第2話:宰相
王城は、思っていたよりも静かだった。
人の気配はある。
だが、活気がない。
廊下を歩く兵の足取りは重く、すれ違う者たちの表情には余裕がなかった。
――この国は、もう長くない。
一目でわかる。
「こちらです」
案内の男が扉の前で立ち止まる。
重厚な扉だった。
だがその向こうにあるものは、決して“安定した王国”ではない。
扉が開く。
玉座の間。
広い空間の中央、玉座に座るのは一人の若い王。
その左右には、数名の臣下。
そして――空気が重い。
「……来てくれたか」
王が静かに言った。
「あなたが、カインだな」
「ああ」
短く答える。
視線が交わる。
若い。
だが、ただの無能ではない。
自分の立場と現状を理解している目だ。
「まずは礼を言おう。よく来てくれた」
「用件を聞こう」
遠回しな言葉は不要だ。
王は一瞬だけ目を伏せ、それから言った。
「我が国は、滅びかけている」
誰も否定しなかった。
「北はヴァルディア帝国。南は三国同盟。どちらも、いつ攻めてきてもおかしくない」
言葉に重みがある。
「軍は弱い。人材もいない。財も尽きかけている」
淡々とした事実の羅列。
「……正直に言おう。私では、この国を救えない」
玉座に座る王が、自らそれを認めた。
ざわめきが走る。
だが、誰も否定しない。
現実だからだ。
「だから、あなたを呼んだ」
王の視線が、まっすぐにこちらへ向く。
「亡き父――先王の遺言だ」
一瞬、空気が変わる。
「“国が滅ぶ時は、この男を探せ”と」
沈黙。
誰かが息を呑んだ。
「私は、その言葉を信じた」
王は続ける。
「あなたがかつて、国境戦を一人でひっくり返した男だということも知っている」
周囲の空気が揺れた。
知らなかった者もいるのだろう。
「だが同時に――」
王はわずかに言葉を切る。
「あなたが、もう戦わないと決めたことも聞いている」
「そうだ」
迷いなく答える。
「俺は戦わない」
玉座の間に、静かな緊張が走る。
「それでも構わない」
王は即答した。
その言葉に、周囲がざわつく。
「陛下、それでは――!」
一人の男が声を上げる。
将軍だろう。
「戦わぬ者に、何ができるというのですか!」
当然の反応だ。
俺はその男を見る。
「お前が戦うのか」
「当然だ!」
即答。
「では、お前が勝て」
言葉は静かだった。
だが。
「……っ」
将軍の顔が歪む。
できないことを、理解している顔だ。
「できないから、こうなっている」
誰も反論しない。
事実だからだ。
俺は視線を王に戻す。
「条件がある」
「聞こう」
「俺は戦わない」
「承知している」
「前線にも出ない」
「構わない」
「それでも、すべての決定権を寄越せ」
空気が凍りついた。
「なっ――!」
「ふざけるな!」
臣下たちが一斉に声を上げる。
当然だ。
だが。
王は、笑った。
「……最初から、そのつもりだ」
静かに言う。
「この国を救うためなら、私は王であることすら捨てる覚悟だ」
その言葉に、全員が黙る。
覚悟が違う。
俺は少しだけ、目を細めた。
――悪くない。
「いいだろう」
決める。
「俺が、この国を救う」
ざわめきが走る。
だが、誰も止めない。
「ただし」
一拍。
「戦わない」
それだけは、変わらない。
王は頷いた。
「あなたを――宰相に任じる」
その一言で、すべてが決まった。
その日。
滅びを待つだけだった小国に、一人の男が座った。
剣を持たず。
戦場にも立たず。
それでも――
すべての戦を終わらせるために。




