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第1話:もう戦わない

■第1話:もう戦わない


 その町に来てから、三日目のことだった。


 昼下がり。

 乾いた風が、通りの砂をさらっていく。


 俺は古びたベンチに腰を下ろし、何をするでもなく時間を潰していた。


 ――平和だ。


 それでいい。


 もう、戦わないと決めたのだから。


 


「おい、お前」


 低い声が降ってくる。


 顔を上げると、男が三人。

 どれも荒くれ者で、腰には武器。視線は明らかにこちらを値踏みしていた。


「見ねぇ顔だな。最近来たのか?」


「ああ」


 短く答える。


「ここはな、通行料がいるんだよ」


「そうか」


 それ以上は何も言わない。


 男の一人が苛立ったように舌打ちした。


「なんだその態度。なめてんのか?」


「なめてはいない」


「だったら金出せって言ってんだよ!」


 声が荒くなる。


 周囲の空気が、わずかに張り詰めた。


 


 ――昔なら。


 ここで終わっていた。


 全員、一瞬で地面に転がしていたはずだ。

 骨も折らず、ただ動けなくするだけで済んだ。


 だが、それはもうやらない。


「悪いが、持っていない」


「はぁ? 嘘つくなよ」


「本当だ」


 ポケットの中身は、わずかな硬貨だけ。

 それも今日で消える。


「じゃあ身体で払えよ」


 男が一歩踏み出した。


 


 ――その瞬間。


 俺は、ゆっくりと立ち上がる。


 


 それだけだった。


 


 風が、止む。


 


「……っ?」


 男の足が止まる。


「な、なんだ……?」


 後ろの二人も動きを止めていた。


 何もしていない。

 ただ立っただけだ。


 それだけで、十分だった。


 


 視線が合う。


 


 男の額に、じわりと汗が浮かぶ。

「お、おい……やめとけって」


「は? 何言って――」


「やめとけって言ってんだよ!」


 後ろの男が腕を掴む。


「こいつ……やばい」


「はぁ?」


「わかんねぇのかよ……」


 震えた声だった。


 俺は何も言わない。


 何もしない。


 


 ただ、そこにいるだけ。


 


「……ちっ」


 最初の男が舌打ちした。


「……行くぞ」


 三人は逃げるように去っていった。



静けさが戻る。


 


 俺は再びベンチに腰を下ろす。


 何事もなかったかのように。


 


「……平和だな」



 小さく呟く。


 


 遠くで子どもたちの笑い声が響いていた。


 


 それでいい。


 それだけでいい。


 


 ――もう、戦わない。


 


 そう決めたのだから。



 ――だが。


 


「……やはり、ここにいたか」


 


 背後から声がした。


 


 振り向くと、一人の男が立っている。

 整った衣服、無駄のない立ち姿。明らかにただの人間ではない。


「探しましたよ」


「……用件は?」




 男は一歩近づき、静かに言った。


 


「我が国が、滅びます」


 


 淡々とした声だった。


 だが、その一言にすべてが詰まっている。


 


「どうか――宰相として、お力をお貸しください」


 


 沈黙。



俺はゆっくりと空を見上げた。


 


 青い。


 どこまでも、静かだ。


 


 ――もう、戦わないと決めた。


 


 だが。


 


「……俺は戦わない」




「承知しております」


 


 即答だった。


 


「それでも、あなたでなければこの国は終わる」


 


 迷いのない目。


 


 俺は、わずかに目を閉じる。




 ――また、巻き込まれるのか。


 


 だが。


 


 戦わなければいい。


 


 それで救えるなら。


 


「……いいだろう」


 


 目を開く。




「戦わない。それでもいいなら、行く」


 


 男は深く頭を下げた。


 


 その日。


 


 名もなき小国の運命が、静かに動き出した。


 


 ――やがて大陸を制することになる、その一歩として。








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