第55話:化け物
静かだった。
音はある。
報告もある。
だが。
空気が違う。
バルザーン本陣。
「……進軍継続」
命令は出ている。
だが。
誰も、信じていなかった。
勝てると。
「……副官」
指揮官が、静かに呼ぶ。
「はい」
一拍。
「状況は」
「……変わりません」
短い答え。
誤差は拡大。
補給は遅延。
通信は不安定。
すべて。
“理解済み”。
だが。
「……なぜだ」
小さく呟く。
計算は正しい。
判断も正しい。
行動も正しい。
それでも。
「……なぜ、負ける」
沈黙。
副官は答えない。
答えは。
出ているからだ。
一拍。
「……対象」
指揮官が呟く。
「宰相カイン」
その名。
ただの人間。
小国の宰相。
だが。
「……違うな」
静かに否定する。
一拍。
「人ではない」
副官の呼吸が止まる。
「……何ですか」
その問い。
迷いはなかった。
「化け物だ」
静かな断定。
沈黙。
誰も否定しない。
できない。
一方。
レグナス。
「……言ったか」
小さく呟く。
「ああ」
短く答える。
「気づいた」
一拍。
「遅いが」
それでも。
十分だ。
「……お前さ」
バルガスが笑う。
「何なんだよマジで」
一拍。
「……宰相だ」
それだけだった。
一方。
バルザーン本陣。
「……撤退は」
副官が、かすかに言う。
その言葉。
重い。
「……できない」
指揮官が答える。
「なぜなら」
一拍。
「見られている」
他の大国。
すべて。
「ここで退けば」
「終わる」
国家として。
だから。
「……進軍継続」
命令が下る。
理解した上で。
それでも。
「……化け物か」
小さく呟く。
「なら」
一拍。
「戦うしかないな」
その言葉。
静かに落ちた。
戦は。
終わらない。
終われない。
それが。
敗北だった。




