ハンデン邸にて その1
あけましておめでとうございます!
イブ以来の投稿ですが、今年もよろしくお願いします!
副都サクルースの北東部住宅街にあるハンデン邸へ向かった3人は、坂道を上っていったところでハンデン邸の執事『リデル』に出迎えられた。執事リデルの案内の元、ホンバット、マーシュ、クレアの計3人が乗る馬車は個性のある鮮やかな家々が集まるこの地域を進む。見晴らしの良い高台部になっている北東部一帯は、家の立地によっては街と港そして海を一望できる所であるため総じて住民はそれなりの資産を持っている。つまりは貴族なども住んでいるため、ある程度進んでいけば和やかな住宅街にふさわしくない鉄門が通りを塞ぎ、衛兵や貴族の私兵が常駐していることもある。
ハンデン邸に着くまでにホンバットたち3人は4回鉄門に行き当たり、その都度、衛兵に身分と用件そして所持品をしっかりと調べられた。持っていた武器を丸々取り上げられるということはさすがに無かったが、ホンバットとクレアの刃物類は渡された革の鞘にしまわれ、マーシュの矢はすべてロープできつく束ねられた。
「申し訳ございません。これも規則なので・・・」
馬の手綱を持って先導する背の高い執事が顔だけホンバットたちに向けてそう言った。
3人は一様に気にした様子もなく大丈夫だと答えた。もちろん、少しも不自由に感じないと言えば嘘になるが、すべての持ち物を取り上げられたり不快になるほど厳しい査定を受けた訳ではない。富裕層の警備とだけあってここで出会う衛兵は皆そつなく上品で手際の良さがあり、無用の騒ぎを起こさない配慮が見られた。
「やっぱりちゃんとしてるんだな、周りの建物の大体は都市ロメオで言う『金持ち』が棲んでいる邸宅だぜ」
「赤レンガの建物で統一した中央区よりも自由な造りが多いわね。ここまで来れば壁画で彩った豪華な家なんてザラに思えてきたわ」
何気ない会話をしていると、執事のリデルが手をすっと振り上げて一軒の邸宅を手で示した。
「お待たせ致しました、こちらがハンデン殿の邸宅でございます」
リデルが示したのは白い壁と赤茶色の屋根を持つ一軒家であった。全体的にすっきりとした大きさの建物で真っ白な塀で囲われた敷地もそこまで広くはない。他の家とは異なり目立つテラスも壁画も無く、しいていえば塀の内の庭になっている白ブドウの木と主棟の奥側にうす水色の尖塔がポツリとあるくらいだ。リデルが木の門を開けて誘導し、馬車は何とか入ることができた。馬は門をくぐってすぐの所にある小さな厩舎に入れた。
改めてこの住まいを目にした3人は、ここの主人であるリレイラス・ハンデンの人柄が何となくだがわかるような気がしていた。
一階は使用人室か倉庫に使われているようで使い古された木戸が取り付けられている。必然的に階段を上った先に玄関がある。玄関扉は黒を基調とした落ち着きのある両開きの扉で、執事リデルが開けて「どうぞ中へ。手前の応接室にて主人が待っています」と3人を促した。
暖かみのある木目調の家の中へ入った3人は言われたとおりに応接室の扉の前に立つ。先頭のホンバットがノックすると、老人の渋い声が一言返ってきた。決して若くはないが衰えは感じられなかった。
「入ってくれたまえ」
「失礼します」
扉を開けて応接室に入った。ソファに座っていたのは中肉中背の老翁で、季節はずれにも暖かさのあるローブを羽織っていた。表情は特にない。良く言えば落ち着きがあり、悪く言えば冷淡だ。
「かけてくれホンバットくん。ああ、そこのお二人も」
老翁――――リレイラス・ハンデンの言うとおりに3人は並んでソファに座った。
3人が入ったこの部屋はごくごく普通の応接室と同じく、テーブルを挟んで一対のソファがあることは変わらない。さらには絨毯やチェストなどの調度も一般の家庭と変わらない質素なものだ。ただ一つ、その部屋の隅には見事なまでの甲冑が飾り立てられていた。見せつけるだけの豪奢な装飾は一切無く、その甲冑は窓からの陽光を受けて鈍色の光沢を放ち、右手っ甲には細剣、もう片方の甲には金色十字の紋様が刻まれた円盾を備え付けていた。それはどことなく、まるで物言わぬ騎士のようにハンデン氏を守っているようだった。
「私がリレイラス・ハンデンだ。どうぞ宜しく」
「冒険者のアンソニー・ホンバットです。都市ロメオのギルド長グレンジャーの代理で参りました。こちらの二人は後輩です」
「マーシュです」
「クレアです」
全員が名乗り終わってからハンデン氏がテーブルの下から一通の手紙を取り出した。封には『ソル・グレンジャーより』という文字が見えた。
「昨日の晩、この手紙が私のところに届いた。内容は都市ロメオで今後起きるであろう問題に、私に助力を求めたいということだ。ここまではいいかな?」
「はい」
「じゃあ次だ。凄腕の魔術師として名を馳せたソル・グレンジャーが、他人に助力を求めるほどの『問題』というのはどんなものかと思って読み進めていくと、なんて事はない、一匹のラプターウルフがうろついているというだけじゃあないか。こんな事でわざわざ都市ロメオにまで足を運ぶのは正直乗り気ではない。・・・君たちはどう思う?」
「それだけではありません。そのラプターウルフの男がモンスターとモンスターを掛け合わせて・・・」
「ふん、新しいモンスターを作ったという話だったな。ホンバット君、それは君自身がはっきりと確認したのか?」
「いえ、自分ではなくこの二人です」
ホンバットがマーシュとクレアの方を見てそう言うと、厳しい表情をしたハンデンがじろりと二人を睨むように見てきた。非常識過ぎて話にならない、という怒声が今にも飛び出してきそうなリレイラスの態度は、さすがのホンバットも弁明の言葉が出てこなかった。
緊張した場の空気はその後しばらく続いていたが、その静寂を切ったのは主のハンデンだった。
「良いかな、私は長いこと国のために働く生活を続けてきた。その際に培った技術や経験などが報われて、自分で編み出した固有の特技があるのだ。それが『魔力探知』だ。私はね、『自分が心の底から信用できる人』のためにしか『自信のある自分の技術を使わない』と決めている。それだけは譲れない」
この時点で、もはや協力を求めるのは不可能とホンバットは考えていた。対面しているこの老翁の言うことはいちいちごもっともであり、無理を言っているこちらに返す言葉がない。このハンデン氏は一度言いだすと頑として譲らないだろう。
マーシュとクレアにはまだ伏せていたことだが、ハンデン氏が簡単に協力してくれない理由はもう1つあり、それをホンバットは知っている。
このリレイラス・ハンデンが数十年間勤めていた職業とは、このファルス王国ではとても重要かつ機密なものである。古くからファルス王国の国教となっているレン教には、魔法や魔術とは機能や様式が全く異なる秘術とそれを扱う王国直属の集団が存在する。仮にその秘術を「レン秘術」とすれば、それを習得した武芸百般の精鋭を、知る人は『レン騎士』と呼ぶ。その騎士団は非常の事態や秘匿された任を請けて動くため、もちろんのことだが、一般で知る人間はいない。
このリレイラス・ハンデン氏は王のため、国のために動くレン騎士団に所属していた。ホンバットがグレンジャーから聞いた話では、ハンデンは一介の騎士団員ではなく、分隊長も務めていたほどの人物なのだ。
機密な職業で使っていた能力を、みだりに他人に見せはしない。ということだろう。
息をついて一度気持ちを整えてから、ホンバットはハンデンに言った。
「貴方の言葉はいちいちもっともなことです。自分たちが図々しい頼みをしました。けれども、嘘をついたりするためにここを訪ねた訳ではありません。出来ればもう一度、貴方の力を貸して頂けないでしょうか」
深々とホンバットが頭を下げて再度、協力を懇願した。横に座っている二人もそのホンバットの姿を倣ってハンデンに頭を下げた。
ハンデンは10秒ほど無言だったが、咳払いをしてから頭を上げてくれと言った。3人が顔を上げた時、ハンデンは先ほどの様子とは異なり、優しげでどこか困ったような顔をしていた
「・・・一つ、説明しても良いかな?」
「はい」
「ホンバット君、君たち3人のギルド長の顔を立てる義理心も熱意もわからないわけじゃあない。それはちゃんと伝わっている。だがね、どうしても腑に落ちないのだ。分からないのだ。私に手紙で協力を頼んできた元クラスAのソル・グレンジャーもそうだが、君も立派なクラスB冒険者で、ラプターウルフ一人の企みなど恐れるに足らないではないか。これは侮りじゃあない、客観的に考えてから言っているのだ。・・・まだ半信半疑だが、『モンスターを掛け合わせる』と言っても山一つ消し飛ばすような、たとえばそう、ドラゴン系統のモンスターを創るほどではないのだろう?」
「確かに・・・そうです。今の貴方と同じ事を、自分たちは道中でずっと考えていました。ギルド長の狙いが何なのか、何故ラプターウルフ一匹にここまでのことをするのかが・・・」
ホンバットがさらに言葉を続けようとしたその時、扉が荒々しくノックされて主人ハンデンの返事を待たず執事のリデルが入ってきた。リデルの顔つきを見てホンバットら3人もハンデンも驚愕する。
知的そうだった執事の顔は蒼白く、憔悴しきった呼吸をしながら何かを伝えようとしていたのだ。手はぶるぶると震え、足取りも重病人のようにおぼつかない。こひゅーこひゅーとした音と一緒に言葉を出そうとしているのだ。
「どうしたのだリデル?何があった?」
「・・・ぶ、ど・・・・・う、」
「う・・・む?『ぶどう』と言ったのか?庭のぶどうがどうかしたのか?」
庭の白ブドウの木を連想したハンデンが、様子がおかしい執事に素早く問いただそうとしたが、まもなくリデルは前のめりに倒れた。うつぶせに倒れた執事の背中は、何十もの小さくえぐり取られた傷がありそこから血がじゅくじゅくと出て黒服を滲ませていた。
すぐにソファから立ち上がったホンバットが、右腕でリデルを抱え上げて応急処置しようをしたとき、リデルはホンバットの空いている手首をいきなり掴んで叫んだ。
「し、し・・・白ブドウが襲ってくるッ!!」
この瞬間、リデルをのぞく全員がこのリデルの訴えが理解できなかった。そもそも生き物でもないブドウが『襲う』と聞いて、リデルの精神状態がどうにかなってしまったのかと考えたのだ。
「庭にあった白ブドウ、か?・・・確か、この窓から見えるんじゃ・・・?」
窓は適度な日の光が入るように透かしたレースカーテンだけを閉めている。この邸宅に入ってきた時の間取りを覚えていたマーシュが、ちょうどこの部屋が庭に面していると思い出して、レースのカーテンをおそるおそる開けて庭を見た。
庭を覗いてみるとそこはさっき見た庭ではなかった。見たことのない植物がびっしりと庭中を覆ってまだら模様の密林になっていたのだ。急に現れた植物は総じてブドウの木と同じ高さで、最初からあった白ブドウの木がほとんど隠れてしまっていた。その不思議な植物たちは、ほとんど風は吹いていないのに不自然なほど揺れ動き、葉と葉が触れ合う音がここまで聞こえてくる。
「ホンバットさん!庭が・・・森みたいになっています!」
「何だって?」
マーシュがそう言うとホンバットは気を失ったリデルをクレアに託し、カーテンをすべて開けた。さすがのホンバットも、あまりの変容ぶりに言葉を失う。
いったいなにが起こっているのか。その場にいた全員がそんな感情を抱いた直後、樹海のちょうど中心、つまり元々白ブドウが実っていた場所から、数え切れないほどのブドウの実が飛んできた。
「なッ?!伏せろ!!」
叫んだのはホンバットだった。白ブドウが襲いかかってくるというのが本当ならば、と考える前に、飛来する白い実『自体』に危険なものを感じたのだ。
クレアはリデルを抱えながら伏せ、ソファに座っていたハンデンはテーブルとソファの間に転がり落ちるようにして避けた。窓に一番近かったマーシュとホンバットも伏せたが、巨体のホンバットは金属鎧に包まれた背中になにかが掠った痛みを感じた。
「ぬぅッ!」
苦悶の声を上げたホンバットを心配したマーシュは、白ブドウが通過したのを確認してからホンバットの背中を見ると、金属製の鎧を何かが『刺し切られた』ようになっていた。傷は浅いが、伏せていなければどうなっていたのかと想像してマーシュは背筋が冷えた。
「私のことは良いマーシュ君!それよりもやり過ごした白ブドウの確認が優先だッ!」
ホンバットにそう言われてマーシュは白ブドウの実が飛んでいった方向へ目を向けた。窓の反対側には扉がある。ついさっきリデルは扉を開けっ放しのまま倒れたので白ブドウは廊下の壁に全てめり込んでいた。木の壁に亀裂が入っていることから、殺傷力は十分だ。
「ホンバットさん、今のはいったい?魔術か何かですか?」
「わからん・・・が、下手に体を起こすなよ。誰の仕業か知らないがこんな現象を起こすとなれば相当危険なやつだ。とりあえずまずは・・・クレア君!執事の方はそのまま床に寝かせておいて、君は廊下にある私たちの武器を取ってきてくれ!ただし用心は怠るな。もしも何かがあったら私の重い長剣は諦めても良い」
ホンバットの指示を受けたクレアは緊張した顔つきだったが、一度頷いてから低い姿勢のまま山猫のごとくスムーズに移動して、廊下へ出ていった。
無事クレアが部屋を出たのを確認したホンバットは次にマーシュの方に指示を出す。
「マーシュ君はハンデン氏について守ってくれ」
「いや、いい。そんな世話など無用だ」
ハンデンはホンバットの配慮をそう突っぱねると、甲冑のある方へ這い進んで細剣を手にとって握りしめた。ハンデンの目は「自分の身くらい守れる」という目をしていた。
しょうがない、と呟いたホンバットは再度マーシュに指示を出した。このような不測の事態でも慌てず後輩冒険者に指示を出すところはさすがだった。
マーシュはホンバットに、ひとまず自分から離れるなと言われた。
「わかりました・・・じゃあ、俺はホンバットさんから離れず――――」
自分より遙かに経験のある先輩冒険者の指示に、素直に従ったマーシュはそこで突然言葉を途切らせた。ブゥゥーーッン、という羽虫が耳元近く飛んでいるあの特有の音が聞こえたのだ。ホンバットもマーシュの顔つきを見てその羽音に気づいたようで、二人は自分の頭の周囲を急いで確認したり払ったりしたが、どこにも虫などは飛んでいなかった。それでも羽音は聞こえ続けている。
「羽音は・・・どこからだ?」
そんな事を言ってホンバットがマーシュの方を向いたその時、ホンバットの鼻先を何かが掠めた。何かが一瞬で目の前を通過した、とホンバット自身が理解すると同時に鼻先から血が流れて激痛が走った。
「う、う?・・・・ぐぅうううあ!」
突然の痛みによりさすがのホンバットも鼻を手で押さえて顔を覆う。マーシュはその時のホンバットの鼻から落ちたものを見た。わずかだがそれは鼻先の肉だった。リデルと同じく、いとも簡単に『何か』によってホンバットの鼻先がえぐり取られていたのだ。
羽音は今も聞こえているが、先ほどよりも明瞭で大きな音になっている。『羽音』の方向をマーシュは見た。
「な・・・蜂?!」
羽音の正体は蜂だった。だがマーシュが見た『それ』は花などの蜜を吸うあの蜂などよりももっとモンスターじみた不気味な『蜂』だった。半透明の太い針に短くも強固な顎、そして高速で動かす羽根はいやらしく毒々しい黄色と赤色をしていた。
蜂は次にマーシュを狙い定めたようで、短い顎をガパリと広げて突進してきた。




