68話 美味しさの謎
「光魔法を使った錬金術で、素材の美味しさを引き出しているのだろう?」
リロイ様が私に問い掛けました。
「料理をしているのは私ではないので……料理人に聞いてもらって良いですか?」
私がそう言うとリロイ様は意外そうな顔をしました。
「君が作ったものではなかったのか。あの上級ポーションを作れる腕なら、納得の錬金術だったのだが……」
「お料理はニーナが作っています」
私がニーナのほうを振り向いて視線をやると、ニーナがこちらに来てリロイ様に言いました。
「私がお料理をしていますが錬金術は知らないです」
「錬金術ではないのか?!」
リロイ様が驚いたような顔をすると、ホバート様が勝ち誇るようにして言いました。
「だから言っただろう。光魔法だと」
「錬金術ではないなら、この美味しさは何なのだ?!」
「光魔法だ」
「それは説明になっていない」
リロイ様はホバート様の答えを却下すると、ニーナに問い掛けました。
「どうやって作ったらあんな味になるのだ?」
「製薬の応用で素材の味を引き出しています。でも……」
ニーナは少し難しい顔をしました。
「実は、美味しくなる理由ははっきりとは解っていません」
「謎なのか?!」
「食べる人によって味が変わっているかもしれなくて、理由は解っていないんです」
小さく肩を窄めて、ニーナは少し困ったように笑いました。
「お婆ちゃんは、光魔法料理が魔力回路を修復するための栄養になると言っています。だから魔力回路に損傷があると特別に美味しく感じるのだと。でもホバート様は、魔力量が多い人が美味しく感じるとお考えになったようです」
そう言いニーナはホバート様に視線をやりました。
「ふふふ……。その通り」
ホバート様は自信満々の笑みを浮かべました。
「この特別な美味が解るのは、私と妹だけだったのだ」
「魔力の高い妹君がいらっしゃるのですか?」
リロイ様は首を傾げました。
「スタイン公爵家にご令嬢がいたとは初耳です」
「実の妹ではない。妹分だ」
ホバート様は得意気に言いました。
「そこにいるルネとニーナは私の妹分だ。覚えておきたまえ」
「なるほど」
リロイ様は苦笑いをしました。
「スタイン公爵家の庇護下にあるということですか」
「そのとおり」
「それで、魔力量に美味が関係しているという根拠は何なのですか」
「この特別な美味が解るのは、私とルネだけだったからだ。私もルネも高魔力だ。そして君が三人目だ。君も宮廷魔術師なら魔力量はそこそこあるのだろう?」
ホバート様が挑戦的に問いかけると、リロイ様は余裕の笑みで答えました。
「もちろん」
「つまりこの光魔法料理の旨味が解る者は、皆、魔力量が多いという共通点がある。これから家の者たちにこの店のクッキーを食べさせて、魔力量と旨味の関係を検証しようと思っている」
「それは面白い」
リロイ様は目を輝かせるとニーナに言いました。
「持ち帰り用のティー・ビスケットを追加してくれ。三十皿ほど頼む」
「え?!」
ニーナは困惑の表情で答えました。
「すみません、三十皿は無理です」
「金貨三枚を支払おう」
「三十皿分も用意がないのです。今日は無理です」
「では、あるだけで良い。あるだけ全部貰いたい」
(ティー・ビスケットが売り切れたわ)
リロイ様が大量注文してくださったので、今日の売り上げはさらに増えました。
「ウィルモット、一つ言っておく」
尊大な態度でホバート様はリロイ様に釘を刺しました。
「妹の料理に興味を持つのは良いが、囲って独占しようなどと思わないことだ。もし妹たちに手を出したら、このホバート・スタインが相手になる!」
ホバート様が堂々と言い放つと、リロイ様は不敵な微笑を浮かべました。
「それは、スタイン公爵家は彼女たちの自由意志を尊重するということでしょうか」
「そうだ」
「では彼女たちが自由意志で魔法塔に来ることを望んだとしたら、スタイン公爵家は異を唱えたりしないのでしょうね。彼女たちの自由意志を尊重なさるのですから、当然ですよね」
「……っ!」
ホバート様はまた打撃を受けたように悲愴な表情をしました。
「ウィルモット、貴様、何を企んでいる!」
「有益な人材であれば魔法塔に勧誘したいだけです。もちろん無理強いはしません。ご安心を」
リロイ様はにっこりと微笑みました。
「自由であってこそ魔術師は力を発揮できるものですから」
◆
「ティー・ビスケットが売り切れちゃったから、作らなくちゃ!」
ホバート様とリロイ様がお帰りになると、店にはまた静寂が戻りました。
ですが仕事が発生して少し忙しくなりました。
リロイ様が買い占めたためティー・ビスケットが売り切れたからです。
ティー・ビスケットを作らなければなりません。
ホバート様がクッキーを十皿分をお持ち帰りになったので、クッキーも在庫が減りました。
「私も何か手伝うよ」
「じゃあローストした木の実を粉にしてくれる?」
「任せて!」
私はカウンターの中で店番をしながら、ニーナがローストした木の実をすり鉢ですりつぶしました。
(ホバート様もリロイ様も、みんなにクッキーやビスケットを食べさせて反応を調べるのかな)
すりつぶされた木の実の香ばしい香りが鼻をくすぐります。
これを混ぜたビスケットは香ばしくてとても美味しいのです。
木の実の美味しそうな良い香りを楽しみながら、私はぼんやりと考えました。
(こんな良い香りのビスケットだもの。ニーナのお料理の虜になる人が増えちゃうかも?! カフェハウスのお客さんが増えちゃうかも?!)
私は希望に満ち溢れた空想をしました。
そして私の空想はほどなくして現実となります。
しかしそれは私が空想した、お洒落なお客さんたちで賑わう素敵な茶房の風景とは、少し違った風景になるのでした。




