスクがエイドスの能力について思考を働かせている時、エイドスは壁上のラスクを一瞥してから構えを解き、ジャックに話しかけた。
「またまた俺の前に現れるとは……てっきり死んでいたと思ってたんだがな、ジャック」
この時のエイドスの態度や声色は、ホンバットやマーシュ、他の冒険者に対する軽調なものではなかった。
目の前数メートルで刀を構えるジャックに、心底悪意を抱いているようで、露骨に冷え切った声だった。
「で、お前はまた俺を殺そうとするのか?森で戦った時のように」
「ほざくな。しぶとく生き残って人々を苦しめている亡者が何を言う………今度は間違いなく奈落へ落とす。覚悟しろ」
「そいつは結構!目標は言うだけならタダさ……例え達成できなくても、な」
エイドスの挑発に若干、眉を上げたジャックだったが、特にそれ以上言い返すことはしなかった。
ジャックは構えを崩さず、横目でちらりとサラを見た。うつ伏せに倒れているサラは鼻から血を流し、一見気を失っている。
「サラ殿!起きてください!」
ジャックが声を張り上げると、サラは呻き声を上げてから、ふらふらと膝をついて立ち上がる。
意識を取り戻したサラは、剣とナイフを拾ってエイドスを睨みつけた。
『ほう、意外にもタフな女だな。脳を揺るがす手応えはあった筈だがな』
立ち上がった途端に有り余る戦意で睨みつけるサラを、エイドスは興味深そうに鼻を鳴らした。
ジャックはサラの状態を見て、満足に戦える状態ではないと考えた。
「サラ殿、あなたはダリア先生を助けてください………あそこの門の前に倒れている……」
いつエイドスが仕掛けるか分からぬゆえに、ジャックは刀の切っ先をエイドスへ向けたまま、顎で後方の門を示す。
年下の冒険者の指図に、幾分の違和感を感じたサラだが、素早く辺りの状況を確認して指示に従うのが妥当だと判断した。
向こうで片腕から大量の血を流して倒れているダリアを、まっとうに処置できるのはサラしかいない。
それに、肝心のエイドスは年若いジャックが一歩も引かず相対して釘づけにしている。ジャックに加勢するよりは、ダリアを一刻も早く助けたほうが賢明だろう。
「ええ、分かったわ……あなたも死なないことね。マーシュとクレアに、私が合わせる顔がなくなるわ」
空元気だが、軽口を叩いてからサラは北門へ走り出した。エイドスは遠くなるサラの背を見ていたが、別段なにかを仕掛けることはなかった。
それよりもエイドスは、ダリアのことを先生と呼んだジャックに少し驚いていた。それからニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「ほぉ〜〜う……ジャック、お前に魔法を教えたのはあの女魔術師だったのか。中々手強い魔術師だったぞ。……もはや死んでいるだろうがな」
そこでジャックの表情が消えた。
元より無表情だったが、さらに感情が欠落したようだった。ジャックが棄てたのは怒りなのか悲しみなのか、ラスクには察せなかったが、これから何かが起きる……とだけは予感できた。
ジャックが柄に右手をそっと掛けた。重心を軽く落とし、右足を前に出す。
目線は、ピタリとエイドスに当てている。
『……あの跳躍が来るか?』
攻撃の予兆と察したエイドスは、ジャックと自分の間に落ちていた右腕を、『指』の力で引き寄せる。
右腕は地面をイモムシのように這って、 エイドスの方に戻り、ふわりと浮いて右肘の切り口にくっ付いた。その間もジャックは仕掛けず、じっとしていた。
『なんだ、来ないのか。わざわざ俺の右腕が元通りになるまで待つなんてらしくないな』
予想に反してジャックが、あの跳躍で掛かってこなかったために、エイドスは訝しむ。
しかし、相手が飛びかかってこなかったのは幸いと考え、右手を2、3度握ってしっかり感触を確かめた。
エイドスがようやく両手で構える。ジャックが超スピードの跳躍で間合いを詰めたとしても、真っ向から迎え討てるように、エイドスは満身の力を両腕に集中させた。
『さあ来るか?』
エイドスの準備が全て整うと、ジャックは悟られないように鯉口を切った。
「ーーーーしばッ!!」
ジャックが刀を抜き払う。
エイドスは『居合抜き』という技を一瞬理解できなかった。
『ばかな、そこから抜いただと?!』
その一瞬が命取りだった。
ジャックの刀から放たれた風の魔力が、ひとつの刃となってエイドスの両腕を斬り飛ばした。
「がふぅッ!」
さらに風の刃はエイドスの胸を深々と抉って、エイドスは口から血を吐いた。やっと風が霧散したと思ったら、ジャックがすでに目の前まで迫っていた。
「きっ貴様ァァアーーッ!」
両腕を失ったエイドスが蹴りを繰り出すが、ジャックはそれを受け流して一気に懐へ入る。
「うぉおおっ!」
人狼エイドスのみぞおちに、吼えたジャックが刀を突き刺した。ぶわっと溢れた大量の血が刀から柄へ伝って、ジャックの手はエイドスの血で真っ赤に染まる。
両腕からも血が滝のように流れ、エイドスは危うく失神しかけるが、歯をくいしばって意識を手放さなかった。
「ぎぐうぅ………ハァ〜ッ……ハァ〜ッ……っこ、の……!」
歯をギリギリと食いしばって、なんとか刀を折ろうとエイドスは刃に手をかけるが、ジャックがそれを許すわけがない。
エイドスの臓腑をできるだけ痛めつけるように、刃に力を入れて出血を促す。
「……このまま……心の臓を、切り裂いてやる……エイ、ドスッ!!」
「な、ナメるなよ……ッ!こんなもの刺しただけで……俺を仕留められると、思うなァッ!」
激昂したエイドスは体内にあった『指』を総動員させて、胴体の筋力を増強させた。
反撃に来ることに気づいたジャックは、突き刺した刀を抜こうとしたが、筋肉が食い込んで抜けなかった。
「ウガァアーーァッ!!」
自分から前に出たことで、さらにエイドスに刀が根元まで刺さっていく。
しかしエイドス自身はそれを意に介さず、巨大な口をガパリと開けて、ジャックの首に噛み付いてきた。
ジャックは咄嗟に首を横に倒したが、右肩を噛まれた。顔が苦痛に歪み、肉がぶちぶちと千切れる音を聞いた。
「ぬっ?!……いぎ、があっ……」
尋常の狼の咬合力をはるかに上回るエイドスに、肩口を本気で喰いつかれ、さすがのジャックも激痛で卒倒しそうになる。
それでもジャックは意識を失わなかった。エイドスの牙は、ジャックの肩肉の奥深くを抉り、口元はみるみる血で染まる。
「フ〜〜ッ!フフゥ〜〜ッ!!」
鼻で息を吐くエイドスの顔は、凶悪な笑みに変わっている。ホンバットを含める他の冒険者たち見せた、自らの勝利と蹂躙を確信したあの喜悦の表情だ。
ジャックは必死にもがくが、エイドスもここ一番の力を込めて肩に喰らいついている。
どちらとも知れない血で塗れた両者は、膠着した取っ組み合いのようになって、右に左に動いては血が流れる。
『こっ、このままじゃまずい!ジャックが死んでしまう!』
壁上のラスクは何か出来ることは無いのか、と狼狽していた。
ラスクがジャックに任されたのは、エイドスの指の『行動』を知らせることだけであり、その他の助太刀は考えてなかった。
右往左往していたラスクは、今のジャックとエイドスの位置関係を見て、あることを思いついた。
『エイドスの背中が……こっちを向いてる』
暴れ、もがきあっていた両者は、今では先ほどの立ち位置とは変わっている。
壁上にいるラスクに、エイドスが背中を向けていて、ジャックの体は長身なエイドスの体に隠れている。
何もせずにいるよりは、と決意したラスクは足元にあったレンガを拾った。
『大丈夫、今の位置ならジャックは安全だ……くらえっ!』
悟られて避けられてはまずいと考え、ラスクは無言で力いっぱいレンガを投げつけた。
レンガは猛烈な速度で落下し、下にいるエイドスへ飛んでいく。グルグルと回転しながら、見事にエイドスの後頭部へ直撃して砕けた。
「はガッ?!」
予期せぬ不意打ちに、エイドスの咬む力が緩んだ。この好機にジャックは、無我夢中で魔力を刀と両脚に流した。
相撲取りのごとく、ジャックはエイドスを前に押し出す。刀の機能に秘められた爆発的な跳躍力を利用され、一回り大きいエイドスが踏ん張りきれない。
刺さった刀はギリギリ抜けず、2人とも水堀に飛び出した。
ゴォォンッ!
壁に背を向けていたエイドスが、そのまま押し飛ばされたため、ダメ押しとばかりに後頭部が壁に激突した。
幸いにも刀は折れず、逆に壁で押されて抜けた。そしてジャックとエイドスは、雨で激流となっている水堀に落下した。
両腕を失っているエイドスが、真っ先に流されるかと思いきや、エイドスはまたもや『指』を使って水中で留まった。
息を止めて水底にしっかり脚をつけて、さらには道路に転がっている自分の両腕を引き寄せる。両腕は水堀に落ちて、エイドスは水中でそれを『指』で取り戻した。
一方でジャックはその激流に流されていく。唯一、刀は手放さなかったが、少年の体躯では力づくで流れに逆らうことも出来ない。
「は、ハハ……フハハハハッ! ついに終わったなァーーッ! お前の負けだ! そして死ねッ! そのまま地獄の底まで沈んでしまえェーーーッ!!」
なす術なく激流に飲み込まれていったジャックに向かって、ここぞとばかりにエイドスが罵倒する。
両腕が元通りになったエイドスは、貫手で壁に穴を開けて、そこに手を引っ掛けて流れの中で留まっている。
エイドス自身も、このような決着と痛手を負ったことは想定外だった。
しかし、目の上のタンコブであった難敵ジャックを倒せたことが、ある意味最上の収穫だと満足することにした。
壁の上で一部始終を見ていたラスクは、ジャックを救助しに行くか、それともエイドスを逃さぬように立ち回るべきか迷った。
こうしている間もジャックは流されている。
どこまで流されていくのか?溺れてしまうのか?自分が助けに行かねばならないのでは?
考えあぐねているラスクに、壁下のエイドスが声を張り上げた。
「次はお前だ……すぐにあいつと同じところまで送ってやる。お前を殺して壁を乗り越え、俺は絶対に生き延びる!」




