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人の持つ牙  作者: 赤胴貫介
都市ロメオ編
30/105

魔法と魔術

 ついジャックが「起きているのか」と訊いて、寝ているダリアの体がゆっくりと起きあがっていった。そして上半身だけを起こしてから体の正面をジャックの方へ向けてきた。

 表情は依然として読めない。まだモンスターを模したあの不気味なマスクをかぶっているためだ。

 ここまでソル・グレンジャーの魔法に嫌がらせまがいのことを散々受けてきたジャックなので、魔術士と紹介されたこの目の前にいる仮面の女性を、それこそ一挙一動いっきょいちどうを観察して警戒していたのだが特におかしな事は起こらず、仮面が外されて素顔が見えた。


 あまりパッとしないそばかす顔に脱力感の漂う目つき、特に起き抜けなのかアンニュイそうなだらけきった雰囲気がさらに濃い。伸びきった緑の髪のせいで奥にある灰色の瞳が草むらに隠れる動物を連想させる。その眼も今どこに焦点が合っているのか分からず、そもそも正面に立つジャックに気づいているのかさえ怪しかった。


「ジャックと申します。あの、その木の板を読んでくれれば・・・」


 相手側から切り出してもらうことを諦めて、ジャックが声をかけて木の板を指で指し示すと、返事のかわりに返ってきたのは長い長いため息だった。


「はぁ~~~~あぁあ・・・バレなかった!・・・ギルド長怖かったなぁ・・・。寝たふりだったって気づかれたらどうしようかと思った・・・・・・・・」


 ジャックへの返答が一切ない独り言を吐くダリアは、一安心した顔で木板を手に取った。

 次の瞬間、木の板が一瞬で燃え上がって小爆発を起こした。シーツや枕は焼けげ、周りの本棚がガタガタと揺れる。


 顔を腕で防いだジャックは煙が晴れるまで待った。またしてもハプニングに見舞われたことで、ジャックは半ば混乱しかけていた。急に目の前で起こった爆発の煙で数秒間、視界が失われて、だんだんと煙が晴れてきたのでダリアの安否を確認しようとジャックがベッドの方を見ると、硬質そうな白い箱が見えて、それもまたもや机のようにドロリと溶け落ちてやがて内部からダリアが出てきた。


「やっぱりバレてた・・・・・寝たふりのばつにしてはひどすぎるよぉギルド長・・・あぁ~あ・・・・で、君が私に魔法を教えてもらいたい人なの?」

「はい。ジャックと申します」

「うんうん、木の板の内容は何とか全部読めたから心配しないでいいよ。えっと・・・私の名前はダリア、『ダリア・トロンボース』。壁国へきこくイアティス出身のれっきとした正統派の魔術士よ」


 声高に、それでいて自分のことを顕示するような自己紹介だったが、ジャックは特にそのことには触れず「よろしくお願い申し上げます」と言った。するとダリアはまるで物を知らない田舎者いなかものを見るような目でジャックのことを見てきた。そして弾けるように、


「って、えええぇえぇえッ?いやあの、驚かないの?普通は『え?この年で?イアティスの魔術士?』とか何とか訊いてくるものじゃないの?!もしかして君、冒険者に成り立て?それとも知っててこういう反応したの?ねえどっち?」


 突然、滅多めったやたらの矢継やつばやにまくし立てる少女に、ジャックは鼻白んで首をかしげた。そしてジャックが投げかけた問いがさらにダリアを熱くさせてしまう。


「・・・どこを驚けば承知してもらえるので?」

「そこから?まずそこからなの?・・・ああもう!なんでギルド長はこんな無愛想でやりにくそォーーな子を連れてきたの?」

「すみませぬ、あまり物を知らない若輩者なのでいろいろと教えていただけると助かります」


 それからもしばらくの間、ダリアはジャックの態度に様々な突っ込みを入れてきた。図々しく、根掘り葉掘りジャックのことを質問してくるダリアに、不思議と憎めるような感情は湧かなかった。






「へ〜えへえ・・・だからギルド長は君に魔術を習得して欲しいんだね。よく分かったよ」


 木板には書かれていなかった一通りの事情をジャックはダリアに説明した。

 説明を聞いている過程で、ダリアもジャックの真剣さと理知的な部分を感じとったのだろう・・・自主的にふざけたりするような言動をひかえてくれていた。今はもう片眼鏡をかけ、長い髪も魔法によって素早く編み込み済みで、先ほどの起き抜けの雰囲気が嘘のようだった。


「でもねぇジャック君、魔術っていうのはあまり敷居しきいが低い技術じゃないのよ?それこそ一朝一夕いっちょういっせきで扱えるなんて半分夢みたいな話だし、君がすでにオーガや第3の眼球を倒せる実力があるのなら、魔法なんて余計なモノになりかねないと私は思うわけ。相手がそのエイドスとかいうラプターウルフでも同様にね。・・・・真剣な話、本当にギルド長は何考えてるのかしら・・・・・・?」

「木の板には、『3日以内に習得』とありましたが、これは不可能なのですか?」

「魔法ならいけなけくもないけど〜、『魔術』までは絶対に無理ね。いくら私が講師でも、ね」


 そこでジャックに1つの疑問符が浮かんだ。ついつい聞いている限りでは混同していたが、よくよく考えてみればダリアは最初から『魔法』と『魔術』を分けて話しているのだ。


「一つ質問してもよろしいでしょうか」

「うん、何?」

「魔法と魔術は違うものなのですか?」


 素朴な質問を投げかけたジャックに、ダリアは生暖かい目で見てきた。ダリアのその表情から、これも常識の内なのかとジャックは気づいて、素直に一から教えてもらうように頼んだ。

 すると、ダリアは立ち上がって本棚から分厚く鮮やかな緋色装丁の本を一冊取り出した。ベッド脇に固まっていた粘土がグネグネとまたもや動き出し、再度、机の形に構成される。本はその上に置かれて開かれる。


「ちょっとこっちに来て読んでみて。わからない所があれば教えるから」

「はい」


 開かれたページを指で押さえてジャックは、この本は魔法について書かれているものだとすぐに分かった。

 内容は魔法に関しての体系と知識が記されていた。大まかに、ジャックが読んだ内容は以下の通り。


 ーーーー『この世には、どんな生物にも魔力がある』今は子どもから大人まで知っているこの常識は、300年ほど前までは定説ではなかった。それ以前は、魔力を持っていてそれを扱えるのは『魔術士のみ』という誤った説が通説だったのだ。だが、今もなお魔術の神様とも呼ばれている「ヴァロンター」が、当時の世の定説をくつがえす新事実を発表した。「適切な準備と詠唱を行えば個人差こそあるが、誰でも魔法が使えるようになる」・・・と、証明したのだ。

 ーーーーー中略、つまりはヴァロンターが編み出した、誰でも使える魔力操作の基本となるものを『魔法』と呼び、ヴァロンターの研究以前から魔術士だけが使っていた高等で複雑な魔力操作を、魔法の技術、『魔術』というように呼んで、二つに分けた。

 このヴァロンターの革新的かくしんてきな研究以降、ごくごく稀少きしょうであった魔術士の人数は増えた。多くの人間が魔法を習うことで、それまで魔術士が使っていた『魔術』がいずれ使える人間になるのかどうかが、圧倒的に知りやすく分かりやすくなったのが理由である。


「・・・分かった?けっこう長い時間読んでいるけど」

「はい、ある程度は分かりました。かいつまんで言ってしまえば、魔法が『基礎』で魔術が『応用』というところですか」

「そうよ。そこまで理解しているならひとまず大丈夫ね。もちろん、魔術を扱うほどでないと戦闘でも有用にはならないし、君をもう一度狙ってくるかもしれないラプターウルフが相手ならなおさら、魔法程度では通用しない。でもね、ギルド長がただのクラスE冒険者にわざわざ魔法を教えてくれって言うことは、やっぱり私たちでは知り得ない『狙い』があるのよ。・・・今はそれを信じて魔法を覚えていこうよ!」

「確証は?」

「むぅ、それ言われるとぜぇ~んぜん無い・・・・・でも私に言えることは一つ、たかが『魔法』されど『魔法』なの。とにかく私が出来るのは、出来るだけ早くそれでもって出来るだけ上手く君に魔法を習得させてあげること。なあに、このダリア・トロンボースが、ただの役立たずな魔法を覚えさせる気なんてサラサラ無いから心配しないで・・・・・・・・くくぅぅうゥ~~~!無性にすんごく楽しみになってきたぁ!」


 話し始めたときのあの狂乱さが見え隠れしてきたダリアだったが、すぐに真面目な顔に戻って本棚に囲まれたスペースから出た。緋色の本を閉じて脇に抱え、ジャックもすぐ後ろを歩いた。

 部屋の中心、ここはしっかりとした大きな机とある程度のスペースがある。デスクに置かれている水晶、燭台しょくだい、無地のおうぎに水槽と、雑然としていた。

 椅子は無い。ダリアはそのままデスクに腰を下ろして、ペンと紙をジャックに投げ渡した。


「その本の70ページを開いて、大きく描かれてある魔法陣を描きなさい。なるべく綺麗にね」


 渡されたペンで、言う通りにジャックは床に紙を置いてから魔法陣をえがき始めた。すぐに気づいたが、そのペンはインクのかわきがすさまじく『遅く』、えがいた曲線もジャックのわずかな吐息といきだけでしばらくプルプルと震えるのだ。慎重に、染み込むのを待ちながら、次に次にと魔法陣を構成する線を増やしていく。言うまでもないが、紙がズレたりすることがないよう、左手の平でしっかりと紙を押さえている。


 5分を少し過ぎたところでジャックは魔法陣を全て描き終えた。インクも完全に乾いている。自分の描いたその魔法陣を改めてながめると、大きな円と長方形の内に雪舟せっしゅう作の山水図さんすいずをそのまま湖に浮かせたような何とも奇妙な水と緑と曲線が織りなす図になっていた。


「描き終えました」


 ジャックがペンを置いてそう言うと、紙とペンが浮いてダリアの方へ戻っていった。手で受け止めたそれを見てダリアは、まずは合格点と呟いた。

 それからダリアはえっへんえへんと、わざとらしいセキ払いをしてから43ページとだけジャックに指示した。またしても43ページには絵が描かれていて、五角形の中に5つの物質が描かれている・・・というものだった。


「では、魔法についての説明をします。魔法とは、身体に内蔵されている魔力を適切な方法で『体外に出す』ことです。魔法はその性質の違いによって5つに分けられます」


 そこでダリアは「まずはこれを見てください」と言った。ジャックは胡座あぐらをかいて本の絵を見ていたが、顔を上げてダリアを見た。

 ダリアはフウと息を整えて、右手を上げて手の平を天井に向けた。


 シシュゥゥウ・・・・・ジボゥンッ


 3秒間かかって、ダリアの右手の周りにある小さな空間がほんのりと明るくなり、それが徐々に収束して、1つの火の玉が生み出された。大きさはリンゴより一回り大きく、燃えているのに何故か煙も出ていない。さらに言ってしまえば、ダリアがこの火の玉を出してから何秒も経っているのに形は球のまま崩れず、手の平より数センチ上の空中で留まっているのだ。

 初めてじっくりと観察できる魔法に、ジャックは興味津々といった様子だった。


「これが魔法の5属性の1つ、炎です。このほかにも水、風、電気、土の4つがあり、魔法の全ての基本はこの5属性を均整のとれた『球』の形にさせることです。この『球』がどれだけ綺麗に、どれだけ大きく生み出せるかが重要で、あと、空中で崩れずどれだけ長い時間浮かせておけるかも熟練しなければならないです。・・・ここまで大丈夫?」


 真剣な目で炎球を観察しながらジャックは首肯する。

 小さいながらもゴウゴウと音を立てて燃える炎球を、ダリアは解説しながらでも決して乱さずまたほとんど動かさず保っていて、解説が終わると炎球をデスク上に置いてある水槽の中に、見向きもせず投げ入れた。

 炎球が水槽に飛び込むと、水分が一気に蒸発する音が響いた。水煙がすべて霧散むさんしてから水槽の様子をジャックが見ると、8割ほどまであった水かさがほとんど無くなっていた。


「一つの球を生み出し、それを目標に向けて投擲とうてきもしくは発射はっしゃする。この一連の行動が『魔法』です。今でこそ一般の人でも習えば覚えられることですが、人間が持っている魔力の量はかなぁ~~~り厳しい修行をしなければ増やすことは出来ません。あくまでも覚えられるだけで、最初から1日5回以上『球』を出せる人はほとんどいませんし、使ってしまった魔力のたまり具合にも個人差があります。熟練の魔術士でも魔力を使い切ってしまえば、最速で丸1日もしくは6時間以上の完全睡眠が必要で、普通は大体・・・・・その2倍から3倍の時間はかかります」

「魔力を使い切ればどうなるのでしょう」

「ひどい寒気に襲われたり、目まいや吐き気が通例ですね。例外にとてつもなく頭がラリって狂暴になる人もいますが」

「ギルド長ならばどれほどの時間で、その、減った魔力が元通りになるのですか?」

「わかりませんね。使い切ったところ見たこと無いですし」

「そうですか」

「知りたかったんですか?」

「いえ、なにとなく興味が湧いたまでです」

「興味が湧くのは良い傾向ですよジャック君。さァて!早速、ジャック君はさっき描いた魔法陣の補助を使って『水球』を出してみてください。ジャック君に描かせたのは5属性の1つ『水型魔法陣』です。その水型魔法陣の中心部よりちょっぴり下・・・そうそう、君が今、指さしている所から出発して指で線をなぞってください。あ、一筆書きだから指を途中で離したらダメだからね?・・・・・よし、そうそう、まず山の輪郭りんかくをなぞってから、外周部の円を反時計回りに、そこから長方形を時計回りに、で最後に水面を・・・まだ離しちゃダメだよ?これで君の体は魔法を初めて『知った』から、そのまま指を離さずもう片方の手で私がやったように『球』を出してくださいね」


 慌てず、言われたとおりの工程をジャックは行った。右手人差し指でなぞったので、左手をかざして手の平を上に向けた。


 少し間があって何も起こらなかった。これで合っているのかそれとも失敗なのか判断できずジャックは戸惑ったが、ダリアが何も言ってこないためじっと待った。するとすぐに変化は訪れた。

 右の人差し指から違和感が始まり、それがひじまでせり上がってようやくどんな違和感なのか知覚した。

 例えるなら人差し指の爪と肉のほんの僅かな隙間すきまから、ぬらぬらとした回虫かいちゅうが入り込み腕をつたってせり上がってくるような、そんな感覚だった。その回虫はジャックの背中や脇腹を這いずり回った後、首にまで迫ってあの傷に到達した。そこの首の傷が回虫にとってツボだったのだろう、嬉々として何周もその首の傷を回っていき、ようやく左肩から左腕へ速度を上げて向かっていった。

 この瞬間だ、とジャックが判断した時と回虫が手の平に到達した時がビタリと重なり、勢いよく回虫がきりもみ回転しながら手の平から飛び出した。


 ジャックの眼前に現れたのはまるで水晶玉につややかな『球』だった。大きさは蜜柑みかんほどで決して大きくはない。だが崩れは見られず、ゆるやかで星のように自転してその場でとどまっている。あまりのつややかさに硬度を感じさせる見た目だった。


「これが、魔法、ですか」


 すでにその水球がどんなものなのかは承知してはいた。だが、自分で手の平から出したものだとまだ実感がないジャックは、目の前の水球をまばたきもせず眺めながら、途切れ途切れにダリアへ問いかけた。


「ええ、それが魔法。間違いなく君が出した魔法だよ・・・・・集中しておいた方が良いわよ。その方が崩れず、長く保てるからね」


 ダリアが忠告を言い切る前に、水球は少しずつ形を崩し始めていって、ものの数秒で崩れ落ちてしまった。

 声を出して話したことでジャックの集中が切れたのだ。

 落ちた水球は床に落ちて飛び散り、辺りを濡らしてしまった。


「すみませぬ。拭くものか何かありませぬか?」

「別にいいわよ。ほら」


 ダリアが右手をかざすと、四方八方の棚や壁から土が現れてこぼれてしまった水に覆いかぶさって吸い込んでいった。10秒ほどで水は完全に乾いて、また元の場所に土は戻っていった。

 この光景を見てジャックは、ダリアが出会ってからほとんど土や粘土を使って物事を便利にしているのに気がついた。


「ダリア殿は5つの属性の中でも『土』が得意なのでしょうか?」

「ええ〜そんな堅苦かたくるしい呼び名はちょっとね〜・・・・・同じ敬語なら先生って呼んでほしいな」

「では、ダリア先生と呼ばせていただきます」

「よろしい!・・・え・・と・・・どんな質問だったっけ?」

「得意な属性が土なのでしょうか」

「そうそうご名答〜!ま、土のほかにも風の魔法もすごく得意だけどね」


 機嫌良く胸を大きく張ってダリアはそう答え、デスクの上から降りてジャックの足下にある緋色の本を手渡してきた。

 改めて本のタイトルをよく見てみると『魔法教本』と書かれていて、装丁の具合や厚みからして決して安い物ではないとジャックはわかる。


「この本は大事なものだけど君には必要。それを持っていって練習すると良いよ」

「良いのですか?こんな高価そうなものを」

「気にしなくていい。・・・今の魔力の流れは君にとっても始まりを告げるものだから、その感覚を忘れないようにね。やりすぎると危険だから自主練習はほどほどにね。魔力でまた分からないことがあったらいつでも来ていいからね」

「はい。これからもご指導よろしくお願いします・・・・・!」


 渡された本の厚みをしっかりと抱いて感じながらジャックは頭を下げた。最初にこの部屋に訪れたときよりも、魔法という未知の力を尊敬する念がジャックにはあった。


 殊勝に頭を下げたジャックに、かしこまらなくてもとダリアは照れていた。ダリアからすれば先生風せんせいかぜを吹かせすぎていやがられているのではと思っていたのだが、本を渡された際のジャックには感激が見えたのだ。うれしさのあまり、にやけてしまいそうな自分の顔を必死に隠していて、ジャックがこの部屋から出て行くまで我慢しきろうととしていた。

 顔を上げたジャックとはなるべく目を合わせないようにしていたその時、急にジャックの目つきが変わり、ダリアのことを横倒しに押し倒した。




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