エイドスの襲撃4
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ギルドの屋根上に立つ2人の冒険者は、下の通りにいるホンバットに攻撃した。
弓を持つ、毛皮コートを着た男が矢を放つと、片方の新米冒険者の男が屋根から飛び降りる。飛び降りた男は矢を避けたホンバットを、真上から刺し殺そうと短剣を振り下ろしたが、ホンバットはこれも躱した。矢はホンバットの後ろの建物に刺さり、新米が振り下ろした短剣の刃は、大通りのまだらな石畳に当たって、ガキンッと根元から折れた。
ホンバットは着地したばかりの短剣持ちを押さえつけようとしたが、屋根にいるもう1人が続けて矢を射ってきたため、それを手で弾いてから距離をとった。
「どうしたホンバット。さすがの君も、仲間を斬り捨てることはためらうか?腰の剣は飾りかな?」
屋根上に腕を組んで立つエイドスは、重ねてホンバットを挑発する。苦い顔をしているホンバットは目元の雨粒を拭い、エイドスに向かって雨音に負けない大きさで叫んだ。
「そっちこそ!どうやってこの2人を操っているか知らんが、こんな手口で俺の動揺を誘っているつもりか?それが思惑なら甘過ぎるぞ。2人がかりだろうと、傷つけずあしらうなんてお手の物さ」
「ほほう……なら、少しだけ辛口でやってみよう。もう一度その台詞が言えるか試してやる」
微笑してそう言ったエイドスは、両手を前に出して手の平を見せてきた。
そこにいた全員が、エイドスの、所々指が欠けている手を見て驚いた。左手は人差し指が無く、右手は親指と人差し指と中指が無い。
手に付いていた血は雨で洗い流されたようだが、それが余計に欠損を露わにしていた。しかもその欠損は切断された怪我…というよりも、綺麗に抜けて取れたといったように見える。
冒険者に理由は分からないが、何となくエイドスが、指が切断されただけで出血するような存在には思えなかった。
一同が唖然としていると、エイドスは両手を握って拳を見せる。指が欠けた握り拳は不恰好でグロテスクだったが、そんな感想が出てくる間も無く、エイドス以外の全員の耳がイヤな金切り音を感じ取った。
キュイィィ…ン……キキキュキュキュキィィイッン!
擦れる金属音が辺りに響き、ホンバットやマーシュ、他の冒険者やホンバットの馬までもが、少なからず影響を受けた。
冒険者たちはこぞって耳を塞ぐことに全力を出し、エイドスの立つ屋根の向かいの建物にいるマーシュまでも、引き絞っていた弓を取り落としそうになった。ホンバットも始めは反射的に耳に手をもっていった。
特にホンバットの近くは金切り音が強く響いていて、数分も聴いていれば気が狂うほどだったが、ホンバットは重く静かに息を吐いて、それから一気に吸い込んだ。
金切り音は続いたままだが、ホンバットの意識はさざ波のように落ち着き、ほとんど気にならなくなった。
「これがお前のやり口か?音だけでこの場の全員を制するつもりなら、相当お前は、冒険者というものを舐めきってるぞ!」
ホンバットの声は謎の金属音を一瞬搔き消し、エイドスの耳に届いた。
ホンバットはエイドスと相対してからというものの、萎縮した冒険者たちを鼓舞せんと、この戦いの首魁エイドスへ強気な発言を繰り返す。
だが、当のエイドスは誰にも聞こえないほど小さく喉を鳴らすと、眼下のホンバットに向けて冷笑する。その表情は自分の優位性に酔いしれるそれだった。
「本当に分からないんだな、いや、分かっていないんだな。クラスBの君ですら愚かで鈍く、なおかつ相手の力量や狙いを分析できていないとは。…これだからここの冒険者たちは、魔物たちにいいように蹂躙されたんじゃあないか。そうら!そらそらそら-----俺に『だけ』目を向けていていいのかな?はてさて、舐めきってるのはどっちかな?」
ホンバットはエイドスを見て、さっきの弓使いがエイドスのそばにいないことに、今更気づいた。金切り音に気を取られ、エイドスの言葉を聞いていた数秒の間で、忽然と弓使いが消えていた。
「ホンバットさんッ!右上だぁッ!!」
マーシュの叫び声に、ホンバットは素早く右上に目を向ける。右上、何もない空中にいたのは、真っ逆さまに落ちながらもホンバットに鏃を向けている弓使いだった。
「ぅおうっ!?」
頭部に発射された矢を間一髪で躱したが、躱して体勢が崩れたホンバットを、短剣を捨てた新米が突進してきた。新米の男は無表情のまま拳を振り上げ、30センチ以上の身長差があるホンバットに、ボディブローを浴びせた。
「な、に…っ」
予想外な強烈な拳は、ホンバット自慢の鎧を凹ませて、彼自身の強靭な肉体にまで衝撃を与えた。思わず苦悶の息を吐き出したホンバットだったが、歯をくいしばって耐える。
逆に、殴ってきた拳を両手で掴むと、怪力に任せて新米を振り回した。何周か振り回したところで新米は放り飛ばされたが、なんと新米は体を丸めて空中で1回転し、猫のように着地した。
空中で矢を射たあと、頭から地面に激突した弓使いも、すでに何事もなかったかのように地面に立っている。
新米冒険者と弓使いの冒険者の2人に挟まれながら、ホンバットは油断せず構えて2人の動きに注意する。
はるか格下であるはずの冒険者2人に、久しぶりの緊張感をホンバットは感じていた。
「い、今何が起こったんだ?あの2人…弓使いローレンと、最近入った新米のパイク…だったか?あんなに強かったのか?!」
「そんなわけあるか!ホンバットさんに拳を入れる冒険者が何人もいるわけないだろ。ましてやクラスCでもないあの2人が、あんな芸当できるなんて…!」
エイドスの意のままにされている2人の豹変ぶりに、冒険者たちは目に見えて狼狽える。依然としてエイドスを矢で狙いつけたまま牽制するマーシュも、ホンバットが押されているという、信じがたい光景に冷たい汗が流れた。
「あいつよ!あいつがさっきの音で何かしたに違いない!」
赤刃に塗られた剣を持つ女冒険者がそう叫び、エイドスのいるギルドの方に走る。しかし、その女剣士の眼前に、新米パイクが立ちはだかる。新米が拳を構えるのを見ると、女剣士は走りながら剣を振りかぶって薙ぎ払った。
女剣士の手加減ない一撃だったが、新米は迫る剣に自らぶつかりにいき、脇腹で強引に刃を止めた。血が吹き出て、肉と骨に刃が食い込む手応えを女剣士は感じたが、新米はそのまま剣を掴み、肘で刃をへし折った。
「う、そっ…」
女剣士が折れた刃と新米の顔を見比べる。新米の表情に脇腹を斬られた苦痛はなく、空っぽな感情とともに女剣士の喉に反撃の貫手を喰らわせた。
素手で喉頭を貫かれた女は、一度絞り出すように咳き込み、喉を押さえたまま後方に倒れた。
しかし新米は、女にまだ息があるのを確認すると、先ほど折れた剣の先を拾って、倒れた女の側にしゃがみ込んだ。
「くそぉっ、させるか!」
残っていた冒険者2人が新米パイクを阻止しようと駆け出したが、先にそれを阻止したのはマーシュの射った矢だった。
一本目の矢はまず新米の手首に突き刺さり、次に射った矢は肩に命中した。新米の体はふらついたが、なおも剣を離さず女剣士に向かっていったので、マーシュは3本目の矢を側頭部に射た。
新米のパイクは頭に刺さった矢を握ったが、ゆっくりと足から脱力して膝をつき、横に倒れて今度こそ動かなくなった。
「…あいつが射ってくれたのか!すまねぇ!!助かった!」
礼を言った冒険者たちに、屋根上にいるマーシュは手を挙げて応えた。だがマーシュの表情は険しく、呼吸も乱れている。
今の殺害は女剣士を守るために仕方のないことだった。しかし、それはつまり、仮にも自分と同じ冒険者が、どうしようもないエイドスの『何か』によって傀儡となり、仲間であるはずの自分にやむなく殺されたということだ。
仲間を射殺したことへの説明し難い悔恨はあったが、それよりも何よりも、いとも簡単に同士討ちをさせたエイドスの『何か』に、マーシュは心の底から不安と恐怖を抱いた。次に操り人形になるのは、自分やホンバットかもしれないと考えていた。
気を失った女を残り2人の冒険者が、少し離れた建物まで急いで引きずっていく。当たり前だが、ギルドの建物の上にはエイドスがいるため、迂闊に近づくことはできず、武器や手当てする道具を補給することができない。
「ひでえ…喉に穴が開いてやがる。出血が少ないのがせめてもの救いか」
「く…刺さった場所が喉のど真ん中だったからな。だが、むごいぜ。この傷なら治療したとしても、まともに喋れることはもうできねえ」
「でもやるしかない!適当な物で傷口だけでも塞ぐぞ。ギルドに入って包帯や薬を取りにいけないのは痛いがな……」
冒険者たちがそうしている間も、弓使いローレンはホンバットに狙いをつけたままで、それに対してホンバットは動かずじっとしている。
ホンバットの身体能力ならば、至近距離から矢を射られたとしても、躱して反撃に移ることが可能だが、ホンバットはあえてそれをせず、この膠着状態を利用して状況をマイペースに分析していた。
『ーーーー冒険者は僕とマーシュを入れてこの場に5人、マリンが喉を突かれてこれ以上戦えないから、実質4人か。
…そして、どんな理屈か手品かは知らないが、エイドスは人間を自由に操って戦力を増やせる。もしかしたら、魔物だろうと動物だろうと、問題なく操れるかもしれないな。
肝心のエイドスが高見の見物を決め込んでいるのも、ヤツが自分の能力や切り札を探られないための対策だろう。住民を避難させている残りの警備兵や冒険者が居たとしても、ここに救援に来る保証がなければアテに出来ない……』
ホンバットは腰にかけた剣に手をかけ、エイドスを見据える。弓使いは矢をさらに引き、ホンバットが妙な真似をすれば即座に射つ体勢に入った。
『マーシュの矢ではエイドスは倒せない。
誰かが隙をついてエイドスを崩してくれたら、一気に俺が攻め込んで打ち倒せる。それが一番手っ取り早いんだが………そうか。…風だ…あの魔術師ならエイドスごとき、風だろうと嵐だろうと、味方につけて吹き飛ばしてくれる。…よしひとつ、賭けてみるか』
暴風雨が吹き荒れる中で、ホンバットは魔力を練り始めた。通りに残る弓使いローレンや、別々の屋根に登っているマーシュとエイドスにも悟られないほど、じっくりじわじわと、体内で魔力を循環、さらに充実させていく。
退屈してきたエイドスが、ホンバットから視線を移してマーシュの方を見た。マーシュの顔には緊張が走るが、エイドスはにこやかに話しかけて雑談を始める。
「なあマーシュ、君は副都で俺の刺客…『ジュリエッタ』の支配する昆虫と戦ったらしいな。…どうだった?ああ、何も情報を探ろうってつもりじゃあないさ。怪我はしたか?活躍できたか?君とクレアは俺の作った配合種を倒せるくらいだから、ジュリエッタでは敵わないとは思っていたんだが、その通りだったな」
「…お喋りなやつだとは知ってたが、今回は特にお喋りだな。余裕を見せるのもいいが、今も俺は矢を引いたままなんだってことを忘れるなよ!」
「ふん、矢が無駄なのは分かっているだろう。---それはそうと、あの女はどうした?クレアとかいう名前だったか、姿が見えないが」
「さてな。お前に俺が何かペラペラ喋ると思うか?」
「…くふっ、ふふふっ…あはははっ!分かってきたぞ。今…君は『こいつに操られたらどうしよう、むやみに会話するのも危ういのでは』と考えているだろう?気を抜かないのは結構だが、まだまだ甘いな。
それに、そんなに警戒する必要はない…警戒してもしなくても、俺の能力は誰にも見破れないのだから」
風を受けて立つエイドスは髪を掻き上げ、愉快そうにそう言って笑っていた。
ホンバットとマーシュを見比べて、何かを仕掛けるつもりだが今すぐではないとエイドスは考えている。そのため、ならばこちらから小突いてみようかという、衝動がエイドスに沸き起こる。
「やれやれ……風が強くなってきたな。強く吹き荒れるのは歓迎だが、予定より早く雲が流れても困る。
ホンバット、君は闘志十分らしいからそろそろ相手をしてやるよ」
屋根からエイドスが飛び降りる。
宙に浮いた彼の身体が落下して着地するその直前に、一陣の風が大通りを抜けていく。
「ぬぅ?!…フンッ!」
足首を的確に襲ってきた真空のかまいたちを、エイドスは瞬時に片脚を狼に変えて斜め上に蹴りつけた。
風の刃は足首の皮を裂いたが、その傷はエイドスが着地した時には癒合した。
ギュ、ズダァァンッ!
ホンバットが地を蹴った。
蓄積した魔力を爆発させて一息で間合いを詰め、エイドスに剣を振り下ろす。
間髪でホンバットの豪剣を身を捩って躱したエイドスだが、逃げた先で風が彼の首を襲う。
『手足の末端でしか獣化が間に合わん!』
首が人間の皮膚のままのエイドスは、狼と化した手首で首を守るしかない。
「ルガァアアッ!!」
エイドスよりも獣のような雄叫びを上げて、ホンバットがさらに剣を振るう。
風の魔術攻撃を防いだエイドスに、横薙ぎの追撃は対応できなかった。剣が人間状態の脇腹に食い込み、そのまま振り切られた。




