第397話「水車の回転」
レグナス王国の中部に位置する、広大な穀倉地帯を流れる運河。その岸辺に並ぶ十基の巨大な製粉水車は、朝から規則正しい音を立てて回り続けていた。
「おい、今年の水車は、例年より回る速度が一定だな」
麦の袋を担ぎ上げた人足の頭領が、川面を見つめながら仲間に言った。
「ああ。三ヶ月前に、上流の役所が水路の底の泥をさらう工事をしたろ。そのときに、川底の傾斜をほんの数寸だけ削り直したらしい。おかげで水量が変わっても、水車の勢いが落ちないんだとさ」
仲間は感心したように頷き、再び重い袋を運び始めた。
現場の人間にとっては、ただ仕事がやりやすくなっただけの、ありがたい公共事業に過ぎなかった。しかし、この「水車の安定した回転」こそが、中央宮廷の精緻な計画の一部だった。
水車の速度が一定になったことで、この地域で一日に生産できる小麦粉の総量は、一袋の狂いもなく予測可能となった。
それにより、国内の食料備蓄の帳簿は完璧な正確性を得ることになる。さらに、この安定した生産力を背景にして、レグナスの卸商たちは、隣国グランヴェルドの国境市場に対して「常に一定の量と価格」で小麦を供給し続ける契約を結んだ。
グランヴェルドの農民たちは、自国で苦労して麦を育てるよりも、レグナスから買い付けた方が確実だと気づき、次第に畑を他の換金作物へと転換していった。
大軍を動かして敵の穀倉地帯を奪う必要はない。ただ水路の底を数寸削り、水車を正しく回すだけで、大国の食の生命線は、レグナスの計算の中に静かに取り込まれていく。
運河の水は、今日も何事もない平穏を乗せて、滑らかに流れ続けていた。




