番外〜生き残った孤狼
ジャックに敗れたエイドスのその後のエピソードです。敵側の話を読みたくなければ飛ばしてもらっても結構です。多分、読み飛ばしても本編に大きな支障は無いと思います。
雨の降り始めた森の中、己の体をやっとのところで引きずっていた長身の男がいた。全身は泥と自分の血にまみれていて今にも屍になりそうなほど弱々しい呼吸をしている。その訳は、男の胴と首がズタズタに切り裂かれてそこから血が滝のように流れているためで、もはや死ぬのは秒読みといった所だ。それにも関わらず男は這いずって行くのを止めない。眼のみが爛々と輝いて生気を失っていないのだ。
男がピタリと動くのを止めた。倒れる彼の顔のすぐ横には木が立っていて、そこの根っこにはわさわさと虫たちが蠢いている。男の手が自然と伸びて虫たちを鷲づかんでほおばった。粘液と多節が口の中で混ざり合うが男は迷わず咀嚼し続けていく。
ひとしきり虫たちを食べ終わると男は周囲にある雨水を含んだ土を、自らの腹に詰めて止血した。決して土がこぼれて血が噴き出すことがないように、元々あった内臓まで押しつぶしてしまうのではないかというほど土を詰める。さらに首の傷は土で止血は出来ないと判断し、血の噴き出る頸動脈を指でつまみ上げて強引に止めた。
「グシィェェアッ・・・!」
首の血管をつまんだ時点でそのまま男は無理矢理立ち上がって走り出した。頭に血が送られず視界は暗転しかけるが、構わず全速力で走り続ける。男は満足に働かない頭の中でも、たったひとつ、森を抜けられずに倒れたら死ぬ、ということだけは理解していた。
やっとのことで森を抜けた男はまだ走り続けて西へ曲がっていった。北西には山が広がり身を隠すには適していると考えたのだ。そこへ向かおうとして山の中を走り続け、やがて前のめりに倒れて意識を失った。だがしかし、倒れ込んで気絶したはずの男の身体は、徐々に黒い獣毛が現れて獣じみてきたのだった。
男が眼を覚ましたのはそれから十時間後のことである。身体はすでにただの背の高い人間に戻っている。寝た体勢のまま手の指を動かして自分が生きていることをちゃんと確かめ、それから腹の土を強く押さえながら立ち上がった。首から上の血はもうほとんど残っていなかったが、それでも致命傷だったはずの傷は塞がっていた。
立ち上がった男は東の空から太陽が上がっているのを見て、次に自分の周囲に散乱するモンスターどもの死体を確認したその顔は、ヤマを当てた勝負師のような満足顔だった。
モンスターの死体はどれもこれも穴という穴が損壊していて、さらに虫喰いのように肉が半端に食われている。
男はおもむろに自分の胸ーーー服を破いて心臓の辺りを見ると、剥き出しに晒された目玉が埋め込まれていた。脈動しながら時たま気になる物体に瞳をギョロつかせている『それ』は、明らかに男の身体と共存していてそこらにいるモンスターとは別格の不気味さがある。この特殊なモンスターを自身の体に埋め込んでいた男は、いざとなれば虫などを大量に摂取することでこの目玉モンスターを起こしておくことができるのだ。
「よくやった・・・第三の眼球・・・・・首の血管もちゃんと代わりに用意し、おまけに眠る俺に寄ってきたモンスターどもを喰い殺して腹を満たしてくれたのか。おかげでこれ以上ない目覚めだったよ」
胸の目玉をさすりながら歩き出した男は山の獣道を進んでいく。
己の体に内蔵しておいたモンスターを、この時静かに称賛した男はエイドス・セイルズという名である。ジャックに両肺と両頸動脈を斬られて倒れたこの男は、ディーセント帝国出身の商人であり密輸業者でもある。ここファルス王国にて高ランクモンスターの密輸や配合モンスターの研究などを成功させようと目論んだ彼だったが、金を渡して協力させた山賊ドルザと冒険者ウーゴの兄弟そして奴隷商人ホディッツの3人が死んだことで、それらの計画が頓挫してしまった。
3人の協力者の内、2人がジャックという少年に殺されたことを嗅ぎつけたエイドスは、自ら失敗のけじめをつけるためにジャックとその仲間2人を襲撃したのだった。
「やられたのは・・・配合済みの・・・エレファントバードとナイトゾンビとチャイコンイモムシか。チッ、ずいぶんと高くつくな」
襲撃の結果としてエイドスはジャックに敗北、吼えて報らせたことで投入した配合モンスターもジャックの仲間2人に討ち取られた。素早く頭の中で昨夜の負け勘定を整理して思わず舌打ちする。
山の奥へ奥へと進んでいくエイドス・セイルズは、時々行く手を阻もうとするモンスターをなぎ倒しつつ、音をたてていることも構わず目的地へ進み続ける。高く昇る太陽の光が木の葉の間から燦々と差し込んでくるが、生来からエイドスはそんな暖かみのある太陽になぜか気に食わない顔をした。
エイドスが着いたのは草で隠された自分の本拠の入り口である。木の蓋を外して開ければ梯子が地下へと伸びている。
ファルス王国に来てから二ヶ月経つエイドスにとってこの隠れ家は2つ目の隠れ家だ。しかし今はもはや、研究所と呼んでも差し支えのない内装と規模になっている。ラプターウルフの腕力をもってすれば、深さ5メートル以上掘り進め広々とした本拠地を作るのは簡単なことだ。加えて、『モンスターを配合させて新たなモンスターを創る』という研究ができるのはエイドスの知識が他の獣人よりも優れているからである。
梯子を使って研究所に降り立ったエイドスは、ずらりと立ち並ぶ鉄牢を見渡す。1つの牢につき1匹のモンスターを収容し、その種類は豊富だがゴブリンのような程度の低いモンスターは1匹もいない。木こりのフルクに試しに見せた、程度の低い大爪ネズミと人間の配合モンスターも、フルクが妙な真似をしないよう脅すためだけの廃棄予定のモンスターだった。鉄牢は大小様々で、四足歩行の獣モンスターや羽根を持つモンスターもいる。口から火を噴く大蛇もいれば古びた鎧を着込んだアンデットもいる。牢の中に入れても逃げ出してしまうような流動性のあるスライム種のモンスターは天井に吊り下げられた特殊なガラス球に保管し、第三の眼球にいたっては扱いが難しいためエイドスの体内に1体、もう1体は適当な獣型モンスターの中に住まわせている。
エイドスは研究所奥の椅子に座って眼を閉じる。一度頭の中でじっくりと今後の方針を決めようとしたが、エイドスが帰ってきてから餌をよこせと騒ぎ出すモンスターのせいで思考が乱れてしまった。
「チッ・・・やかましいぞッ!餌なら待てよな、いずれ都市ロメオの人数分たらふく食わせてやるんだからな!」
エイドスの一喝によりひとまずモンスターたちはおとなしくなった。もちろん今のエイドスの言葉の意味をある程度理解できているのは、そのエイドスと一体化している第三の眼球くらいだが、その他大勢のモンスターたちも飼い主であるエイドスの今の剣幕に何かを期待している様子だった。
立ち上がったエイドスは本棚から地図と図鑑を取り出した。地図は土の壁に貼り付け図鑑は自分の膝の上で広げる。地図の×印は3カ所、まず都市ロメオとその北西にある自らの隠れ家である。そして最後の×印はその2つの印よりもさらに北にあった。都市ロメオの北に広がるのは緑豊かな山緑地帯であり様々なモンスターや希少な資源の宝庫とされている。高ランクモンスターなども多く冒険者達にも人気の場所であるため、エイドスが冒険者や旅人の死体を集めるにはもってこいの場所だった。
そんな緑豊かな深山幽谷の地帯に付けられた最後の×印の地点とは、ただのモンスターとはかけ離れた生物―――――いや、聖獣たちの棲み家である。
「二日休んでから出発するか。・・・三日後には『俺が』新種になってやる」
図鑑を放り投げてそう言ったエイドスは、景気づけとばかりに貼られた地図の印を指で突き破った。その指は後ろの岩もたっぷり貫いていた。
活動報告の方でもお知らせしますが、これからもTRPGのシナリオ作りを進めていくので、それがひと段落つき次第投稿していきます。これからもよろしくお願いします。




