副都サクルースのハンデン氏
マーシュ、クレア、ホンバットの3人は山の中を走る道から本筋の街路に入った。近づくにつれて副都サクルースの街壁と街門の巨大な様と重厚な造りには、ホンバットはともかく初めてこの副都へ来たマーシュとクレアは驚かされた。
城門の周辺には都入りの手続きなどで待つ商人や冒険者たちのテントがそれなりに多い。普通ならば彼らを差し置いて都入りを果たそうものなら快く思われないだろうが、馬車を運転していたのはクラスB冒険者としてそれなりに名の知れたアンソニー・ホンバットである。そのホンバットの顔を見知った者ならば仕方ないと諦め、顔を知らなくてもホンバットの体格や出で立ちそして顔の目立つ傷を見れば特に何かを言って絡んでくることなど無い。
城門で出入りの手続きを行う兵士もアンソニー・ホンバットだと分かるとすぐに手続きを済ませて馬車ごと通してくれた。
ファルス王国南部、南の大海へ流れるブルック川をさかのぼって40キロに位置する副都『サクルース』は王国屈指の港湾都市である。大平野に位置する王都ベルガモットとは異なり河港として栄えてきたこの副都は南国ピルカとの交易、はてはディーセント帝国との交易や海上戦の要衝となった歴史ある都である。
北西門より入ったマーシュたちがまず目にするのは背の高く洗練された赤のレンガ造り建築群である。網膜にしみるほど鮮やかな赤銅の都にマーシュとクレアは息を呑んだ。3人が乗る馬車が今通っている大通りはびっしりと鱗のように並ぶ石畳で、都市ロメオの通りとは整備や石の材質からして丸みと頑丈さが比べものにならない。人通りの数もまた多く、多種多様な人種と職業の人間が見受けられる。
「初めて来たがすごいなこりゃ・・・」
「そうね。道路の広さなんてロメオの3倍はあるわよ」
「けどそんな広い道路でも馬車や人が多いせいで狭く感じるくらいだ。これじゃあゆっくり進んでくしかないよな」
「建物もこの通りは一面赤レンガ・・・・・綺麗ね」
「そうだな、でも建物だけで言ってしまえば俺はロメオの方がなんか好きだな。雑多な木組みと石組みの建物のほうがなんか・・・こう・・・安心するよ」
「はは、ずいぶんと都の景色を楽しんでるようだがマーシュ君の言うことは僕も共感できるよ。確かにここ副都サクルースは綺麗で荘厳な建築群だが、慣れない人にはレンガの赤みで落ち着かなかったりするものだ。まあ、ここの魅力は建物や景色ばかりではない。ピルカやディーセントとも盛んに交易しているから、様々な物品や人種がいる・・・それに美味しい食べ物もある」
「ジャックから聞きましたが、やっぱり食通なんですか?」
「まあね、けっこう料理にはうるさい方だと自分でも思う。食事のためだけにサクルースに足を運ぶことだってある。しかもこの副都で定期的に発行される『ハングリヤ』という雑誌を購読すれば、通の飲食店の情報はきっちりチェックできる。・・・やっぱりしばらく貯金してセカンドホームでも建てようかな」
3人は気楽な様子で雑談を交わしつつ大通りを進んでいく。北西門からゆったりと馬車は進んでいきやがてサクルースの中心広場に出た。
円形状になっている副都サクルースは広場を中心にして主要な通りが四方八方に向かって伸びている。この広場には巨大な噴水が設けられていて人々の憩いの場になっていた。絶え間なく噴き出される美しい水柱がマーシュとクレアの目を引き、広場に面する建物も高級感のある店舗が多く並んでいた。ちなみに噴水は他の建物とは違って真っ白な石で造られ優雅な彫刻紋様がさらに存在感を際だたせている。
これらを目にしてマーシュとクレアは、のんびりと観光を楽しみたい気持ちは山々だったがグレンジャーに渡された手紙のこともあるため3人を乗せた馬車は副都の冒険者ギルドに向かうことになった。
副都サクルースの冒険者ギルドは広場を横切って、南東の方角に伸びる大通りを進んで300メートルほどで見えてきた。
まず巨大であり、階層は都市ロメオのと比べて2階層多い4階建てだった。赤レンガ造りには変わらないがその装飾や重厚さは他の店舗や住宅とはまるで違う頑健さがあるのだ。隣接する訓練場もさらに立派で,もはや砦と呼んでもさしつかえ無いほどであり、建物裏に広がる敷地は冒険者御用達の宿と大量の馬車やモンスターを収容できる厩舎にあてがわれている。
ホンバットはギルドの前で馬車を止めた。身軽に運転席からひょいと飛び下りて、馬の手綱を直接引っ張って馬車を裏の厩舎に誘導した。厩舎の入り口まで行くと馬屋番をしていた青年が居て、ホンバットへ素早く一礼をしてから手綱を譲り受けた。
馬車を預けて身軽になった3人はそのまま冒険者ギルドに入ることは無く、ホンバットが先頭になって少し歩いた所にある喫茶店に入っていった。
「ええっと・・・ホンバットさん、ギルドの中に行かないんですか?」
瀟洒で落ち着いた雰囲気の店だった。人はまばらだが多くは上流そうな人物が静かに午後を満喫している。何となくマーシュとクレアは場違いな感じを味わったが、立派な剣と綺麗な鎧を自然に身につけているホンバットは奥の席に3人とも座った後、思わずマーシュがそう質問するとホンバットは愛用の剣を脇に置いてから答えた。
「別にギルドの中でもいいんだが、ここならあまり人目につかず雑談できてしかも料理も美味しいからね。さて、手紙の内容を読むのは食事をしながらゆっくり読むとしようじゃあないか。君たちも好きに頼むと良い・・・あ、僕はパスタで」
「え、じゃあお言葉に甘えてビーフシチューで」
「まったくシチューばっかりねマーシュ・・・・・いただきますホンバットさん、ハーブティー1つで」
少し待つと3人が頼んだものをウェイトレスが運んできて、それぞれが1日間の馬車移動の疲れに一息ついた。
最後にマーシュがシチューを食べ終わって、そこでホンバットは手紙を取り出して封を切った。迷いもなく封を切ったホンバットが言うには、「手紙というより嘆願状だ。グレンが私たちにやってきて欲しいことがこれで知れる」というものらしい。
手紙を広げてその内容に3人は目を走らせる。ホンバットはインクの乾き具合と筆跡や紙質から2日前にグレンによって書かれたものだと分かった。ちなみに『2日前』ということはグレンとホンバットにとって、都市ロメオ内外で不審人物(主にエイドス)についての情報収集、都市ロメオの領主との帝国情勢の確認など・・・・・それら諸々の事が一段落ついた日である。
『芽の萌しが現れ始めたこの頃ですがいかが、お過ごしでしょうか。さて、前置きが長くなってもあまり良くないので本題に入りたいと思います。よろしくお願いします。さて、では、ハンデン殿の力を都市ロメオの人々のために貸して頂きたいのです。今の、こちら都市ロメオの状況は・・・』
ホンバットの説明通りに、手紙というよりはむしろ『嘆願状』のようであった。
文章はグレンジャーにしてはどこかちぐはぐで難解であった。そんな文章をマーシュとクレアはまだ読んでいたのだが、『ハンデン殿』という人名が出てきた時点でホンバットが急に表情を硬くさせて、嘆願状を一旦閉じてしまった。
「もっと他にスマートな方法あるだろうよグレン・・・」
焦げ茶色の天井を仰ぎ見ながらホンバットがそう一言呟いた。手には折って閉じられた紙がある。
聞こえた他の二人はまだ意味が分からず顔を見合わせていた。
「ああ、すまない二人とも。なんて言えばいいかな・・・・・今この嘆願状を読んでもう分かってしまったよ。グレンが考えていたのは、手間のかかる一網打尽作戦ってやつだ。
かいつまんで言えば絶対的な広範囲魔力探知の達人を一人連れてきて、その上で都市ロメオあたりで活動している他の魔術師やグレンが協力する。するとすぐにエイドスの居場所も配合モンスターも全てその潜んでいる場所を探知できて、後は一気に殲滅するというわけだ。・・・これにて一件落着〜、とね」
数秒間の沈黙が続いた。
説明をしたホンバットは呆れ返った顔で背もたれに体を預けてしまい、マーシュとクレアにいたってはどんな反応をすればいいのか分からない状態だ。
「いやいやいやいや!そんな夢みたいな作戦なんてありえるんですか?」
「信じられないだろう、ところがどっこい、ありえてしまうんだなマーシュ君。そんな無茶な作戦を実現させるのが知る人ぞ知る魔力探知の人物、ほら、さっきの文章にあった『ハンデン氏』だ。グレンが私たちにやって欲しいことはおそらく、この人物を都市ロメオに連れてきて欲しいということなんだな」
「知る人ぞ知る、ですか。その『ハンデン氏』という人は元は何をしていた人なんですか?」
「ここではちょっと・・・冒険者ではない、とだけしか言えないが安心してくれクレア君。悪どくて恥ずべき経歴を持つ人間じゃあないから。・・・・・う〜む、僕にしても1度会ったことが有るか無いかだし、そもそも関係の深くない都市ロメオの問題に『はい、良いですよ。早速ロメオに行きましょう』なんて簡単に手助けしてくれるか・・・?」
それからというものの、嘆願状はこれ以上読み進めずに、ハンデン氏という人物のことについてホンバットは思考を巡らして難しそうに考え込んでしまっていた。
喫茶店を出てから馬車を返してもらって、北東部方面へ進んでいく。北東部の地区は閑静な住宅街が多く、港のある南側や広場のある中央区とは打って変わって人混みや活気はない。この区域の家々は木造テラス付きであったり外壁に宗教色の壁画を描いていたりと、赤レンガの統一感こそ中央区に劣るが、個性が溢れる邸宅となって建ち並んでいた。
ハンデン氏ーーーリレイラス・ハンデンという名の人物とはどのような人物か。住宅街の道路で馬車をのんびりと進めながらホンバットが話してくれた。
「公職に長年就いていたが、すでに老年であり隠居している。引退した後は王都からこの副都に居を移して静かに生活しているはずだ。そうだな、もう70は越えているかもしれないな」
「そんな静かに暮らしているご年輩の方を今から、こっちの勝手な都合で連れ出そうとしなければならないんですか・・・」
「うぐ・・・わざわざ言わないでくれよクレア君。僕だってかなり気が重いんだ・・・・はぁ、やはりハンデン氏の家に行くのはやめてロメオに引き返そうか・・・?」
「でもギルド長がそれで承知してくれますか?」
そこでホンバットは頭を抱えてしまい、馬車を停めた。人通りはほとんど無いので特に差し支えはないが、歩みを止められた馬はホンバットの方に振り返って顔色を伺ってきた。
「つくづく何でこんな役目に・・・ああ、早くロメオの家に帰ってステーキとワインを楽しみたい・・・」
肩を落として後ろ向きな言葉を吐く先輩冒険者に、マーシュとクレアは初めて会った時よりも緊張は和らいでいる。むしろ、ギルド長のソル・グレンジャーに振り回されているその様子を度々見せられたからか、同情めいた親近感さえ覚えてきた。
迷い考え、結局3人はハンデン氏の住所に向かうために住宅街を進んでいった。
ある、右曲がりの上り坂を馬車がのぼりきったところだった。馬車の行く手その真正面に、1人の背の高い男が立っていた。全身に黒の紳士服を身にまとい、髪はしっかりと後ろに撫でつけられている。壮年の顔は穏やかだがその背筋の伸びた自然体な姿勢は訓練された鷹のように油断ならなかった。
まるで待っていましたとばかりに目の前で佇む男は、一礼をして運転席にいるホンバットに声をかけてきた。
「失礼ですが、アンソニー・ホンバット様でよろしいでしょうか?」
ホンバットは馬車を停めて運転席から降りた。男の服装や言葉遣いから、どう見ても馬車に乗ったまま受け答えするような人間ではないと考え、同じ目線から答えることにしたのだ。
「ええそうですが、あなたはどちら様で?」
今度はホンバットが訊くと、男は微笑んでから答えた。
「私はハンデン家で身の回りの世話をしていますリデルと申します。都市ロメオのギルド長グレンジャー様からお使いの方々が来ると主人が知っていましたので、ここまで出迎えに来ました。ここからは私がくつわを取りますのでお任せ下さい」
「えぐ、グレン・・・じゃなくてギルド長はすでに話を通していたのですか?」
グレンジャーが先に話を通していたことがあまりに意外だったホンバットは、喉が鳴るのを飲み込んでから執事のリデルに訊いた。もうくつわを引いて馬を誘導させている執事は、ホンバットの質問に意外そうな顔をしてきた。
「はい、もちろんですとも。それ以外に何の手だてでお使いが来られることを知れましょうか」
「そ、そうですよね・・・はい」
執事のリデルにそう言った後、ホンバットはどうやら話が違うぞと思い立って懐からそっと嘆願状を取り出した。
喫茶店ではハンデン氏の名前に気を取られてすべてを読み終えていなかった。グレンジャーのやりそうなことを考えながら、今度は注意して読む。横読みの文字列をそのまま読まず縦に読んでみる。その次に斜めに読んでいくと、『落ち着いていけよ』という文意になっていた。
「してやられた・・・か〜〜・・・・・」
数十分前にやったようにもう一度、天を仰いだホンバットにマーシュとクレアがわけを訊いてきた。
2人からすれば、ついさっきまでハンデン氏に会おうか会わないでおこうかと迷っていた自分たちが、おかしなことにハンデン邸に案内されているのだから無理はない。
ホンバットは何も言わず手紙だけを渡してから、指でなぞって教えた。
「ええと?ああ〜そういうこと、か・・・ハナっから話は通しておいたのか。ギルド長の性格ってずいぶんひん曲がってるんだな・・・・・」
「まあ、でも良かったじゃない。ほらホンバットさん、結果的には一件落着ですよ」
それからは執事リデルの案内の元、ハンデン氏の邸宅に着くまでホンバットは疲弊感を拭えなかったようで、後輩のはずのマーシュとクレアが落ち込むホンバットを慰める始末だった。




