第145話:遅かった
■ガルディア共和国・中央通信室
「第五小隊、応答なし!」
「第七補給線停止!」
「伝令部隊帰還せず!」
怒号。
混乱。
だが。
誰も状況を説明できない。
敵軍接触。
なし。
大規模戦闘。
なし。
なのに。
軍だけが削れていく。
■執政官アレス・ガルディア
「……何が起きている」
低い声。
誰も答えない。
報告書。
全部同じ。
停止。
三拍。
血。
それだけ。
「こんなものが」
机を叩く。
「戦争か!!」
誰も返せない。
それが。
一番の答えだった。
■前線兵
「戻りたい……」
若い兵が呟く。
返事はない。
誰も。
故郷の話をしない。
酒もない。
笑いもない。
静か。
ただ静かに。
兵が減っていく。
■フェルディナ辺境伯領
「撤退準備」
レオル・フェルディナが低く言う。
副官が顔を上げる。
「可能ですか」
沈黙。
長い。
「……分からん」
初めてだった。
レオル・フェルディナが。
分からないと口にしたのは。
■撤退命令
軍が動く。
後退。
停止。
三拍。
血。
また崩れる。
「なんでだよ……」
兵の声が震える。
「帰るだけだろ……」
誰も答えられない。
■理解
そこで。
初めて。
二国連合は気づき始める。
侵攻したからではない。
戦ったからでもない。
接触した。
それ自体が。
もう遅かった。
■ヴァルハイン
「撤退開始」
レオナルトが報告を見る。
参謀が静かに言う。
「助かりますか」
レオナルトは答えない。
答えられない。
「……遅い」
小さな声。
だが。
重かった。
■ノルヴァン公国
「接触後撤退失敗」
ロイドが記録を見る。
「やはり」
副官が震える声で言う。
「接触そのものが条件」
ロイドは頷く。
「領域に入った時点で」
一拍。
「戦争が変わる」
沈黙。
普通の戦争ではない。
もう。
完全に。
■グランヴェルド工業連邦
「撤退効率低下」
技術官が報告する。
「通常撤退理論適用不可」
一拍。
「接触領域そのものが異常」
誰も反論しない。
グランヴェルドですら。
理論を捨て始めていた。
■アルカディア魔導皇国
「……接触汚染」
観測官が呟く。
「侵攻ではなく」
一拍。
「接触そのものが問題だった」
空気が冷える。
観測騎士団が退いた理由。
それが。
少しずつ共有され始めていた。
■ドラグナール竜騎帝国
「帰れない?」
低い笑い。
「なら進めばいい」
一拍。
「止まるから壊れる」
変わらない。
どこまでも。
ドラグナールだけが。
恐怖の方向が違う。
■セラフィス神聖教国
「……接触完了」
司祭長が静かに言う。
「もう戻れません」
若い司祭が震える。
「助からないのですか」
司祭長は目を閉じる。
「分からない」
一拍。
「だが遅かった」
■レグナス(上層)
「外部」
ミレアが報告する。
「二国連合、撤退開始」
カイルが少し安心した顔をする。
「じゃあ……」
ヴェルドが静かに首を振る。
「遅い」
空気が止まる。
「……え?」
ヴェルドは前を見たまま言う。
「接触した」
「だから終わった」
カイルが言葉を失う。
その意味を。
少しずつ理解し始める。
■ルナたち
「……もう戻れないね」
エリナが小さく言う。
ルナは静かに頷く。
「うん」
「最初に入っちゃったから」
レオンが笑う。
「かわいそうにな」
誰も否定しない。
■最後
ガルディア共和国。
フェルディナ辺境伯領。
二国連合は。
撤退を選んだ。
だが。
遅かった。
接触した。
それだけで。
戦争は。
彼らを離さなくなっていた。
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