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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
都市ロメオ編
49/105

ハイブリッドの暴狼エイドス

 「……決まった!!」


 街を東と西に両断する大通りの遥か北側で、魔術師ダリアは拳を握った。風の魔術を真骨頂とする彼女は、この暴風雨の中でもホンバットの咆哮と見事な一撃を聞き分け、勝利を確信したのだ。


 彼女はジャックと別れた後、始めは真っ直ぐギルドを目指した。しかし、エイドスの能力と戦力が(あなど)(がた)しと判断すると、自分にとって『追い風』となる大通りの北端へ飛び、風魔術を遠隔操作してホンバットを援護する戦法をとった。


 案の定、風吹き荒れるこの辺り一帯はダリアの独壇場になった。

 すでに彼女の感覚は暴風を味方につけ、ギルド前の範囲内ならば八方から自在に風の刃を発射可能になっている。



 まさに王手。

 ダリアがそう思った矢先、彼女は自分へ向かって猛スピードでやって来る殺気を感じ取った。間違いなく、エイドスのものに他ならかった。





 〜およそ8秒前〜




 「ルガァアアッ!!」


 ホンバットの渾身の一振りがエイドスの胴体を襲い、胴体のほとんどがバッサリと別れた。エイドスの下半身は後ろに倒れていき、上半身は雪片(せっぺん)のごとくフワリと地面に落下していく。


 「よ、よっしゃああ!」


 女剣士の喉を手当てしていた2人の冒険者が、揃って快哉(かいさい)の叫びを上げた。

 エイドスが倒れると同時に、エイドスの手先になっていた冒険者たちが、突然糸の切れた人形のごとく倒れた。


 一瞬驚いた一同だが、元凶を仕留めたことによるものだろうと考え、どっと力が抜けた。


 「フウゥゥ……」


 息を吐いてホンバットは薙ぎ斬った体勢を起こしたが、エイドスの体の断面を見て剣を構え直した。


 『確実な手応えだった。ならばなぜ、こんなに切り口が(あら)いんだ?』


 不自然に気づいて警戒を強めたホンバットだが、そんな彼でさえも、手先となった冒険者たちが無力化した本当の意味を理解できなかった。


 キキイイィィ……キィンッ


 またもや、ギルド前周辺にはあの不協和音が響いた。今度は音も小さく短かく、その出どころはエイドスの方からだった。


 「まさか、まだこいつッ」


 ホンバットが倒れているエイドスに剣を振り下ろすと、エイドスの上半身の断面から、赤黒い触手が3本飛び出した。

 触手は鞭のようにしなってホンバットの手首や肘を打ち、わずかに剣速を遅らせて軌道をズラした。剣はエイドスの横の地面に突き刺さる。


 ウオォォォォォン!!


 仰向けに倒れていたエイドスの目がカッと見開かれ、雄叫びとともに完全な狼へと姿が変わる。

 上半身の断面から胸に仕込んだ『第3の眼球』の触手が伸びて、下半身を繫いで一気に癒合(ゆごう)し、続いて下半身も狼へ変貌した。


 ガウォンッ


 群青色の狼となったエイドスが北へ走り出す。

 完全にラプターウルフに変化したエイドスのスピードは、ホンバットの予想を遥かに超えていた。


 逃げる気かと思ったホンバットだが、すぐにエイドスが北へ向かう理由を気づいた。


 『ダリアが危ない!』


 ホンバットはオークを打ち倒した愛馬コメットを、口笛で呼んでその背に乗る。駆けるエイドスをホンバットは急いで追った。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 北門前の大通りに立つダリアは、猛然と向かってくるのがエイドスだと解すると、杖を地面に刺して魔力を集結させた。老木の杖と純白のローブに身を包んだ彼女の表情に、命を狙われている恐怖はない。


 「この風を突っ切ってやってくるのはエイドス………私が追い風側にいることを予想したようですね」


 ダリアがそう呟いていると、前方の雨の中から狼の影が見えた。影はどんどんはっきり大きくなっていき、獲物を狙う双眸(そうぼう)が見えた。


 『来たれ……風歩き、(まど)い、乱れて…天まで轟け』


 杖の先を指をあて、集めた魔力を自分の体内に送ったダリアは、もう片方の手を口元に当ててエイドスへ魔力を吹きかけた。


 ゴウ、とした突風がエイドスに衝突して後ろに突き抜ける。ほんの一瞬、エイドスの突進が止まったが、手傷は負っていない。

 ただの足止めかと断じたエイドスは、迷うことなく再度ダリアに向かっていく。


 だがしかし、ダリアは口の端を緩ませていた。彼女は指をクイと引いた。


「先の突風がどういうものかご存知ないようですね。意思を持った風は逆行し…!」


 走るエイドスの後ろ脚の方から先ほどの突風が、エイドスの体ごと巻き上げる。

 体が浮かないようにエイドスはその場で踏ん張るが、仕組みはすでに完成されていた。暴力的な魔術の風は、狼の五体を容赦なく痛めつけながら吹き上がる。


 「逆行した魔力突風とこの暴風雨の追い風が、混ざり合い、まさに竜巻が出来上がる…っと。 ……見事に『獲物』が罠にかかりましたね」


 執拗(しつよう)に魔術を撃つダリアまで、あと3メートルというところまで達したエイドスだったが、彼の体は竜巻の中に閉じ込められる。


 ダリアの使う魔術の中でも「竜巻」はかなり攻撃性の高い部類に入る。1人で旅をしていた頃も、この竜巻の魔術で度々(たびたび)助かったものだ。この竜巻はダリアの思いのままに形態を変えるので、ただ単純に吹き飛ばすだけの自然現象とはまた違い、一種の「牢獄」にもなる。

 消耗戦に近いが、もとよりダリアはエイドス相手に正攻法で勝つという甘い考えは持っていない。ラプターウルフの膂力(りょりょく)ならば、魔術師の胴くらい容易に真っ二つにできるのだから。


 「グル……ルルッ…ルルルリァ〜〜ッ!」


 竜巻による裂傷が次々にできているエイドスが、大きく吠えて前脚を地面に突き刺した。前脚2本を刺して体を固定すると、続いて後ろ脚を深々と突き刺す。

 なんとエイドスは、踏み出す足をいちいち地面に刺して前進し始める。ぎこちなく不恰好な動きだが、確実にエイドスはダリアへと迫っていく。


 この竜巻から即座に突破することは不可能とエイドスは悟り、時間をかけてでも前進する方法をとったようだ。


 「………フゥハァアア…!」


 一歩一歩進む群青(ぐんじょう)色の狼の体が前半分、ダリアの竜巻から抜け出てくる。爛々(らんらん)と瞳を輝かせ、「追い詰めたぞ」と言わんばかりに吐息を吐く。


 「---それも想定内です」


 静かな一言だった。

 ダリアは立てていた杖を引き抜いて180度半回転させる。潤沢(じゅんたく)な魔力量を持つダリアは、追い打ちのための魔術をすでに用意していたのだ。


 竜巻の檻から突き抜けたエイドスの半身が、ダリアが産み出したもう1つの竜巻の餌食となる。2つ目の竜巻は吹き上げず、天からエイドスを圧し潰すように襲いかかる。

 エイドスはその時点でこの攻撃の意図に気づいた。強靭な狼の肉体が、竜巻と竜巻の境目(さかいめ)で悲鳴を上げ始めていたのだ。


 「……容赦はしませんよ、エイドス・セイルズ。2つの竜巻でこのまま半身を千切り飛ばしてやります」


 千切り飛ばす---そうは言ったものの、ダリアの目的は全力の魔術を使って、エイドスの強みを今時点で封殺することだ。ここまでやっても、独力でこの人狼を討ち取れる保証は無い。

 せめてホンバットが駆けつけるまで持ち(こた)えれば、こちらの勝ちは絶対と彼女は考えていた。


 エイドスは猛烈な速度で北門前のダリアのもとに来たので、まだホンバットが救援に来るまで時間がかかるだろう。

 もう少しの辛抱、そう思ったところでダリアはこちらに駆けて来る馬蹄の音を聴いた。豪雨に負けない豪快なその蹄鉄の音とともに、馬に乗るホンバットのシルエットが見えた。


 「ウォ……お……ぐ…はぁっ……」


 竜巻に(とら)われたエイドスが、声にもならない叫びを上げた。念のためダリアは杖を構え直したが、エイドスの体はみるみるうちに人間に戻り、服も着ていないただの男に戻っていった。四つん這いのエイドスの腕はぶるぶると震えて、今にも崩れ落ちそうな様だ。


 さっきのホンバットの一撃もあって、大分弱っていたのだろうか。すぐそこまでホンバットが来ているので、彼が近づきやすいように、ダリアは一旦、竜巻の威力を少しだけ抑えた。


 ダリアが竜巻を弱めたところを見て、馬上のホンバットは突然、背中に薄ら寒いものを感じた。

 もちろんホンバットの方からも、竜巻に挟まれて苦しむエイドスが見て取れる。これ以上にないくらい弱っている様子だ。


 しかしエイドスには、ただのラプターウルフにはない『謎』があることは確かであり、頭の中で警鐘(けいしょう)を鳴らした時には叫んでいた。


 「よせダリアッ!攻撃を弱めるな!」

 「えっ?」


 鬼気迫る表情のホンバットに(いまし)められ、びくりとダリアは硬直した。


 その時、四つん這いで俯くエイドスはすでに小さく笑っていた。体の至る所は竜巻のせいでズタズタにされていたが、人狼エイドスは密かに「もう手遅れだ」とほくそ笑む。

 エイドスは両腕を交差させて自ら両肩を抱く体勢になり、肩甲骨あたりに、自分の『指』の残りを全て刺し込んだ。また、自分以外の生物に刺して遠隔操作えんかくそうさしていた指もわざわざ呼び戻し、それらの指にも自身の肉体を貫かせた。3度目の、あの金切り音がロメオ中に響く。


 「フゥゥウッ、シャアァーーッ!!」


 人狼エイドスの叫びは狂喜に満ちていた。一帯の空気が震え、魔術で作られた竜巻すら瞬間的に歪む。体表は瞬く間に黒い毛皮に覆われ、四肢の先には鋭い鉤爪が伸びる。


 エイドスは4足歩行の狼ではなく、2足歩行の狼人間の姿に変貌し、強引に体を振り回した。竜巻が解れ、エイドスはダリアに向かって存分に跳躍する。攻撃を防ぐ手立てが無いダリアは、自分の杖で体を守ろうとした。


 「無駄なことだ!」


 落下とともに振り下ろされた手刀が、老木の杖ごとダリアの右腕を叩き切る。ダリアの右肘から先が切断されたが、彼女が痛みで叫ぶ間もなくエイドスはみぞおちを蹴りつけた。


 枯れ枝のようにダリアは吹き飛び、泥の地面を勢いよく転がる。彼女が転がった跡には血の線が続いていく。


 「ダリアァーーッ!!」


 ホンバットが叫ぶ。しかし無情にも、華奢な彼女の体は泥と血にまみれながら転がっていく。


 そのままダリアは北門にゴツンと衝突したきり、動かなくなった。都市の内堀には水が貯められてあり、もし吹き飛ばされた方向がズレていたならば、雷雨で増水した内堀に沈んでいただろう。


 エイドスまで数メートルと迫ったホンバットが、愛馬から飛び降りて剣を抜く。余りの怒りからか、ホンバットの顔は蒼白になっている。


 ダリアの魔力支配が急に途切れたため、都市の中心付近の風が少しの間だけ奇妙な風向きになり、また元の暴風雨に戻っていった。生死は定かではないが、ロメオの風に含まれたダリアの魔力の残滓ざんしは跡形も無くなった。


 両者の間にあった2つの竜巻も次第に弱まり、綺麗さっぱり霧散する。両者を(へだ)てるものが無くなり、エイドスはホンバットの方に振り向いた。

 狼人間となったエイドスの顔には、ホンバットと対称的に、爽やかで屈託の無い笑みが浮かんでいる。ホッとした、一言で言えばそんな表情だった。


 「やれやれ……さすがに風を味方につけた魔術師だな。さて次はお前だ、ホンバット」


 顔に吹き付けられる雨を(ぬぐ)いながら、エイドスは軽率そうに笑って言った。

 目の前に立つホンバットは、じっとエイドスを睨みつけたまま言葉を発しない。一文字に結ばれた彼の口の中では、静かに歯(ぎし)りが鳴っていた。


 「……コメット」


 エイドスに聴こえないほど小さな声で、ホンバットは傍らに立つ愛馬の名を呼び掛けた。巨大な馬は頭を下げ、ホンバットの顔の横に耳を近づける。


 「ダリアの右腕を拾ってから、側に立って守れ。今から『鎧』を使う」


 指示を出してから、行けとホンバットが告げる。コメットは魔物である巨躯の馬だが、知性があるようで、エイドスの様子を伺いつつ、その横を素早く通り抜ける。

 さらにコメットは途中の地面に転がっている、ローブに包まれた細い右腕も(くわ)えて回収し、門前に倒れるダリアの壁になるように立った。ブルルッ、と鼻を吹かせてホンバットに合図する。


 「君だけでさっきの女の仇討ちか。同業の冒険者2人相手にもあれほど手こずったというのに……無謀な挑戦を好む傾向があるようだが、どうかな?」


 小馬鹿にした口調でエイドスは語りかけるが、それを意に介さず、ホンバットは剣を持ったままだらりと立って息を吸った。

 変化はただちに現れた。ホンバットの内に在る魔力が、際限なく濃密になり、肉眼ですらはっきりと見えるほどに形作られる。灰色の煙のようにも見えるその魔力は、やがて(にび)色の衣のごとくホンバットの全身に纏わりつく。出来上がっていくのは、岩石を丸ごとくり抜いたような『鎧』だった。


 「エイドス、得意なっているようだがお前の失敗を2点教えてやる。ひとつは、他の冒険者や主要な建物が少ないこの場所に居ること……」


 可視化できるほどの魔力の鎧にホンバットは身を包んでいく。望むところだ、という顔のエイドスは生え始めてきた指を鳴らす。


 珍しい能力を目にして、内心は研究者の端くれとしても嬉々としたエイドスだったが、今は都市の冒険者を制圧するのが先決だと、気を引き締める。

 エイドス自身、一刻も早くホンバットを打ち倒し、ギルド長グレンジャーを仕留めることで、この襲撃の目的がほぼ達成できるのだ。


 一方、形成された頑強な鎧は徐々にホンバットの首を覆っていき、やがて目庇(まひさし)のついた兜まで作られていく。


 「そしてもうひとつの失敗は、俺を本当に怒らせたことだ。無謀かどうか身をもって教えてやる。嫌という程、徹底的にな……!」


 低く、静かな怒りを(たた)えた言葉を残し、ホンバットは目庇を指で丁寧に下ろした。

 顔まで覆われたその時、『甲冑』が完成した。

 頭の先からつま先まで、余すところなく魔力で覆われた岩のような戦士(ホンバット)が、一歩一歩人狼に向かって進んでいく。甲冑の放つ威圧感は、普段ホンバットが使っている長大な剣が玩具(おもちゃ)に思えるほど、雄々しく強大だった。



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