31話 闇の神官ちゃん
――王都、第二騎士団の詰所。
「団長、ペカトル監獄からの報告です。昏睡状態にあった、例の人身売買組織の三人が目覚めました」
第二騎士団の団長エリオットは、詰所の団長室で騎士からの報告を受けた。
「こちらが調書です」
「ご苦労」
報告を持って来た騎士が退室すると、エリオットは受け取った調書に目を通した。
そして訝し気に眉を寄せると、ぼそりと呟いた。
「やはり、あの子供か……」
エリオットの独り言に、団長室で机仕事をしていた騎士ダレスが顔を上げた。
「あの子供って、闇の神官ちゃん?」
ダレスは気安い口調で言った。
「多分な。特徴が同じだ」
エリオットもくだけた口調で答えた。
今この団長室には、エリオットとダレスの二人しかいない。
他人の目がないので、二人は私的な友人同士としての会話をした。
「本当に、あの子の行方を探さなくて良いのか?」
ダレスの問いかけに、エリオットは頷いた。
「ああ。仮にあの子供が本当に噂の闇の神官だったとしても、正当防衛だったんだろうよ。宰相閣下も、必要悪として放置せよとの仰せだ」
復活した闇の神官の仕業だの天罰だのという尾ひれがついて、王都で話題になっている連続失神事件。
その最初の失神事件が起こったとき。
悲鳴を聞きつけて、その場に駆け付けた三人の騎士のうちの二人はエリオットとダレスだ。
エリオットとダレスは、悲鳴をあげたその少女が連続失神事件に深い関りがあることに薄々と気付いていた。
それは人身売買組織が拠点にしていた建物の前で起こった事件だった。
そこに転がっていた三人は昏睡状態だった。
少女が指示した建物を捜査したら、まんまと悪人たちの拠点だった。
最初の事件の時点では気付かなかったが。
当日夜に起こった二度目の事件で、エリオットとダレスは、最初の事件の現場にいた少女に疑惑を持った。
二度目の失神事件が起こったのは、その日の夜だった。
中央区の宿屋からの通報で知れた。
失神状態にあった三人のうちの一人は、バーナム子爵令息ローガン。
彼の供述によれば、失神の原因は「呪われたのだ! 目の下にクマのある不気味な少女にやられた! あれは禍々しい呪術師だ!」との事だった。
しかし宿屋の女将と従業員たちの証言、そしてその後に宿屋の客たちに聞き取り調査をした結果、バーナム子爵令息の迷惑行為が断定され、彼は貴族牢へ送られることとなった。
しかしスタイン公爵が手を回し、バーナム子爵令息は一日で釈放された。
「二度目の事件は、あのお嬢ちゃんを送っていった先の宿屋で起こってるからな。バーナム子爵家の馬鹿息子が言ってた、目の下にクマがある少女という特徴も一致している」
ダレスは思い出すようにして言った。
「その後の事件にも、必ず目の下にクマがある少女が登場する。事件現場も、あの宿屋から歩いて行ける距離の範囲にある。あの子が犯人だろうよ」
「ダレス、彼女は犯人じゃない。犯罪行為はしていないのだから犯人と呼ぶのは失礼だろう」
「まあ、そうなんだが……」
ダレスは面白そうに笑いながら言った。
「ところで、何件かの貴族家から、興味深い捜索願いが出ている。ルネという名の少女の捜索願いだ。少女ルネは、見た目は十二歳くらい、身長は四尺半ほど、茶髪茶目で、痩せぎすで、目の下にクマがあるそうだ」
ダレスは机の上にある何枚かの用紙をまとめて、エリオットに差し出した。
「これは……」
十二歳くらいの見た目の茶髪茶目で痩せぎすで目の下にクマのある少女に、覚えがあるエリオットは、何件かの捜索願いの書類を見て唸った。
「貴族たちはあの少女を探しているのか?」
「そうとしか思えなくないか? ルネという名前はありがちだが、特徴も一致している。しかも罪人ではなく、行方不明の使用人としての捜索願いだ」
「……」
「複数の貴族の家に、等しく、ルネという名で目の下にクマがある少女の使用人がいて、そのルネたちが一斉に同時期に家出して行方不明になったというのは、少し変な話だろう?」
「そうだな。行方不明の使用人だというのは口実で、同じ少女を探しているんだろうな」
「救貧院にも、ルネという少女について尋ねる者が何人も来たらしい」
「救貧院にも?」
「ああ。それで、少女ルネを探す者が何人も救貧院に来るので、それを不審に思ったらしく、救貧院からこちらに問い合わせがあった。ルネという少女は何か事件を起こした人物なのかと。騎士団はその人物についてはあずかり知らぬと答えておいた」
「……」
「それから……」
ダレスは皮肉っぽい笑みを浮かべながら、謎かけをするようにエリオットに言った。
「少女ルネの捜索願いを出している貴族家には、実は共通点がある。バンクス公爵家以外は下位貴族だが……それを見て、何か気付かないか?」
エリオットはダレスにそう言われて、渡された捜索願いの書類に書かれている依頼者たちの名前を見た。
「解らん。そういうのには疎くてな……」
「バンクス公爵家について何か思い当たることはないか?」
「さすがにバンクス公爵家くらいは解る。王太子フィリップ殿下の婚約者、筆頭聖女セラフィナ様の実家だろう」
「そう。神殿の黄金世代の実家だ」
ダレスはニヤリと笑うと答えを言った。
「他の下位貴族の家も、黄金世代の実家だ。薬草園の巫女たちの実家さ」
「……!」
エリオットは気付いたように顔を上げた。
「神殿関係か! 少女ルネは神殿にいたのか?!」
「そうなんじゃないかな。この面子を見ると」
「……」
エリオットの脳裏に、宮廷魔術師リロイの言葉が閃いた。
――これに一番近い魔法は、聖女の安眠の術だな。
――筆頭聖女セラフィナの眠り袋には、敵を昏倒させる威力がある。
闇の神官だと噂の天罰の執行人は、筆頭聖女並みの光魔法の使い手だということ。
天罰の執行人はおそらく、目の下にクマがあるあの少女だろうということ。
そして筆頭聖女セラフィナの実家バンクス公爵家が、目の下にクマがあるあの少女と特徴が一致している少女ルネを探していること。
エリオットの頭の中で、いくつかの点が線で繋がった。
「もし……もしも、私の想像通りなら……」
エリオットは考えるようにして目を伏せると語った。
「筆頭聖女の力が衰えることになるかもしれないな……」
「俺もそんな気がしてる」
ダレスもエリオットと同じことを想像しているようで、筆頭聖女に裏方がいたという前提で語った。
「まあ、筆頭聖女の神器は全て第一騎士団のものだから、俺たち第二騎士団には関係のないことだがな。それに筆頭聖女の力が衰えても……」
ダレスはお道化るように肩を窄めてみせた。
「別の聖女が筆頭になるだけさ。聖女たちはいつも筆頭の地位を狙って虎視眈々だからな」
「そうだな。しかし……」
エリオットは首を傾げた。
「筆頭聖女の実家が彼女を探すのは解るが、巫女たちの実家まで彼女を探しているのはどうしてだ?」
「自分の娘の裏方として雇いたいんじゃないか? バンクス公爵家の下から出奔したのをこれ幸いと、争奪戦でもしているんだろう」
「なるほど」
「闇の神官ちゃんの情報、貴族たちに伝えるか?」
答えは解り切っているとでも言うように含みのある笑顔で問いかけてきたダレスに、エリオットは苦笑しながら答えた。
「その必要はない。第二騎士団の管轄外の案件だ」
「だよな。裏方で使い潰されるのが嫌になって逃げ出したんだろうからな。逃げ切って欲しいよな」




