第444話:支える者
朝。
第三書記室の窓から、柔らかな光が差し込んでいた。
ガルは誰より早く部屋へ入り、机を拭き、昨日届いた書類を並べる。
橋梁。
農地。
港。
診療所。
どれも昨日と変わらない。
やがて若い職員たちが出勤してくる。
「おはようございます。」
「おはよう。」
短い挨拶が交わされる。
仕事が始まる。
昼前。
国王が第三書記室を訪れた。
扉を開け、いつものように微笑む。
「変わりはないか。」
ガルも笑みを返す。
「ございません。」
「それは良かった。」
国王はそれだけ言うと帰っていった。
部屋はまた静けさを取り戻す。
若い職員が不思議そうに尋ねた。
「陛下は、どうして毎月ここへ来られるのですか。」
ガルは少し考え、窓の外を見た。
王都の鐘が鳴る。
市場には笑い声。
街道には荷馬車。
城壁では兵が交代する。
「信じてくださっているからです。」
それ以上は語らなかった。
夕方。
最後の書類へ印を押し終える。
ガルは机の引き出しから、一冊の古い手帳を取り出した。
開かない。
読むこともしない。
ただ静かに表紙を撫でる。
百五十年前。
一人の宰相がいた。
王にはならなかった。
英雄にもならなかった。
ただ、王を信じ。
国を信じ。
人々の暮らしを信じ続けた。
だから今も、この国には同じ朝が訪れる。
ガルは手帳を棚へ戻し、部屋の灯りを消した。
第三書記室の扉が静かに閉まる。
その音だけが、小さく廊下へ響いた。
そしてレグナス王国の一日は、また何事もなく始まっていく。
**――完**




