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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
都市ロメオ編
39/105

都市ロメオ、ギルドの一室にて

TRPGのシナリオが終了しました。これからもコツコツと投稿するので、よろしくお願いします。

 ファルス王国副都サクルースに向かったマーシュ、クレア、ホンバットの3人はハンデン邸にて、突如現れた虫型モンスターの大群から襲撃を受ける。多数の蜂型モンスター『ジェット・ビー』の猛攻に3人は浅くない傷を負ったが、マーシュの嗅覚を生かした追跡により刺客を追いつめることに成功した。しかしながら、その虫使いの女刺客は異様にもひとりでに頭部が破裂し、最後に「エイドス・セイルズ」の名を叫びながら憤死したのだった。

 マーシュたち3人とハンデンは女刺客の名前-----「ラ・ミル・ジュリエッタ」と特定した後、エイドスの影響力や危険を考えて急ぎ都市ロメオに向かうことにした。道中、ハンデン氏は自らレン騎士であったことを明かし、レン教の秘術を用いて、マーシュたちの傷の治療に取りかかった。


「その・・・ハンデン氏は、宮廷魔術師とかそういった人じゃあなかったんですね。『魔力探知』というから魔術に造詣ぞうけいが深い方だと」


 ホンバットが運転する馬車の幌の中、マーシュは自分の腕の傷を、薬草と術具で塞いでくれているハンデンにぽつりと言った。ハンデンはその間も黙々と治療に専念していたが、それが終わると答えてくれた。


「君たちがホンバット君に、公職に就いていたとだけ聞かされたならば、宮廷の魔術師などと勘違いしても無理はない。19歳の春だったな・・・・・どうしても王国軍に入って、家族に金を落としたい一心で村を出て、王都ベルガモットへ行った。それから当初の希望通り、兵学校を無事卒業したまでは良いが、いろいろあって3年後にレン騎士になったのだ」

「それからはずっとレン騎士団に?」

「そうだな。引退したのは6年前だ。22歳頃からだから・・・40年間、レン騎士団に所属していた」

「驚きましたよハンデン氏、僕たちはてっきりレン騎士団なんて、噂に過ぎないかと思ってましたから」


 クレアもそう言うマーシュと同じ気持ちのようで、サクルースを出発してからハンデンの前で一度も姿勢を崩さず恐縮している。幌の中は粗末な板張りで、揺れもひどく、疲れも相当溜まるのだが、マーシュとクレアはだらしない姿勢をとらないでいた。

 そんな2人に相対して座っているハンデンは思わずくすりと笑った。自分が長年所属していたレン騎士団という組織が、他人からすれば、ヴェールで覆われたものとされていたのだ。もちろん、同僚から話だけは聞いていたが、これほどまでに『まだ見ぬ不可侵ふかしんなもの』扱いをされるとは思っていなかった。


「まあ、確かにレン騎士となれば驚くか・・・私もレン騎士に成り立ての頃、自分が秘匿された職に就いたことは、親以外の故郷のみんなには教えなかった。レン騎士だと無闇に知られたら帰省した時に面倒だし、他国の人間はもちろん、同じ国の人間にすら秘匿ひとくすべき職だったからな。・・・・・故郷は貧しい村だった。大人になると、大体の男は農耕に励みごくごくたまにおとなしいモンスターを狩る、という生活をする」

「えっと、あの、ずっと隠してきた大事な秘密なのに、どうして私たちにレン騎士だったことを教えてくれたのですか?」


 今度はクレアが質問を投げかけた。ギルド長やクラスB冒険者のホンバットほどの人間ならば、そういった機密事項を知っているだろう。だがハンデンはクラスDのマーシュとクレアに素性を明かし、さらには丁寧に負傷を治癒してくれた。


「君たちな・・・私の第一印象が、どうだったかはあえて問わないが、今の私は君たち3人の働きぶりを認めているし、心から都市ロメオのために、『魔力探知』で助力したいと思っている。それに、君たちだけではなく私も、そのエイドスとかいうやつの被害を受けたばかりだ。屋敷の全ての窓は破られ、ワイン蔵と庭は台無し、一命はとりとめたが執事は大怪我を負ったんだぞ」


 他人事にはしていられないだろう、とそこでハンデンは話を切り上げた。レン秘術を使った際に用いた道具を、美しい白塗りの木箱にきれいに収めて自分の荷物にしまう。それからハンデンは馬車の幌をめくって前方の様子を見た。姿こそ年老いているが、その目は峻厳で、山々を越えた先にあるまだ見えぬ都市ロメオを見据えていた。

 陽は傾いて赤みをさしはじめ、春の冷たく澄んだ空気が幌の中に流れ入ってきた。

 相変わらず、ホンバットの豪快で度胸ある運転で、馬車は激しく揺れながら山道を走っていく。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ホンバットの運転する馬車が、都市ロメオに向けて夕暮れの山道を走っていた頃、都市ロメオの冒険者ギルドの食事処はいつも通りのにぎわいを見せていた。すかせた腹を満たし、酒を楽しみ、依頼を終えた達成感に浸っている冒険者がほとんどだ。


 最近は特に、モンスターの生態活動が活発になり始め、普段は山林に生息するモンスターまでもが、都市ロメオ周辺に蔓延はびこっていた。そういったモンスターは得てして、都市近くの野原を動き回る個体と比べて、危険度は高くなる。そんなモンスターたちがここ数日間で、街壁の見張りに立つ警備兵が、はっきりと目視できる所にまで下ってきているのだ。

 しかし少なくとも、この食事処で騒いでいる冒険者の中で、その理由や原因を知る者はいない。知ろうとする者もいない。逆にモンスターが多くなり、仕事にハリが出たと喜んでいる冒険者が圧倒的に多いのだ。ごく少数の知識ある魔術師や、経験豊富な中年の冒険者たちが、『イヤなしこり』のようなものを感じ取っている程度だった。


 喧噪が支配する一階とは違って、階段の上った先の冒険者ギルド二階はしんと静かだ。二階は右と左にまっすぐ廊下が延びていて、廊下に面するのは複数の個室のドアだけである。ギルド長の書斎、魔術師ダリアの研究室、サラが常駐する医務室など、ギルドの機能が集中しているため、大人数が集まることもなく、基本的に下の階の騒がしさとは無縁だ。そしてその二階にある部屋のうち、一つの空き部屋に二人の若い冒険者が、丸テーブルで向かい合って食事をしていた。

 一人は黒髪黒目のジャック。もう一人は巻き毛の茶髪に青い目のラスクだ。どちらもまだ、若いというよりも、少年といった方が正しい背丈と容姿をしていて、ラスクに至っては格好こそ少年だが、性別はれっきとした女である。


 この二人は、初めて会ったときにギルドの訓練場にて、寸止めなしの模擬戦をしたことがある。まだ経験の浅いラスクは、前世では『じゃく 主水もんど』という剣の達人だったジャックに、まるで敵わなかったものの、再び会えばジャックにまた稽古と模擬戦を挑んでくるのだった。それは闘争心や負けず嫌いという感情よりも、ひたむきにジャックの技量を盗んで(・・・)、剣士として上達しようという狙いがあった。

 もちろんジャックも、ラスクが求めているものに気づいている。気づいていながらも、ラスクの稽古に対する姿勢をかんがみて、真摯に剣の上達を助けようと相手をしているのだった。当然、稽古つけるジャックには熱が入る。そのため今、食事をしている二人のうち、ラスクは厳しい稽古のせいで思うように食が進んでいなかった。

 ちなみにメニューは、野菜とモンスターの肉の詰め合わせサラダと、赤毛一角牛の肉が入った温かいシチューだ。


「どうした?あれだけ動いたのに腹をすかしてないのか?あまり食が進んでおらぬが」


 かつて日本の武士であったため、フォークとスプーンにいまだ慣れていない様子のジャックだが、料理は一口ずつ丁寧に口に運んでいる。しかし目の前に座るラスクは、ジャックと比べて明らかに遠慮がちだった。食べてはいるのだが、フォークとスプーンを皿に戻し、膝に両手を置いてじっとしている時間が長くなっているのだ。

 だいぶ稽古がこたえたのだろう。ジャックはラスクのつらさが分かっていたが、それでも、多少無理してでも食事を摂らなければ、体力は落ちるばかりになる。


「出来れば食べきった方が良いぞ。強くなりたければ食を細くしてはいけない」

「う、うん、わかってるんだけど・・・」


 そこまで言ってラスクは口ごもる。食べやすいシチューはあと半分まで減っているが、サラダはほとんど減っていない。フォークを再び持ったものの、やはり歯ごたえあるサラダをなかなか食べていくことができず、そのたびにジャックは手を止めて、ラスクの様子を見ていた。


「ジャック君は平気で食べているけど、つらくないの?」


 そう質問したラスクに、ジャックは軽くうなずく。稽古をつけていた側のジャックも、ただ口で教えていただけではなく、かなりの運動量をこなしていたはずで、実のところ、早朝一人でやっている稽古も合わせれば、その鍛錬の過酷さはラスクを越えている。だがジャックは、今もそうだが、稽古中も平然としていて一分の隙もない。

 そんなジャックを見てラスクは、目の前のこの黒髪の少年が、本当に自分と同年代なのか本気で疑うようになってきた。


「あのさ、ジャック君って何歳だっけ?」

「・・・15歳だが」

「剣を習い始めたのは?」


 ジャックは一瞬、考えた。

 前世は武士であるジャックは、ついこの間、この異世界で前世の記憶を取り戻したばかりだ。なので前世から換算すれば、40年以上の修行を積んだことになる。

 もちろん、そんなことをラスクに言えるわけもなく、適当なところで言い繕った。


「4つか、5つの頃だ」


 ジャックがそう言うと、ラスクは納得した様子で嘆息した。


 10年。ジャックの言っていることがその通りなら、10年間の鍛錬の結果、あれほどの技量にまで上り詰めたのだろう。ラスクの脳裏には、5歳頃の幼いジャックが、父親もしくは歳の離れた兄に、容赦のない剣術の荒稽古を受けている光景が浮かんだ。


「どうした?呆けた顔をして」


 ラスクがジャックの過去について、自由な想像を広げていると、すぐ前に座っている当のジャックが、声をかけてきた。あわててラスクは「何でもないよ」と言って、シチューを口に入れて取りつくろったが、ジャックからすれば、シチューをすくった状態のまま、ラスクは物思いにふけっていたのだ。そんなラスクの様子を、不思議に思ったジャックだったが、特に深く考えずに終わった。


 二人が食事を終えて、ゆったりとした時間を過ごしていると、部屋の扉がノックされてからギルド長のソル・グレンジャーが入ってきた。いつも通りの、肌触りの良さそうなローブを身にまとい、トレードマークの長くピンと尖った耳は、白い長髪が今は一つに束ねられているため、とてもよく目立っている。髪がぬれていて芳香が漂っている所を見るに、ちょうど湯浴みを済ませた直後だろう。


「やあ二人とも、くつろいでいるかい」


 気さくな笑みを浮かべて、グレンジャーが二人にそう話しかけてきた。滅多に接点のないギルド長を前にしたラスクは、素早く居住まいを正したが、グレンジャーは「ああ、良い。楽に座ってなさい」と言いながら、二人の所に歩み寄る。そして一瞬だけ立ち止まると、ジャックとラスクの間に腰を下ろした。余った椅子は一つも無かったはずだったが、グレンジャーはいつの間にか『創っていた』土の椅子に自然に座っていた。


「あの、ギルド長その・・・いや、何でもないです」


 ジャックのみならずラスクも、その不自然さに気づいたようだ。反射的に何か質問しようとしたラスクだったが、結局は何も言わなかった。ギルド長自らが、わざわざこの部屋に来たならば、何か重要な話かもしれないからである。


「うん?そうか。何でもないなら良いが。・・・・・さて、と。ジャック君、君に二つのお知らせがあるんだ。良い方と悪い方で一つずつだ・・・どっちから聞きたい?」

「ふむ、ならば悪い方からお願いいたす」

「わかった。――――クレア君とマーシュ君、それとホンバットのやつが今日の昼頃、副都サクルースで、エイドス・セイルズの刺客から手厚い襲撃を受けたようだ」

「なっ・・・」


 エイドスの刺客。身に覚えのない会話の内容と、ジャックとグレンジャーの剣呑とした空気に、ラスクは疑問符と緊張を抱いていた。だが、ジャックはエイドスと聞くや、真っ先にマーシュとクレアの安否をグレンジャーに問いかけた。


「お二人は?マーシュ殿とクレア殿の身は・・・」

「ああ、それなら心配しなくても良いよ。無傷で済みはしなかったが、大した怪我も無く切り抜けたようだ。刺客は、まあ、ひとりでに死んだといった方が正しいかな?」

「ひとりでに、とはどういう意味で?いや・・・そもそもグレンジャー殿、なぜあなたは遠くの副都で起こったことを、詳しく知っておられるのか?」


 ジャックが投げかけた質問に、にやりと笑ったグレンジャーは、おもむろに手のひらを真上に向けて小さな炎球を発現させた。


「わっ、魔法?!」


 魔法や魔術に関して接点や知識があまりないラスクが、まず驚きの声を上げた。それもそのはずで、強力な魔術師として名を馳せた、ギルド長ソル・グレンジャーとは、言ってしまえばこの都市ロメオの領主よりも有名人だ。そんなグレンジャーの魔法を、こうして目の前で見たならば、ラスクでなくても驚きそして感動する人間は多い。

 ただしジャックの場合、執務室でグレンジャーに炎魔術で拘束されたばかりである。一日経った今でも、警戒心を抱いているジャックは思わず顔をしかめた。


「まあまあ、そう気構えるなよジャック君。どうやって副都の出来事を知り得たか・・・わかりやすく教えてやるよ」


 そこでグレンジャーが短い口笛を吹いた。すると、グレンジャーが身にまとっているローブの後ろ襟から、一匹の白いムササビが這い出てきた。ジャックはその真っ白なムササビに見覚えがあった。初めてグレンジャーの執務室に行った時に、グレンジャーが可愛がっていたあのムササビだ。その白ムササビは辺りを数回見回して、グレンジャーが生み出した炎球に気づくと、その炎球になんのためらいも無く飛び込んだ。


「むっ何を・・・!?」

「え、そ、そんなっ」


 当然、ムササビは炎にまかれて、そのままグレンジャーの手のひらに落下する。ジャックとラスクは、白ムササビの自殺行為に戸惑いの声を上げたが、グレンジャーは平然としてその行動を見守っていた。焼け焦げる苦痛からか、飼い主の手の中で白ムササビは暴れ回るが、グレンジャーがそっと握りしめて指で包み込むと、炎は橙色の光を帯びて静まっていった。やがて炎が、ムササビの体の表面に吸着し、完全に馴染んで内側に吸収されると、ムササビは腕を広げて元気よく飛び上がった。


 キュッキュキュキキュゥ~~~!


 空中でムササビが腕を広げて小気味よく鳴き、そして炎で構成された一対の翼が、ムササビの背中から生えた。炎の翼を得た白ムササビは、鳥のように部屋中を自由に飛び回り、何周もしてから最終的にグレンジャーの肩に止まった。


「スノウ・ムササビといってな、大陸でも寒冷な北の地方でしか生息しないモンスターなんだ。だがこいつは・・・この『ポロン』だけは特別なスノウ・ムササビで、魔力の貯蔵量や耐性が、生まれ持って秀でていた。だから私の炎魔術にも耐えられるし、温暖なこの地方で飼っても平気だ。外見こそ他の個体とまったく変わらないが」


 スノウ・ムササビは頬をすり寄せて甘えてくる。グレンジャーはその耳元を、指先でくすぐるように撫でながら、一部始終を見て呆気にとられている二人に説明を続ける。


「焼け死んだかと思ったかい?ふふ、まあ無理もない。・・・・・もう大体察しがついただろう。私の魔力を取り込んだポロンは、そこらの伝書鳩や飼い慣らした鳥形モンスターとは、比べものにならないほど優秀だ。副都サクルースでの出来事を見てきて、ロメオに居る私に知らせるくらいなら、簡単にこなし、なおかつ今回のように、ホンバットからの報告書もちゃんと運んできてくれる」

「すごい・・・」


 自由自在に魔術を操り、様々なことをいとも容易くこなすグレンジャーに、ラスクが感嘆をもらした。黙って聞いていたジャックも、その『何でもありな』ギルド長の姿に内心は驚いてばかりだったが、落ち着いた態度で話題を元に戻した。


「よくわかりました。ならば、その襲撃というのは、間違いなくエイドスの差し向けたものなのでしょうか」

「そうだ。襲撃された場所は、リレイラス・ハンデンという老人の屋敷だったらしい。あの3人を副都に行かせたのは、そのハンデンという人物に会って、エイドス討伐の協力をあおぎたかったからなんだが・・・そこをまんまと狙われたわけだな」

「刺客はどんな奴で?」

「植物モンスターと昆虫モンスターを、同時に、意のままに操るという珍しい能力をもった女だ。しかし、魔術士でもなかったようだ。昨日、君とダリアを襲撃した、シアン・コーカサスという男もそうだったが、エイドスの差し向ける刺客は、非常識な方法や能力を持つ者ばかりだな」


 やれやれ、と言って息を吐いたグレンジャーは、ポロンをローブの後ろ襟に戻した。まだ遊び足りないのか、ムササビのポロンは頭だけ襟から出して、グレンジャーの首筋に鼻先を何度となくすりつけるが、グレンジャーはテーブルに両肘をつき、指を組んで話を続けた。


「ここまでの出来事から、エイドス・セイルズには、予想以上の戦力があるのは分かった。配合モンスターというのも信憑性しんぴょうせいが高い。その証拠に、山でしか活動しないモンスターの大部分が、都市ロメオ近くをうろつくようになったからな」

「強い配合モンスターに住処を追われ、山を下ってきた、と?」

「察しが良いな。しかし残念なことに、その異変に気づかない冒険者がほとんどだ。・・・それに加えて、侮れない刺客がこう次々と送られてくるとなると、これは本腰を入れて対策を練る必要がある。まあ、その対策はもう八割方、ホンバットたちのおかげでうまくいきそうだ」

「その対策とは・・・?」

「『リレイラス・ハンデン』を連れてくることが出来たことだ。最初に言っておいた『良い知らせ』というのは、実はそのことだ」

「あの、さっきからおっしゃっている、ハンデンというご老人とはどんな人物ですか?」

「それは教えられないな。ハンデンの・・・彼の経歴や素性は、そう易々と明かしてはいけないんだ。しかし、一つだけ言えることがある。彼は私に出来ないことを出来る能力を持ち、大変心強いということだ」


 いたって真剣な様子で、あのソル・グレンジャーが、リレイラス・ハンデンという人物を高く評している。ただ者ではないだろうと考えたジャックは、ひとまずその老人の名を心に刻みつけておくことにした。


「ハンデン・・・か。グレンジャーどの、お三方はいつ頃に帰ってくるのでしょうか」

「ホンバットたちか?そうだな、明日の昼前には着くだろうな。言い忘れていたが、今日から君はこの部屋で寝泊まりしろ。『蒼き駿馬亭』に戻って、また刺客が現れたら危険だから・・・な」

「はい、承知いたした。マーシュ殿とクレア殿の荷物は?」

「廊下に置いてある。この部屋の物は自由に使って良いから、友達との訓練以外は、無闇な外出は控えることだ」


 では、失礼するよ。椅子から立ったグレンジャーは最後にそう言うと、部屋から出て行った。

 グレンジャーが出て行った後、ジャックとラスクは座ったまま、何も言葉を交わさなかった。というよりも、ジャックはしばらくの間、エイドスの狙いについて黙考していて、ラスクは何となく話しかけづらかったからだ。


『エイドスは何を考えている?ただの復讐ならば、これまで刺客を送ってきたのも辻褄が合う。しかし・・・・・本当にそうか?短慮さはあったが、あの晩、森で闘った俺たち3人を始末するためだけに、刺客を送る男なのか?それに、毒使いのシアンが言っていたが、俺の死体をエイドスは欲しがっているようだ。やはり、俺とモンスターを掛け合わそうと、目論もくろんでいるのか?』


 一点を見つめて考えているジャックは、稽古の時よりも恐い顔をしている。そんなジャックに、ラスクはできるだけ邪魔をしないように黙っていた。時計を見ると、すでに遅い時間になっている。ラスクは、おそるおそるジャックに「もうそろそろ宿に帰るね」と言って帰り支度を始めた。


「帰るのか。わかった、気をつけて帰れよ」

「うん。明日の朝の稽古もよろしくね」

「もちろんだ。君こそよく休んでおけよ。明日も遠慮せずいくからな」


 意外にも、いつも通りの穏やかな口調で言葉を返すジャックに、ラスクはほっとした。そして、望むところ!と嬉しそうに歯を見せて笑ってから、ラスクは部屋を出ることにした。




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